パルス波ECTハンドブック

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精神科診療に必須の治療法である電気けいれん療法(ECT)は、世界標準のパルス波治療器が普及しているが、十分な治療効果を得るためには、麻酔、電気刺激、発作後反応の段階で様々なパラメータを適切に設定し評価することが必要である。本書は、最新理論、装置と手順、様々なパラメータの設定・評価法を簡潔に記載した、米国の最新テキストの全訳。ECTの最大の臨床効果と安全性を追求する、すべての精神医療関係者必携の書。
Mehul V. Mankad / John L. Beyer / Richard D. Weiner / Andrew D. Krystal
監訳 本橋 伸高 / 上田 諭
竹林 実 / 鈴木 一正
発行 2012年05月判型:A5頁:224
ISBN 978-4-260-01565-3
定価 5,500円 (本体5,000円+税)

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最大の効果を引き出す「方法」-序にかえて(上田 諭)/はじめに

最大の効果を引き出す「方法」-序にかえて
 「パルス波は刺激が弱すぎて発作が出にくいのではないか」「けいれん発作は出るが効果が少ないのはどうしてなのか」「サイン波と同じ効果を得るのは無理なのではないか」 本書は,いまだ国内に残るパルス波電気けいれん療法(ECT)へのこうした疑問に答える「米国の最新教科書」の全訳である.その中心にあるのは,30年余のパルス波研究によって導かれた,最大の臨床効果につながる方法と安全性の追求である.
 ECTは,わが国でも精神医学に必須の治療法として標準化が進んできた.麻酔下で筋弛緩薬を用いた無けいれん法が徐々に浸透するとともに,2002年にはサイン波に代わる世界標準のパルス波治療器が導入され広がった.しかし,パルス波導入後10年を経過した現在も残る大きな問題は,施行の「方法」すなわち手技と発作評価の方法がいまだ確立されていないことである.さらにいえば,「方法」の重要性に対する認識も乏しいことである.「頭に100ボルト前後の電気を流す.けいれんが起きる」ことで治療がほぼ完結したサイン波と異なり,パルス波による治療の手技では,麻酔,電気刺激,発作後反応の段階でさまざまなパラメータがあり,それらを適切に設定し,また評価することが必須である.あらゆる科学的手法がそうであるように,パルス波ECTの効果を論じるなら「方法」を問わなければ始まらない.これが冒頭の3つの疑問の声に対する答えでもある.
 本書“Clinical Manual of Electroconvulsive Therapy”は,1985年に初版が,1998年に第2版が出版され,ECT臨床の「系統的教科書Programmed Text」と銘打たれてきた書の再改訂版である.パルス波ECTについて,これまでの研究をもとに臨床上きわめて有用な具体的指針を示し,米国でもECTを学び実践するための必須書の1つに数えられている.今回は,米国精神医学会のECT委員会委員長として2001年にタスクフォースレポート(邦訳「ECT実践ガイド」2002年,医学書院刊)をまとめたProf. Weiner(米国デューク大学メディカルセンター)と同センターのスタッフが執筆陣となり,パルス波ECTの最新の理論と装置,麻酔を含む手順,刺激用量設定,脳波を主とした発作の判定法が,実践的な内容で必要十分にまとめられている.まさに現在の国内ECT臨床に足りない,だからこそ最も求められる認識と方法を与えてくれる書である.
 翻訳は,上田(第1,4,5章,付録),本橋(第2,3章),竹林(第6~10章),鈴木(第11~14章)で分担し,坂寄が上田担当分の,柴崎,藤田が竹林担当分の協力をそれぞれ行った.さらに,本橋と上田が全体を通し監訳した.訳出にあたっては,できる限り意味が明快で理解しやすい邦文となるよう努めた.かなりの程度実現できたと考えているが,難解な部分や万一誤訳などがあれば,それはすべて監訳者の責任である.ご叱正,ご批判を賜りたい.なお,薬品名のうち国内で使用できるものは,原書にはない国内での名称(商品名)を追記した.
 本書が,ひとりでも多くの精神科医の手にとられ,それによってひとりでも多くの患者が救われることを,切に望みたい.

