作業療法がわかる
PBLテュートリアル Step by Step

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PBL(問題基盤型学習)は医学教育で急速に広まり高い評価を得ている教育法である。作業療法は、“1匹の魚は1日の空腹を満たすにすぎないが、魚の釣り方を知っていれば一生飢えることはない”という諺にその由来も精粋も詰まっている体系が特徴。臨床実践では常にクライエントと向き合う応用力が問われる。本書は、作業療法教育におけるPBLの内幕を解き明かした、作業療法教員および学生への最適なガイドブック。
編集 宮前 珠子 / 新宮 尚人
発行 2013年04月判型:B5頁:176
ISBN 978-4-260-01700-8
定価 3,850円 (本体3,500円+税)

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はじめに

 本書は,聖隷クリストファー大学リハビリテーション学部作業療法学専攻(2011年度より作業療法学科)における問題基盤型学習(problem-based learning,以下PBLと略す)方式による授業の導入経験をまとめたものである.
 専門知識・技術は日進月歩で,半減期は6年とされる現在,知識を記憶させる教育ではなく,学生が問題意識をもって能動的に学習し習慣づける教育が必要とされている.それを実現する方法として,現在広く世界的に医学教育に取り入れられているのがPBLである.PBLは,「1匹の魚は1日の空腹を満たすにすぎないが,魚の釣り方を知っていれば一生飢えることはない」という中国の古いことわざを実現するものと考えられている.
 聖隷クリストファー大学リハビリテーション学部は2004年に開設されたが,作業療法学専攻では,その1年前から就任予定の教員間で,「PBLの利点」に関する価値観を共有し,専門教育にPBLを導入することを決め,準備を始めた.

PBLの利点の確認と価値観の共有
(1)提示されたシナリオから自ら学習課題を明らかにし問題解決に取り組むため,学生の興味を喚起し,主体的学習を進めることができる.
(2)小グループによるディスカッションや共同作業によって学習を進めるため,コミュニケーション能力を身につけることができる.
(3)「1匹の魚は1日の空腹を満たすにすぎないが,魚の釣り方を知っていれば一生飢えることはない」という中国のことわざに示されるように,単なる知識の記憶でなく,自ら調べる習慣を身につけることができ,将来起こりうるどのような問題にも対処できる能力を獲得できる.

 ハード面では,少人数によるグループワークができるように新校舎の設計段階からゼミ室を必要数準備し,ソフト面では,さまざまなPBL書籍を購入し参考にするとともに,PBLを全面的に取り入れている岐阜大学医学部医学科の授業見学,岐阜大学医学教育開発センター主催によるPBLワークショップへの参加,作業療法士養成教育にPBLを導入している海外4大学の授業見学と情報収集を行ってきた.それらの情報を参考にしつつ授業内容と展開を考え,また,自身の経験の振り返りから改訂を繰り返し現在の形になってきている.
 なお,見学した海外の大学は次のとおりである.
・シンガポール,ナンヤン理工学院(2004年)
・カナダ,マクマスター大学(2004年)
・オーストラリア,ラ・トゥローブ大学(2006年)
・オーストラリア,チャールズスタート大学(2006年)
 各学校の事情によりさまざまな形態が用いられていることを知った.それぞれの内容と特徴については,資料編(p.155)で紹介する.

 本学作業療法学専攻のカリキュラムは,「教養基礎科目,専門基礎科目,専門科目」によって構成されているが,PBLによる授業は,このうち作業療法士の教員が担当する作業療法専門科目について行うこととした.専門科目は,1年次春学期の「作業療法概論1」から始まり,身体障害系作業療法学,精神障害系作業療法学,発達障害系作業療法学,そして老年期障害系作業療法学などである.
 シナリオはそれぞれの授業担当者が,自らの臨床経験,市販のビデオ教材の症例,近隣施設の作業療法士の協力,カナダのマクマスター大学から購入した作業療法のシナリオなどを参考に脚色し,作成してきた.
 本書の内容は2004年にリハビリテーション学部が開設されてから行ってきたことをまとめたものである.当初本学に在籍し,本書の執筆に加わった数名の教員はその後他の大学などに移ったが,本学のPBLの取り組みはその後も変わらず続いている.

