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保健指導サービスの評価と改善
個人のスキルアップから組織の質管理まで

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地域保健・職域保健にかかわらず、保健指導サービスを行うすべての人および組織が、保健指導の質を管理し向上させるための方法論を示す。
編集 森 晃爾
発行 2010年08月判型:B5頁:132
ISBN 978-4-260-01080-1
定価 3,080円 (本体2,800円+税)

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はじめに

 本書は,地域,職域に限らず,保健指導を行うすべての人および組織を対象に,保健指導の質をどのように管理し向上させるかについて,これまでの私たちの取り組みを基にまとめたものです。
 従来,地域保健においては「老人保健法」による基本健康診査と健康相談,さらには健康教育が行われてきました。一方,職域においては,「労働安全衛生法」に基づく健康診断や成人病検診などが行われ,その結果に基づき保健指導が実施されてきました。しかし,多くの場合に,それらのプログラムの成果が十分に検証されることはなく,またそれぞれの健康教育や保健指導の質の管理も行われてきませんでした。
 2008(平成20)年度より,40歳から74歳の被保険者と被扶養者を対象とした特定健康診査および特定保健指導の制度が始まっています。これは,医療保険者の義務として「高齢者医療確保法」に基づき導入されたものです。この特定健康診査と特定保健指導の制度により,市町村(市町村国保)でも,企業の健康保険組合や中小企業を主対象とした全国健康保険協会などでも,共通のルールで保健指導が実施されることになりました。この制度は,一定の成果を上げることを目標としており,評価がプログラムに予め組み込まれている点が,ある意味で画期的だと思います。
 「現在提供されている保健指導サービスは有効なのか」という問いに,「有効である」と自信をもって答えられる人は誰もいないのではないでしょうか。しかし,「しっかり研修を受けた質の高い保健指導実施者による保健指導サービスは有効か」という問いであれば,「有効だというエビデンスがある」と答えることができます。この2つの問いの差を埋めるためには,個人の力量に依拠する保健指導から,しっかりと質の管理がなされた保健指導に変えていく必要があります。
 本書は,保健指導の質の管理の方法について,①個人としてのスキルアップ,②チームとしてのスキルアップ,③組織として提供するサービスの質の管理,④委託先を巻き込んだ提供プログラム全体の質の管理,という4つの視点からまとめたものです。

質の高い保健指導が組織を支える
 私は,基本的に産業(職域)保健の場を歩んできました。そのなかで保健指導の質の管理に取り組み始めた最初のきっかけは,石油会社の産業医をしているときに訪れました。石油元売り会社は当時,規制緩和による自由競争の時代に突入し,利益率の高かったガソリン価格が急激に下がり,大手元売り同士の合併による再編が進みつつありました。当然,合併前にもそれぞれの会社に健康管理組織があり,独自の健康管理が行われていました。また,看護職の経験や身分もさまざまでした。それが1つの会社になったわけです。従業員は元の会社時代の競争関係を乗り越え,新しい会社で一刻も早く融合しようとしていました。そのような状況のなかで,利害関係のより小さい私たち健康管理部門は,新会社での健康管理の方針を決め,一体となって従業員の健康を支援する必要がありました。
 しかし,産業看護職として体系的な教育を受け保健指導の経験も十分にある保健師もいれば,社内診療所で診療補助や事務作業しかしたことのない看護師もいました。経験やこれまで携わってきた業務の異なる約10名の産業看護職と3名の産業医が,1つの健康管理部門に属し,いくつかの事業所に散らばって健康管理サービスを提供することになりました。新会社の健康管理部門の責任者となった私は,従業員に信頼され満足される健康管理サービスを提供しなければ競争の激化した業界で会社が生き残っていくこともかなわないと考え,できるだけ速やかに,メンバーの技術のバラツキをなくし,健康管理について意思統一を図る必要性を感じていました。そのためには,新会社の健康管理サービスの内容と,サービス提供を行ううえで求められるスタッフの知識や技術を明確にし,1人ひとりの知識や技術を評価するとともに,能力向上の支援を行うことが必要でした。そのような事情で取り組んだのが,個人のスキルアップと,保健指導チームとしてのスキルアップ策の導入です。
 私自身の経験は産業保健でのものですが,同じことが地域保健の場でもおそらく当てはまるのではないかと思います。顕在化していないとすれば,その問題から目をそらしているだけかもしれません。
 いずれにしても,そのような経験のある私にとって,2008年4月の特定健康診査・特定保健指導制度の導入は大きなできごとでした。この制度の導入時に,健康管理や情報管理システムの構築に取り組んだ専門家,保健指導プログラムの開発に取り組んだ専門家などがいましたが,私が興味をもったのは,組織としての保健指導サービスの質を管理することでした。

