質的研究のピットフォール
陥らないために/抜け出るために
質的研究でつまずかないために-研究指導で実際に見られた例をもとに実践的アドバイス
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数多くの質的研究を行い、論文指導の経験も豊富な著者の目の前で大学院生が落ちた、著者自身もろともに落ちた、質的研究における“ピットフォール(落とし穴)”の数々を読み物風に紹介。質的研究を始める人がそうした陥穽に陥らないために、すでに行き詰まりを感じている人がそこから抜け出すために、実践的にアドバイス! 著者の経験に基づいた、心に沁み入るアドバイスで、前向きに研究に取り組むエネルギーもup!
著 | 萱間 真美 |
---|---|
発行 | 2013年06月判型:A5変頁:124 |
ISBN | 978-4-260-01847-0 |
定価 | 2,200円 (本体2,000円+税) |
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- 序文
- 目次
- 書評
序文
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はじめに
今年もまた、大学院の修了生たちが巣立っていった。年末から年始にかけて、修士・博士論文の提出と審査が続き、怒涛のようなやりとりと審査、書類作成とプレゼンの“だめ出し”に追われた。その寒くて暗い日々は、晴れやかな修了式の笑顔で締めくくられた。その笑顔を支える論文の提出までには、本人も、そして指導する側も忘れている(忘れてしまいたいと願っている)修羅場の数々があった。
この本に出てくるピットフォール(落とし穴)は、筆者の目の前で院生が落ちたことがある、または筆者も、もろともに落ちたことがあるものばかりだ。実は、章ごとに特定の院生を思い浮かべながら書いた。思い出して懐かしいと思えるエピソードもあれば、まだ傷が生々しくて、とても懐かしいとは言えないものもある。私自身も現役の研究者だから、決して高みの見物をしているのではなく、自分自身もまた、落とし穴に足をとられながらもなんとか前のめりに進んでいる毎日だ。
研究は、発見を得るためのクリエイティブな作業と、それを他者に伝え、共有するためのコミュニケーションで成り立っている。そして多分、コミュニケーションのために費やす時間のほうが格段に長く、知的興奮は瞬時のものだ。
質的研究方法は、看護学の学位論文の研究方法論として用いられることが格段に増え、発表される論文も増えている。Mixed Methodやテキストマイニングなど、バリエーションも豊富になりつつある。その普及のなかで、定かでないままに使われて混乱を招いている用語や、誤解されたままになっている表現方法など、実践的に整理しなくてはならない課題もまた増えていると感じている。
大学院に入って研究を始める人たちは、おずおずと自分のテーマについて語り始める。筆者は、それを聞きながら指導の先例を思い浮かべ、どうしたらそれを形にして、審査に耐えうる論文にできるかを考えている。院生は筆者の表情を見て、「こんなにワクワクする、素敵なテーマを語っているのに、渋柿を食べたような顔をしているこの人は、臨床の喜びを知らないのだろうか。かわいそうに」と思っていることだろう。しかし、夢だけでは研究はできない。テーマを現実の研究方法で叩きにたたいて、向こうが透けて見えるくらいの透明度にしなければ、研究計画書を書くことができない。
こうした意味で、指導者は常に院生の何歩か先の危険やむずかしさを見ているので、常にシビアなコメントをすることになる。一方の院生は、はじめての体験であるために、なかなかそれを共有することができずに、ときに指導者を「わからずや」と感じて敵視することがある。
最近、博士論文の計画書審査に合格したある院生に対して「計画書審査では審査員と敵対する必要はない。審査員は、どうしたらよい研究になるかを考える存在だから、いい恰好をしようとしないで、私はこう考えるけれど、どうしたらよいでしょうかと相談してみて」と話した。院生は、それを聞いたときには豆鉄砲をくらったようにぽかんと口を開けていたが、一連のやり取りを経た後には「計画書を直して見ていただくプロセスで、審査員は敵ではなく、指導者の1人だと感じた」と言っていた。審査員から、心温まる、よい指導を受けたのだと思う。
