医療倫理学の方法 第2版
原則・手順・ナラティヴ

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倫理的問題を原則論・手順論・物語論から系統立った方法により分析・検討する医療倫理学入門テキストの改訂版。まず[総論]で医療倫理の歴史と方法論を学習。[各論]では死と喪失、性と生殖、個人の権利と公共の福祉、先端医療などのテーマに分け、倫理的問題をどのように検討すべきかを具体的に考える。第2版では特に現代倫理学における主な理論の解説を追加し、研究倫理等の近年のトピックスを反映させた。
宮坂 道夫
発行 2011年04月判型:B5頁:256
ISBN 978-4-260-01213-3
定価 3,080円 (本体2,800円+税)
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はじめに

●本書の立場
 医療倫理の問題は,保健医療の全般にわたって生じている。しかもその多くが簡単に答えの出せるものではなく,人によって考え方が大きく異なっている。こうした問題について,本書では,方法 methodを軸に据えた。そうすることで,異なった意見をもつ人同士が同じ円卓を囲んで,問題を議論し,考えるための基盤を提供できるのではないかと考えた。意見は異なっても,問題を考える方法そのものは共有できるはずだからである。
 このような立場から,本書では,あらゆる保健医療従事者が共有できるような医療倫理学の方法の基礎を提供することを目標とした。今日では多種多様な保健医療の職種があるが,チーム医療という言葉が象徴するように,異なった職種が協力して保健医療サービスを提供することが求められている。医療倫理の問題は,特に職種間の対話が不可欠で,最低限の知識や方法を共有しておくべきである。

●本書の構成
 全体を総論と各論に分け,講義のテキストとして使いやすいよう,15講に区切った。
○総論
 総論は,歴史と方法の二部構成である。第I部 歴史については,従来の医療倫理学のテキストでは必ずしも十分に触れられてこなかった。特に,医療倫理学・生命倫理学の主だった概念が1970年代以降に米国などの英語圏の学説として紹介されてきた経緯があるために,医療倫理学はしばしば外来のものととらえられ,肝心な日本の医療史のなかで生じた様々な問題を視野に入れてこなかった。そこで,本書では,731部隊による人体実験やハンセン病問題,薬害エイズ問題といった日本の重要事例についても解説した。
 第II部 方法は,本書の軸となる医療倫理学の方法についての解説である。米欧を中心に蓄積されてきた研究成果を基盤にしながら,医療倫理学の方法として特に有用と思われるものを,原則論・手順論・物語論の三つの系統に整理・分類した。このうち,原則論と手順論は医療倫理学の方法としてある程度確立したものとなっているが,物語論は最近注目されている新しい考え方である。三つの方法論を組み合わせて用いる点と,物語論の視点を大きくとりいれている点が,本書のオリジナルな特色である。
○各論
 各論では,歴史と方法の学習をふまえて,具体的な問題を考える。倫理的問題は医療のあらゆる領域に存在しているが,これらを第III部 死と喪失第IV部 性と生殖第V部 個人の権利と公共の福祉第VI部 研究と先端医療の四つのテーマに分類して,可能なかぎり広い問題を網羅した。セクシュアリティや動物実験など,これまでの日本の医療倫理の教科書ではあまり触れられてこなかった問題もとりあげた。
 各部とも,レビューケーススタディの二つの部分から成り立っている。レビューでは,それぞれのテーマに必要と思われる基礎的な情報について概説した。ケーススタディでは,特に重要な倫理的問題について,架空事例を提示し,総論で学習した方法を手がかりに,具体的に問題を考えていくための道筋を示した。

●本書の使い方
 総論はすべての問題を学習するための基盤なので,各論の学習に入る前に必ず読むようにしてほしい。一方,各論は,各部が相互に独立して書かれており,関心のある部のみを学習することも可能である。教科書として利用する際には,こうした特色をふまえて適宜カリキュラムに合わせた利用を考えていただければ幸いである。また,医療倫理学のカリキュラムが必ずしも十分に整備されていない教育機関で学ぶ人,あるいは医療倫理学の系統的な教育を受けたことのない医療従事者にとっても,本書を一人で読んで自己学習ができるよう,初心者向けの記述を心がけ,図表もこの種の本としては多く用いた。いずれにしても,本書は入門書であり,学習者は自分の関心に沿って,より専門的・発展的な学習を心がけてほしい。各部末に参考文献を掲げた。
 なお,本書のケーススタディは,あくまで架空の事例を用いた演習である。現実の事例を参考にしているが,いずれの事例も本書の目的である「方法の学習」の目的で作成されている。このため,医療従事者が本書を使って学習する場合には,本書のレビューやケーススタディを参考にしながら,実際の事例・症例に含まれる問題点を網羅・整理し,必要な情報を調べ,倫理的問題の焦点を掘り下げなければならない。