組織としての保健指導サービスの質を管理する必要性
 特定健康診査・特定保健指導の制度に限らず,以前から職域で実施されていた「労働安全衛生法」に基づく健康診断でも,また「老人保健法」による基本健康診査の制度でも,健診(健康診断・健康診査)を実施し,その結果を基に保健指導などを実施するという流れになっています。
 この流れのなかで最も当たり前のことは,健康診断そのものには受診者の健康度を向上させる効果はないということです。朝から絶食してふだんと違う生活になることで,かえって健康度を落とすことさえあり得るかもしれません。これらの制度が効果を上げるためには,受診者が健診を受けた後,その結果に基づき健康度の向上に向けて何らかの行動を起こすことが必要です。保健指導はそれを支援するものであり,健診制度が効果を上げるために決定的な役割をもっています。
 特定健康診査・特定保健指導は,国を挙げての健康づくり運動なので,制度設計や標準的プログラムの作成においてはこれまでのエビデンスが用いられています。すなわち,保健指導による支援を行うことによって健康度の向上が図られ,結果として生活習慣病の予防が達成できるというエビデンスがあるのです。ここでのエビデンスは,研究デザインに基づいて保健指導プログラムの標準化と保健指導実施者の研修などを行い,そのうえで保健指導介入を行った結果として有効性が確かめられたという意味をもっています。
 特定保健指導は,医師,保健師,管理栄養士が実施することを基本としていますが,中心的役割を果たすのはこのうち保健師と管理栄養士です。保健師や管理栄養士は,国家資格ではありますが,保健指導の経験がほとんどない人も少なくなく,知識も技術も大きなバラツキがあります。しかし,実際には,保健指導を提供する組織のなかでのバラツキすら,十分に評価されていません。これは,市町村でも,健康保険組合でも,委託を受けて実施する保健指導サービス機関でも同じです。特定健康診査・特定保健指導は,すべての医療保険者の義務として実施され,地域,職域にかかわらず,非常に多くの組織がサービスを提供する制度です。組織ごとに,あるいは各組織内においても知識や技術のバラツキの大きな専門職集団が関わることになれば,しっかりデザインされた研究のときと同じような効果が上がるかどうか,定かではありません。
 これまで事業として健診を実施してきた健診機関においても,保健指導は健診のおまけのような存在で,専門職の人件費に見合った報酬を受診者や委託元から得ることはできませんでした。それが,特定健康診査・特定保健指導の制度によって,保健指導に値段がつき,その効果への期待が高まっています。
 特に「保健師助産師看護師法」で,「保健師の名称を用いて,保健指導に従事することを業とする者」と定義されている保健師にとっては,地位向上の千載一遇のチャンスです。しかし,効果がなければ,その存在意義すら問われかねません。そして,その鍵を握っているのは,専門職集団のなかのバラツキへの対応であることを自覚しなければなりません。

