ソーリー・ワークス!
医療紛争をなくすための共感の表明・情報開示・謝罪プログラム

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米国で行われているSorry Works!運動について解説した実践書の全訳。医療事故が起きた際にまず共感を表明(sorry)し、徹底した調査と情報開示を行い、必要な場合には謝罪と補償を行うという一連のプロセス、およびそれがもたらす利益について、とてもわかりやすくきめ細やかに書かれたマニュアルとなっている。病院責任者や医療安全管理者はもちろん、医療の質を高め、より良い医師-患者関係を築きたいと考える、すべての方々へ。
ダグ・ヴォイチェサック / ジェームズ・W・サクストン / マギー・M・ フィンケルスティーン
監訳 前田 正一
翻訳 児玉 聡 / 高島 響子
発行 2011年12月判型:A5頁:216
ISBN 978-4-260-01493-9
定価 2,860円 (本体2,600円+税)
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訳者によるはしがき(児玉 聡)/本書の出版に寄せて(ジェームズ・W・サクストン)/はじめに(ダグ・ヴォイチェサック)

訳者によるはしがき
 医療事故の増加,またそれに伴う医療過誤訴訟の増大は,米国でも大きな問題になっています.なかでも医療事故にあった患者や家族による損害賠償請求件数の増加は,各地で病院の存続をおびやかしかねないほどの問題になっています.訴訟のために高額の費用がかかり,また敗訴した場合には多額の賠償金を支払わなければならないからです.これまで,この問題に対する米国各州の取り組みは,訴訟改革を行って損害賠償額に上限を設けるというものでした.しかし,この動きはさまざまな理由から多くの州でうまくいっておらず,新しい方向性が求められていました.
 そこで今日,医療事故が起きたときに徹底した院内調査と情報開示を行い,また必要な場合には謝罪と補償を行うという動きが,英米圏で盛んになってきています.本書は,その流れを代表するものといえるSorry Works! 運動をわかりやすく紹介した本の全訳です.
 Sorry Works! というのは,著者の一人であるダグ・ヴォイチェサック氏が始めたものであり,その経緯は著者紹介の項と第1章に詳しく書いてあります.第1章にあるように,彼は自分の兄を医療事故で亡くしてしまいます.それ以前から彼はイリノイ州の訴訟改革にかかわっていましたが,その悲痛な経験を通じて,訴訟改革は真の解決策ではないと思うようになりました.むしろ,患者や家族にとっても,また病院にとっても,本当に望ましいことは,訴訟という最終手段に行く前に,医療事故が起きた際に病院で徹底した調査と情報開示をし,また必要な場合には謝罪と補償を行うということではないかと考えるようになりました.つまり,情報開示と謝罪プログラムを実施することで,誰にとっても望ましくない医療過誤訴訟を予防しようというのです.
 そこで彼が始めた運動がこのSorry Works! 運動です.Sorry Works! とは,sorry(あやまること)はworkする(うまくいく)という標語です(文法的に言えば,worksのsは三人称単数現在形,いわゆる三単現のsです).この標語だけを見ると,単にあやまることだけを勧めているのかと思われそうですが,実はそうではありません.本書を読むとすぐにわかるように,Sorry Works! で勧められているのは,医療事故後の院内調査,患者や家族への情報開示,そして必要な場合には謝罪と補償を行うという,一連のプロセスを実施することであり,あやまるというのは,そのプロセスの1つでしかありません.

 本書を読んだ方は,日本でも大きな問題になっている医療過誤訴訟の問題を解決する1つの方向として,Sorry Works! のやり方が大いに参考になることに気づくでしょう.本書は詳しい情報開示と謝罪のマニュアルになっていますので,そこから多くを学ぶと同時に,それを日本の医療機関でうまく活用できるように工夫することが大事です.
 なお,さきほどから「あやまる」という言葉を用いてきましたが,実のところ,sorryという語は,簡単に「あやまる」と訳せません.なぜなら,本書の第2章に詳しく書かれているように,本書ではsorryという言葉を主に「共感を表明する」という意味で用いて,「責任を取って謝罪する」という意味では用いないと述べられているからです.ところが日本語の「あやまる」は,責任をとるという意味が強いため,sorryとあやまるは,完全な一対一対応にはならないのです.
 本書では原則としてsorryを「すみません」あるいは「すまなく思う」と訳していますが,日本語の表現には「申し訳ございません」「おわびいたします」「残念に思います」…などなど,さまざまな言いまわしがあります.そこで,まず本書をよく読んで,共感を表明すべきときと,それに加えて責任を認めて謝罪もすべきときの区別を理解してください.その区別を踏まえたうえで,読者の皆さん自身の言葉で,文脈に応じて的確な表現を考えてみてください.そして,病院全体でどのような表現を用いるかを話しあって決め,院内の教育プログラムを実施してください.このような創意工夫を通じて初めて,日本の状況に即した情報開示と謝罪のプログラムを作成・実施することができるでしょう.

