幻聴妄想かるた
解説冊子+CD『市原悦子の読み札音声』+DVD『幻聴妄想かるたが生まれた場所』付

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東京・世田谷のハーモニー(就労継続支援B型事業所)が、自分たちの幻聴妄想の実態をかるたにした。彼らの幻聴妄想の世界を知ることは、共存の意味を学ぶことである。解説冊子と、DVD『幻聴妄想かるたが生まれた場所』に加えて、女優の市原悦子さんによる『読み札音声』CDが付録になった豪華版。

[こんなふうに使ってください]
*医療者――心理教育のツールとして。地域で暮らすイメージをつくり、退院支援のきっかけに。
*教育者――精神看護学実習の教材として。
*当事者・家族――幻聴妄想をどう話すか、どう聞くか、どう解決するかの参考に。
*作業所――ユニークで、注目を浴びる商品開発の参考に。

編著 ハーモニー (就労継続支援B型事業所)
発行 2011年11月判型:その他頁:308
ISBN 978-4-260-01485-4
定価 2,530円 (本体2,300円+税)

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[収録内容]
幻聴妄想かるた92枚(絵札46枚、読み札46枚)
DVD「幻聴妄想かるたが生まれた場所」
  DVDには、このかるたを製作した人たちの普段の姿や、どうやってかるたを
  作ったのかを収録。ハーモニーの日常は、みんなを笑顔にしてくれる。
CD「市原悦子の読み札音声」
  かるたの楽しみを増幅することまちがいなし!
解説冊子「露地」(判型B6 頁120)
  かるたの遊び方、札についての解説のほか、ハーモニーのメンバーそれぞれの
  歴史や、謎の組織「若松組」との戦いの記録など、面白さ全開の120ページ。


[解説冊子「露地」 目次]

   [コラム]かるたにはどんな可能性があるのだろうか?(1)
   ごあいさつ

  1章 幻聴妄想かるたを作りました
   かるたの4通りの遊び方
   それぞれの札が表現している世界とは?
  2章 HISTORY~ハーモニーのみんなそれぞれの歴史
   人心愛
   後藤あゆみ
   K・I
   寺内貫太郎
   亜礼木小僧
   T3
   フランク・ジュリアン・ソウル
   [コラム]ハーモニーってどこにあるの?
   無意識天国
   鯨十屯
   姿三四郎
   [コラム]かるたにはどんな可能性があるのだろうか?(2)
   岩清水愛
   NON
  3章 当事者研究グループ
   愛の予防戦隊
   統合失調症のこと、そして居場所の大切さについて

   おわりに~幻聴妄想かるたが生まれた場所

『幻聴妄想かるた』収録内容紹介

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懐かしさ,そしてほろ苦さを感じた理由
書評者:原田 誠一(原田メンタルクリニック・東京認知行動療法研究所)

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 本書は当事者の皆さんが,(1)自分の幻聴妄想体験を「かるた」の読み札,絵札という形で表現し,(2)解説冊子で生育歴,治療やハーモニー(=今回の企画の主体となったリハビリ施設)への感想,かるたへの想いなどを率直に綴り,(3)DVDにも出演して読者へのメッセージを発信するという,誠に独創的で先駆的な内容となっている。さらには,女優・市原悦子さんが読み札を語る素敵なCDもついていて,ユニークな魅力満載の快著と感じ入りました。本書を楽しみ味わう中で評者は新鮮な懐かしさを満喫するとともに,一精神科医として複雑なほろ苦さも体験しました。以下,その内実を記して本書の紹介とさせていただきます。

 まずは「新鮮な懐かしさ」から。四半世紀にわたって精神科医をやってきた評者にとって,かるたで表現されている内容自体は馴染み深いもので,しみじみ「懐かしさ」を感じました。一方の「新鮮さ」は,(1)かるたという形式で幻聴妄想体験が言語的・絵画的に生き生きと表現されていて,(2)解説冊子とDVDで当事者の皆さんが堂々と想いのたけを語る様子に感銘を受け,(3)市原悦子さんの見事な朗読を通して,皆さんの心象風景が髣髴としてくる経験に驚嘆したことによります。加えて,診療で心理教育を行う際にかるたを早速使ってみたところ,良い手応えがみられたことも新鮮な体験でした。