保健指導の質はサービス提供者の質に依存する
 特定健康診査・特定保健指導の制度で必要なサービスすべてを,自ら実施できる医療保険者はほとんど存在しません。そのため制度導入にあたっては,健診だけでなく保健指導についても,多くの健康保健組合が外部委託すると予想されていました。また,多くの市町村国保が特定保健指導の一部または全部を外部委託しているとの調査結果があり,対象者が増えるに従ってさらにこの割合は増えることも予想されます。そして,その受け皿として,医療機関や健診機関に加え,会社組織で保健指導サービスを提供する事業者が参入しています。
 計画段階からサービスの提供経験が少ない事業者の参入が予想された以上,こうした事業者の体制やサービスの質が制度を適切に運営できる水準であるかどうかが大変気になります。そこで,厚生労働省健康局の「標準的な健診・保健指導プログラム(確定版)」のなかで,委託基準が明確にされました。また,この基準を満たしている機関は,届け出によって国立保健医療科学院に重要事項を登録し,その内容を公表することがサービス提供の条件になっています。
 しかし,医療保険者が委託先を選ぶ際に,この制度には2つの大きな弱点があります。
 第1に基準の内容です。委託基準は「①人員に関する基準,②施設又は設備等に関する基準,③保健指導の内容に関する基準,④保健指導の記録等の情報の取扱いに関する基準,⑤運営等に関する基準」から構成され,かなり厳しい要求事項もあります。しかし,保健指導は,保健指導実施者の能力・技術に委ねる部分が大きいにもかかわらず,保健指導実施者の資質向上については,ほとんど触れられていません。①人員に関する基準で,「保健指導実施者は,国,地方公共団体,医療保険者,日本医師会,日本看護協会,日本栄養士会等が実施する一定の研修を修了していることが望ましい」,⑤運営等に関する基準で,「保健指導実施者に必要な研修を定期的に行うこと等により,当該保健指導実施者の資質の向上に努めていること」とされているだけで,具体的な要求事項は含まれていないのです。それは,質の高い保健指導実施に不可欠な要素である保健指導実施者の能力・技術を客観的に評価する難しさの表れでもありますが,これでは,名簿に登載されている事業者が委託基準を満たしているとしても,本当に質の高い保健指導を実施できるか,定かではありません。
 第2の弱点は,国立保健医療科学院への登録の条件である委託基準の準拠が,あくまでも自己評価であることです。委託基準の具体的な内容を読むと,専門職の育成以外の部分はかなり厳しい基準になっていることがわかります。しかし,その準拠状況の確認を第三者が行う制度がないため,名簿に載っているから大丈夫だということには残念ながらなりません。
 本来,自ら実施する責任があるプログラムの一部を外部に委託する場合,その委託先の質は,プログラム全体の質の一部となります。したがって,プログラムの主体となる組織が,利用者に対して委託先の質を担保しなければなりません。特定健康診査・特定保健指導プログラムの一部を外部委託する場合も,これに当てはまります。健診に比べて質を客観的に評価することが困難な保健指導において,信頼できる第三者評価の仕組みがない現状では,プログラムの主体者が質を直接評価して委託先を選択しなければなりません。そのためには質を見極められる目をもたなければなりませんが,多くの医療保険者にはそのような訓練を受けた専門職がいるわけではないので,委託先の質を自ら評価するのはとても難しいといえます。
 そこで私たちは,2007年に厚生労働科学研究費補助金を受けて,「保健指導の質の評価ガイド」を開発しました。このガイドを使えば,委託先がどのような方法で保健指導の質の管理に取り組んでいるかを確認することができます。

保健指導に品質管理システムの導入を
 一部またはすべての保健指導を外部委託するとしても,それが医療保険者(市町村国保を含む)が提供するサービスの一部である以上,その質に責任をもたなければなりません。外部のサービスの方が,自前のサービスよりも質が低いように感じているのであれば,「本当にそうなのか?」ともう一度見直してみる必要があります。自前のサービスの質の高さは,地域なら住民の生活状況や資源などを,職域なら労働環境や制度などを十分に理解し,さらには技術・知識的にも質の管理がなされていることを前提としています。ところがしばしば,自らの質の管理が不十分なまま,外部のサービス業者の質が見えないために不安を感じているにすぎない場合があります。
 そう考えると,委託先の保健指導の質の評価を行うためのツールを開発しただけではこの取り組みは不十分であり,保健指導の実施主体と委託を受けて保健指導を提供する機関の両方が,提供するサービスの質の管理を行わなければならないことに気づきました。すなわち,委託する側も委託される側も,保健指導サービスの品質管理システムを導入して,継続的に質の管理に取り組むことが求められるということです。しかし,医療機関や保健機関,自治体は,サービス分野の品質管理システムに習熟していません。そこで次に取り組んだのが,保健指導サービスを提供する組織への品質管理システム導入の支援です。この取り組みでは,保健指導サービスを提供する3つの機関と2つの市町村においてシステム導入支援のモデル事業を行い,さらにその成果として「保健指導サービス品質管理システム導入支援ガイド」を開発しました。
 このように,チームとしての保健指導技術の向上,保健指導サービス事業者の評価,保健指導サービス品質管理システムの導入支援といった,保健指導の質の向上に関するテーマに問題意識を持ち取り組んできた成果が,「保健指導サービスの評価と改善」と題する本書なのです。