 本書の構成について述べておきます.本書を手にするまでSorry Works! についてご存じなかった方は,最初から読み進めるのがよいでしょう.また,Sorry Works! のことについてすでにいくらかご存知で,いろいろ疑問をお持ちの方や,このような手法はうまくいかないのではないかと懐疑的に考えている方は,巻末にある「よくある質問と批判に対する回答」(137頁~)の一問一答を先に読んでから,改めて最初から読むとよいでしょう.また,巻末には簡単な本書読了後のテストもついていますので(161頁~),それを解いてみて自分の理解を確認することも重要です(解答と解説も付いています).

 本書は病院の責任者やリスクマネージャーだけでなく,医療の質を高めることに関心のあるすべての方々に読んでいただきたいと思っています.なぜなら,本書を読むと明らかになるように,医療事故後の情報開示と謝罪プログラムは,単に医療紛争を予防するための手段にとどまらず,よりよい医療者-患者関係を築き,患者さんやそのご家族にとって本当に満足のいく医療を行うという患者中心の医療に不可欠な一要素だからです.ですから,医療の質を高めるという大きな目標を実現するには,情報開示と謝罪について本書で述べられていることが非常に大切であることをご理解いただき,日々の実践に活かしていただければ幸いです.

 2011年12月
 訳者を代表して
 児玉 聡


本書の出版に寄せて
ジェームズ・W・サクストン
弁護士/スティーブンズ&リー社医療裁判グループ会長,医療部門副会長

 Sorry Works! は役に立ちます.しかしそれを単なる名前とは考えず,むしろ1つの哲学だと考えてください.これは本当に役に立つのです.この考え方についての不安の多くは,共感や同情を示すという考え方と,責任を認める謝罪とを混同することに由来します.両方とも重要ですが,大きく異なる考え方です.多くの弁護士やリスクマネージャーや,保険会社の専門家は,次のように考えてきました.つまり,「すみません(sorry)」と言うと,賠償責任を認めるか,何か「悪いこと」をしたために責任を認めているのだろう,ということです.このような不安は,多くの人々をためらわせるのに十分なものです.このような不安から,不幸なアウトカムが生じたあと,患者や家族と顔を合わせることすら避けるようになる人もいるのです.医師が責任を認めさせられることなく「すみませんでした(I'm sorry)」と言えるように,わざわざ法律をつくる必要さえあったのです!

 物事が複雑になりすぎています.Sorry Works! は有害事象が生じた場合に役に立ちます.有害事象後はすべての人がすまないと思っており,またそう思うべきなのです.すべての人が共感を示したいと考えており,これは人間にとって基本的な反応であり,必要なことなのです.この考え方が論争の的になっているというのは少し悲しいことです.たしかに,「すみませんでした」という言葉には誤解の余地があります.おそらくは悪意からではないでしょうが,その言葉を完全に誤解する人もいます.医師は,この言葉を誤解して,ある手術の既知の合併症や患者の期待に応えられなかったことに対して責任を認めることになると考えているかもしれません.これは正しくありません.もしかすると患者は,「すみません」というのは誰かが何か悪いことをした証拠だと考えるかもしれません.保険会社は,それによって誰かが支払いをする必要が生じると考えるかもしれません.こうした考え方は,プロセスとプログラムに関する教育と制度づくりが重要であることを示しています.
 はっきり言っておくと,「すみません」と述べて共感を示すことは,困難な状況を少し改善することによって,ほぼ百パーセントの場合に役に立ちます.有害事象に伴って発生する苦痛や,辛い気持ちや,費用が全く不要になるわけではありません.そのようなことはありえません.また,百パーセントの場合に,患者が弁護士のところに行くのを思いとどまったり,訴訟を考え直したりするというのでもありません.しかし,これを実践することにより,ほぼ百パーセントの場合において,非常に困難な状況が少しよくなります.「すみません」は役に立つのです.
 場合によっては,医療ミスに関して謝罪をして文字通り責任を認める必要があることもあります.責任を認める謝罪は,強力かつ重要なもので,多くの状況においては長年かけて訴訟するよりはずっとましなものです.しかし実際にはこれはより複雑です.ときには,過失(これは責任を意味します)の有無を迅速に決めるのが難しい場合もあります.「無過失責任制度」が存在しないアメリカや,状況の似たほかの国々においては,私たちは謝罪の仕方についてよく考えなければなりません.さらに,いったん責任を認めても,補償額を決めるのが難しい場合もあります.本質的に主観的である損害について,補償額を決めるのは大変困難ですが,達成可能なことです.弁護士は役に立つでしょうか? おそらく役に立つでしょう.しかし常に役に立つわけではありません.弁護士を用いた和解や訴訟にかかる費用がかなり高額になっていると批判する人もいます.もしそうした手続きにかかる費用が半分になり,家族との和解が3年早くなるのであれば,間違いなく素晴らしいことをしたことになるでしょう.弁護士が大いに役立つとすれば,そのような場合です.

