早期精神病の診断と治療

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近年、注目を集めている早期精神病、あるいは統合失調症の早期発見・早期介入について、一歩先を行く欧米の最新スタンダードを紹介。早期精神病の基本的概念から具体的な診療技法までを網羅的に解説、この1冊で注目の早期精神病概念の全貌がわかる。遺伝的脆弱性、精神病発症危険状態(ARMS)、精神病未治療期間(DUP)、初回エピソード精神病、家族介入、自殺予防、治療抵抗性など、トピックテーマ満載。
編集 Henry J. Jackson/Patrick D. McGorry
監訳 水野 雅文 / 鈴木 道雄 / 岩田 仲生
発行 2010年05月判型:B5頁:432
ISBN 978-4-260-01059-7
定価 9,900円 (本体9,000円+税)

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日本語版への序(Henry Jackson and Patrick McGorry)/監訳の序(水野雅文)

日本語版への序
 本書『Recognition and Management of Early Psychosis: A Preventive Approach』(『早期精神病の診断と治療』)の日本語版のための序文を書けることを大変嬉しく思う.筆者らは,本書の初版(邦題『精神疾患の早期発見・早期治療』)の出版に際して,日本の仲間たちが非常に熱心に支援してくれたことをよく記憶している.本書の初版をお手持ちの読者は,この第2版がすっかり改訂され,著者もほとんど入れ替わっていることに気づかれるだろう.われわれは本書を自分達自身の進歩と,精神病への早期介入や予防についての関心の広がりと深化の反映さらには他の精神状態のパラダイムへの適応の拡大を反映しているものと考えている.

 第2版の読者は,初版刊行以来この10年間の研究成果の進展に強い印象をもたれることだろう.この点はとりわけ初回エピソード精神病first eposode of phychosis(FEP)に関して顕著であるが,FEPに発展しそうなリスクの高い状態の人々についてもますます進展しているところである.本書は導入に続いてリスクと脆弱性,精神病発症危険状態at-risk mental state(ARMS),治療の遅れの評価と短縮,初回エピソードが続き,2部で構成される臨界期とサービスモデルの合計8部から構成されている.心理的,社会的要因と同様に,特別な章としては,遺伝的脆弱性やゲノム-環境相互関係に関連する病因論的研究について網羅している章もある.第2版ではさまざまな個別の治療や家族療法を含む治療についても扱われている.職業回復はもちろんのことであるが別章で論じられており,精神保健の専門職の視点が大きく広がった事実を喧伝している.臨床家として,われわれは臨床的ケアの場面においてもはや患者の精神病症状の回復をもって満足するべきではない.われわれは社会的,職業的回復を目指さなければならないし,効果的な治療を届けるための至適なメカニズムを備えるサービスシステムを発展させ奨励することに関わっていくべきである.

 本書には多数の素晴らしいアイデアが示されている.自信過剰のそしりを受けるおそれがあるが,われわれは本書のなかで最も重要な理論的アイデアは第2章に示されている臨床病期モデルであると信じている.基本的には経験的に確認されてはいないが,臨床病期モデルは精神病の発展と治療を理解するための病期に関連したヒューリスティックなアプローチを提供している.ある意味で臨床病期モデルは,伝統的なカテゴリーモデルや障害の有無といった2元的モデルとは対照的に,精神病理学的連続モデルと非常に合致して,より微妙な点にも工夫がなされている.それによれば,症状ははじめは孤発的であったり強固ではないかたちで発現し,時間の経過とともに堆積したり,強固になったり,安定したり,重症度が増したりしながら,結果的には機能が次第に障害されていく.さらにある種の生物学的マーカーや社会機能が各病期に伴ったりその予兆となるのである.このモデルにより臨床家は治療を各病期により害を少なく適合させることが可能になるし,より一般的な治療が最も早い病期において多数の人口あるいは全体に対して届けることが可能となり,初回エピソード精神病や明確な病期に至った疾患に対してより集中的な治療を施すことが可能になる.