プログラムの標準化か,人材育成か?
 保健指導サービスの質の管理に取り組み始めてまず私たちは,基本的必要事項を「保健指導サービス品質管理システムガイドライン」としてまとめました。具体的には,「標準的な健診・保健指導プログラム(確定版)」の委託基準と,市町村,健康保険組合,保健指導サービス業者など,幅広い保健指導サービス組織を対象に私たちが行った品質管理の実態に関するインタビュー調査の知見をまとめたもので,前述の「保健指導の質の評価ガイド」も「保健指導サービス品質管理システム導入支援ガイド」も,このガイドラインが基になっています。
 質の管理の方法を検討するにあたり,私たちは最初に重要な選択をしました。それは保健指導プログラムの標準化をどこまで求めるか,人材の質にどこまで依存するかという選択です。
 最も進んだ標準化とは,すべての基本的なやりとりを標準化するレベルを指します。たとえば,マクドナルドのどの店舗に行っても店員は「いらっしゃいませ,こんにちは」と挨拶しますが,これと同じことを保健指導でも取り入れるレベルです。一方,行動目標の自己決定を保健指導の目的とし,その途中段階も目標の数もすべて,各保健指導実施者が対象者の状況に応じて臨機応変に行うといった,標準化とは対極のレベルもあります。当然,標準化のレベルが小さければ小さいほど,対象者に合わせた臨機応変の対応に委ねられるのですから,質の管理を行うためには保健指導実施者の知識や技能を高めなければなりません。
 保健指導は,医師,保健師,管理栄養士などの国家資格を有する専門職によって行われるサービスです。このような専門職は,すでに最低限の資質が教育と資格で担保されています。また対象者の状況に応じた対応を行うことによって,サービス提供や資質向上へのモチベーションを高めることも可能です。私たちは,それぞれの専門家のモチベーションの維持と成長が,保健指導サービスの持続的発展に重要だと考えました。そして,保健指導プログラムのマニュアル化は,保健指導の準備,実施,事後処理の各場面における基本的なプロセスにとどめ,このプロセスのなかで効果的な保健指導を行うことができる人材を育成することを質の管理の基本として位置づけることにしました。
 もちろん,人材育成を質の管理の基本とすることを強要はしません。非常勤の保健師や管理栄養士を数多く抱えるサービス機関であれば,人材の育成を基本とした質の管理は困難であり,当然プログラムの標準化のレベルを向上させるといった選択肢がとられることになるでしょう。それぞれの状況と戦略に応じた,品質管理システムが導入されるべきであると考えています。