 本書の構成は次のとおりである.
・はじめに
・序章
 PBL(問題基盤型学習)で学ぶ作業療法
・Part 1 実践ガイド編
 I:作業療法学概論
 II:身体障害の作業療法
 III:精神障害の作業療法
 IV:発達障害の作業療法
 V:老年期の作業療法
・Part 2 解説編
 I:PBLへのチャレンジ体験記
 II:聖隷クリストファー大学でのPBLの環境と構造
・Part 3 資料編
 作業療法教育におけるPBL海外視察
・おわりに

 Part 1 実践ガイド編の各章の構成は,前半部分でそれぞれの科目全体について解説をし,後半部分で実際に使っているシナリオを紹介している.
 前半部分では科目の考え方,シラバス,授業スケジュールなどを示し,後半部分のシナリオでは,実際に授業で用いたシナリオとPBLの進め方,テューターの役割,テューターガイド,フィードバック用紙など,具体的なものを紹介した.「PBLの舞台裏」では,経験に基づく苦労話や工夫などを紹介し,またいくつかの科目で学生のPBL授業に対する評価結果を紹介した.
 本書は必要に応じてどこからでも使うことができるが,単にシナリオだけ利用するのでなく序章や各章の前半部分から読んでいただければ理解がより深まり,効果的な使い方ができるのではないかと思っている.序章では,なぜ従来の講義型の授業スタイルに代わって問題基盤型学習(PBL)というものが発展してきたかについて述べているので,興味のある方はお目通しいただきたい.各章の前半部分に目を通していただければ,その科目の全体構成におけるPBLの位置づけがご理解いただけると思う.Part 2 解説編には本学での経験を述べたさまざまな資料を示しているので,興味のある部分から読んでいただければ幸いである.読んでいただければ幸いである.
 本書は,数年間をかけて執筆したため,執筆者の半数は他大学・病院へ異動しており,また,当初「作業療法学専攻」で始まったものが今は「作業療法学科」になり,さらに,2年前まで1コマ90分であった授業が現在は80分になっているなど少なからず執筆当初より変化している.これらの点については執筆者がどの時点で書いたかによって齟齬があると思われるが,あえて統一せずそのままにしたのでご了承いただきたい.

 本書は当初,聖隷クリストファー大学リハビリテーション学部長である小川恵子教授の勧めにより医学書院に出版を引き受けていただき,当時作業療法関係書籍の担当であった青木大祐氏に大変お世話になった.青木氏の励ましなしには本書の出版は実現しなかったものであり,心から御礼申し上げる.その後医学書籍編集部の北條立人氏が担当されることになり,氏の緻密な計画によりついに出版にこぎ着けることができた.この間,全体調整を担当していただき大変お世話になった北條氏と,綿密な文章チェックを担当して下さった制作部川口純子氏に心から感謝申し上げたい.
 本書が作業療法教育推進の一助になれば幸いである.

 2013年3月
 宮前珠子

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 はじめに

序章 PBL(問題基盤型学習)で学ぶ作業療法
  1.学習の持続率
  2.知識の陳旧化
  3.動機づけ
  4.医学教育カリキュラムモデルの歴史的変化
  5.成人教育の特徴
  6.教育目標分類(タキソノミー)
  7.まとめ
  8.おわりに