 2012年4月
 上田 諭


はじめに
 精神医学の治療のなかで,電気けいれん療法(electroconvulsive therapy;ECT)のように長く行われながら有効性が賞賛されていないものはほとんどない.もちろん,ECTは様々な精神障害に対して確実な治療であり,他の治療がうまくいかない場合にしばしば有効である.効果の大きいことと効果出現が早いことから,時には救命的な治療にもなり得る.しかしながら,精神医学においてこの標準的な治療の有効性と安全性が証明されているにもかかわらず,社会での利用度はまちまちである.この不均衡の一部には,この治療と生じる恐れのある有害作用について専門家以外の人々が抱く誤解が関係している.利用が限られるもう1つの要因は,ECT治療に携わる精神科医の数が十分ではないことである.精神科医と関連スタッフの十分な教育とトレーニングも,この不可欠な治療手法の利用を確実にするためには不可欠である.この点で,本書「パルス波ECTハンドブック」(“Clinical Manual of Electroconvulsive Therapy”)が,精神科医たちが臨床活動にECTを取り入れるのに役立つことを願う.
 1985年にMark D. GlennとRichard D. Weinerによって“Electroconvulsive Therapy:A Programmed Text”(電気けいれん療法-系統的教科書)が出版された.続いて,John L. Beyer,Richard D. Weiner,Mark D. Glennによる第2版が1998年に発刊された.これらの書の目的は,ECT治療計画を作り行っていくための実践的で実現可能な情報を提供するとともに,ECTを支える根本的な概念を理解するために,これまで進められた研究について読者に提供することであった.第2版の上梓以来10年がたち,ECTの実践と研究は進んだ.超短パルス波ECT,新たな麻酔用薬剤,および新型ECT装置は,この間に現れた変化である.われわれは高ぶりを覚えながら,初版と第2版のエッセンスを取り込みつつ,この分野での重要な変化についての議論を本書の内容に加えた.
 本書では,いくつかのECT装置と処方薬を取り上げた.特定の装置を推奨するものではないが,その情報はECTを考えている医師がECT備品の取扱いに関してその選択をする際に助けになるものと信じる.またどんな教科書も,経験ある同僚から医学的な手法について念入りに微妙な点まで学ぶ経験にとって代わることはできない.本書は,医学教育の不可欠な側面にとって代わろうとするものではない.

謝辞
 本書執筆の努力は,家族の支えなしにはあり得なかった.私たちは,家族に恵まれ幸せである.

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第1部 背景
1 電気けいれん療法の歴史
 過去の身体療法
 薬物によるけいれん療法
 電気けいれん療法の始まり
 使用の動向
2 使用の適応
 適応となる診断
 ECTを用いる時期
 寛解と治癒
3 患者の照会と評価
 ECT前評価と診察
 特別な身体状態の管理
 リスク-ベネフィットの検討
 ECT照会時の評価記録
 インフォームド・コンセント

第2部 電気刺激と手技
4 基礎
 ECTに使用される電気波形
 電気刺激
 刺激投与の様式
 インピーダンスに関しての臨床上の問題
 ECTによる電気の総量:電気量とエネルギー量
5 臨床適用
 刺激用量設定
 発作の適切性
 刺激強度(刺激電気量)
 刺激用量設定の方法
 電極配置
6 麻酔薬と他の薬物
 麻酔薬
 筋弛緩薬
 抗コリン薬
 交感神経遮断薬
 酸素化
 発作後の鎮静薬
 ベンゾジアゼピン拮抗薬

第3部 発作モニタリング
7 発作時の運動反応
 運動発作モニタリング
 発作時の運動反応
 運動反応に影響を及ぼす因子
 筋電図
 光プレスチモグラフィ
8 発作時の脳波反応
 発作時の脳波モニタリング
 発作時EEGの段階
 EEGアーチファクト
 発作時EEGの判読
9 心血管系反応
 モニター装置
 ECTに対する急性心血管系反応

第4部 治療コース
10 有害作用
 禁忌
 死亡率
 認知機能変化
 心血管系の合併症
 他の有害作用
11 適切な発作への対処
 発作の不発
 適切でない発作
 発作の増強法
 遷延発作
12 急性期ECT
 治療の頻度
 多重ECT
 治療の回数
13 維持ECT
 維持ECTなしでの薬物治療
 継続ECT
 維持ECT
 麻酔前の再評価
14 ECT施行手順ステップ・バイ・ステップ
 パート1:ECT前の評価
 パート2:治療当日の患者の準備
 パート3:治療室での患者への準備
 パート4:治療
 パート5:回復室での患者のケア
 パート6:回復後の観察場所でのケア

付録
 A 継続的医学教育
 B 教材
 C 患者への情報提供文書
 D ECT同意文書のサンプル

索引

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パルス波ECTの知識水準を高め,治療手技の議論を深める重要な書
書評者: 粟田 主一 (東京都健康長寿医療センター研究所研究部長)
 本書は,米国のデューク大学メディカルセンター精神行動学のWeiner教授と,同センターのスタッフであるMankad臨床助教授,Bayer助教授,Krystal教授によって執筆されたパルス波ECTの系統的教科書である。

 1930年代後半にイタリアのCerlettiとBiniによって精神科治療に導入されたECTは,その後の70年の歴史の中で,麻酔,酸素化,筋弛緩,発作モニター,パルス波型治療器の導入など安全面での改良が重ねられ,今日ではある種の精神障害(重症の精神病性うつ病や緊張病など)に対しては最も有効かつ安全な救命的治療法であることが広く認識されている。それにもかかわらず,この治療の利用度に不均衡があるのは,専門家以外の人々が抱く有害作用についての誤解と,ECTに携わる精神科医がそもそも不足していることによる,と本書の序論で指摘されている。この事情は日本も同じである。有効かつ安全なECTを普及するためには,知識と技能を持った医師と関連スタッフの育成が欠かせない。

