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臨床医のための小児精神医療入門

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日本精神神経学会小児精神医療委員会監修の児童青年精神医学の入門テキスト。児童期・思春期の精神疾患に関する基本的な概要や診療に当たっての注意点、最低限押さえておきたい事項などについて、この領域の第一線で活躍するエキスパートらがわかりやすく解説。各パートの理解度や達成目標のチェック項目も付いており、専門医試験などの対策にも有用な1冊。
監修 日本精神神経学会 小児精神医療委員会
編集 齊藤 万比古 / 小平 雅基
発行 2014年05月判型:B5頁:240
ISBN 978-4-260-01906-4
定価 3,960円 (本体3,600円+税)

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はじめに

 本書は日本精神神経学会小児精神医療委員会が監修した,子どもの心の診療に関心を持ち,その専門性を獲得したいと望む精神科医や児童精神科医,あるいは小児科医,さらには子どもの精神保健,福祉,教育などの分野のあらゆる職種の読者に,児童青年精神医学とその臨床領域である子どもの心の診療の基礎的情報と専門性を獲得するための道筋を示した入門の書である.

 1.本書刊行に至る経緯
 本書刊行に向けた直接の動きは,2011年度に日本精神神経学会・教育に関する委員会の中に設置された児童思春期精神科部会(これは後に小児精神医療作業部会と改称された)が,専門医になろうと受験準備中の精神科医に児童青年精神医学および子どもの心の診療に関する整理された情報を提供し,この分野での研修目標を明確にすることに取り組むよう求められたことに始まる.当時,児童青年精神医学,司法精神医学,精神療法の3分野が特に専門医資格取得にあたって情報の得にくい分野と学会員には感じられていたこともあり,卒後教育の諸分野の中で特に梃入れが必要であるという理事会での決定に基づき,3分野それぞれに関する作業部会が設置されたのである.以来,3作業部会はそれぞれテキストの編纂(すでに司法精神医学作業部会から『臨床医のための司法精神医学入門』が刊行されている)および全国研修会の開催などに取り組んできた.その活動の意義が評価され,2013年9月に3作業部会は各々独立した委員会へと再編され,小児精神医療作業部会も小児精神医療委員会とされた(以下,作業部会時代を含め小児精神医療委員会と記す).
 小児精神医療委員会が取り組んだテキストは,児童青年精神医学と子どもの心の診療に関連した基本的項目に関する解説を列挙する教科書の形を採るという案は複数の類書がすでに出版されていたこともあり,出発段階での検討で採用しないことが決まっていた.では,どのようなテキストとすべきかについての議論へと移っていく過程で,本書で示したような項目の要約,理解度を自己点検するためのチェックリスト,内容の理解を支援する図表などを示した自由ノート,学習や研修の達成目標,そして引用文献および推薦図書から組み立てられて同じフォーマットを用いることが決まった.次に問題となるのは,「誰がどの項目を執筆するか」を具体的に決定することであった.
 その段階で,この企画に利用可能な素材が一つ存在した.それが,児童青年精神医学と子どもの心の診療に必要な基礎的な情報の伝達を目的として2010年度から始まった「厚生労働省こころの健康づくり対策事業思春期精神保健研修」の中の医療従事者専門研修(2部構成で各々2日ずつ計4日間の研修コース)である.このコースは,医学部の教育過程で児童青年精神医学の講義が十分行われることはほとんどなく,発達障害を中心に1時間から数時間の講義が行われる程度であるという現状を前提に,子どもの心の発達過程やそれに応じた精神症状の年代特異性,子どもの精神医学的評価,そして子どもに特有な精神科治療の諸技法の考え方,さらには子どもの心の診療が連携すべき関連機関に関する情報などについて包括的に解説されるコンパクトな系統講義(各項目の講義は原則として30分間)を提供しようとするものである.このコースを含む4研修コースからなる思春期精神保健研修は,編者が当時所属していた国立国際医療研究センター国府台病院児童精神科が厚生労働省から企画・実施を受託したものであり,2014年度も実施予定である.なお,このコースの受講者として想定したのは,精神科医,小児科医を中心とする医師と,看護師,精神保健福祉士,作業療法士,心理技術者などのコメディカルスタッフである.
 2010年度に開始し2012年度で終了した厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業精神障害/神経・筋疾患分野)による「児童思春期精神科医療における診断・治療の標準化に関する研究」(研究代表者:齊藤万比古)の分担研究「児童青年精神科医療機関における専門的医師等の養成システムに関する研究」(分担研究者:小平雅基)は,研究活動の一環としてこの研修コースの企画に取り組むとともに,その系統講義に関する受講者の感想を集計して次の年度の講義に反映するという活動を続け,最終年度で各講師の執筆によるテキスト案を作成した.小児精神医療委員会は,厚労科研の研究成果であるこのテキスト案を検討し,内容的には委員会が作成しようとしている初学者や研修中の専門家が児童精神科臨床に必要な基本的事項の要旨を理解でき,自らの研修の進行段階がイメージできる系統的で整理されたテキストとなっていると評価した上で,テキストには含まれていなかった知的障害やリエゾン精神医学などいくつかの項目を追加することを決定した.
 こうした委員会の決定を受けて,編集者は本書の完成に向けた最終的な調整と修正を行い,完成したテキスト原稿を資料として刊行に向けた出版社の決定を学会事務局に委ねた.その結果,医学書院が出版を了承し,その後,医学書院担当者と本書の編集者および著者との間で調整と修正を重ね,ようやく本書を世に送り出すことができた.その間,辛抱強く一貫して本書の作成に打ち込んでくれた医学書院の編集担当者の努力については特に記して感謝の意を表したい.