 次に,「一精神科医として味わった複雑なほろ苦さ」に触れます。当事者の皆さんは,本書で意図的・無意識的に精神医療の問題点を鋭く指摘しておられる。例えば,(1)皆さんはこぞって「自分の体験を理解してもらえた」喜びを語っているが,このことは「精神科医が当事者の体験を十分把握・理解して尊重し,相手にしっかり伝える」という,精神療法の基本だが肝心要の部分が不十分な現状を示しているかもしれない,(2)DVDの映像から錐体外路症状などの薬物療法の副作用が伺えて,かるたで表現されている内容が診察場面で語られると「クスリが増える」結果につながりかねない実態がありそうだ,(3)治療者側から当事者の方に伝えられた(と語られている)病態の説明内容に,不適切なものがある(例:脳梗塞と説明されて即入院),(4)病院の居住性の悪さが切実に語られている(例:「病院食が,ものすごくまずくてね。まずくて,まずくて」「病院のなかでは休養にならなかった」)があります。ここでは,現在の精神医療における精神療法・薬物療法・心理教育・入院環境の問題点が明瞭に表現されているわけです。こうした問題提起は,精神医療にかかわっている評者にとって他人事でない切実な課題であり,複雑なほろ苦さを体験しました。

 せっかくの機会ですので,少々気になった点も記させていただきます。例えば「レストランで うんこの話がしたくてしょうがなくなる」は,幻聴妄想とは異なる体験(強迫衝動)かもしれません。またクスリの副作用が,かるたの内容に一部関与している可能性も否定できない気がします。改訂の折があれば,身近な精神科医と一緒に見直してみると良いでしょう。

 本書の出来栄えがあまりに素晴らしいので,私たち精神科医の「つぶやき本音かるた」も作って小沢昭一さんに朗読していただけたらなどと評者は夢想しました。世間のニーズのない愚かな冗談企画ですが,精神科医だけはかなりの人が愛読・愛聴するような気がします。

ドキッとさせられる,優れモノ。(雑誌『保健師ジャーナル』より)
書評者:田中 直美(成仁病院)

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 「のう(脳)のなかに機械がうめこまれ,しっちゃかめっちゃかだ」「テレパシーがやってきて自分の望みがすべてかなった」「弟を犬にしてしまった」…『幻聴妄想かるた』の読み札である。読んで私は大好きになった。

 病気になった体験を「同じ病気のひとはもちろん,病気と縁のない生活をしている人にも楽しく伝えたい」という思いから,精神障害者就労継続支援B型事業所「ハーモニー」(東京都世田谷区)のメンバーと職員によってこのかるたは作成された。幻聴や妄想が当事者の言葉で楽しく,ちょっとほろ苦く詠まれる。付属CDの詠み手はなんと市原悦子さん!「すごい」と思わず手を叩いた。

 「露地」という解説冊子には,読み札のシチュエーションがそっと書かれ,取り札は味のある線画が作者の気持ちを表現していて,ニヤッとしてしまう。私は,「なるほど,なるほど」と思う。

 冊子には,舞台となった「ハーモニー」のことはもちろんだが,何よりかるたを作成したメンバーの幼少時のこと,病気のこと,家族・友だちのことなど,さまざまな背景が書かれている。そのなかで,「精神病者だから何をやるかわからないという見方をしてほしくない。治療・リハビリをしている人は怖くない。ほかの人と変わらない」というくだりには,ドキッとさせられた。私は,「ほかの人と同じだと思っているよなあ。大丈夫?」と問いかけられた気がした。

 それだけでなく,遊び方にもひと工夫されている。普通のかるた遊びのほかに,百人一首で言うところの「坊主めくり」,絵札鑑賞,「登場人物なりきり遊び」がある。「おもしろい!」と思わず膝を打った。一緒に遊んでくれるメンバーがすぐに見つからなかったので,遊びの感想を伝えられないのが残念だ。

 保健師の私は,このかるたをかなりの優れモノと見た。せっかくの優れモノを保健師はどう使うか?まずは,「幻聴・妄想を持つ当事者への理解を深める一助としよう」という型どおりの使い方がある。しかし,このかるたはそんなカタイ保健師さんを笑い飛ばし,力を抜いて一緒に考えようと誘ってくれている。保健師としては,何が何でもその誘いに乗らなければいけない。そして,「ほかの人と変わらない」部分も再確認するのである。

 地域や病院で活動する保健師は,自分も含めて「わかった気がして」行っていることがたくさんあると思う。でも,どこか「そうではないかも?」という不安がある。そんな時に,ちょっとこのかるたで遊んでみよう。改めて精神障害に向かい合う知恵とモチベーションをくれるはずだ。

 さあ,時間だ。私はこれからデイケア室へ行って,メンバーと一緒にかるたをしよう。この優れモノでモチベーションアップをするつもりである。

 よろしければ,あなたもご一緒にいかがですか?