 本書の監訳者の一人である本橋伸高氏は,2002年にパルス波ECTをわが国に導入し,わが国における安全なECTの普及,治療手技の標準化,教育体制の整備において中心的な役割を果たしてきた精神科医である。また,監訳者の一人である上田諭氏と訳者の鈴木一正氏は,実際にデューク大学のWeiner教授の下でパルス波ECTの治療手技を学び,竹林実氏とともに,ECTの有効性と安全性に関するわが国独自の臨床エビデンスの蓄積に貢献してきた研究者であり臨床家である。上田氏の言葉を借りると,「頭に100ボルト前後の電気を流す,けいれんが起きるということで治療がほぼ完結する」サイン波ECTとは異なり,パルス波ECTには「麻酔,電気刺激,発作後反応の段階でのさまざまなパラメータを適切に設定し,評価する」という治療手技がある。欧米に比べて,わが国におけるパルス波ECTの歴史はまだ浅い。そのためにパルス波ECTの有効かつ安全な治療手技を巡る議論も未熟な状況にある。議論を深めていくためにも,まずはパルス波ECTの治療手技に精通する必要がある。

 本書の第1部にはパルス波ECTの歴史,適応,患者の評価について,第2部には電気刺激の基礎理論,臨床の実際(刺激用量設定の方法や発作の適切性の評価など),使用する麻酔薬や他の薬物の選択について,第3部には発作時の運動反応,脳波反応,心血管反応のモニタリングについて,第4部には有害作用,適切な発作への対処(発作の増強法や遷延発作への対処など),急性期ECT,維持ECT,ECT施行手順についての解説がある。いずれも簡潔かつ実践的な記述であり,今日的な議論についてもわかりやすく要約されている。本書は,わが国におけるパルス波ECTの知識水準を高め,治療手技の議論を深める重要な書である。ECTに携わるすべての臨床家に御一読いただきたい。
パルス波ECTの理論から具体的方法まで,極めて実践的な「ハンドブック」
書評者: 樋口 輝彦 (国立精神・神経医療研究センター理事長・総長)
 本書の原書『Clinical Manual of Electroconvulsive Therapy』は1985年に初版がMark D. GlennとRichard D. Weinerによって“Electroconvulsive Therapy : A Programmed Text”として出版され,1998年に第2版が発行されたものの再改訂版である。

 本書はタイトルからわかるようにパルス波ECTの実践書であり,その理論から具体的方法まで,極めて実践的に書かれた,まさに「ハンドブック」である。本書は4部から構成されている。

 第1部はECTの歴史に始まり,ECTの適応患者の評価についてまとめられている。

 第2部は実践のための電気刺激に関する知識と手技を扱っている。その中でも5章の「臨床適用」では刺激用量設定の方法,刺激強度,電極配置について具体的に書かれている。

 続く6章は麻酔薬その他の薬物についてまとめてある。麻酔薬の種類によって発作閾値が変わることが述べられており,実践上役に立つと思われる。

 第3部は発作のモニタリングであるが,発作時の運動反応,脳波反応,心血管反応に分けて,かなり詳細に解説されており有用である。

 第4部は実際の治療上の問題を扱っている。10章は有害作用を,また11章は適切な発作への対処,12章,13章ではそれぞれ急性期ECT,維持ECTについて解説し,14章では具体的な手技とケアの方法がまとめられている。

 本書はパルス波ECTのすべてをコンパクトな200ページでマスターできるという点が利点であり,臨床でこれからパルス波ECTを身につけようとする若い精神科医にとって必読の書といえよう。さらに本書は図表が大変充実している点が特徴といえる。表は合計30点,図は32点である。これら図表だけを抜き出して使うことも有用であろう。

 電気けいれん療法が精神科医療に導入されてやがて80年になる。その発展の歴史が平坦ではなかったことは,どなたもご存じのことである。向精神薬が登場するまで,すなわち1950年代までは,ECTは最も有効性の高い治療法であった。しかし,薬の登場により1960年代以後,ECTの使用は減少に転じ,加えてけいれんの誘発は残酷で非人道的というネガティブな評価が精神科の内外からなされたことも加わり,この減少傾向は加速されたのである。しかし,向精神薬はオールマイティではないこと,薬物療法で解決できない場合にECTが功を奏する症例が少なからず存在することが臨床現場から報告され,加えて無けいれんで効果が十分あることが確認され,再びECTは麻酔科医の管理のもと,無けいれん通電療法として高い評価が得られるに至ったのである。加えて従来のサイン波に代わってパルス波が用いられるようになり,電気刺激の量や強度,脳波上の発作波の確認など客観的指標が導入されることにより,より科学的に施行することが可能になった。しかし,今日においても施行の手技や発作の評価法が完全に確立されたわけではない。本書はこれらの問題点も取り上げながら,これからパルス波ECTを使用する医療スタッフに適正な使用のための道案内をしてくれるものと確信している。

 最後に,わが国の精神科医療従事者に適正なパルス波ECTを広めるために,本書の翻訳に当たられた方々に心から敬意を表したい。

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