臨床中毒学

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かつて化学を修め、現在臨床の第一線で中毒患者の診療にあたる筆者が、「臨床現場で役立つ中毒学の成書」をコンセプトに、これまでの自身の経験・知見と最新のエビデンスを惜しみなく注ぎ込んだ決定的な1冊。 総論「急性中毒の5大原則」、中毒物質各論(101項目)の他、巻末には症候別索引(症候→中毒物質)も掲載。
監修 相馬 一亥
執筆 上條 吉人
発行 2009年10月判型:B5頁:576
ISBN 978-4-260-00882-2
定価 11,000円 (本体10,000円+税)
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監修にあたって(相馬一亥)/(上條吉人)

監修にあたって
 本書のテーマとなっている「中毒」物質が,人々の注目を集めた事件や事故に関わっているケースは少なくない.たとえば1990年代半ばには,サリン散布事件(→p245)や和歌山毒物カレー事件(→p355)が発生したが,これらは被害の深刻さや社会に与えたインパクトとも相まって,いまだに多くの人々の記憶に残っているだろう.最近でも,新聞やテレビで急性中毒に関するニュースがしばしば報道されているが,このような状況を受けて果たして医療人が急性中毒への認識を高めたかというと,残念ながら必ずしもそうとは言えない.
 われわれ医療人は,社会に対して中毒に関する啓発と教育を積極的に行うとともに,日々の急性中毒患者の診療にも対応していかなければならない.しかしその起因物質には天然から人工のものまで多彩であり,これらすべてを網羅することは不可能といってよい.そこで著者の上條吉人博士は,「1次から3次の救急施設で遭遇する95%をカバーする」という観点から101の中毒物質を選択し,医療現場で実際に役立つ中毒診療について,「図や写真を駆使したわかりやすさ」と「成書ならではの掘り下げた記述」を両立させることをコンセプトに,本書を企画した.
 総論では,急性中毒診療の定石どおり第1章から第4章で「全身管理」「吸収の阻害」「排泄の促進」「解毒薬・拮抗薬」を取り上げているが,第5章では「精神科的評価と治療」として,中毒物質による自殺企図患者の精神科的な対応についても解説している.上條博士は精神科をサブスペシャリティーとする救急医であり,この章ではその強みを存分に発揮している.また,第6章から第10章の中毒物質各論では,基本的に「頻度,毒性の強さ,minimum requirement→治療フローチャート→概説→中毒メカニズム→臨床症状→診断→治療および予後→症例提示→コラム→文献」という統一した流れで記述した.初学者にとっては冒頭にポイントを目にすることで全体像をつかみやすいし,ある程度経験を積んだ医師にとっては,中盤以降にある本文の記述の深さやエビデンスなどの豊富な情報量に,きっと満足いただけるだろう.各項目の終わりにあるコラムには,その中毒に関係した小話を多数収めていていずれも興味深い.
 普通の執筆者であれば,日常診療や学会活動に従事しながら,500ページを超える文量を単著で,しかも1年という限られた時間で書き上げるには,相当な困難を伴うはずである.しかし,上條博士の「序」の筆致は「『中毒』に耽溺した執筆の日々は,本当に幸せな時間であった」と予想外に明るく,むしろ達成感と充実感に満ちている.このポジティブなエネルギーが,本書の内容によい影響を及ぼさないわけがない.全編にわたって上條博士の周到な準備と構想,そして日々の診療の豊かな経験が反映されている本書が,急性中毒診療に携わるすべての医療人にとって多くの実りをもたらすことを確信している.