(『保健師ジャーナル』2012年4月号掲載)

精神看護学や地域看護学でぜひ活用したい素材 (雑誌『看護教育』より)
書評者:木挽 秀夫(元・看護学校教員/現・ケアネットジャパンにじいろ看護ステーション課長)

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 実際にかるたを手に取ってみました。私のお気に入りは,「先生『それは妄想です』 僕『いやテレパシーだ』」。この会話は,自分が精神科看護師だった頃にさんざん見かけた光景です。自分たちが患者さんたちの現実を見ていないことがよくわかる場面だと思います。また,「眠れない日が続くと 聞こえてくるジェットエンジン音」と「脳の中に機械が埋め込まれ しっちゃかめっちゃかだ」の札からは,患者さんの症状の不快さが伝わってきます。今まで私たちは医療者の現実から患者さんの幻聴妄想を推し量っていましたが,この「かるた」という短い文面によって,患者さんの現実がズバリと自分の思考に入ってきました。

 では医療関係の学校で,このかるたを教材として使うとすれば,どのような効果があるでしょう。1つは,ハーモニーという施設でこのかるたを製造・販売した経緯を紹介することで,学生が当事者の「社会での生活」について考える機会になります。多くの社会復帰施設では,職員が必死な思いをしながら地域から内職の仕事をもらい,当事者がそれを細々と行い,しかも時給が極端に安いという現実があります。しかしハーモニーは,そうした仕事のあり方から発想を変え,当事者たちが自分たちの幻聴妄想を資本に,かるたという商品にしてお金を稼ぐという形を取りました。実際『幻聴妄想かるた』は製造した2008年当初から評判となり,500部を販売してきたといいます。こうした商売のあり方から,精神の病をかかえた人たちが地域で生活するという意味を考えることができます。

 また,DVDに収録されている当事者とスタッフとのやり取りを自分たちの精神障がい者のイメージと比較し,「生活者としての精神障がい者の存在」について検討できます。

 かるた本体の使い方として,学内での講義では,看護過程展開での活用が有効だと考えます。今までは,紙上患者の状況をあらかじめ作成し,設定された筋書きにそって考えをまとめていました。しかし,このかるたを使い,各札から考えられる当事者の状況を学生がイメージし,看護の対応を考えていくことで,通常の事例展開では得ることができない,当事者の現実に対応する看護の思考を養っていけるのではないかと考えます。

 臨地実習では,患者さんと一緒にかるた大会を行いたいと思います。札の紹介をし,かるた大会を行い,札を取るたびに,内容についてワイワイと話しながら患者さんがかるたから何を感じたのかを確認していくことで,学生にはいろいろな学びが期待できます。 この『幻聴妄想かるた』は,調理の仕方によって,さまざまな味わいを得ることができる,優れた学校材料だと感じました。

(『看護教育』2012年3月号掲載)

未来の医療者たちに返句を作ってもらった
書評者:穴水 幸子(国際医療福祉大講師・保健医療学/精神科専門医)

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 私は東京で精神科臨床医として長年,仕事をしていたが,機会があって昨年の春より医療福祉系の大学の教壇に立つことになった。学生らの意欲や意思に見合うような,目を輝かせるような教材に出会いたい。そう思っていたときに,医学書院発行の『幻聴妄想かるた』を見つけた。

 『幻聴妄想かるた』は精神障害に罹病された患者さんたちが通う,東京・世田谷区の就労継続支援B型事業所ハーモニーの作品だ。メンバー自らの幻聴妄想による困り事を,かるたという形態で表現したものだ。

感情労働とは何か
 感情労働とは,「公的に観察可能な表情と身体的表現を作るために行なう感情の管理という意味」(ホックシールド『管理される心』2000: 7)である。この意味で,看護労働が感情労働であることは自明であるが,本書の触発的なところは,単純に感情労働としての看護労働の分析にとどまるのではなく,むしろ他の感情労働との差異を語るための端緒を開く役割を果たしている点にあると,私は思う。

 パッケージを開いたときに驚いた。まさに「かるた」だったからである。50音一つ一つを女優の市原悦子さんが朗々とよみあげるCD,そしてその製作の過程を収めたDVDと解説冊子が付録になっている。

 札は,一句一句が内容,絵ともに,大変ユニークで楽しい。特に市原悦子さんが高らかによどみなく句を読み上げたとき,それらは,既に芸術品の域に達するレベルにも思えた。ただ,句は創作ではない,症状に苦しみぬいた患者さんたちが,その苦難を表現しているのだ。悩ましい幻覚・妄想・思考障害・人間関係等への心情吐露,苦悩表現なのである。しかしこの全体の底辺に,それに対抗するかのような明るさと強さがあるのだ。

