てんかん鑑別診断学

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てんかん診療の臨床で、てんかん発作とさまざまな非てんかん性発作との鑑別は悩める問題である。本書はてんかん鑑別に特化した唯一無二の教科書を翻訳したもの。てんかんとの鑑別に必要な非てんかん性発作を網羅し、またてんかん発作自体の臨床像についても詳しく解説。精神科医、神経内科医、脳神経外科医、小児科医など、てんかん診療にあたる医師は常に傍らに置いておきたい頼れる指南書。
編集 Peter W. Kaplan / Robert S. Fisher
吉野 相英 / 立澤 賢孝
発行 2010年10月判型:B5頁:352
ISBN 978-4-260-01028-3
定価 10,450円 (本体9,500円+税)

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訳者まえがき(吉野相英・立澤賢孝)/(Peter W. Kaplan・Robert S. Fisher)

訳者まえがき
 本書はImitators of Epilepsy,Second Editionの全訳である.初版は1994年に出版され,この第2版が出版されたのは2005年である.編者のPeter W. KaplanとRobert S. FisherはそれぞれJohns Hopkins大学,Stanford大学で神経内科教授を務めるかたわら,大学病院付属のてんかんセンターの所長を兼務している.言わずと知れた臨床てんかん学の重鎮である.また,Fisherは2001年から2006年まで国際抗てんかん連盟の学術誌Epilepsiaの編集主幹を務めていた.
 本書はてんかんの鑑別診断に特化した唯一の教科書である.目次をご覧になればわかるように,まさに「発作」の総覧である.主なものだけを列挙しても,失神,片頭痛,めまい,発作性ジスキネジア,過剰驚愕症,脳症,褐色細胞腫,ナルコレプシー,REM睡眠行動障害,周期性四肢運動,一過性脳虚血,一過性全健忘,過換気症候群,転換性障害,パニック発作など,ほぼ考えうるすべての非てんかん性発作が網羅的に取り上げられている.てんかん発作との鑑別が問題となることの多い失神については独立した章立てとはなっていないが,第7章で詳細に論じられているので,ご安心いただきたい.また,てんかん発作と誤診しやすいけいれん性失神については第4章でも詳しく解説されている.
 てんかん鑑別診断において,てんかん発作自体の臨床像が正確に把握できていなければ不十分であろう.本書はその点でも抜かりはなく,てんかん発作の症候学とその解剖学的局在(第2章)と「非てんかん性発作」と誤診する可能性のあるてんかん発作(第3章)について2章を割いて詳しく解説している.また,全般性強直間代発作については第4章に詳細な説明がある.さらに,実地の臨床で常に問題となるてんかんと心因性発作の併発の問題も独立した章を設けて取り上げている(第20章).
 てんかん専門医は必ずしも非てんかん性発作についても詳しいとはかぎらない.めまいや失神の専門医についても同様のことがいえるだろう.各発作性障害の境界領域についても幅広い知識を有するてんかん専門医が求められている所以である.本書を翻訳する機会を得て,てんかん発作の視点からだけではあいまいな部分が残されていた鑑別診断の境界域が,非てんかん性発作の陣地からながめ直すことによってだいぶはっきりしてきたのではないかと感じている.
 本書は分担執筆であるために,用語の使用に関して若干不統一の部分があった.気づいた範囲で修正したが,至らぬ部分も少なくないだろう.翻訳にあたっては日本語として自然であることを心がけたが,理解しにくい部分があるとすれば,それはすべて訳者の責任である.
 防衛医科大学校小児科学講座の松本浩先生には第6章と第7章について,同耳鼻咽喉科学講座の松延毅先生には第11章について貴重なご意見をうかがうことができた.この場を借りて御礼申し上げる.また,同精神科学講座教授の野村総一郎先生の暖かい見守りがなければ,この翻訳作業は完成しなかっただろう.
 本書はてんかん発作の診断に悩む実地臨床家に対し鑑別点を照らし出し,明確な鑑別診断を指南してくれるはずである.本翻訳がてんかん専門医を目指す医師のみらならず,てんかん学とかかわりのある様々な分野の専門家,医師,学生の一助となれば幸いである.そして,実地のてんかん臨床における手引きとして本書が活用されればと思う.