 何よりもまずSorry Works! を1つの哲学と考えてください.それは親切な行為でありケアすることであり,有害事象が起きたときに患者や家族に手を差し伸べることです.そのプロセスの中に,「あなたのお母さんが合併症で苦しんでいることを大変すまなく思っています」のように,悲しみを表明することが含まれます.性急に責任を認めることなく適切な仕方で悲しみを表明する仕方を,私たちはご説明します.また,たとえその後訴訟になったとしても,医療者にとって実際に状況が改善するのだということをご説明します.さらに,謝罪をして責任を認めることが適切な場合はどのようなときかについて説明し,そのやり方を示します.
 この思考法がうまくいかない可能性について長々と考えるのはやめましょう.そのかわりに,頭を使ってそれが成功する方法を話し合いましょう.ダグ・ヴォイチェサック氏はSorry Works! が非常に必要とされていることについて,困難な経験を通じて知っています.彼と彼の家族は,非常に辛い経験をしたのです.第1章では彼がその話を説明します.
 私たちのチームは,医療訴訟の弁護士,リスクマネージャー,陪審対策コンサルタント,心理学者,医師からなっています.私たちのチームは全米の保険会社や病院と協力し,この問題について継続的に取り組んでいます.Sorry Works! 連合とスティーブンズ&リー社が協力して,このわかりやすい本をつくり上げました.本書で示されている考え方は,しばしば情報開示と呼ばれますが,私たちの考えでは,これは実際には「有害事象後のよりよいコミュニケーション」の一部なのです.私たちはSorry Works! とは何であり何でないのかについてご説明します.またそれがなぜうまくいくのかについて説明すると同時に,どのようにしたらいいのかという最も重要なことについてもご説明します.私たちはこの考え方が非常に多くの医師,病院,保険会社,そして最も重要なことに,患者にとって役に立つことを経験を通じて知っています.私たちはこの考えに懐疑的な人々と話し合いをして彼らにも納得してもらいました.多くの人々はこの考え方の重要性を,困難な経験を通じて,つまり裁判を経験することで学びました.みなさんはそうする必要はないのです.
 本書の初版が出てから,上で述べた懐疑的な人々はかなり減ったことをお伝えしたいと思います.私たちはこの考え方について,病院,病院ネットワーク,診療所,州の医師会,多くの医師賠償責任保険会社に向けて普及活動をしてきました.これまでの反応は圧倒的に肯定的でした! この考え方は根付いてきています!
 しかし有害事象後のコミュニケーションについては,医師や保険会社や病院だけでなく,患者にも多くの課題が残されています.これは2010年には,より中心的な論点になるでしょう(第8章参照).明らかに患者にもなすべき仕事があるのです.有害事象後,患者には医師と同じ側の席についてもらう必要があります.少なくとも最初だけでも患者が医師のもとを訪れるならば,いろいろなことがうまくいきます.またSorry Works! ,つまり情報開示と謝罪がすぐにできるものではないことを理解することも大切です.人生における多くの事柄と同様,そのためにはプロセスや方法や計画や実行のためのステップが必要なのです.そこで本書が役に立つことになります.

 あなたはこれまでに,有害事象後の医師と患者のミーティングの場に立ち会ったことがあるでしょうか.心からの共感が表明され,部屋にいるすべての人が涙を流し,けれども部屋にいるすべての人がよりよい気持ちになっているような場に立ち会ったことがあるでしょうか.もしあるなら,「すみません」の一言がすべての人に役に立つことを理解できるでしょう.さあ,これから一緒に始めましょう.