 2.本書の構成と利用法
 このような経緯から,本書はテキストの原型を作成した厚生労働科学研究の主任研究者(齊藤)と分担研究者(小平)が編集を担当し,小児精神医療委員会での検討を重ねて刊行に至ったことから,小児精神医療委員会監修として世に出ることとなった.本書の刊行時点では,すでに2013年春に刊行されている『臨床医のための司法精神医学入門』に続く,日本精神神経学会会員向けの2冊目の入門書であり,同時に児童青年精神医学と子どもの心の診療における臨床的専門性を獲得していくうえでの指針を提供する書にもなっている.そこで,以下に本書の組み立てについての概略を記して,本書を利用する際の読者の手がかりに供したい.
 本書は大きく総論と各論に分け,総論では子どもの精神発達や神経発達をはじめ,子どもの心の診療の基本的概念あるいは考え方を提供する項目を集めている.
 各論は,児童青年期に見出される諸精神疾患の病態を解説した諸項目,疾患概念では把握できない児童虐待や不登校などの現象概念を扱った諸項目,諸検査の概説を集めた諸項目,見立てのまとめ方に関するケース・フォーミュレーションの項目,各種の治療技法を解説した諸項目,さらに現在は普及していないものの今後普及することが期待される技法を解説した諸項目,そして医療機関以外の専門機関の活動に関する諸項目から構成されている.また各項目はすべてその項目の概要の解説,その項目についてどの程度の理解を持っているかを自己点検するためのチェックリスト,その項目の理解を深め整理することを援ける図表を示した自由ノート,研修の達成目標(初級,中級,上級での3段階で示した),そしてその項目の解説で用いた引用文献と,理解を深め整理するための推薦図書という組み立てで記述している.達成目標については,これは各職種の生涯教育の目標として,初学者の目指す目標を初級,ひとまず専門家として問題なく機能できる水準を上級,そして両者の中間の水準を中級とするという基準で記載されており,上級は児童精神科を専門分野として臨床活動に取り組んでいる医師の平均的理解度の水準を示している.
 なお,諸精神疾患に関する各論の「A.子どもの心の診療にみられる各病態」に含まれる各章の「基本的治療技法」で,治療技法名にA,A,B,Cの4種類の記号のいずれかが付記されている.これは各治療技法のその疾患に対する推奨度を示す記号であり,以下のような基準でつけられている.
A様々の研究で効果が実証されており,かつ最も効果的と考えられているもの(少なくとも1つ以上のランダム化比較試験は行われている)
A様々の研究で効果が実証されており,効果的と考えられているもの(少なくとも1つ以上のランダム化比較試験は行われている)
B :十分に実証されているとまでは言えないが,ケースコントロール研究などはされており,専門家からみて挙げておきたい治療技法
C :症例報告などで有用性が述べられているが,系統だった効果検証はなされていない治療技法