 2010年9月
 吉野相英・立澤賢孝



 本書「てんかん鑑別診断学」の改訂を思い立ったのは,研修医や医学生の教育,外来診療を通じて本書の必要性をあらためて痛感したからにほかならない.神経学の専門書をいくら紐解いても,オンライン情報をどんなに検索しても,「この発作はてんかん性なのか」という診断上のジレンマから逃れられないことがある.てんかん発作の鑑別でなければ,診断に結びつきそうな身体所見をいくつか見つけ出し,正しい答えを探し求めるだろう.実地臨床において最も知りたいことは個々の臨床症状のもつ感度と特異度であり,それがわかれば,症状の組み合わせから似たような診断確率をもつ複数の疾患の鑑別診断が可能となる.しかしながら,このような手法はてんかん発作の鑑別診断には利用できない.臨床の知恵をかき集めることが次善の策となろう.
 専門外来にはてんかんを疑われた患者が次々と紹介されてくる.そして,その発作がてんかん発作なのか,てんかん発作でないとすれば,どの非てんかん性発作なのかを決定しなくてはならない.この鑑別診断こそが本書の関心の的であり,それは初版と変わらない.
 てんかん発作の鑑別においてまず問題となるのは,ふらつき,めまい,失神,片頭痛である.頻度は若干低くなるが,睡眠障害,一過性脳虚血,発作性運動障害,代謝内分泌疾患,せん妄,精神障害,一過性全健忘もてんかん発作と見紛うことがある.過換気発作,パニック発作をはじめとする心因性発作については十分認知されているとは言いがたい.百科事典のような医学教科書でなければ,この鑑別診断のすべてを網羅することはできないだろう.本書の目的はてんかん発作の鑑別診断を総覧することにある.具体的には,種々の非てんかん性発作の症状,鑑別診断につながる特徴的な経過,診断に有用な検査について述べてある.
 この第2版では初版を発展させ,4部構成とした.序章では発作症状の鑑別手順について簡単に触れてある.第1部では「てんかん発作にはみえない」てんかん発作と「てんかん発作にみえる」非てんかん性発作を取り上げる.また,てんかん発作と非てんかん性発作双方の脳波所見,血清プロラクチン検査の意義に関する章も設けてある.第2部では年齢別にみた非てんかん性発作について解説する.乳児,小児,高齢者にみられる非てんかん性発作には実に様々なものがある.第3部ではめまいからびっくり病まで様々な非てんかん性発作を疾患別に取り上げる.これにはよくみられるものもあれば,まれなものもある.第4部は過換気症候群,心因性発作,パニック障害についての解説となっている.
 各章では,それぞれが主題としている非てんかん性発作について,その定義と病態生理の基礎およびてんかん発作との鑑別点について解説してある.もちろん,似たような非てんかん性発作との鑑別についても触れている.症例検討や発作の比較表を数多く取り入れたが,読者の理解を深めるのに役立てばと思う.各執筆者は自らの経験に裏打ちされた診断と治療に関する見解を示しているはずである.
 本書はてんかん診断学に根差している.てんかん診断でまず問題になるのは発作の多様性である.同じ患者であれば発作症状は毎回同じではあるが,同じ脳領域から生じるてんかん性発作であっても患者が違えば発作症状も違う.さらに,てんかん発作は幻視や片手のうずきなど,実に多彩な症状を呈する.繰り返し指摘されているように,てんかんの「国境」は広大であり,その地図も完全にはほど遠い.本書がてんかん発作と非てんかん性発作の鑑別点についての認識を深め,てんかんが疑われる症例を診療する際の手引きとなることを願ってやまない.

 Peter W. Kaplan, MB, FRCP
 Robert S. Fisher, MD, PhD

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 序章 紛らわしい発作症状の鑑別方法

I 概論:てんかん診断のジレンマ
 第1章 脳波所見に基づく鑑別診断の進め方
 第2章 発作症状に基づく解剖学的局在診断
 第3章 てんかん発作とは思えない奇抜なてんかん発作
 第4章 非てんかん性けいれん発作
 第5章 血清プロラクチンを用いたてんかん発作の補助診断

II 年齢別にみた非てんかん性発作
 第6章 新生児と乳児の非てんかん性発作
 第7章 小児期と思春期にみられる非てんかん性発作
 第8章 老年期にみられる非てんかん性発作

III てんかん発作をまねる様々な疾患
 第9章 片頭痛
 第10章 自覚症状
 第11章 めまい
 第12章 発作性運動障害
 第13章 過剰驚愕症と関連障害
 第14章 脳症と非けいれん性発作重積
 第15章 内分泌代謝障害と薬剤性障害
 第16章 睡眠関連障害
 第17章 脳血管障害