*[訳注]本書の原書初版は2007年に発行された.本書は2010年発行の原書第2版の翻訳である.


はじめに
 本書の一部は,私が過去数年にわたって行ってきた,アメリカやオーストラリアやカナダの医療団体,保険会社,弁護士団体に向けた講演の内容に基づいています.損害賠償のリスクの問題は長いあいだ医療従事者や保険会社にとって大きな問題となってきました.そのため,彼らはこの古くからある問題に対して,新しい解決策を探しています.ますます多くの医師,看護師,リスクマネージャー,病院の責任者,保険会社の首脳部が,その答えを求めてSorry Works! に目を向けるようになっています.私はSorry Works! について,短くて要点だけをまとめた本をつくるときが来たと思いました.その過程で,私は,スティーブンズ&リー社のジェームズ・サクストン氏が率いるチームと出会い,協力する機会を得ました.弁護士や医療関連法コンサルタントである彼らが私と同じ主張を行っていることに,私は喜びを覚えました.Sorry Works! の主張が法律やリスクマネジメントの原則に十分に基づいていることを保証するために,私たちは協力関係を結びました.本書はその1つの成果です.本書は情報開示と謝罪のトピックを適切に論じていますが,意図的に薄い本にしてあります.そうすれば非常に忙しい専門職の方々であっても,飛行機の機内で読んだり,あるいは週末に読んだりできるだろうと思ったからです.

 Sorry Works! は医療の問題を扱っていますが,本書が訴訟に関して不安を抱いている大企業や中小企業のコミュニティーや,それ以外のセクターにも読まれることを私は期待しています.また,本書が大学やメディカルスクールやロースクールの参考書として用いられて,これから医師や弁護士や企業人となる学生たちが本書を読んだりその内容について話したり議論したりするようになることも期待しています.実際のところ,もしSorry Works! が医療過誤訴訟(これはよく,最も問題が多く費用もかかる訴訟領域の1つと見なされます)において役に立つのだとしたら,ほかの領域ではどのぐらい役に立つか想像してみてください! さらに,Sorry Works! は具体的なプロセスとプログラムからなっていますが,これはすべての人がさまざまな状況で実践できる生き方でもあるのです.実際のところ,Sorry Works! は,謝罪とあやまちを解決することについて,私たち皆が親から教わってきた教訓に立ち返ることを私たちに求めているのです.

 人はあやまちを抱えながら生きていくことはできますが,あやまちを隠ぺいしたことについては許すことができません.Sorry Works! はこのような心情を理解したうえで,訴訟とそれに関連する費用を減らし,また医療のアウトカムと安全性を向上することによって訴訟のリスクをさらに減らすための,単純かつ非常に効果の高い方法を提供します.大切なのは,誠実さ,正直さ,そして何か問題が生じたときにはそれを解決しようという真摯な態度です.紛争を防ぐためにはこれら3つの要素がなくてはならないものであり,Sorry Works! はどうすればよいのかをお示しします.

 読者がこの本を有用でしかも面白いと思うことを期待しています.本書についての感想は,私宛てにメールするか,電話してください.ありがとうございます!

ダグ・ヴォイチェサック
Sorry Works! 連合創設者/代表者
ウェブサイト:www.sorryworks.net

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謝辞
本書の出版に寄せて
はじめに

第1章 Sorry Works! の始まり
第2章 “すみません(I'm sorry)”とは何であり,また何でないか
第3章 Sorry Works! はなぜ役に立つのか
第4章 医療事故の対応プロセス:情報開示プログラムのための土台
第5章 Sorry Works!プログラムを実施するための5つのステップ
第6章 患者とその家族にどうやって謝罪するか
第7章 謝罪するために法律は必要か?
第8章 患者にもやるべきことがあります!
第9章 情報開示の成功例-実現したさまざまな利益

よくある質問と批判に対する回答
おわりに
医療継続教育(CME)復習問題
医療継続教育(CME)復習問題-解答と解説
付録A 米国各州の謝罪免責法(apology-immunity law)一覧
付録B 謝罪免責州法の草案
文献,注釈
日本語版の解説
索引

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不毛な医療訴訟を防ぎたいすべての関係者へ
書評者: 田中 まゆみ (北野病院総合内科部長)
 2012年10月に日本脳炎予防接種後の急死例が大々的に報道された。このケースでもそうだが,医療事故には複雑な要因がからんでおり,過誤の有無,過誤が悪い結果(死亡・後遺症など)の唯一の原因であったのかなど,すぐには結論が出ないことが多い。しかし,被害者にとっては「予期しない悪い結果」の原因は人為をまず疑うのは当然であろう。もし初期対応が不適切であると,加害者vs.被害者の対立構図が生じ,訴訟に至ってしまう。