 研究の次なる段階には,症状の再燃や増悪が,ある種の生物学的指標やほかのリスクファクターに伴われたりそれらが予兆となっているか否かを決定しうるモデルの検証が含まれるだろう.ある病期から別の病期への移行を予測する指標を発見することはできるのだろうか? 批判的な言い方をすれば,われわれはある病期に受診した人々に対して,次の病期へ移行するのを妨げる効果的治療を有しているのだろうか? われわれは精神病に対するより洗練された考え方を眼前にしているのである.初回エピソードの統合失調症の患者と慢性期の統合失調症の患者が全く同じニーズをもっているとみなしていた30年前の段階を,われわれは遥か昔に通りすぎた.

 早期介入研究や臨床センターが世界中で次々と創設されていることは大変嬉しく思っているが,残念ながらまだ偏りがある.もちろん,あるモデルというのはある状況に合致するものであり,それらのサービスの性質も財政状況も各国により異なるものである.興味深いのは,世界中に展開されたさまざまなサービスモデルがもつ領域である.本書の将来の改訂版で日本の状況が紹介されるのも楽しみである.この点については,Mizunoら(2009)に,日本の旧態依然たる入院中心型精神医療と地域中心型サービスの間の激しいせめぎあいの様子が描かれている.その理由は日本では地域中心型精神医療や早期介入に対する支援よりも入院病床に対する財政支援のほうが優先されているという問題があるという.ポジティヴな面としては,筆者らが日本における4つの先駆的施設において早期介入の研究がすすめられていると記載している点である.それらは,東京ユースクラブ(東京),富山大学精神神経科(富山県),仙台のSAFE(Sendai at Risk Mental State and First-Episode service),東邦大学大森病院のイル ボスコ(東京)である.これらの4施設はそれぞれ特徴的な活動を行っており,積極的な精神科治療プログラムを運営し,各センターが独自の臨床研究プログラムと治療戦略をもっている.日本精神保健・予防学会は1996年に小椋力教授と岡崎祐士教授らにより設立され,今日まで発展を続けている.日本精神保健・予防学会は精神障害の予防と早期治療研究を行う人たちの組織であり,毎年学術集会も開かれている.

 早期介入に対しては,いくつかの批判的議論もなされてきた.それらに対して,われわれは疾患の過程のなかで遅れて介入されることを望む人などいないはずだと論じて向き合ってきた.例えば,癌の患者や心臓病の患者を考えてみれば,公衆スクリーニングプログラムは保健システムの一部であり,早期に介入することで明らかな疾病に至るのを妨げるのを目的としていることにすぐに思い至るはずである.

 東邦大学医学部精神神経医学講座の水野雅文教授,富山大学大学院神経精神医学講座の鈴木道雄教授,藤田保健衛生大学医学部精神神経学講座の岩田仲生教授は,30名を超える仲間とともに本書の翻訳を断行された.われわれはこの3名のリーダーと仲間たちが割かれた時間とエネルギーに対して深甚なる謝意を表したい.特に水野雅文教授は本書の初版の翻訳に際しても監修代表者であった,彼の献身的努力に深謝する.

 われわれは読者が本書を楽しんでいただき,ご自身の臨床や研究で取り組むべき興味深い情報や問題点をみつけて下さることを願っている.

 ご多幸を祈って
 Thank you
 Henry Jackson and Patrick McGorry

参考文献
Mizuno, M., Suzuki, M., Matsumoto, K., et al. (2009). Clinical practice and research activities for early psychiatric intervention at Japanese leading centres. Early Intervention in Psychiatry, 3, 5-9.