 私はすぐにひらめいた。このかるたを次の学生の講義のテーマに使おう。そして患者さんたちの症状理解のために,単にかるたを読み上げるだけでなく,学生それぞれにも,返句を作り表現してもらおう,と。

 思春期後期にいる医療福祉系の学生たちは,精神障害者について,恐れと興味とがないまぜになった感情を抱いていた。そして自分自身も弱さに満ちた時期にいる。だからこそ,授業でかるたを1枚ずつ回覧し,返句を作るという課題を設定したとき,障害者の不安定で脆い心性に感情移入しつつ,自己のこころを驚くような素直さで表現していった。それらは頑健な社会に潜む高邁で皮肉的な見解ではなかった。近くで温かな手を取り仲間とともに乗り越えていこうとする者の視点であった。

 思春期後期にいる医療福祉系の学生たちは,精神障害者について,恐れと興味とがないまぜになった感情を抱いていた。そして自分自身も弱さに満ちた時期にいる。だからこそ,授業でかるたを1枚ずつ回覧し,返句を作るという課題を設定したとき,障害者の不安定で脆い心性に感情移入しつつ,自己のこころを驚くような素直さで表現していった。それらは頑健な社会に潜む高邁で皮肉的な見解ではなかった。近くで温かな手を取り仲間とともに乗り越えていこうとする者の視点であった。

〈学生からの返句〉
 (り)理解したい あなたに起こった つらいこと
 (き)きみと幻覚さん あわせてひとりの あなたです
 (い)一緒だよ 私たちとあなたの あるべき世界
 (あ)ありがとう カルタをつくってくれて
 (わ)わたしには 見えず聞こえず でも理解

フリーダムすぎるカルタで新年の頭をかちわろう
書評者:大野 更紗〔作家(『困ってるひと』)/自己免疫疾患系難病患者〕

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 私は自己免疫疾患系の難病患者であるので,正直,精神障害を持つ人の苦しみや困ってることというのは経験則の範疇でしかない。代弁などできないと思う。私も「妄想」についてはなかなかいい線をいっている気がする。しかし重要なポイントである「幻聴」を聴いたことはまだ無い。惜しい。

 精神障害を持つ人たちにとって,「幻聴」や「妄想」は,空気のようなものなのかもしれない。当たり前すぎて,言語化する必要性をあまり感じないのだと思う。「言葉にしてほしい」というのはむしろ,幻聴力も妄想力もイマイチ不足し,脳みそがすっかり固くなってしまった,凡庸な日本社会の側の願望なのかもしれない。近年,精神障害の領域を中心に「当事者研究」の試みは各地に広まっている。この「幻聴妄想カルタ」は,東京・世田谷区にある精神障害者の人たちのための作業所,「ハーモニー」の当事者研究から生まれた。フリーダムすぎるメンバーによって制作された,ワンダホーなカルタである。

一人暮らしの方にはCD付録を
 カルタであるから,遊ばなくては意味がない。しかし私は一人暮らしだ。一人でカルタを読み上げ,一人でカルタ取りをするなど,ご近所に不審だと思われるに違いない。うっかりヘルパーさんに目撃されたら,「ああ,更紗ちゃん,ついに……」と誤解されてしまう。しかし,このカルタは私のような独居者にも優しい配慮がされている。付録に,あの大女優,市原悦子さんによる読み上げCDが付いているのだ。CDプレーヤーに読み上げ役を任せて,何枚か札を取ってみた。

 「ヘリコプターとジェット機は アメリカ軍諜報機関 監視されている」
 根拠はまったく無いが,超重要人物になった気がしてきた。

 「うたがわれ 続けて 20年」
 20年も疑われ続けるなどと,ずいぶんと熱心なファンがいるものである。

 「まい日 金縛り状態」
 私も毎日身体じゅう痛むので,「そうそう!」と思わず興奮して札を握りしめてしまった。気分がすっとするいい札だ。

憑き物落としに
 このカルタの箱を開けて,付録のDVDを観たり,解説書を読むのももちろんためになる。「精神障害のかたの気持ちを理解しなければ」とか,「社会的に弱い立場におかれている方々のホンネを学びたい」という崇高な志を十二分に満足させてくれる,書籍としても優れたものであると思う。

 しかし,あくまでカルタなのだ。繰り返しになるが,遊ばなくては意味がない。ご家族,ご友人,彼氏彼女と仲良く輪を囲み,この訳のわからない意味不明の,不審すぎる言葉の数々を読み上げることに醍醐味がある。せっかくの正月だというのに,テレビを観て寝っころがるのみしか余暇を楽しむ術を知らぬ「常識のあるお父さん」をたたき起こし,幻聴力の衝撃に触れさせてみるのもよい。カルタなど鼻で笑い,ゲームにいそしむ「空気を読める息子さん」を強制的にひっぱってきて,妄想力の混乱に陥らせてみるのもよい。