●臨床現場での使用について
 本書を臨床現場での事例検討に用いる場合,必ずしも原則論・手順論・物語論の三つをすべて用いなければならない,というわけではない。本書の事例分析の多くがそうなっているように,まずは手順論を用いて問題点を整理するだけでも,臨床での意思決定や対話には有益なはずである。ただし,重大な倫理的問題を含んでいるとみなせるような事例においては,物語論や原則論による分析を行うことで,対話の糸口を見いだしたり,対外的な説明責任を果たしやすくなる利点がある。
 いずれにせよ,倫理的課題の検討をきちんと行う機会をほとんどもってこなかった臨床現場では,それを行う「場」を設定することだけでも一つの前進と言えるだろう。そのような「場」は,倫理委員会や症例検討会を発展させたりすることで設定することも可能なはずである。本書第3講でも論じているように,医療の倫理問題は,個々の医療従事者が単独で判断するべきものではなく,医療チームや院内のスタッフが協働し,患者や家族とよく話し合いながら結論を導いてゆく意思決定の問題とみなすべきである。

●第2版での変更について
 2005年の刊行以来,本書は予想以上に多くの人に読んでいただくことができた。医療倫理においては方法論を多職種で共有することが最も重要であるという本書のスタンスが,それなりに受け入れていただけたものと喜んでいる。
 本書は医療倫理の広い範囲をカバーしているため,各領域での最新事情に合わせた更新が必要である。実際に,法律やガイドラインが改訂されたり,医療分野で使われる用語が変わったりすることがたびたびあり,増刷のたびに少しずつ対応してきた。今回の第2版の刊行にあたっては,そういった細かいアップデートにくわえて,医療倫理学そのものの深化に対応して記述を変更した。特に,第5講の「物語論」と第14講の「医学研究と研究倫理」については,やや大きく内容を変えた。一方で,理解しやすいというご意見を多くいただいた基本的な構成─原則論・手順論・物語論という三つの方法論の系統的な整理や,6部15講からなる全体の構成─は,変更しなかった。今後も機会があればより読みやすいテキストに改善したいと考えているので,読者からの忌憚のないご意見をお寄せいただきたい。

 2011年2月
 宮坂道夫

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第I部 医療倫理の歴史
 第1講 古代から近代の医療倫理の変遷
  A 古代医療における医療倫理
  B 中世から近代にかけての医療倫理の変化
 第2講 現代:患者の権利の時代へ
  A 医療従事者が人命を奪った悲劇とその断罪
  B 被験者の権利から患者の権利へ
第II部 医療倫理学の方法
 第3講 基本的な概念と構造
  A 倫理問題を検討するためのルール
  B 医療従事者のおかれた社会的立場
  C ケーススタディ
 第4講 三つの方法論:原則・手順・ナラティヴ(1)
  A 原則論
  B 手順論
 第5講 三つの方法論:原則・手順・ナラティヴ(2)
  A 物語論
  B 三つの方法論の統合
第III部 死と喪失
 第6講 死と喪失についてのレビュー
  A 現代人の死生観
  B 絶望と希望
  C 死と自己決定
  D 医療と死
  E 倫理的問題はどこにあるか
 第7講 告知:深刻な診断を知る,それを伝えるということ
  A 「悪い知らせ」とは何か
  B ケーススタディ:手順論による問題点の抽出と論点整理
  C 告知をめぐる倫理的問題の焦点:原則論と物語論による掘り下げ
 第8講 尊厳死:最後まで生きる,その人にかかわるということ
  A 尊厳死とは何か
  B ケーススタディ:手順論による問題点の抽出と論点整理
  C 尊厳死をめぐる倫理的問題の焦点:原則論と物語論による掘り下げ
第IV部 性と生殖
 第9講 性(セクシュアリティ)について
  A 性についてのレビュー
  B ケーススタディ
  C 倫理的問題の焦点
 第10講 生殖について
  A 生殖についてのレビュー
  B ケーススタディ:生殖補助医療
  C 倫理的問題の焦点
 第11講 障害児の出生を「防ぐ」ということ
  A ケーススタディ
  B 倫理的問題の焦点
第V部 患者の権利と公共の福祉
 第12講 患者と第三者の利害の対立
  A 感染症による他者危害
  B 精神障害による自己危害・他者危害
  C 思想信条による自己危害
  D 倫理的問題はどこにあるか
 第13講 自己危害と他者危害
  A ケーススタディ:感染症による他者危害の防止
  B 倫理的問題の焦点:他者危害の防止
  C ケーススタディ:自己危害の防止
  D 倫理的問題の焦点:自己危害の防止
第VI部 医学研究と医療資源
 第14講 生体と医療資源
  A 医学研究と研究倫理
  B 医療資源
 第15講 医療資源の配分と医療情報
  A ケーススタディ:資源化の是非
  B 倫理的問題の焦点:資源化の是非
  C ケーススタディ:医療資源の配分

あとがき

[資料]
 WMAヘルシンキ宣言 人間を対象とする医学研究の倫理的原則
 患者の権利に関するWMAリスボン宣言
 日本医師会 医の倫理綱領
 日本薬剤師会 薬剤師倫理規定
 日本看護協会 看護者の倫理綱領
 日本理学療法士協会 倫理規程
 日本作業療法士協会 倫理綱領
 日本視能訓練士協会 倫理規定
 日本臨床衛生検査技師会 倫理綱領
 日本歯科技工士会 歯科技工士の倫理綱領
 
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