何のために評価するのか?
 本書では,保健指導サービスの評価を質の管理の基本としています。「標準的な健診・保健指導プログラム(確定版)」でも,保健指導の評価に1つの章を割き,その重要性と方法について解説しています。同プログラムでは,評価の目的として,事業の成果の検証と改善を挙げていますが,具体的な改善の方法までは言及していません。
 一般に,評価にはいくつかの目的があります。説明責任のための評価,優劣をつけるための評価,仮説を検証するための評価,改善のための評価です。
 まず,「説明責任のための評価」について説明します。行政でも企業でも資金を投入して何らかの施策を実施する場合には,その資金に見合った成果が出るという予測のもとに決済されます。したがって,施策を実施した後に,資金投入の前提だった成果が達成できたかどうかについて説明する責任が生じます。「説明責任のための評価」とは,そのために行う評価です。
 2つ目は,「優劣をつけるための評価」です。特定の人数のみ選ばれる状況や限られた原資を分配する際に行われる評価で,評価指標を明確にしたうえで行います。受験の評価,成果主義での評価などがあります。
 3つ目は,「仮説を検証するための評価」で実験計画に基づき実施されます。仮に保健指導の有効性を評価するとすれば,保健指導を標準化したうえで,研究対象を,標準化されたプログラムの実施者と非実施者に分け,保健指導実施後の指標を両者間で比較することで,保健指導は有効(または無効)であるという仮説を検証することになります。
 そして最後が,「改善のための評価」です。プログラムを実施する一定期間にわたるいくつかの目標を立て,その達成の有無を確認するとともに,達成できなかった場合には,その原因を分析して改善計画の立案と実施に結びつけます。その際,目標は改善の動機が働きやすいように数値化された達成目標であることが望ましく,また単に最終成果(アウトカム)の指標だけでなく,原因を分析するために途中段階の指標(ストラクチャー,プロセス,アウトプットなど)があわせて評価されることが必要です。
 質の管理のための方法を主題とする本書では,「評価」は,特に説明がない限り「改善のための評価」を表します。

本書が求めること,本書で学べること
 本書は,保健指導の質の向上を図ろうと考えるできるだけ多くの人,さまざまな立場の人に活用していただくために,5つの章で構成しました。
 第1章は,保健指導実施者に必要な知識・技術を,地域保健と職域保健に分けてまとめました。これらの知識・技術を個人やチーム,あるいは組織としてどのように高めていくかが第2章以降の論点です。
 第2章では,保健指導実施者個人として必要な知識や技術を向上させたい人を対象に,個人としてのスキルアップの方法について解説しています。この章を読めば,保健指導実施者として,自分にどのようなスキルがあり,どのような努力をすればスキルが向上するかについて多くの知識を得ることができます。
 第3章は,チームとしての保健指導スキルを向上させたい,あるいはバラツキを減らしたいと考える保健指導チームのリーダーやメンバーのために割いています。この章では,具体的な研修計画を立て,個々の保健指導実施者のスキルを評価し,その結果に基づいて改善する方法について知識を得ることができます。さらに,チームとして保健指導のスキルを向上させるためには,後輩に対し指導的役割をもつプリセプターや組織全体のリーダーなどが必要になります。また,保健指導サービスを企画するスキルもチームのなかに必要になります。これらのスキルの向上についてもこの章で言及しています。
 第4章は,保健指導サービスを行う組織の責任者が,サービスの質の管理を継続的に実施するための品質管理システムの導入についてまとめてあります。組織内にやる気のある保健指導実施チームがあっても,組織の責任者がその取り組みを支援しなければ継続的な推進はできません。また,保健指導実施のためのスキルだけでなく,保健指導プログラム,施設・設備,情報などのいくつかの要素についてもあわせて質の管理を行っていく必要があります。ここでは,保健指導サービス機関における質の管理を前提に,保健指導品質管理システムの導入の流れに沿って解説しています。また,自治体での応用の方法についても説明しています。
 第5章は,保健指導サービスの一部または全部をアウトソーシングする際の,アウトソーシング先の質の評価と管理についてまとめました。自前のスタッフで保健指導サービスを提供する組織以外の,すべての保健指導サービス提供組織が対象となります。たとえば,健康保険組合などの保険者,一部または全部の保健指導をアウトソーシングする市町村,外部からの委託を受けて提供する保健指導の一部を再外注する保健指導サービス機関です。「標準的な健診・保健指導プログラム(確定版)」でも,保健指導をアウトソーシングする際の留意事項として,「保健指導の質を確保する仕組みを導入する必要があること,事業者の選定に際しては保健指導の質を基準とすること,保健指導業務の終了後にその評価を行うこと,委託業務に関する情報の交換と公開を行うこと」を挙げています。本章は,その具体的な方法について解説したものといえます。
 以上の5つの章を活用し,個人としてのスキルアップ,チームとしてのスキルアップ,組織として提供するサービスの質の管理,そして委託先をも巻き込んだ提供プログラム全体の質の管理に取り組んでいただきたいと思います。

