医療法学入門

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医療現場がわからない法律家、何が「適法」で何が「違法」かがわからない医療者。本書は、すれ違う両者に医療の現場に即した「医療法学」を提案し、相互理解を促す。「なぜ医療法学なのか」から説き起こし、「刑事責任」、「行政責任」、「民事医療訴訟」は医師と弁護士両方の資格をもつ著者らが解説する。訴訟に萎縮することなく医療を提供し続けるために、全医療者が知っておくべき法知識をまとめた入門書。
大磯 義一郎 / 加治 一毅 / 山田 奈美恵
発行 2012年05月判型:A5頁:260
ISBN 978-4-260-01567-7
定価 4,180円 (本体3,800円+税)
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医療と司法の相互理解の促進
 平成11(1999)年に起きた広尾病院事件(看護師が誤って消毒液を点滴した事件),横浜市立大学病院患者取違え事件(手術患者を取り違えて手術した事件),杏林大学病院割箸事件(転倒により割箸を喉に刺してしまった男児が死亡した事件)を契機に,メディアによる医療バッシングが苛烈となると同時に医療現場への司法介入が加速度的に進みました。
 民事医事関係訴訟新受件数は,その後の5年でほぼ倍と急増し,医療従事者にとって訴訟は身近な問題となりました。特筆すべきは,わが国においては,世界に類をみないほど刑事司法が医療現場に介入したことです。そして,福島大野病院事件(前置胎盤の帝王切開術を受けた妊婦が死亡した事件)では,診療における医師の裁量に関する事案について,警察が医師を逮捕・勾留するという暴挙に出て刑事訴訟に至り,萎縮医療が急速に進んだ結果,わが国の医療は崩壊の危機に瀕しました。
 しかしながら,医療現場への司法の介入は,マイナスばかりではありません。事実,この10年の司法介入により,インフォームド・コンセントは当然のこととされるようになりましたし,カルテ開示もほとんどの病院において自主的になされるようになりました。「医療をよくしたい」という目的は共通しているのです。要は,相互理解を欠いたまま,対話もせず,一方的に介入したことが問題なのです。
 医療と司法が手を取り合って,国民にとってよりよい医療法制度
が構築できればなによりと考えています。主従関係,対抗関係ではなく,お互いの調和をはかることが,国民にとって最大の利益を生むものと信じています。

「医療法学」のすすめ
 平成11年以降の不幸な10年を理論的に支えたのが,当時急速に拡大した必罰主義的医事法学です。法学領域において医事法は,まだまだ未整備であり,専門家も少ないうえに,民事・刑事医療訴訟しか議論されていません。何よりも問題なのは,医学・医療の知識もなく,医療現場に対し何等の責任もとらない刑法学者等が空理空論で“正義”を振りかざしたことです。
 医療は形而下における実践であり,かつ,国民の生命・身体に直結します。したがって,医療を扱う法学は実学でなければなりません。医療を行う医師,医療を受ける患者という生身の人間から離れず,多数の制限下において現実に行われている医療現場から規範を形成する「医療法学」こそが必要なのです。
 「医療法学」は,医師法,医療法をはじめとする医療関連法規を中心として,民事責任,刑事責任,行政責任をもカバーします。これらすべての法規を1つのシステムとして一体的にとらえて初めて医療現場にとって意味のある規範が形成できるからです。
 本書を通じて,「医師として知っておくべき法知識」,および「診療所・病院開設者として知っておくべき法知識」を提供できればと考えております。
 最後に,本書作成にあたりお世話になった医学書院医学書籍編集部天野貴洋氏に感謝を申し上げます。

 平成24年4月1日
 大磯義一郎
 加治 一毅
 山田奈美恵

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第1章 なぜ医療法学なのか
 1 日本と他国の医療制度
 2 医師という職業の特殊性
 3 法律上の責任
 4 医療事故で問われる法的責任
 5 司法以外の新しい紛争解決制度
 6 まとめ

第2章 医師法,コメディカル法
 1 総論
 2 医師免許の得喪
 3 臨床研修
 4 医師法上の業務
 5 コメディカルの法律

第3章 医療法
 1 医療法とは
 2 組織法としての医療法
 3 行政庁の監督
 4 その他の事項

第4章 公衆衛生に関する法規
 1 届出感染症
 2 麻薬取り扱い
 3 予防接種
 4 母子保健
 5 学校保健
 6 精神保健
 7 脳死
 8 臓器移植
 9 労働保健