 2009年10月吉日
 北里大学教授・救命救急医学
 相馬一亥



 運命のいたずらで「中毒中毒」を発症してしまった私にとって,本書の執筆の日々は至福の時であった……
 幼少の頃に「生きもの中毒」を発症した.信州の田舎育ちの私は,当時はまったく怖さを知らずにヤマカガシやヒキガエルなど,いろんな生き物をつかまえてきては飼育するのが大好きだった.
 少年の頃には「化学中毒」を発症した.不可思議な現象を理論的に解き明かしてくれるこの学問に強く惹かれた.高校時代に母親を肺がんで亡くした.母親の病気に無力であった自分が悔しかった.最初の大学で理学部の化学科を卒業したが,医学に傾いた自分の気持ちを裏切れずに医学部に入り直した.
 医学部の学生の頃に「脳中毒」を発症した.複雑な脳解剖を洗練されたシェーマ(Schema)でわかりやすく解説してくれた萬年甫教授に親炙して脳解剖学教室に入り浸り,脳の組織標本をコツコツとスケッチした.卒業後には脳科学を基礎とする精神科医となることを選択した.ところが,医師になって5年目の冬に入院中の受け持ち患者さんが飛び降り自殺をした.ERに運ばれた患者さんを前にして何もできずに呆然としていた自分が情けなかった.一大決心をして救急医に転身した.
 救急医になって「中毒中毒」を発症した.生体試料の分析ばかりでなく,毒性や解毒薬・拮抗薬のメカニズムを論理的に理解する上で「化学中毒」の頃の知識や経験は非常に役立った.そしてなにより,ほとんどが自殺企図による中毒患者の心も体も救うことは,精神科医から救急医に転身した私のモチベーションを満たしてくれた.運命のいたずらを感じざるを得ない.
 「中毒中毒」の私だからこそ,中毒に耽溺した執筆の日々は,本当に幸せな時間であった.週末は,娘たちと山に川に海に毒のある動植物を探し回って,目当てのものを見つけては一緒に歓喜した.そんな時には「生きもの中毒」だった頃の自分が蘇った.化学構造式を交えて毒性や解毒薬・拮抗薬のメカニズムを解説するイラストを作成する時には「化学中毒」だった頃の自分に戻り,かつて「脳中毒」だった頃に鍛えたシェーマの技術が役立った.総論の中で数多く登場する語呂合わせを考案する時には私の中に潜む遊び心が弾んだ.もちろん,本書の中には,救急医および精神科医として中毒患者の心身の治療をする自分の思いを詰め込むことができた.実に楽しい時間であった.
 本書を執筆するにあたり,多くの人々にお世話になった.「ファミリーロッジ宮本屋」(長野県松原湖畔)ご主人の畠山久紀様は,キノコ狩りや山菜狩りの案内ついでに,毒キノコや毒草の写真撮影に御協力いただき,夜はキノコや山菜にまつわるさまざまな蘊蓄を杯を酌み交わしながら語ってくれた.「ふぐ居酒屋おお田」(東京都大田区)ご主人の太田賢吾様,「イーフスポーツクラブ」(沖縄県久米島)代表の久米浩二様,厚木クリニック院長の兵藤透様からは魚介類の撮影に御協力をたまわった.坂本光徳様,渡邊裕香様には,琉球諸島周辺の魚介類の写真を提供していただいた.
 最後に,本書の執筆にあたりさまざまなアドバイスをいただいた相馬一亥教授,前作の 『イラスト&チャートでみる急性中毒診療ハンドブック』 『精神障害のある救急患者対応マニュアル』 に引き続き,企画,構成,執筆にわたって多大なる尽力をたまわりました医学書院書籍編集部の西村僚一氏,制作部の栩兼拓磨氏に心からの感謝を捧げたい.

 2009年10月吉日
 北里大学講師・救命救急医学
 上條吉人

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第I部 総論 急性中毒治療の5大原則
第1章 全身管理(AB&3Cs)
第2章 吸収の阻害
第3章 排泄の促進
第4章 解毒薬・拮抗薬
第5章 精神科的評価と治療

第II部 中毒物質各論
第6章 医薬品
 I 向精神薬
 II OTC薬
 III 循環器系薬
 IV その他の医薬品
 V 覚醒剤,麻薬
第7章 農薬
 I 殺虫剤
 II 除草剤
 III 殺鼠剤
第8章 家庭用品
 I 防虫剤
 II 洗浄剤など
 III その他
第9章 化学用品,工業用品
 I 炭化水素および芳香族化合物
 II アルコールおよびグリコール類
 III 重金属
 IV ガス
 V その他
第10章 生物毒
 I 植物毒
 II キノコ毒
 III 魚介類
 IV 咬傷

付録
 1.急性中毒の原因となる毒・薬物の鑑別のポイント
 2.中毒物質の体内動態一覧
第10章『生物毒』撮影データ

索引
症候別索引〔症候→中毒物質〕

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現時点での急性中毒学のバイブル
書評者: 森脇 龍太郎 (千葉労災病院救急・集中治療部)
 上條吉人先生は,わが国で最も先進的な急性中毒の診療および研究を行っておられ,また学会などでもオピニオンリーダーとして華々しく活躍されている。臨床中毒学を専門とする者で,先生の名前を知らない者はいないと言っても過言ではなく,間違いなく今後の日本の臨床中毒学を背負って立つ人材の一人である。