Part 1 実践ガイド編
 I 作業療法学概論
  1 ガイダンス
   1.作業療法学概論の構成
  2 作業療法学概論のシナリオ
   シナリオ1.作業療法とは何か?
   シナリオ2.ケンジ君の場合
  3 PBLの舞台裏
 II 身体障害の作業療法
  1 ガイダンス
   1.身体障害作業療法の歴史
   2.身体障害作業療法の考え方とその過程
   3.身体障害作業療法のPBLで学ぶこと
   4.身体障害作業療法のPBL教育を行う教員に向けて
  2 身体障害のシナリオ
   シナリオ1.脳卒中
   シナリオ2.脊髄損傷
  3 PBLの舞台裏
  4 受講生からのフィードバック
  5 身体障害臨床実習終了後の学生へのインタビュー
 III 精神障害の作業療法
  1 ガイダンス
   1.精神保健医療福祉の流れと作業療法
   2.精神障害の特性と作業療法の役割
  2 精神障害のシナリオ
   シナリオ1.神経症性障害(パニック障害) 高橋さん
   シナリオ2.統合失調症 浅川陽子さん(1)
   シナリオ3.統合失調症 浅川陽子さん(2)
   シナリオ4.統合失調症 浅川陽子さん(3)
   シナリオ5.気分障害(うつ病) 神谷さん(1)
   シナリオ6.気分障害(うつ病) 神谷さん(2)
  3 PBLの舞台裏
   1.授業展開の順序
   2.授業展開の工夫
  4 受講生からのフィードバック
   1.精神障害作業療法の授業に対するアンケート結果
   2.まとめ
 IV 発達障害の作業療法
  1 ガイダンス
   1.「発達障害」という言葉について
   2.発達障害がある子どもと付き合うということ
   3.「育てる」ということ
  2 発達障害のシナリオ
   シナリオ1.重症心身障害児の食事
   シナリオ2.成人へと成長する過程の考察
  3 PBLの舞台裏
  4 受講生からのフィードバック
 V 老年期の作業療法
  1 ガイダンス
   1.老年期作業療法を取り巻く社会
   2.介護保険制度と高齢者にかかわる作業療法士数
   3.介護保険制度下における作業療法の変化
   4.老年期における作業療法の枠組み
   5.老年期における作業療法の現状
  2 老年期のシナリオ
   シナリオ1.老いることによる喪失
   シナリオ2.老い
   シナリオ3.トップダウンアプローチとボトムアップアプローチの理解
   シナリオ4.作業療法の多様性
   シナリオ5.老年期障害シナリオ(脳卒中)
   シナリオ6.老年期のOTにかかわる作業療法士のジレンマ
  3 PBLの舞台裏
  4 受講生からのフィードバック

Part 2 解説編
 I PBLへのチャレンジ体験記
  1 PBLとの出あいと戸惑い
  2 授業の実践
   1.形成的評価と総括的評価
   2.授業構成:各疾患をどのような順序で学習させるか
   3.授業オリエンテーション
   4.シナリオに基づいた授業例
   5.評価
   6.シナリオ作りのコツ
  3 実践を振り返って
   1.実践前に抱いた授業運営に関する問題への対処
   2.思いがけない副産物:双方向性の講義・集中力がアップ
   3.思わぬ難関:スタディ・スキル「読解」の重要性
   4.臨床実習とPBL
   5.PBLの成熟過程,およびその過程への円滑な移行
 II 聖隷クリストファー大学でのPBLの環境と構造
  1 PBL実践に備えて
  2 聖隷クリストファー大学作業療法学専攻のPBLカリキュラム
  3 講義
  4 スキルラボ
  5 客観的臨床能力試験(OSCE)

Part 3 資料編
 I 作業療法教育におけるPBL海外視察
  1 シンガポール,ナンヤン(南洋)理工学院
  2 カナダ,マクマスター大学
  3 オーストラリア,ラ・トゥローブ大学
  4 オーストラリア,チャールズスタート大学

 おわりに
 索引

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臨場感溢れるOT教育の可能性の提示
書評者: 藤原 瑞穂 (神戸学院大学准教授・作業療法学)
 本書のどこから読み始めても,読者は作業療法教育におけるPBL(問題基盤型学習)の経験知へと導かれていくだろう。

 作業療法の専門教育にPBLテュートリアルの導入を試みるとき,これまでは医学教育(医学系教育)のガイドブックを参考にすることが多かった。しかし,作業療法教育には医学教育とはまた異なる独自の文化やカリキュラムがある。医学教育のガイドブックは大いに参考になったが,作業療法教育での実際を知りたかった。本書は,こういったニーズに応えるわが国初の実践書である。

 編者の宮前珠子教授は,2001年に広島大学で開催された医学教育のPBLワークショップに参加されたときから,PBLテュートリアルの作業療法教育への導入に向けて構想を温めてこられた。そして聖隷クリストファー大学作業療法学科の開設1年前より,就任予定の教員とともに準備にあたり,2004年の開設からPBLテュートリアルを実践され,今回,長年の成果としての本書を上梓されることとなった。

 この2001年のワークショップに,評者も宮前教授に誘っていただき,参加していた。小グループに分かれた医学生たちがシナリオを読み込み,生き生きとディスカッションする姿を目の当たりにして,これはすごいと思った。しかしいざ取り組もうとすると,膨大な準備と強いリーダーシップが必要になることも痛感した。