 しかし,医療訴訟に勝者はいない。信頼を裏切られた患者家族だけでなく,疑われた上「訴訟中は何もしゃべるな」と厳命される医療者もまた苦しむ。司法解剖がされたとしてもその結果は遺族にも医療者にも知らされることはないので,再発防止にも役立たない。最終的には医学的に医療過誤とはいえないという結論で終わることも多いが,それを「医療とはもともと不確実で未熟なものであり,司法でそれを裁くには限界がある」というふうにではなく,「医療訴訟では患者側が勝つことは難しい」というように受け止められてしまう。

 医療訴訟では被害者も加害者も救われない,というのなら,それに代わる医療事故の良い解決方法はないのだろうか。本書は,医療者がすぐにも実行できるいくつかの重要な提案をしている。

 まず,医療行為が悪い結果に終わった場合は,何をおいても,医療者側は共感のこもった遺憾の念を心から表明すべきだということ。とにかく「残念な結果に終わった」事実を認め,無念さを遺族と共有する場を持つ。次に,真実の解明のためにすべての情報を公開すること。

 真っ先に「ソーリー(本書での和訳は『すみません』)」と言うのは,遺族と医療者が共に死者を悼んでおり,対立しているのではないことを示すのに非常に有効だ,と著者は言う。積極的で完全な情報公開も,医療者側も同じように原因究明・再発防止を願っていることの確認になる。対立する必要は全くないのである。

 もちろん,いくつかの留意点がある。ここでの「ソーリー」は日本語に訳すと「こんな結果に終わって残念です(共感の表明)」という意味であり,「ごめんなさい(謝罪)」ではない点が第一。第二に,「責任」と「お金」については病院全体が調査してからしか対応できないので「私の一存では決められません」と即答を避けること。第三に,もしも十分な調査でも医療者側に不適切な点が見つからない(医療水準を満たした治療であった)場合は,決して和解してはならない(訴訟になったら,『毅然と受けて立つ』しかない)こと。第四に,医療者側に不適切な点があったなら,その情報をすべて示してから,きちんと場を設定して心から謝罪すべきであること(とにかく謝るのではなく,原因調査報告を提示して謝ることが大切)。そして最後に,賠償金を支払うことになった場合は,以後の請求権を放棄する書面に署名してもらうなど,条件を明確にして後顧の憂いを断つこと。

 「『ソーリー』と言うな,言ったら非を認めたことになり訴訟で不利になる」と言い続けてきた張本人の米国人が何を今さら,と多くの日本人は反発するかもしれない。だが,情に流されて法的に穴だらけの対処をしてしまう(福島県立大野病院事件で,医療事故保険金を遺族に払うために安易に非を認めた調査報告書を書いてしまい,それが刑事告発に利用されたことはまだ記憶に新しい),日本の文化の甘さを思い知らされる「留意事項」の数々こそが,実は本書の真骨頂であろう。「弁護士に頼むのはお金の話になってから」というのも,本書が米国で喝采を浴びたゆえんであろう(弁護士は,そもそも,患者と医療者が対立していなければ出る幕はない)。

 訳者は,文化も法律も異なる中での翻訳に苦労されたと思う。しかし,以上のようなメッセージは明快に伝わってくる。契約社会・訴訟社会での「成熟した」態度を日本の医療界も身につけねばならない。本書が,「不幸な医療事故が不毛な医療訴訟になる」ことを防ぎたいすべての関係者(医療・司法・行政・報道)の大きな助けになることを確信する。
日ごろからの「ソーリー・ワークス」マインドが大切
書評者: 永井 裕之 (医療過誤被害者遺族)
 妻は関節リウマチが悪化し,炎症があった左手中指の関節滑膜除去手術を受けた。簡単な手術は成功したが,その翌日(1999年2月11日),点滴後の処置において消毒薬を間違って注入されて急死した。なぜ? 何があったの? 死因は何なの?…などなど,病院の説明対応に不信感が募っていった。その時点で,「医療紛争」にする気もなかったし,「医療紛争」になるとも思っていなかった。しかし,病院側の初期対応は医療事故・ミスにならないようにと,対応を始めていたことを後で知った。その対応は,「ソーリー・ワークス」ではまったくなかった。