学位論文を書く作業は、自分の長年のこだわりをはじめて言葉にして世に問うのだという気負いを抱いて行われる。だから、どうしても肩に力が入り、それに少しでも意見する人はねじ伏せてやるというような、過剰な気概をもつ人も多い。そうやってハリネズミのようにかたくなな院生とかかわるときには、こちらがけがをさせられることもあるし、怒りをぶつけられることもある。研究指導は精神科看護の臨床とよく似ている。緊張するのではなく、伝える努力をするのだということと、その方法を具体的に教えることが必要だ。
2012年後半、筆者は研究休暇(サバティカル・リーブ)を取得した。大学院生の論文指導は通常通り行うことが条件なので、休暇という感じはほとんどなかった。それでも通常の会議から離れ、自分の研究活動に時間を使いながら、少し距離を置いて論文指導を行う機会となった。この機会に、これまでの学位論文の指導で体験した落とし穴をまとめてみようと思い立った。
本書の多くの部分を執筆したのはオーストラリアで、この国にしかいないWombatという動物に出会い、その生態を書いたペーパーバックに夢中になった。オーストラリアの慣れない道を運転したり、訪問看護に出かける緊張の合間に、この本にずいぶん癒された。Wombatは盲目的に穴を掘り続ける、有袋類・カンガルー目の動物で、とても愛らしいが自分の行く手をさえぎる者には獰猛である。その生態には、かつての自分を、そして現在かかわる多くの学生を思わせるところがあった。
まるでその本のような、愛らしいイラストと獰猛さを秘めたエピソードをちりばめた本に、本書をデザインしていただいた。多くの愛すべき獰猛な院生たちが、そして、はらはらしながら歩みを見守る指導者が、道中の落とし穴に足をとられないで目的地まで行けるように、楽しみながらご活用いただけたらとても嬉しい。
2013年3月
萱間 真美
今年もまた、大学院の修了生たちが巣立っていった。年末から年始にかけて、修士・博士論文の提出と審査が続き、怒涛のようなやりとりと審査、書類作成とプレゼンの“だめ出し”に追われた。その寒くて暗い日々は、晴れやかな修了式の笑顔で締めくくられた。その笑顔を支える論文の提出までには、本人も、そして指導する側も忘れている(忘れてしまいたいと願っている)修羅場の数々があった。
この本に出てくるピットフォール(落とし穴)は、筆者の目の前で院生が落ちたことがある、または筆者も、もろともに落ちたことがあるものばかりだ。実は、章ごとに特定の院生を思い浮かべながら書いた。思い出して懐かしいと思えるエピソードもあれば、まだ傷が生々しくて、とても懐かしいとは言えないものもある。私自身も現役の研究者だから、決して高みの見物をしているのではなく、自分自身もまた、落とし穴に足をとられながらもなんとか前のめりに進んでいる毎日だ。
研究は、発見を得るためのクリエイティブな作業と、それを他者に伝え、共有するためのコミュニケーションで成り立っている。そして多分、コミュニケーションのために費やす時間のほうが格段に長く、知的興奮は瞬時のものだ。
質的研究方法は、看護学の学位論文の研究方法論として用いられることが格段に増え、発表される論文も増えている。Mixed Methodやテキストマイニングなど、バリエーションも豊富になりつつある。その普及のなかで、定かでないままに使われて混乱を招いている用語や、誤解されたままになっている表現方法など、実践的に整理しなくてはならない課題もまた増えていると感じている。
大学院に入って研究を始める人たちは、おずおずと自分のテーマについて語り始める。筆者は、それを聞きながら指導の先例を思い浮かべ、どうしたらそれを形にして、審査に耐えうる論文にできるかを考えている。院生は筆者の表情を見て、「こんなにワクワクする、素敵なテーマを語っているのに、渋柿を食べたような顔をしているこの人は、臨床の喜びを知らないのだろうか。かわいそうに」と思っていることだろう。しかし、夢だけでは研究はできない。テーマを現実の研究方法で叩きにたたいて、向こうが透けて見えるくらいの透明度にしなければ、研究計画書を書くことができない。
こうした意味で、指導者は常に院生の何歩か先の危険やむずかしさを見ているので、常にシビアなコメントをすることになる。一方の院生は、はじめての体験であるために、なかなかそれを共有することができずに、ときに指導者を「わからずや」と感じて敵視することがある。
最近、博士論文の計画書審査に合格したある院生に対して「計画書審査では審査員と敵対する必要はない。審査員は、どうしたらよい研究になるかを考える存在だから、いい恰好をしようとしないで、私はこう考えるけれど、どうしたらよいでしょうかと相談してみて」と話した。院生は、それを聞いたときには豆鉄砲をくらったようにぽかんと口を開けていたが、一連のやり取りを経た後には「計画書を直して見ていただくプロセスで、審査員は敵ではなく、指導者の1人だと感じた」と言っていた。審査員から、心温まる、よい指導を受けたのだと思う。