 聖隷クリストファー大学作業療法学科は,PBLテュートリアルの導入に先立ち,何をどのように準備したのか。そして実際に展開していく途上で立ち現れてきた具体的課題は何だったのか。教員は何に悩み,どのように解決していったのか。シナリオの数々とテューターガイド,PBLテュートリアルを生かすために構成されたカリキュラム,さらにグループの作り方,発表の仕方,スキルラボの利用や教育評価,PBLを経験した学生たちからのフィードバック。実際にPBLを導入していく際に遭遇するこれらの課題が,臨場感をもって本書に披瀝されている。また資料編には,海外4大学の視察記録が写真とともに紹介されている。

 もう一人の編者である新宮尚人教授は,PBLを授業に導入することは,自分がこれまで試行錯誤を重ねた末に固まったスタイルをいったんゼロに戻すことを意味しており大変勇気のいることであったが,学生は予想をはるかに超えて情報を収集し,そして学習することを楽しんでいたと述べておられる。卒業生たちが,今後どのように成長し,活躍していくのか,興味と期待が高まる。

 本書は,聖隷クリストファー大学におけるPBL導入の経験をすべて開示し,作業療法教育の議論の俎上に載せてこれからの方向性を見出そうとしている。「PBLが作業療法教育に変革をもたらす」と。
作業療法教員にとって福音となる貴重な成書
書評者: 岩崎 テル子 (新潟医療福祉大名誉教授)
 “教員の役割は,決して答えを教えるのではなく,学習のきっかけ作りと,途中の道標を示すこと”と編者のお一人の新宮尚人氏は「おわりに」に記している。Problem-Based Learning(PBLテュートリアル,問題基盤型学習)の実践者の感慨である。“テュートリアル”とは,少人数のグループ学習をテューターと呼ばれる担当教員が相談に乗り助言する方式を指す。この学習法の核は,(1)適切な課題(事例・シナリオとも呼ばれる)の設定(問題基盤型学習),(2)学生の学習意欲の自発的喚起(自己主導型学習),(3)小グループ学習による学生の知的・情緒的変化(グループダイナミクス)の惹起であると言える。

 現在,作業療法養成校は175校ある(2013.3.31現在)。専任教員数は日本作業療法士協会の2011年度教育部調査より推計すると1,500人弱になる。修士・博士号を持つ者が50%を超える。教員の多くが臨床経験年数か研究業績による者で,教育学を修めた者は少ない。そして結果,“お友達”教員や,“威圧的”教員となるのであるが,いずれも教育方法に悩んだ末に“学生の質が悪い”ことにしてしまうことも多々ある。

 本書は,このような悩める教員にとっての福音になる。実践方法の説明に大部分が割かれ,簡潔で実例は豊富,呈示されたプロセスを見習って実践すれば一定の成果が得られることと思う。学会や研究会の報告を見る限り,PBLテュートリアルは全国の作業療法教育で部分的に実践されているようだが,学科を挙げて,しかも全専門科目で実施したのは,聖隷クリストファー大学が初めてである。編者の宮前珠子氏の熱意と強力なリーダーシップの賜物であろう。同大は2004年開学であるが,設計段階からグループ活動のために多くの小部屋を用意し,赴任予定教員と討議を重ねて価値観を共有した由である。やはりこのように徹底しないと成果は得られないのだと感じる。

 本書は3部構成で,Part 1で概論と専門4領域の担当教員による実践事例が呈示されている。文字どおり“Step by Step”で,グループ分けの方法,代表的な症例とグループ活動用のシナリオが何通りか示される。学習の手順とテューターガイド,評価方法も付いていて,この良き教育法が広まってほしいという編者の思いが伝わってくる。学生による授業評価(フィードバック)とPBLに対する学生の感想も掲載されているので参考になる。小グループ学習が新入生の不安・緊張を和らげ,仲間意識を育て,学問探求への好奇心をかきたててくれる,その方途が示されている。Part 2は解説編で,身体障害系の途中入職教員が,慣れないPBLを自己の中でどのように消化して講義と組み合わせ,ハイブリッド教育法として実践したかの葛藤の記録である。当大学では,ある期に1科目を集中的に教える「ブロック式」と呼ばれるカリキュラムが導入されているが,その独自の取り組みも解説されている。Part 3は,PBLを実践している海外の先達McMaster大学(カナダ)を含め3か国4大学を訪問調査した報告集になっている。

 作業療法では本書のような教育に関する成書が少ない。貴重な資料として広く読まれることを願う。

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