 数年前,同じ医学書院から出版された先生の著書 『急性中毒診療ハンドブック』 は,簡潔明瞭にエッセンスがまとめられていて,またおのおのの中毒のメカニズムについても強調されており,さらには今まで業界には存在していなかったメモニクスによる記憶法なども編み出され,大変ユニークで親しみやすい内容であった。今回その精神を踏襲しながら膨大な加筆をたった一人で行われて完成したものが,この『臨床中毒学』と思われる。本の体裁がハードカバーで,今までの先生の著書と違って,いかにもいかめしい印象を受けたが,内容を拝見すると,臨床医にもわかりやすい明瞭な解説・図表の数々,結局のところ今までのアプローチとまったく同じであることに安心した次第である。

 先生は現在,中毒学を中心とする救急医学を専門とされているが,医師になって数年間は精神科学を履修され,また医学部に入学される前には化学を専攻されていたと聞く。しかもしっかりとその大学を卒業されているのである。

 本書の構成は,定番どおり「総論」「各論」の構成であるが,「総論」では,「全身管理」「吸収の阻害」「排泄の促進」「解毒薬・拮抗薬」の従来の急性中毒の4大原則に「精神科的評価と治療」を加えて5大原則とされたことは,いかにも先生らしいアイデアであり,急性中毒患者の大部分は自殺企図であることを考えると,至極もっともなコンセプトと思われる。

 「各論」では,多岐にわたる中毒物質の中から,頻度・重症度を鑑み,これだけはと思われる101の中毒物質をピックアップし,おのおのの物質について,まず「Minimum requirement」にて最重要事項を提示し,「治療のフローチャート」にて治療の概要を簡潔に示されているが,多忙な日常診療においてはこれだけでも大いに役立ち,大変重宝されよう。

 次いで「概説」「中毒のメカニズム」「臨床症状」「診断」「治療および予後」などの項目を設け,詳細に解説されている。特に「中毒のメカニズム」では,臨床症状と関連付けけて,そのメカニズムをわかりやすく述べられていることは本書の特長の一つで,臨床症状を理解する上で大変参考となる。

 また「治療および予後」で,解毒薬・拮抗薬の作用機序から投与法まで詳細に記載されている点は,日常診療において大いに役立つものである。さらに「症例呈示」では,実際に経験された症例が呈示されているが,その緻密な診療内容は臨床医にとってよいお手本となるに違いない。そして「付録」として,「急性中毒診療ハンドブック」からの伝統であるメモニクスによる記憶法が満を持して登場している。

 この『臨床中毒学』は,まさに臨床的かつ実践的であるが,中毒のメカニズムと臨床症状との結び付きを理解しやすいように工夫されており,本書を読破すればいっぱしの急性中毒の専門家であり,大部分の急性中毒診療は自信を持って行うことができること請け合いである。現時点での急性中毒学のバイブルであると言っても過言ではなかろう。
精神科医と救急医双方の視点をもった実戦的な教科書
書評者: 廣瀬 保夫 (新潟市民病院救命救急・循環器病・脳卒中センター長)
 この本は単著と聞いていたので,初めて手に取ったとき,その重厚さにまず驚きました。その中身も化学を修めてから医学の道に入られ,さらに精神科医から救急医に転身した上條氏でなければ書けない内容で,まさにユニークかつ実戦的な教科書になっています。

 本書は,第I部が総論として「急性中毒治療の5大原則」,第II部が中毒物質各論で構成されています。総論は,まず中毒治療の4原則,すなわち「全身管理」「吸収の阻害」「排泄の促進」「解毒薬・拮抗薬」について解説されています。全編を通じてAmerican Academy of Clinical Toxicology(AACT),European Association of Poisons Centres and Clinical Toxicologists(EAPCCT)のガイドラインなどEBMを踏まえて記載されていて,引用文献も豊富です。しかもEBMを重視する論説にありがちな文献的な議論にとどまらず,著者の豊富な臨床経験を踏まえた実戦的な記載が多いことが大きな特徴と思います。語呂合わせも効果的に用いられてわかりやすく整理されています。「合併症の3As」は私も明日から研修医教育に使おうと思いました。