学位論文を書く作業は、自分の長年のこだわりをはじめて言葉にして世に問うのだという気負いを抱いて行われる。だから、どうしても肩に力が入り、それに少しでも意見する人はねじ伏せてやるというような、過剰な気概をもつ人も多い。そうやってハリネズミのようにかたくなな院生とかかわるときには、こちらがけがをさせられることもあるし、怒りをぶつけられることもある。研究指導は精神科看護の臨床とよく似ている。緊張するのではなく、伝える努力をするのだということと、その方法を具体的に教えることが必要だ。
2012年後半、筆者は研究休暇(サバティカル・リーブ)を取得した。大学院生の論文指導は通常通り行うことが条件なので、休暇という感じはほとんどなかった。それでも通常の会議から離れ、自分の研究活動に時間を使いながら、少し距離を置いて論文指導を行う機会となった。この機会に、これまでの学位論文の指導で体験した落とし穴をまとめてみようと思い立った。
本書の多くの部分を執筆したのはオーストラリアで、この国にしかいないWombatという動物に出会い、その生態を書いたペーパーバックに夢中になった。オーストラリアの慣れない道を運転したり、訪問看護に出かける緊張の合間に、この本にずいぶん癒された。Wombatは盲目的に穴を掘り続ける、有袋類・カンガルー目の動物で、とても愛らしいが自分の行く手をさえぎる者には獰猛である。その生態には、かつての自分を、そして現在かかわる多くの学生を思わせるところがあった。
まるでその本のような、愛らしいイラストと獰猛さを秘めたエピソードをちりばめた本に、本書をデザインしていただいた。多くの愛すべき獰猛な院生たちが、そして、はらはらしながら歩みを見守る指導者が、道中の落とし穴に足をとられないで目的地まで行けるように、楽しみながらご活用いただけたらとても嬉しい。
2013年3月
萱間 真美
目次
開く
はじめに
chapter 1 テーマを決めるのがむずかしい
テーマが決まらない(拡散するタイプ)
質的研究なのだから、テーマは大体でOK?
文献検索はしなくていい?
理論的サンプリングをするのだから、対象は決められない?
帰納的な分析をするのだから、関連する概念の検討はいらない?
インタビューガイドは1度作ればOK?
データ収集の方法は、インタビューだけ?
テーマを語れない(考えの枠組みが強く、柔軟性がないタイプ)
1回質的研究をしてみたかった
先生は質的研究が専門だから
現象への理解に自信がない
chapter 2 研究計画を立てるのがむずかしい
方法論の記載は、ほかの論文の通りでよいのか
(質的研究はみな同じか)
よく使う単語を頻回に使うが、読む側には通じない
(臨床の言葉と研究の言葉の違い)
「頭の中に計画がある」と言うが、文字には書いていない
多すぎる対象設定
グラウンデッド・セオリー法を「参考にした」と書くことについて
chapter 3 むずかしくないMixed Method
古くて新しいMixed Method
トライアンギュレーション型Mixed Method
-研究報告書の場合など
埋め込み型Mixed Method
-質的研究のある一部分として量的調査を組み込む場合など
説明型Mixed Method
-調査の一部をより詳細に述べるために組み合わせる場合など
探究型Mixed Method
-測定用具の開発のためにインタビュー調査を先行する場合など
chapter 4 データ収集がむずかしい
フィールドが、受け入れてくれない
インタビューが、うまくいかない
非現実的なスケジュール
chapter 5 分析がむずかしい
テープ起こしがつらくてできない
データの切片化(スライス)は正しいのだろうか
対象者の言葉を、研究者の言葉に置き換えてしまう
研究の問いに向かわない分析
大切な言葉や表現を見逃す
どこかで聞いたことのある言葉
新しいことが出てこない、結果がおもしろくない
概念がばらばらな方向を向く
概念図が書けない
chapter 6 論文を書くのがむずかしい
文献検討には「同じテーマの質的研究がない」ことだけを書けばいい?
質的研究だから、研究方法は先輩のコピーでOK?
分析の方法に関しては、なんらかの数字を示したほうがいい?
定義なし概念と生データだけが並んでいる
データの引用と概念が合っていない
データの引用が長すぎる、切れない
考察が書けない
結果と考察が関係ない
概念図はどこまで細かく描く?
質的研究の論文を英語で発表すること
おわりに
索引
chapter 1 テーマを決めるのがむずかしい
テーマが決まらない(拡散するタイプ)
質的研究なのだから、テーマは大体でOK?