 こうした構造に組み立てられた本書は,研修段階にある初心者が研修すべき諸課題を把握し,自らの研修の進み具合を知る基準を提供するとともに,各項目の理解度を点検する一覧を示している.さらに,専門性を獲得しつつある専門家に各項目の理解度を知るためのチャートを提供しており,各専門機関での研修指導者に子どもの心の診療をめぐって何を研修者に経験させ,教育すべきかの指標を示している.
 本書が,広く諸分野の実践家・臨床家に子どもの心の診療への関心を呼び起こし,その専門性を高める指針として支持してもらえるなら,編者としてそれにまさる喜びはない.

 2014年3月
日本精神神経学会小児精神医療委員会委員長
厚生労働科学研究「児童青年精神科領域における診断・治療の標準化に関する研究
(H22-精神-一般-004)」研究代表者
 齊藤万比古

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 はじめに

総論
 A 子どもの精神発達
 B 子どもの神経発達
 C 早期幼児期の精神発達
 D 母子関係の精神保健
 E 児童青年精神科臨床におけるエビデンスの用い方

各論
 A 子どもの心の診療にみられる各病態
  1 自閉症スペクトラム障害(広汎性発達障害)
  2 注意欠如・多動性障害
  3 学習障害
  4 反抗挑戦性障害・素行障害
  5 気分障害
  6 統合失調症
  7 摂食障害
  8 強迫性障害
  9 チック障害・習癖
  10 睡眠関連障害
  11 パーソナリティ障害
  12 心身症
  13 PTSD関連障害
  14 解離性障害・転換性障害
  15 知的障害
  16 てんかん

 B 子どもの心の診療特有の問題
  1 子ども虐待
  2 不登校・ひきこもり
  3 周産期関連の問題とその後の発達
  4 自傷行為

 C 諸検査
  1 脳波検査
  2 画像検査
  3 心理検査・認知機能検査

 D ケース・フォーミュレーション

 E 治療介入技法
  1 子どもの治療総論
  2 薬物療法
  3 個人力動的精神療法
  4 家族療法
  5 集団療法
  6 行動療法
  7 認知行動療法
  8 遊戯療法
  9 入院治療
  10 発達障害への療育
  11 ペアレント・トレーニング
  12 他機関との連携
  13 子どもの精神科救急
  14 子どものリエゾン精神医学
  15 ARMSへの支援

 F 今後期待される治療介入技法
  1 アウトリーチ的介入
  2 PCIT

 G 病院以外での子どもの心の診療
  1 児童相談所
  2 児童自立支援施設
  3 医療少年院
  4 情緒障害児短期治療施設

 あとがき
 索引

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児童精神医学が総覧できる初心者に最良のガイドブック
書評者: 黒木 俊秀 (九州大学大学院教授・臨床心理学)
 今日,一般の精神科診療においても発達障害の比重が増えつつあることから,児童精神医学に対する関心と期待がかつてないほど高まっている。ところが,初めて児童精神医学を学ぼうとする者が戸惑うのは,その基本となるパラダイムが複数あり,統合されていないことである。まず,わが国では,従来から,力動精神医学の立場から子どもの精神発達を理解しようとする児童精神科医が少なくない。一方では,小児心身医学や小児神経学など,小児科領域から児童精神科医になった人たちもいる。さらに,近年の自閉症スペクトラムの病態の理解や支援には,TEACCHに代表される臨床実践の背景があるし,発達に関する認知心理学の進歩も目覚ましい。果たして,どこに基軸を置くことが最も適切に児童精神医学の基本を学ぶことになるのだろうか。Mahlerの分離-固体化理論を理解することと子どもの神経発達を理解することと,どちらが児童精神医学の基本であろうか。