 不安に眠れぬ夜を過ごす人。精神科のクリニックを受診する人。学校や職場のストレスで心身の体調を崩す人。そういった話は「普通の話題」として頻繁に耳にする。うつは,ふつうだ。いやむしろ,こんな矛盾と不条理だらけの社会で,うつにならないほうが,どこかおかしくなってしまっているのかもしれない。

 肩の力を抜いて,大きな声で,幻聴妄想カルタを読み上げよう。頭はさらに混乱し,訳がわからなくなり,そしてついには「ぶっ」と笑ってしまう。さっきまで自分の心をがんじがらめにしていた憑き物をおとしてくれる。これぞ,激動の2012年新春にふさわしき,正統派カルタである。

本人やご家族,周囲の人をどれだけ癒やすことだろう
書評者:長松 清潤(妙深寺・住職)

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 仏教は,難解なお経や高尚な哲学ではなく,人間学であり,心をはぐくみ,心を整えるための「メソッド」です。

 私たちのお寺には,うつ病の方や自律神経失調症に伴うパニック障害,広場恐怖をかかえた方や統合失調症を患う方々が来られます。一般の方にとっては受け容れ難い言動や現象であっても,仏教に基づく対処の方法や信仰によって,心の免疫力が上がるように,本人やご家族をサポートします。

 本来の仏教では霊媒や除霊などしません。仏教では,見える世界と見えない世界の境界は薄い膜一枚で,現実と非現実があいまいなことを知っています。統合失調症や解離性障害などの精神疾患と診断されるような方でも,その言葉を真摯に受け止め,その絡まった「真実」を上手に外界に出して,折り合いを探ります。

 「震生湖(関東大震災で生まれた湖)から霊が飛んできて身体に入ってくる」「クラスメートがゴミを投げつけてくる」「身体の中の黒い塊が話しかけてくる」

 奇怪や滑稽に感じても,その言動はその人にとっての真実,現実です。私たちは,幻聴や妄想を否定せず,受け止め方と対処の方法(メソッド)を提示します。私たちはそれを「南無妙法蓮華経作戦」と呼んでいますが,重なる幻聴や妄想と対話せず,理解するために神経をすり減らすこともなく,マントラを唱えるという「アクション」を薦め,本人がそれを行えるようご家族とともにサポートしてゆきます。社会に理解されず,孤立しがちな状況が多い中で,多くのご家族が立ち直ってゆく姿ほど嬉しいことはありません。

 今回,私はこの『幻聴妄想かるた』において,ハーモニーの方々のお心や取り組みを知り,心から感激しました。幻聴や妄想をかかえる方々にここまで寄り添い,それを慈悲に溢れた効果ある作品にまで昇華させた例をほかに知りません。

 この「かるた」に寄せられている言葉は,予期せずこの病気とともに生きることになった本人やご家族,周囲の人をどれだけ癒やし,理解を促し,明るく前向きにさせるでしょう。私たちにとっては貴重な教材となり,彼らとのコミュニケーションを促す素晴らしいアイテムとなるに違いありません。

 信仰が精神疾患を促してしまう場合もあります。統合失調症からカルト宗教に傾倒してしまい,思わぬ事件を招くこともあります。「病院は身体を治し,寺院は心を治す」という言葉があるように,本来の仏教は心の疾患を癒すものでした。しかし,そうした社会的な責任が果たせていないのが実状で,精神疾患は増加の一途をたどってしまっています。

 ハーモニーの皆さまの活動や『幻聴妄想かるた』の存在が社会に広く知られれば,誤解や事故は少なくなるはずです。この病には「明るさ」や「幅広い理解」が必要だと痛感します。

 生きた人が集う生きたお寺として,今後もこうした取り組みから学び,社会的な責任を果たしてゆきたいと思います。個人的には,「そうなんだよ 知り合いのお坊さんの声が聴こえてくるんだ」という札が気になりました(汗)。

 どうか,一人でも多くの方々がこの『幻聴妄想かるた』を手に取り,心の宇宙の大きさや深さを知るとともに,こうした精神疾患の現実を,明るく前向きに受け止めていただきたいと思います。特別な人が特別な人に対処するのではなく,誰もが支援者となり得ます。そんな社会を築くことができればと願います。解説冊子「露地」を読むだけでも,あなたの世界は広がり,多くの気付きがあるはずです。

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