 本書は医療事故が過失(ミス)による場合の対応について,「医療紛争をなくすための共感の表明・情報開示・謝罪プログラム」の重要性を説明している。特に「第6章 患者とその家族にどうやって謝罪するか」は,思わぬ医療事故が発生し,さらに突然の死に至った家族に対する対応として「患者は不誠実さを敏感に察知します。誠実に振る舞ってください」,また「初期の反応は怒りや驚き,あるいは激怒であったりします」とし,「落ち着いて次のように答えてください」と,語りかけの言葉が記載されている。

 すっきりしない思いを抱きながら本書を読み続けた。「ソーリー・ワークス」の目的は「紛争を防ぐことである」として,スキル・ノウハウ指導・助言をしているように思える。例えば「Sorry Works! は,医療過誤訴訟クライシスを解決するための中道的な方法とした情報開示を提唱する」(xii 著者紹介)などと記載されているが,訴訟が多いアメリカの現状からだろうか?

 医療者は患者・家族との信頼関係を深めるために,日ごろから患者第一の「ソーリー・ワークス」(患者サービスに徹するマインド・人間性)が大切である。それができていれば,事故が発生した場合に「ソーリー・ワークス」が功を奏して,訴訟に至らない結果になるのが,日本人の特質である。

 医療事故被害者・遺族は「事故原因の究明と誠実な説明」があり,その後「再発防止」の取り組みが着実に実行されているならば,訴訟をすることはない。しかし,多くの医療事故において,「事故原因の究明と誠実な説明」という最も必要なことが行われていない。病院が示す情報開示に納得できないので,さらなる説明をお願いするが,その道を病院側が閉じてしまうため,被害者・遺族はいたしかたなく裁判に訴えている。しかし,裁判にまで至る人はごくわずかであるのが日本の医療訴訟の現状である。

 「医療紛争」「紛争対応」などという言葉が医療の現場では通常に使われている。しかし,ほとんどの市民(患者・家族)は病院と「紛争になる」とか「紛争をしたい」などと考えてもいない。

 診療・入院・治療などの医療行為において,医療側の説明・コミュニケーション不足,対応の悪さなどにより,患者側は不安感などモヤモヤした気持ちを抱くようになる。そのような人にとっては,事故が発生したときの病院側の不誠実な対応が引き金となり,不信感を増し,爆発してしまうのである。さらに,問題を解決しようとする病院側の誠意がみられないときに,紛争の道を駆け登るのである。誠意とは「うそをつかない医療」すなわち「隠さない,ごまかさない,逃げない=当該医療者」を病院側が本気で取り組むこと。もっと大切なことは,医療者が日ごろから患者との人間関係を深めることである。「おはようございます」というあいさつや,患者の話に耳を傾けてコミュニケーションを図ることである。

 当該の医師・看護師らが多忙な業務で十分に患者対応できないこともある。その解決策の一つは院内患者相談員を配置すること。院内患者相談員の役割は「医療機関・病院において,あらゆる医療過程(日々の懸念から不測の事態を含む)で患者およびその家族が持つ疑問,不安,不満などについて,患者・家族が納得して医療を受けるために院内の相談窓口として常駐し,適切に対応する。患者・家族がエンパワーされ,医療者が本来の仕事を問題なく実践できるように両者を支援する。また,医療者と患者・家族が真摯に向き合い,当該医療者が説明責任を果たすためのより良いコミュニケーションを促進できるように支援する」ことである。

 病院内で患者家族が気軽に話しかけられる人,信頼できる人,そのような患者相談員がいれば,患者との信頼関係が維持でき,再構築もできやすい。通常時から医療者が「ソーリー・ワークス」マインドを持つならば,患者さんが気軽に話しかけて悩みなどを訴えるのを聞いてあげることで,信頼関係をさらに深めることができる。事故・ミスが発生してからの「ソーリー・ワークス」では遅いのである。信頼関係は「あいさつ」や「名前」を呼び合うという簡単なことから始まる。

 本書『ソーリー・ワークス!』を多くの医療者が読み,そこに示されている「スキル」「ノウハウ」を日ごろの医療サービスで応用・実践することで,医療者の人間性(マインド)向上に繋がることに気付くことが大切ではないか。

 まず,最初に「第6章 患者とその家族にどうやって謝罪するか」を読むことを勧めたい。そして,通常時に患者さんに対して「すみません」が自然に口から発せられるようになって欲しいと願う。

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