 本書は,こうした児童精神医学の初心者の悩みに対して最良のガイドブックとなってくれるだろう。もともとは国立国際医療研究センター国府台病院児童精神科において実施されてきた小児精神医療の専門家養成のための研修コースのテキストを資料としている。内容は総論と各論に分かれ,総論では子どもの精神発達や神経発達,母子関係など,児童精神医学の基本概念を扱い,各論は子どもの精神疾患や特有の臨床的問題(虐待や不登校など),検査,ケース・フォーミュレーション,治療介入技法,連携機関などを網羅している。特筆すべきは,各項目は,要約,理解度を点検するためのチェックリスト,視覚的な自由ノート,初級・中級・上級からなる研修の達成目標,および引用文献と推薦図書という決まったフォーマットにより構成されている点である。極めて簡潔ながら児童精神医学を学ぼうとする者に必要なマイルストーンが明確に示されている。

 断っておくが,本書は一般的な児童精神医学の教科書ではない。しかし,各項目の要約と自由ノートに目を通すだけで,分厚い教科書を辞書程度にしか利用する機会のない一般の臨床家には,実に効率的に児童精神医学の全容を総覧することが可能である。児童精神医学が扱う領域が誠に広大であり,それ故さまざまな見方がありうることが理解できるだろう(初心者が戸惑うのも当然である)。編者らの狙いも,その点にあるらしく,「あとがき」に次のように記している。

 「(“子どもの心の診療”が)幅広いことに気づかず,すべて自分の得意な領域だけで説明しようとすると,診断が単一化していくことは当然の流れです」。

 それ故,時々「うちはほとんどの患者が自閉症」「うちはトラウマの患者ばっかり」と言う「専門家」がいるが,今後の児童精神医学の発展のためには好ましいことではないと編者らは危惧しており,それが本書の企画発案の動機でもある。編者らの見識の高さと戦略の巧みさに敬意を表したい。

 本書を「学び」の指針として,バランスの取れた児童精神医学の専門家が育ってゆくことを願う。
若手精神科医に最適な研修ガイドライン的テキスト
書評者: 大森 哲郎 (徳島大大学院教授・精神医学)
 一般の精神科医にもある程度の子どもの精神医学の素養と経験は必要である。大人を診ていても症状発現が発達期にさかのぼることや前駆症状が児童期にあることはまれではないし,一般精神科外来で10歳代の子どもを診療する機会はよくある。にもかかわらず,子どもの精神科診療を学べる研修施設は必ずしも多くはない。学ぶ機会を求めている,あるいはもう少し専門性を高めたいと願っている研修医は各地にたくさんいるに違いない。

 編者らはそのような研修医を集めて,国府台病院において2部構成計4日間に渡る充実した研修コースを開催していた。各項目原則30分のコンパクトな系統講義が基本単位であったという。ここで講師を務めた方々がそのまま本書の執筆者となっているとのことである。簡にして要を得た内容となったのは当然である。

 本書の成立にはもう一つ別の経緯がある。編者らを含む日本精神神経学会の小児精神医療委員会が,子どもの心の診療に関する研修目標を,専門医取得をめざす若手精神科医に向けて明確に提示する作業を託されたのである。これを受けて編集されたのが本書なのである。何をどこまで学ぶべきかを明示した研修ガイドライン的な特徴を持つテキストとなったのも当然の成り行きである。

 本書の構成は,総論は発達や母子関係など5項目にとどめ,各論に45項目を費やす。45項目は,「各病態」として自閉症スペクトラム障害など16項目,「特有の問題」として子ども虐待など4項目,「諸検査」として心理検査・認知機能検査など3項目,「ケース・フォーミュレーション」として1項目,「治療介入技法」として家族療法など15項目,「今後期待される介入技法」としてアウトリーチなど2項目,「病院以外での診療」として児童相談所など4項目に分かれている。

 各項目の様式はすべて統一され,「要約」「理解へのチェックリスト」「自由ノート」「達成目標」の順であり,末尾には引用文献と推薦図書が挙げられている。解離性障害・転換性障害を例にとると,「理解へのチェックリスト」は,「『解離』という心的機制を簡単に説明できる」から始まり「背景に不適切な養育環境などが存在する場合には,必要に応じて関係機関と連携することができる」までの難易度順に16のチェック項目がある。「達成目標」は,十数行の記述を評者が要約すると,初級では,概念が理解できているが診断には上級医師との相談が必要な段階であり,上級となると,複雑化した症例の治療経験も積み,外傷体験に焦点化した治療も学んでいるが,外傷体験を取り扱わない治療的意義も理解し,必要な場合には児童相談所や福祉事務所とも連携をとることができる,というような具合である。編者のまえがきによれば,「上級は児童精神科を専門分野として臨床活動に取り組んでいる医師の平均的理解度の水準を示している」から相当に高いレベルである。