文献検索はしなくていい?
理論的サンプリングをするのだから、対象は決められない?
帰納的な分析をするのだから、関連する概念の検討はいらない?
インタビューガイドは1度作ればOK?
データ収集の方法は、インタビューだけ?
テーマを語れない(考えの枠組みが強く、柔軟性がないタイプ)
1回質的研究をしてみたかった
先生は質的研究が専門だから
現象への理解に自信がない
chapter 2 研究計画を立てるのがむずかしい
方法論の記載は、ほかの論文の通りでよいのか
(質的研究はみな同じか)
よく使う単語を頻回に使うが、読む側には通じない
(臨床の言葉と研究の言葉の違い)
「頭の中に計画がある」と言うが、文字には書いていない
多すぎる対象設定
グラウンデッド・セオリー法を「参考にした」と書くことについて
chapter 3 むずかしくないMixed Method
古くて新しいMixed Method
トライアンギュレーション型Mixed Method
-研究報告書の場合など
埋め込み型Mixed Method
-質的研究のある一部分として量的調査を組み込む場合など
説明型Mixed Method
-調査の一部をより詳細に述べるために組み合わせる場合など
探究型Mixed Method
-測定用具の開発のためにインタビュー調査を先行する場合など
chapter 4 データ収集がむずかしい
フィールドが、受け入れてくれない
インタビューが、うまくいかない
非現実的なスケジュール
chapter 5 分析がむずかしい
テープ起こしがつらくてできない
データの切片化(スライス)は正しいのだろうか
対象者の言葉を、研究者の言葉に置き換えてしまう
研究の問いに向かわない分析
大切な言葉や表現を見逃す
どこかで聞いたことのある言葉
新しいことが出てこない、結果がおもしろくない
概念がばらばらな方向を向く
概念図が書けない
chapter 6 論文を書くのがむずかしい
文献検討には「同じテーマの質的研究がない」ことだけを書けばいい?
質的研究だから、研究方法は先輩のコピーでOK?
分析の方法に関しては、なんらかの数字を示したほうがいい?
定義なし概念と生データだけが並んでいる
データの引用と概念が合っていない
データの引用が長すぎる、切れない
考察が書けない
結果と考察が関係ない
概念図はどこまで細かく描く?
質的研究の論文を英語で発表すること
おわりに
索引
書評
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質的研究の落とし穴を知り前進するための実践書
書評者: 大坂 和可子 (聖路加国際大学大学院博士後期課程)
研究方法について書かれた書籍は,研究の基本的な知識に関する客観的な事実を述べているものがほとんどを占めます。研究についての基本的な知識だけを学んでも,いざ研究を始めようと思うと,どこからどのように取りかかればよいのかイメージしにくく右往左往することは,研究を始めてまもないころに誰もが経験することでしょう。
研究に実際に取り組むためには,研究に対するパッションとともに,本書の著者である萱間真美氏も述べているように「発見を得るためのクリエイティブな作業」,研究を「他者に伝え,共有するためのコミュニケーション」(文章表現の力)といった実践的方法を合わせて学ぶ必要があります。本書はまさに,質的研究におけるコアとなる知識を解説しながら,テーマの決定,研究計画の立案,データ収集,分析,論文を書くという研究を進める道すがら,どんな経験をするのかについて(陥りやすい落とし穴と感情的な経験も含めて),研究に取り組む人,研究を指導する人の双方の目線を織り交ぜながら説明している実践的な書籍です。
初めて質的研究に取り組む人にとって本書は,これから進む研究の道のりの見通しを立てるのに役立つ,ガイドブックのような役割を果たしてくれることと思います。これから訪れるかもしれない落とし穴がわかれば,それを回避して前に進むことができます。もしくは,落とし穴に落ちてしまったとしても,どうやって抜け出せばよいのかを知ることができます。深くて大きな穴に落ちて,穴に落ちたことに気づかない時にも,穴に落ちていることを冷静に気づかせてくれるかもしれません。
私自身も,初めて質的研究に取り組んだころ「こんなに書けないなんて,質的研究に向いていない」と自分を責めて苦しかった経験があります。本書を読んで,知らないうちに落とし穴に落ちていたと冷静に気付くことができました。他の人も落ちる穴なら,そんなに自分を責めなくてよかったのだと慰められ,またがんばろうという気分になりました。本書は,私のように,初学者であったころの研究の取り組みについて客観的に振り返る手助けとなるかもしれません。