 総論の最後に中毒治療の5つ目の原則として「精神科的評価と治療」が述べられています。急性中毒は,自殺企図・自傷行為の結果であることが圧倒的に多い現実があり,精神科的な原則を踏まえて初期診療を行うことが本来は望ましいのです。しかし救急医の多くは精神科的な面に疎いのが実情です。本書では「急性中毒の3大精神障害」として整理され,対応のポイントがまとめられており,臨床にすぐに役立つ内容となっています。

 各論では,救急現場で遭遇する95%をカバーする,という観点から選択された101の中毒原因物質が取り上げられています。それぞれの中毒物質の冒頭に,頻度・毒性の強さ,さらに「Minimum requirement」としてポイントがまとめられています。これにより読者はその中毒の病態の全体像を大まかにつかむことができるでしょう。

 続いて病態生理,治療法について,実戦的かつ必要十分な情報量が記載されており,初めて遭遇する中毒でも,あまり迷うことなく治療が開始できると思います。また,過去の中毒事件や毒物にかかわる歴史上のエピソードが「ひとことメモ」として紹介されています。これが非常に興味深く,読み物としてもとても面白くなっています。

 本書は,中毒診療に必要な情報はほとんど網羅されていると言って過言ではなく,救急外来に備えれば極めて有用と思います。唯一の心配は,患者を目の前にして「ひとことメモ」などに目を奪われて没頭し過ぎてしまうことです。それくらい面白い本であり,これまでの臨床中毒のテキストとは一線を画する素晴らしい本だと思います。研修医,若手救急医のみならず,ベテランの救急医,その他中毒臨床にかかわるすべての医療職の方にも,お薦めしたいと思います。
これほど明快な中毒学の成書があっただろうか
書評者: 田勢 長一郎 (福島県立医大附属病院救急科部長)
 中毒学は,単なる医学の一分野ではなく化学・薬理学の応用であり,緊急かつ適切で高度な医療を必要とする救急医学においても重要な位置を占めている。さらに,患者の内面性や社会的な背景についての検討も避けては通れず,法医学や精神医学的なアプローチも求められる。すなわち,中毒学は基礎から臨床に至る総合的な学問であり,予防から根本的な治療を図るには多くの専門科の集学的な治療を必要とする。

 上條博士は大学時代に化学に没頭し,さらに医学の道に進んだ後は,脳科学への関心から精神科医として研鑽を積んでいた。そして重症患者管理の必要性も痛感して救命への道を歩み出し,現在は救急医学の若手リーダーとして活躍している。本書では,臨床中毒学にはうってつけの,その豊富な知識・経験に裏打ちされた「筆者ならではの強み」を発揮している。

 急性中毒患者の大多数は自傷行為や自殺企図なので,今までの「急性中毒治療の4大原則」だけでは根本的な解決にならない。上條博士はこの4大原則に「精神科的評価と治療」を加えた「急性中毒治療の5大原則」を提唱している。今までの臨床中毒の成書では外面的な救急医療を主とし,精神科的な治療は別な視点で述べられていたが,本書では上條博士の精神保健指定医としての立場も加わっている。臨床中毒学の分野に新たな視点を提案した本書の意義は大きいであろう。

 中毒のメカニズムの解説では,EBMにのっとった図表を駆使するなど,上條博士の化学者としてのバックグラウンドが随所で垣間見られる。メカニズムに目を通せば発現すべき症状などが自然に浮かんでくるのも本書の特徴である。また,各所に症例提示があり,読者が中毒診療を行う上で非常に役立つ情報やヒントが満載されている。

 本書では特に「生物毒」の章に多くの写真が掲載されているが,これらを撮影している時は,上條博士の心はつかの間,「生き物中毒」だった少年時代に戻っていたのではないだろうか。さらに,急性中毒の原因となる毒・薬物鑑別のポイントでは,語呂合わせで記憶に残るような試みがなされている。語呂合わせは国試対策では常識的だが,日本での専門書ではまれである。しかし,語呂合わせで覚えた内容は,30年,40年たった今でも記憶に残っていることが多い。臨床中毒学の重要な部分は常に記憶にとどめ,将来的にも中毒学の面白さや重要性を読者に訴え,またそれを実践してもらうという,上條博士ならではのユニークなアイデアである。

 各項目とも専門外の読者でも読みやすく,一方で専門書として深く掘り下げられているため読めば読むほど内容が濃く,誰しもが満足するであろう。中毒を専門とする医師以外にも,日常診療で中毒に接することのある医師,これから勉強する研修医など,多くの医師に自信を持って推薦できる書籍である。

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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