第5章 刑事責任,行政責任
A 刑事責任
 1 医師を対象とした刑罰法規
 2 業務上過失致死傷罪
B 行政責任
 1 行政処分
 2 行政処分に至る手続き
 3 法改正後の行政処分の特徴

第6章 民事医療訴訟
A 民事医療訴訟総論
 1 医療訴訟の意義
 2 損害賠償
 3 医療訴訟・医療紛争の動向
 4 医療訴訟における専門家の関与
 5 周辺制度
 6 今後の医療訴訟
B 民事医療訴訟の実際
 1 診断における紛争類型
 2 治療行為における紛争類型
 3 説明義務に関する紛争類型
 4 コメディカルにおける紛争類型

第7章 保険診療
 1 医療保険
 2 まとめ

第8章 薬事法と医療
 1 はじめに
 2 薬事法の概説

第9章 生命倫理と法
 1 臨床研究・治験と診療行為
 2 インフォームド・コンセント
 3 終末期医療

索引

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本来の医療を取り戻すために:一日で学べる医療法学
書評者: 渋谷 健司 (東大教授・国際保健政策学)
 昨今,医療訴訟や紛争のニュースを目にしない日はない。しかし,多くの医療従事者はそれらを人ごとだと思っているのではないか。実際,「法学」と聞くと,たちどころに拒否反応を起こす医療従事者も少なくないだろう。われわれは,ジョージ・クルーニー扮するTVドラマ「ER」の小児科医ダグ・ロスのように,「目の前の患者を救うためには法律など知ったことではない」というアウトロー的な行動に喝采を送る。医療訴訟,そして,弁護士と聞くと,常に前例や判例を持ち出す理屈屋,医療過誤でもうける悪徳野郎といったイメージが浮かぶ。医師兼弁護士などは資格試験オタクだ。しかし,この『医療法学入門』は,法学に対するそうした浅薄な先入観をいとも簡単に裏切ってくれる。

 医師であり,弁護士でもある著者らの医療従事者へのまなざしは,寄り添うように温かい。本書は,よくある判例の羅列や味気ない法律の条文の解説ではない。各章が明快なメッセージで統一されて書かれているので,上質のエッセイを読むかのごとくページが進む。序文にある著者らの決意表明が心地よい。増え続ける司法の介入に対して,「何よりも問題なのは,医学・医療の知識もなく,医療現場に対し何等の責任もとらない刑法学者等が空理空論で“正義”を振りかざしたこと」であり,「医療を扱う法学は実学でなければ」ならず,「医療を行う医師,医療を受ける患者という生身の人間から離れず,多数の制限下において現実に行われている医療現場から規範を形成する『医療法学』こそが必要」だと説く。

 本書は,わが国の医療と法のねじれ,すなわち医療制度は公的に,医療紛争処理制度は私的に設計されてきた歴史の解説から始まり,現在の厳しい医療現場の状況に適宜言及しながら,読者を法律の基礎知識へと導く。医療法,刑事責任,そして,民事事件を扱う章では,広尾病院事件や福島大野病院事件など豊富な判例を活用しながら,世界でも類を見ない医療の刑事事件化など社会の風潮によって大きく翻弄される医療の姿が,まさに当事者である著者ならではの視点から描かれる。

 むろん,紛争関連だけではなく,公衆衛生関連法規,保険診療,薬事法や生命倫理など,本書が扱う範囲は幅広い。読者は,日常の臨床や研究,あるいは,病院経営や組織運営においても法律は極めて身近に存在していることに驚く。医療従事者と法律は実は切っても切れない保健医療制度の両輪であることに気付かされる。『医療法学入門』は,わが国の保健医療そのものを法学という観点から,常に現場と患者を中心にすえる視点を保ちながら解説した,一級の保健医療政策概論でもある。

 「医療行為は本質的には人体に侵襲を加える行為」であり,自分たちの行為の必要性と特殊性への正確な理解が,法律家のみならず世間一般に広く浸透することが肝要ではないか。そのためには,閉じた医療の世界でアウトローを気取っているだけでは進歩がない。ソーシャルネットワークの時代,プロとしての自立と信頼に基づく連携がキーワードだ。そのためには,『医療法学入門』を手始めに,「医学・医療(医療従事者)と法律(法律家)の相互理解」を深めていくことが最初の一歩である。本書を手にすることは,なによりも,訴訟に萎縮することなく医療を提供し続けるため,そして,自分と目の前の患者のためでもある。

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