監訳の序
 本書は早期介入の分野をリードするHenry Jackson教授とPatrick McGorry教授編集による『Recognition and Management of Early Psychosis: A Preventive Approach, Second Edition』の邦訳である.
 原著の初版は1999年に刊行され,2001年に『精神疾患の早期発見・早期治療』と題して金剛出版から邦訳が刊行された.早期介入のバイブルともいえるこの翻訳書は,世界における早期介入の波を日本に紹介し,脱施設化もままならないわが国の精神科医療に新たな動きを呼び覚まそうとする挑戦であった.当時国内に早期介入に関心をもつ仲間は少なく,原著がMcGorry教授を中心とするメルボルン大学の教室員によって書かれたものであることに呼応するかたちで,慶應義塾大学精神神経科のメンバーで訳出した.
 この10年間に,日本精神障害予防研究会は日本精神保健・予防学会へと発展し400名の会員を得るまでになった.International Early Psychosis Association(国際早期精神病協会)の2年ごとの学会では日本人参加者が集まるジャパンナイトが開催され,相互に顔の見える関係ができ上がっている.厚生労働省の科学研究費でも「統合失調症の未治療期間とその予後に関する疫学的研究」をはじめ早期介入に関する研究が開始されている.
 本書も初版と同様に400ページを超える大著であり,今日における早期精神病の診断から治療,サービスシステムの在り方までを,世界中の第一線の精神科臨床家が執筆しており,早期介入研究と臨床実践の到達点を示している.そこで今回第2版の邦訳に際しては,早期精神病を中心とした脳画像研究で著名な鈴木道雄教授と全ゲノム研究で目覚ましい成果を上げている岩田仲生教授に監訳者としてご参加いただき,30名を超えるこの領域で活躍中の方々に,所属の壁を越えて翻訳の労をおとりいただいた.訳者の専門性を考慮したことで,訳文の質が向上したことは言うまでもない.ご多忙のなかご協力くださったみなさまにこの場をお借りして御礼申し上げたい.
 訳出に際しては,特に訳語をめぐってさまざまな議論があった.Early psychosisは精神科早期介入における重要なキーワードであるが,psychosisの一般的な訳語である「精神病」という語感には統合失調症以上にスティグマが伴う.“早期”精神病と修飾語がついても使い辛い用語である.ここでは専門家向けの用語と割り切って早期精神病を表題とした.ご不快に感じる方があればお許しいただきたい.新たな訳の造語は,当事者や家族を交えて学会,国民を挙げての議論を通じてなされるべきであろう.訳語をめぐっては他にもat-risk mental state(ARMS)やultra high risk, interventionなど早期介入に独自の新たな概念もあるが,先行文献の訳語を尊重しつつ吟味を重ねた.基本的には『改訂6版 精神神経学用語集』(新興医学出版社),『ICD-10 精神および行動の障害 新訂版』(医学書院)に準じたつもりである.
 ところで,本書の翻訳中に原著者のMcGorry教授が2010年のAustralian of the Yearに選出されたというニュースが入った.同氏の精神保健への貢献が認められたことはもちろんであるが,同国が精神科領域をいかに重要視しているかを示してもいる.本書の出版がわが国においても精神科領域における早期発見・早期治療の進展を一層刺激することを願ってやまない.
 本書の上梓に当たりご尽力いただいた医学書院の方々に感謝する.

 平成22年4月
 監訳者代表 水野雅文

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第1部 序論
 1.第2版の改訂方針と概観
 2.精神病の診断と病期モデル
第2部 リスクと脆弱性
 3.遺伝的脆弱性
 4.環境的脆弱性と遺伝-環境の相互作用
 5.精神病および統合失調症の神経生物学的エンドフェノタイプ:
   疾患発症の生物学的マーカーはあるか?
第3部 精神病発症危険状態(ARMS)
 6.ARMSと予測
 7.ARMSの治療
第4部 精神病未治療期間(DUP)の短縮:治療の遅れを減らすアクセス
 8.精神病未治療期間:定義,測定,および転帰との関連
 9.早期介入促進のためのコミュニティのメンタルヘルス・リテラシーの改善
 10.早期精神病におけるケアへの経路と治療の遅れの短縮
第5部 初回エピソード
 11.急性期における初期評価と初期薬物療法
 12.初回エピソード精神病からの完全および不完全回復
 13.双極性障害の予防的戦略:早期介入の照準を定める
第6部 治療臨界期:他の精神病理と併発症
 14.初回エピソード精神病における物質乱用
 15.初回エピソード精神病における自殺予防
 16.早期精神病における情動とパーソナリティの機能不全
第7部 治療臨界期:特異的介入方法
 17.早期精神病の家族介入
 18.早期精神病における就労機能の向上
 19.早期精神病における再発予防
 20.初回エピソード精神病における治療抵抗性
第8部 サービスモデル
 21.早期精神病のサービスモデル:各国での取り組み