 2010年6月
 森 晃爾

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はじめに

第1章 保健指導実施者に必要なスキル
 1.保健指導実施者に求められる資質とスキル
 2.地域保健で求められる知識など
 3.職域保健で求められる知識など

第2章 個人としてのスキルアップ編
 1.保健指導実施者個人にとって必要なスキルアップとは
 2.専門機関・学会での研修の活用

第3章 チームでのスキルアップ編
 1.チームで取り組む保健指導研修の基本
 2.メンバーで共有する標準的な保健指導プロセス
 3.スキルアップのための研修計画
 4.保健指導の技術向上の方法
 5.保健指導実施者のスキルの評価
 6.保健指導実施者のコンピテンシーの評価と向上
 7.評価結果を改善に活かすために

第4章 保健指導サービスの質の管理システム
 1.保健指導の質に関する基本方針
 2.質の管理のための組織の構築
 3.質の管理の対象と方法
 4.質の管理目標と評価指標および実施計画
 5.活動の評価・監査と改善
 6.自治体での展開

第5章 保健指導サービスの委託
 1.委託先の選定
 2.委託先の評価と改善の要求
 3.第三者評価とその限界

索引

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「対象者の健康に寄与できる」と自信を持って言える保健指導実践のために
書評者: 津下 一代 (あいち健康の森健康科学総合センター センター長)
 特定健診・特定保健指導制度が発足してから3年がたつ。これまでの「目的と評価の不明確な保健事業」から一歩脱出するために,もがき続けた3年間であったように思う。

 平成20年度当初は新制度導入にエネルギーが注がれ,保健指導の「質」を問う声は少なかった。知識・技術も戦略もないまま,取りあえずもうけがあると信じて(?)保健指導事業に飛び込んだ保健指導機関も少なくなかった。保健指導実施者(以下,保健指導者)においても,これまでは対象者に行動変容をもたらすことができたのか,検査データの改善に寄与できているのかを評価されることなく仕事を続けてきたのかもしれない。

 今回の制度改革により,健診の付け足しとして評価されることなく行われてきた,従来の保健指導とは異なる体制が求められたのである。言うまでもなく,本制度の最も重要なポイントは,PDCAサイクルが保健事業の中にしっかりと埋め込まれたことである。保健指導の対象者の選定方法,保健指導投入量の客観化(ポイント制),保健指導効果を検証するためのしくみが「標準的な健診・保健指導プログラム」に包含されている。実施率・脱落率・体重減少率・メタボ改善率などさまざまな指標によりプロセス評価・アウトプット評価・アウトカム評価が可能となり,改善策を模索するようになってきた。また保健指導機関としては限られた財源の中で効率よく事業を展開するという経済的な指標も考慮せねばならない。

 まさしく「個人の力量に依拠する保健指導ではなく,質の管理がなされた保健指導に変えていく」(本書「はじめに」より)ことが肝要なのである。

 本書では保健指導の質の管理の方法として,(1)個人としてのスキルアップ,(2)チームとしてのスキルアップ,(3)組織として提供するサービスの質の管理,(4)委託先を巻き込んだ提供プログラム全体の質の管理,の4つの視点からまとめられている。

 保健指導の質の向上のためには,まず一人一人の保健指導者が仕事の目標を明確にし,より高い効果を引き出すためのスキルアップを図ることが重要である。保健指導の難しい点は,型のごとく行えば自動的に行動変容が起きるわけではなく,対象者一人一人のバックグラウンドや考え方を尊重しつつ,臨機応変な対応で行動変容を促していくことにある。医学的知識やコミュニケーションスキル,社会情勢などへの理解と関心,調整能力など,幅広い力量が保健指導者に求められるが,本書ではそれらのスキルを得るための方策について,実践者の立場から学習方法が語られている。

 しかし,いくら優秀な保健指導者が一人いたとしても,保健指導を事業として実施していくには不十分である。保健指導機関として安定した成果を得るためには,指導者間のばらつきを小さくして,全体のレベルを底上げすることがカギとなる。本書では機関内の研修(OJT)や評価について具体的な事例とともに記述されている。制度発足から短期間のうちに,研修や評価の体制を確立した保健指導機関には敬意を表したい。