IV てんかん発作をまねる精神障害
 第18章 過換気症候群
 第19章 心因性発作
 第20章 てんかんと心因性発作の併発
 第21章 パニック発作

索引

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てんかん類縁疾患群をターゲットに,鑑別と診断・検査・治療のポイントを詳述
書評者: 福山 幸夫 (小児神経学研究所・東京女子医大名誉教授)
 本書は,Kaplan PW, Fisher RS, editors. Imitators of Epilepsy, Second Edition. Demos : New York, 2005の完全訳である。“Imitators”は「模倣者」とでも訳せようか,てんかんに類似し,てんかんと診断されがちであるが,実はてんかんとは異なる疾患群が,本書の主題である。近年のてんかん研究の進歩は目覚ましく,てんかんを主題とした単行本・モノグラフの発行は著しく増加した(評者の集計では全世界で3千冊を超える)。しかし,本書のように,てんかんそのものでなく,てんかん類縁疾患群(境界領域)にターゲットを絞った書籍は,極めて珍しい。そして,てんかん模倣疾患が多種・多彩で,鑑別がこれほどにも複雑かつ困難であるか,本書をひもといて初めて自覚させられる。

 近年のてんかんの発作症候学は,長時間脳波ビデオ同時記録,頭蓋内電極脳波,神経画像検査などの最新技術に裏打ちされて,著しい進歩を遂げた。その結果,てんかん発作とは思えなかった奇抜なてんかん発作が多数確認された一方,非てんかん性発作性疾患(てんかん模倣症)の存在が明確になってきた。実際の患者数は,後者がむしろ多数を占める。さらに複雑なのは,「てんかん性」,「非てんかん性」のいずれかに専属するのでなく,両特性の混在する病態(例:“migralepsy”など)も存在することである。

 また現実の診療場面では,てんかん発作と非てんかん発作とを併せ持つ患者が少なくないと,識者は警鐘を鳴らしている。

 本書は,これら「てんかん発作にはみえない」てんかん発作と,「てんかん発作にみえる」非てんかん発作の鑑別という観点から,特に後者に属する諸疾患について,総説的に詳記している。すなわち,I 概論:てんかん診断のジレンマ,II 年齢別にみた非てんかん性発作,III てんかん発作をまねる様々な疾患,IV てんかん発作をまねる精神障害,の4部で構成され,21章に及ぶ各論を,一流専門家が分担執筆している。いずれ劣らぬ力作である。

 取り上げられた「模倣性」疾患は,失神,めまい,片頭痛,発作性運動障害,心因性発作その他数十種類に及ぶ。そのおのおのについて,診断・検査・治療のキーポイントが詳述されている。これら疾患の治療は当然てんかんの治療とは異なる。両者の鑑別は臨床上極めて重要である。

 吉野相英,立澤賢孝両先生は,このまれな名著を,実に丁寧かつ正確に翻訳された。専門用語の翻訳に当たっては,最新のてんかん学用語集,神経学用語集に準拠された。また原書であいまいな表現部分に対しては,随所に訳者注が附記された。さらに,小見出しのレイアウトは,翻訳書独自に工夫されており,原書以上にわかりやすい。

 訳者まえがきにある通り,てんかん専門医は非てんかん性発作についても詳しいとは必ずしも言えない。てんかん境界領域をてんかんの側からだけでなく,本書のような「てんかん模倣者群」の視点から見直してみる必要が大いにある。本書が関係者に広く愛読されることを希望してやまない。
てんかんの臨床に即した実用的な鑑別診断の書
書評者: 辻 貞俊 (産業医大教授・神経内科学)
 医師が診療中にてんかん発作を観察することはできないので,てんかん診断の決め手としては,発作の詳細な病歴が主体となる。したがって,詳しい発作目撃情報を得ることができないときなどは,てんかんの診断が困難な場合もある。そのような状況でてんかんを正確に診断するためには,てんかん発作についてのみの知識では不十分であり,てんかん発作と似通った症状を呈する他の疾患の知識がないと,正しい鑑別診断はできない。

 てんかん診断における鑑別診断の指南書が本書である。吉野相英先生,立澤賢孝先生の,非常に正確でわかりやすい翻訳により,本書が日本語で読めるようになったのは朗報である。

 本書は,序章およびI-IV部構成となっている。序章では発作性疾患の診断の基本的事項が述べてある。I部は「概論:てんかん診断のジレンマ」と題し,てんかん診断の実際的なコツとピットフォールがわかりやすく解説されている。最初に脳波と臨床症状の対応をどのように行うか,つまりclinico-electrical diagnosisについての解説がなされている。発作症状に基づく解剖学的局在診断,てんかん発作とは思えない奇抜なてんかん発作,非てんかん性心因性発作,血清プロラクチンを用いたてんかん発作の補助診断が解説されている。