 若手医師は,本書をひもとくことによって,小児の精神医療に関して研修すべき課題を把握し,理解度の現状を点検し,研修の進み具合を知ることができることは間違いない。編集の意図は見事に実現されているのである。

 それなりの年季を積んだ精神科医にもお薦めできる。評者は,「理解へのチェックリスト」と「達成目標」をチェックしていって,しばしば中級にも至らないわが到達地点のあまりの低さに青ざめた。あとがきの「全領域で“上級”の水準を満たしていると確信できる医師はほとんどいない」という編者の深慮の言葉にちょっとほっとした次第である。
子どもの心の診療の道標として
書評者: 八木 淳子 (岩手医大講師・神経精神科学/いわてこどもケアセンター副センター長)
 時代の要請から子どもの心の診療に関心を抱く精神科医,小児科医は少なくない。さらには子どもの精神保健福祉,教育,司法などの分野に関わるあらゆる専門職,支援者にも,児童精神医学と子どもの心の診療についての基礎知識と専門性を求められる機会が増してきている。

 しかし,日常業務に忙殺される臨床医にとって,児童精神科医療を学ぶことの重要性を理解してはいても,教科書を通読するには時間がかかりすぎ,地方では研修の機会すら得難い。現実には日々目の前の臨床に追われるうちに,どこから手を付けたらよいのか迷いながら,なんとなく苦手な領域として残ってしまうのが,子どもの心の診療に関する分野ではないだろうか。

 本書の編著者であり現代日本を代表する児童精神科医の一人である齊藤万比古氏は,子どもの心の躓き(精神障害)を,生物学的・心理的・社会(環境)的要因が均衡を保つことで成り立っている子どもの「自己システム」が,その平衡を保てなくなったときに引き起こされるものとして捉え,包括的な支援の大切さを一貫して強調されてきた。東日本大震災後に設立された児童精神科医療施設「いわてこどもケアセンター」(岩手医大)の開設記念講演においても,児童精神科医療の役割は,心の病気を改善するための手助けをし,環境を整え,学校(社会)と子どもをつなぎ,これらをまとめ上げながら熟成の時を待つことであり,子ども自身の成長を愚直なまでに見守り,付き合い続ける包括的・総合的な営みが大切であると説いておられた。本書中でも齊藤氏が提案する「三次元的な治療構造」は,東日本大震災で被災し,傷ついた子どもたちの長い長い心の復興の道のりを,共に歩み,見守り支え続けることにも相通ずる臨床哲学である。

 このような基本理念を背景として齊藤氏らが本書で提示するのは,子どもの心の診療に取り組む上で欠かすことのできない,臨床的専門性獲得のためのエッセンスである。総論では子どもの精神・神経発達,母子関係,エビデンスに基づく治療など基本的概念が示され,各論では児童青年期に見出される諸精神疾患の各病態がその分野のエキスパートによってコンパクトにわかりやすく解説されている。さらに,疾患概念では捉えられない,虐待や不登校などの子どもの心の問題に特有の現象や,検査や診立てのためのケースフォーミュレーション,各種治療介入技法の解説,今後期待される新たな治療技法の紹介なども加わり,児童精神医学と子どもの心の臨床を取り巻く技術的側面が具体的かつ広範囲に網羅されている。各項目は理解度を自己点検するためのチェックリストを含み,めざすレベルに合わせた研修の達成目標が段階的に明示され,各治療技法の推奨の度合いも示される。項目ごとに文献や推薦図書が記載されていることも,より深い学びへの助けになる。初学者には研修のための道標に,児童精神科を専門分野とする医師にとっては自己の習熟度を点検しつつ,指導者としてなすべきことの指針となる。本書は子どもの心の診療にかかわるすべての人にとって,有用で実際的な示唆を与えてくれる貴重な手引書である。

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