 保健指導の質の管理には,保健指導者が仕事に専念できることが重要であり,スケジュールの管理や記録物の整理,評価による業務手順の見直しなどが絶えず行われなければならない。多くの保健指導者の悩みを聞くと,運営体制が整っていないために無駄に時間を食っていたり,仕事の調整がつかなくなったりしている。その結果,仕事への意欲が低下し,保健指導の質の低下に直結することになる。脱落率の高さはまさに運営方法のまずさからきているといっても過言ではない。本書が紹介するような組織的な評価と改善のしくみがあれば,小さな失敗はすぐに発見され,リカバリーすることも可能となる。

 昨今,医療保険者・自治体・企業など委託元の経営環境はますます逼迫しており,保健指導事業の委託先に対する評価も厳しくなっていくであろう。もしこの要求に客観的な評価結果をもって応えることができなければ,事業の継続は困難とならざるを得ない。

 このことは特定保健指導に限ったことではなく,これまで総花的に行われてきた保健事業を見直す動きが活発化している。これからのすべての保健サービスについて「質」の評価と改善を続けていくこと,対象者の「健康に寄与できる」と自信を持って言える事業を確実に実施していくことが保健指導者の責務となる。本書は保健指導者のよりどころとなる一冊だろう。
保健指導を行うすべての領域や職種に (雑誌『保健師ジャーナル』より)
書評者: 河野 あゆみ (大阪市立大学大学院看護学研究科)
 保健指導は,保健師が個々の住民や対象者に提供できる支援のなかで,最も保健師らしい基本的な仕事の1つだと考える。保健師はコミュニティに属する対象集団への支援を得意とする職種である。しかし,個々の人々がもつ健康課題やニーズを鋭敏に把握し支援を提供することに対して,保健師が関心をもたなくなったとき,本当に対象集団のニーズに見合った活動など展開できるのだろうか。また,保健指導や家庭訪問など,個別の人々への支援がそれを専門とする機関に委託されることが多くなった現在,保健師に幅広い視野と力量が真に問われていることはわかるが,実際にはどのように保健指導という仕事をとらえ,取り組んでいけばよいのだろうかと常々考えていた。しかし,本書を読んで,なるほどこのように保健指導を展開していけばよいのかと,明るい展望が見えたように思う。

 なぜならば本書は,よく見かける保健指導のノウハウを述べたマニュアル本とは異なるからである。本書では保健指導のスキルアップに関する方法論のみにとどまらず,保健指導というサービスの品質管理をどのように行えばよいかという方略まで述べられている。もう少し具体的にいえば,本書は大きく分けて,(1)個人が保健指導のスキルをどのように向上させるか,(2)チームとしての保健指導のスキルをどのように向上させるか,(3)組織としてサービスの質をどのように管理するか,(4)保健指導を他機関に委託したときにどのように保健指導の質を管理するか,という内容から構成されている。保健指導の質の担保を保健師等の個々の知識や技術だけに頼るのではなく,組織として質を担保できるシステムをつくることが重要であるという編者らの実績にもとづいた信念が伝わってくる。

 特定保健指導制度などの導入によって,保健指導そのものが評価され,その効果を他者にもわかるように示すことが求められている一方,保健師が自ら保健指導という仕事に直接携わる機会が少なくなってきている。本書を読むことによって,職場で孤軍奮闘している保健師が自らの保健指導の取り組みの方向性を明確にし,また明日からの仕事へのアイデアを得ることができると感じた。

 本書には地域保健と職域保健における特定保健指導に必要な知識や事例などが中心に紹介されてはいるが,行政や職域だけではなく,保健指導を行うすべての領域や職種に応用できる内容が多く盛り込まれている。本書は,保健指導の実務に直接的に携わる者だけではなく,保健指導を委託される者や保健指導という事業の企画を行う管理的立場にある者まで幅広く活用できるものであり,保健指導の総合的指南書としてお勧めしたい。

(『保健師ジャーナル』2010年11月号掲載)

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