もう1つ興味深いのは,研究指導者としての著者自身の本音が随所に書かれていることです。厳しい指導の裏にある大学院生に対する愛情と,研究に対するパッションが伝わってきます。大学院生が,指導者との関係性を「嫌われた」とか「助けてくれない」と勘違いせず(依存せず)どう作っていくか,冷静に自分のすべきことは何かを学ぶ上でも,大変役立つと思います。
もちろん,研究指導者としてこれから歩もうとする方にとっても,指導する学生の状況を理解する手助けとなり,指導者の在り方を学べる貴重な書籍だと思います。
どのような立場で読むかにより学ぶ視点が変わる本書は,大学院生にも指導者にも有効活用できる一冊です。
一体感のあるストーリーで見えてくる質的研究の本質 (雑誌『看護教育』より)
書評者: 秋元 典子 (岡山大学大学院保健学研究科)
何とも愛らしいイラスト入りの,質的研究に関する書籍が刊行された。指導者を含め質的研究に取り組んでいる者が,質的研究に潜む落とし穴に落ち込んでしまわないように,落ち込んだとしてもそこから抜け出せるように学術的にガイドしてくれる,小さいながらも存在感のある1冊である。
手に取った瞬間から,一気にその内容の的確さとクリアカットな文体に引き込まれてしまうこと間違いなし,と確信する。
『chapter 1:テーマを決めるのがむずかしい』から始まるが,すでにここから読者は「はい,とってもむずかしいです。テーマって,どうやって絞っていけばいいのですか」と著者に尋ねたくなり,『chapter 2:研究計画を立てるのがむずかしい』で,自分の苦しさをわかってもらえているような感覚を覚え,『chapter 3:むずかしくないMixed Method』で,「えっ,そうなの? 私にもできるかもしれない」と勇気がわき,『chapter 4:データ収集がむずかしい』では,少し勇気が出てきた背景もあって,むずかしいけれどデータ収集のヒントが書いてあるに違いないと探求したくなり,『chapter 5:分析がむずかしい』にいたっては,「まったく同感!データ分析ほど苦しいものはない」との気持ちが読み手に行を追わせる。『chapter 6:論文を書くのがむずかしい』では,書くことは誰にとってもむずかしいのだと,最後にもう一度勇気がわいてくる。質的研究に取り組む者が間違えやすい事柄を埋もれさせることなくすべて掘り起し,読む者にとって一体感さえ感じられるストーリー性のある素晴らしい構成となっている。
読み終えたとき,いつの間にかたくさんの付箋が貼り付けられていた。1行1行が意味深く,まったく無駄がないからである。とりわけ『chapter 5:分析がむずかしい』の含蓄に富む文章は圧巻である。まさに質的研究に潜むピットフォールだと合点がいく。そして46ページの『グラウンデッド・セオリー法を「参考にした」と書くことについて』の箇所は,私もすねに傷もつ身として身につまされた。たしかに,ビッグネームをもつ方法論が書かれているかどうかが重要なのではない。何を,どのように行ったかが具体的に書かれていることこそが重要なのである。研究目的と研究の背景,行われた研究方法の整合性があれば,それでよいのだと著者は言い切っている。まったくその通りである。
とにかく読んでみてほしい。読み進めるうちに,著者の厳しくて温かい具体的アドバイスの根底にある質的研究の本質までもが見えてくることに読者はきっと気づかれることだろう。
(『看護教育』2014年3月号掲載)
書評者: 大坂 和可子 (聖路加国際大学大学院博士後期課程)
研究方法について書かれた書籍は,研究の基本的な知識に関する客観的な事実を述べているものがほとんどを占めます。研究についての基本的な知識だけを学んでも,いざ研究を始めようと思うと,どこからどのように取りかかればよいのかイメージしにくく右往左往することは,研究を始めてまもないころに誰もが経験することでしょう。
研究に実際に取り組むためには,研究に対するパッションとともに,本書の著者である萱間真美氏も述べているように「発見を得るためのクリエイティブな作業」,研究を「他者に伝え,共有するためのコミュニケーション」(文章表現の力)といった実践的方法を合わせて学ぶ必要があります。本書はまさに,質的研究におけるコアとなる知識を解説しながら,テーマの決定,研究計画の立案,データ収集,分析,論文を書くという研究を進める道すがら,どんな経験をするのかについて(陥りやすい落とし穴と感情的な経験も含めて),研究に取り組む人,研究を指導する人の双方の目線を織り交ぜながら説明している実践的な書籍です。