 II部は「年齢別にみた非てんかん性発作」である。新生児・乳児,小児・思春期,老年期と3章に分けて,どのような非てんかん性発作があるか詳述されている。

 III部は「てんかん発作をまねる様々な疾患」であり,本書の中核となっている。ここでは,てんかん発作をまねる(mimic)疾患を挙げて,症例提示等を含めて鑑別点を詳述している。

 IV部は「てんかん発作をまねる精神障害」であり,心因性発作,パニック発作,過換気症候群などの日常臨床でしばしばてんかんとの鑑別が問題となる発作症状が取り上げられている。

 てんかんの診断において間違いが生じるのは,非てんかん発作を間違っててんかん発作と診断してしまう場合と,非典型的てんかん発作を他の疾患と誤診してしまう場合があり,この両者について,診断のコツとピットフォールを示してくれているのが本書である。てんかんの臨床に即した実用的な鑑別診断の書である。初版が1994年に出版され好評を博し,本書は2005年に出版された第2版の翻訳である。

 原書は,米国てんかん学界で高名なJohns Hopkins大学Peter W. Kaplan教授とStanford大学Robert S. Fisher教授の共同編集によるものであり,各章はいずれも北米・カナダで著名なてんかん専門医を中心とした執筆陣からなる。北米ではてんかんセンターにおける発作のビデオ脳波モニター検査が発達している。多くの著者はこのモニター検査経験を基に執筆しており,客観的な発作ビデオ記録に基づく発作症候論であり,非常に信頼度の高い内容となっている。

 本書のわずかな欠点は,分担執筆によるがための内容の重複と分散である。例えば,発作性運動誘発性舞踏アテトーシスは2~3か所で述べられ,それぞれ記載されていることも似通っている。失神はてんかん発作との鑑別が最も問題となるが,本書では各所に記載があり,系統的に勉強しようとするときには,あちこち参照しなければならず,煩わしく感じる。

 てんかん診断を誤診すると,発作が改善しないのみならず,長期にわたる誤った治療の原因にもなる。てんかんセンターやてんかん専門外来にてんかんとして紹介される患者の,20~30%は非てんかん性発作であるという現状がある。てんかん専門医はもとより,てんかん診療を行う医師および医療関係者には,本書を必読の書として推薦する。さらに,意識消失,けいれんといった発作症状を診療する機会の多い救急,小児科,内科,脳神経外科,精神科の先生方にもご一読を勧める良書である。
てんかんを見落とさないために有用な書
書評者: 兼子 直 (弘前大大学院教授・神経精神医学)
 “Imitators of Epilepsy”という書籍の第2版を訳出したのが本書『てんかん鑑別診断学』である。てんかんの約30%では抗てんかん薬で発作が抑制されないが,その中の一部は診断が十分ではなく,非てんかん性発作を抗てんかん薬で治療を試みている可能性がある。あるいはてんかん発作を他の疾患と誤診し,正しい治療が行われていない場合があることも事実である。これらの原因の一部には,精神科医のてんかん離れで,てんかん発作と症状が類似する精神疾患をてんかんと診断する,あるいは非てんかん性発作に不慣れな神経内科医,小児科医,脳外科医がてんかんを鑑別できないことが関連するのであろう。本書はかかる状況克服にとり極めて有益な訳書となった。

 概論の部分では非てんかん性発作の脳波所見,てんかん発作とは思えないユニークなてんかん発作,非てんかん性けいれん発作の章が興味深い。「年齢別にみた非てんかん性発作」の編では,「新生児と乳児の非てんかん性発作」や「小児期と思春期にみられる非てんかん性発作」の章で実に多数の鑑別すべき疾患がまとめられている。最近てんかん発症が増加している「老年期にみられる非てんかん性発作」についてもまとまった記載がある。

 「てんかん発作をまねる様々な疾患」の編では片頭痛,めまい,発作性運動障害,内分泌代謝障害・薬剤性障害,睡眠障害,脳血管障害等のどちらかと言えば神経関連障害と,過換気症候群,心因性発作,パニック発作などの精神関連障害とに分けて考察されている。

 各章では鑑別に必要な症状・病態生理が記載されている。一部の章では症例の提示があり,治療法にも触れられている。

 本書は精神症状診断に不慣れな神経内科医,小児科医,脳外科医だけでなく,精神科医にとってもてんかんを見落とさないために極めて有用である。若手医師のみならず「てんかん専門医」にとっても日常診療ではあまり遭遇しない疾患の知識を整理する上でも役立つ。共同執筆のため,一部の記述に繰り返しが見られるのは致し方ないであろう。発作性疾患を診ることが多い臨床家にとり一度は目を通したい本である。

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