 索引

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臨床病期モデルを採用した早期精神病治療の良書
書評者: 樋口 輝彦 (国立精神・神経医療研究センター総長)
 本書は1999年に刊行され,わが国では2001年に邦訳された「精神疾患の早期発見・早期治療」(金剛出版)の改訂版「Recognition and Management of Early Psychosis: A Preventive Approach」の日本語版(邦訳タイトル「早期精神病の診断と治療」)である。

 編集は初版と同じく,Henry J. Jackson教授とPatrick D. McGorry教授によるものであるが,その執筆者はほとんど入れ替わっており,この領域の研究の進歩がいかに早いかを実感させる。

 本書は8部で構成されている。第1部(第1章,第2章)は導入部であるが,この中で早期精神病の予防と介入にとって極めて重要なモデル,すなわち「臨床病期モデル」が詳しく解説されており,まず,この部分を十分理解することが,本書全体の理解の前提になる。第2部(第3~5章)では,精神病のリスクと脆弱性に関する幅広く重要な分野が検討されている。

 第3章は精神病の遺伝研究分野の最新知見を概観し,第4章では精神病の環境的危険因子と遺伝要因の相互作用がレビューされている。また第5章では早期精神病を対象にした神経生物学的研究が概観されている。

 第3部(第6章,第7章)は第4部と並んで,いわば本書の中心的課題すなわち「予防と早期介入」を扱った中核の部である。第6章ではARMSの同定と治療,初回エピソード精神病(FEP)への移行の予測を扱っている。

 第7章はARMSとして同定された人たちが持つ,幅広い症状と機能的困難さを扱う介入を包括的に概観している。この章では,私がARMSに関して最も知りたい点,すなわちARMSというレッテルが生み出すかもしれないスティグマへの対処,「偽陽性」に対する不要な治療の回避,ARMSへの介入期間の問題などが取り上げられており,注目されるところである。

 第4部(第8~10章)は精神病の同定とサービスへのアクセスの改善,精神病未治療期間(DUP)と転帰の関係を論じている。第5部(第11~13章)はFEPや躁状態の患者に対する包括的な評価方法と治療の提供について,第6部,第7部では「臨界期」が扱われている。

 本書が扱う早期介入というテーマは特に新しいものではない。かつて,多くの研究者,臨床家が研究,報告し啓発もしてきた。何がこれまでと違うのか? それが本書を読むうえで最大の関心事であった。その答えは2つのキーワードにまとめることができたように思う。

 その一つは「下位診断群」の分類における「FEP(初回エピソード精神病)」を研究対象にした点であり,二つ目は「臨床病期モデル」の導入である。特に,「臨床病期モデルは早期の有効な治療は予後を改善し疾患のより重篤な病期への進行を予防する可能性を示唆している」と編者らが本書の概観の中で述べているこの言葉で,本書を刊行した方々のこの研究に取り組む原点を理解できたように思った。

 ただ1点,私の中で解決できない疑問が残った。それはM. Bleulerの有名な経過と予後の図の中の急速荒廃型と急速欠陥型を臨床病期モデルの中でどのように位置付け,理解すればよいかという点である。

 最後に400ページにも及ぶ大著を邦訳された訳者の方々,監訳に当たられた水野雅文,鈴木道雄,岩田仲生の三名の教授に心からの敬意を表したい。

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