初めて質的研究に取り組む人にとって本書は,これから進む研究の道のりの見通しを立てるのに役立つ,ガイドブックのような役割を果たしてくれることと思います。これから訪れるかもしれない落とし穴がわかれば,それを回避して前に進むことができます。もしくは,落とし穴に落ちてしまったとしても,どうやって抜け出せばよいのかを知ることができます。深くて大きな穴に落ちて,穴に落ちたことに気づかない時にも,穴に落ちていることを冷静に気づかせてくれるかもしれません。
私自身も,初めて質的研究に取り組んだころ「こんなに書けないなんて,質的研究に向いていない」と自分を責めて苦しかった経験があります。本書を読んで,知らないうちに落とし穴に落ちていたと冷静に気付くことができました。他の人も落ちる穴なら,そんなに自分を責めなくてよかったのだと慰められ,またがんばろうという気分になりました。本書は,私のように,初学者であったころの研究の取り組みについて客観的に振り返る手助けとなるかもしれません。
もう1つ興味深いのは,研究指導者としての著者自身の本音が随所に書かれていることです。厳しい指導の裏にある大学院生に対する愛情と,研究に対するパッションが伝わってきます。大学院生が,指導者との関係性を「嫌われた」とか「助けてくれない」と勘違いせず(依存せず)どう作っていくか,冷静に自分のすべきことは何かを学ぶ上でも,大変役立つと思います。
もちろん,研究指導者としてこれから歩もうとする方にとっても,指導する学生の状況を理解する手助けとなり,指導者の在り方を学べる貴重な書籍だと思います。
どのような立場で読むかにより学ぶ視点が変わる本書は,大学院生にも指導者にも有効活用できる一冊です。
一体感のあるストーリーで見えてくる質的研究の本質 (雑誌『看護教育』より)
書評者: 秋元 典子 (岡山大学大学院保健学研究科)
何とも愛らしいイラスト入りの,質的研究に関する書籍が刊行された。指導者を含め質的研究に取り組んでいる者が,質的研究に潜む落とし穴に落ち込んでしまわないように,落ち込んだとしてもそこから抜け出せるように学術的にガイドしてくれる,小さいながらも存在感のある1冊である。
手に取った瞬間から,一気にその内容の的確さとクリアカットな文体に引き込まれてしまうこと間違いなし,と確信する。
『chapter 1:テーマを決めるのがむずかしい』から始まるが,すでにここから読者は「はい,とってもむずかしいです。テーマって,どうやって絞っていけばいいのですか」と著者に尋ねたくなり,『chapter 2:研究計画を立てるのがむずかしい』で,自分の苦しさをわかってもらえているような感覚を覚え,『chapter 3:むずかしくないMixed Method』で,「えっ,そうなの? 私にもできるかもしれない」と勇気がわき,『chapter 4:データ収集がむずかしい』では,少し勇気が出てきた背景もあって,むずかしいけれどデータ収集のヒントが書いてあるに違いないと探求したくなり,『chapter 5:分析がむずかしい』にいたっては,「まったく同感!データ分析ほど苦しいものはない」との気持ちが読み手に行を追わせる。『chapter 6:論文を書くのがむずかしい』では,書くことは誰にとってもむずかしいのだと,最後にもう一度勇気がわいてくる。質的研究に取り組む者が間違えやすい事柄を埋もれさせることなくすべて掘り起し,読む者にとって一体感さえ感じられるストーリー性のある素晴らしい構成となっている。
読み終えたとき,いつの間にかたくさんの付箋が貼り付けられていた。1行1行が意味深く,まったく無駄がないからである。とりわけ『chapter 5:分析がむずかしい』の含蓄に富む文章は圧巻である。まさに質的研究に潜むピットフォールだと合点がいく。そして46ページの『グラウンデッド・セオリー法を「参考にした」と書くことについて』の箇所は,私もすねに傷もつ身として身につまされた。たしかに,ビッグネームをもつ方法論が書かれているかどうかが重要なのではない。何を,どのように行ったかが具体的に書かれていることこそが重要なのである。研究目的と研究の背景,行われた研究方法の整合性があれば,それでよいのだと著者は言い切っている。まったくその通りである。
とにかく読んでみてほしい。読み進めるうちに,著者の厳しくて温かい具体的アドバイスの根底にある質的研究の本質までもが見えてくることに読者はきっと気づかれることだろう。
(『看護教育』2014年3月号掲載)
更新情報
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更新情報はありません。
お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。