失行[DVD付]

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世界で初めての失行に関するDVD付きモノグラフ。日常生活で起こるさまざまな行為の障害の症候を明らかにし、その本質に迫る。人間行動の本質に迫る新しいガイドブック。11例の実際の失行患者の症例を収めた、計40分のDVDビデオ付き。
*「神経心理学コレクション」は株式会社医学書院の登録商標です。
シリーズ 神経心理学コレクション
河村 満 / 山鳥 重 / 田邉 敬貴
シリーズ編集 山鳥 重 / 彦坂 興秀 / 河村 満 / 田邉 敬貴
発行 2008年09月判型:A5頁:152
ISBN 978-4-260-00726-9
定価 5,500円 (本体5,000円+税)

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  • 序文
  • 目次
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はじめに

 「失行」は私の長年の研究テーマであったが,その基本的側面,すなわち症候の診方と典型症候のDVD映像が,この本にまとまったことは何よりうれしい。鼎談に参加いただいた山鳥重先生,故田邉敬貴先生,それに鼎談を企画してくれた,医学書院樋口覚さんにはひときわ感謝の意を示したいしたいと思う。
 私の「失行」研究はまず,肢節運動失行の2症例をほとんど同時に観察したことに始まる。もう四半世紀前のことである。2例の検討は土曜や日曜などの休日,すなわちほとんどが勤務時間外に行ったもので,患者の方のご協力とともに,一緒に研究に参加してくれた親友塩田純一先生にも心からの感謝の意を示したい。肢節運動失行研究を側面から応援してくださったのは,酒田英夫先生,岩村吉晃先生,彦坂興秀先生たち神経生理学者であった。3人の先生方の研究室に遅くまでお邪魔して議論したことはまるで昨日のことのように思い出せる。切りのない議論を一応終了にして帰宅したのはいつも夜12時を過ぎていたが,翌朝早く起きるのはちっとも辛くなかった。何か重大なことをしているような気がしていたからだと思う。恩師平山惠造先生とは,2症例の画像所見を一緒に何回も眺めた。平山先生のX線CTやMRIを診る,射るようなまなざしは今でもはっきり覚えている。私も一所懸命であったが,皆非常に熱心に応援してくださった。皆様に改めて心からお礼を申し上げたい。この本の基本的な骨格はこの頃すでにでき上がっていたと思う。
 「失行」研究は,その後様々な症候を呈した症例との出会いで拡大していったが,そのいきさつについてはこの「鼎談」でわかりやすく表現できている。失行研究とほぼ同時に,失読や失書,知覚転位(alloesthesia)などの検討をして,1993年「MRI脳部位診断」(医学書院)を平山先生と共著で出版し,私の神経心理学研究は一段落した。1994年に現在の昭和大学神経内科に移り,新たにパーキンソン病や各種認知症(痴呆)などが研究対象になり,興味の対象もいわゆる「失語」「失行」「失認」から「情動」や「社会的認知」に移っているが,最近また「失行」症例にしばしば出会う。この本のコラム記事は最近の話題を掲載したもので,これらは現在の若い共同研究者と協力して行った研究内容である。DVD編集の中心になって作業してくれた小早川睦貴先生にも感謝したい。
 ところで2008年8月の終りに,エディンバラでWFN(World Federation of Neurology)学会がある。私たちは筋収縮性ディストロフィーI型の「社会的認知障害」検討を発表するために出かける予定である。もう往復の飛行機も,宿泊も予約してある。全員とても楽しみにしている。この会の主催者はAgy Hillis先生で,前主催者はAndrew Kertesz先生。おふたりとも神経内科医の立場から臨床神経心理学研究を続けている方々であり,私が最も親しくしている欧米の研究者である。この本の最初は,ブエノスアイレス学会に参加した時の話題で始まるが,それはエディンバラ学会の前のWFN学会のことである。鼎談の中で,WFN学会についてひときわ大きな声で会話してくれたのは故田邉敬貴先生であった。エディンバラ学会には彼と一緒に行くことをこの鼎談の時に約束し,当時からお互いにとても楽しみにしていたのである。田邉先生はもういなくなってしまったが,しばしば彼のことを思い出す。特に学術講演を終わった後に,もし彼がこの話を聞いていたら何と感想を言ってくれただろうと考えることが多い。彼は亡くなる直前まで必死に神経心理学研究を遂行していた。私も彼と同じように生きたいと思っている。この本も勿論,田邊先生がいなければできなかった。いつもお世話になりましたが,またお世話になりました。心から感謝いたします。エディンバラ学会のことは帰国後にちゃんと報告いたします。

 2008年7月
 河村 満

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はじめに
序 神経心理学のニューウェイブ fromブエノスアイレス
第1章 肢節運動失行:ふれる
第2章 観念性失行,観念運動性失行:つかう
第3章 到達運動の障害:つかむ
第4章 着衣失行:まとう
第5章 Apraxia of speech(発語失行):はなす
第6章 前頭葉病変の行為障害:してしまう
第7章 ハイパーな行為
第8章 失行研究のこれまで,これから
あとがき

用語集
「失行」関連文献
索引

<付録> 失行動画DVD

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「運動」の実行に際して脳では何が起こっているか
書評者: 丹治 順 (玉川大脳科学研究所所長)
 行動の決定と動作の選択は,人格表現の根幹をなすものである。動作には意味があり,行動には目的が前提となっているはずである。一見何気なく行っているように見える日常の動作であっても,その開始に至る前には多くのステップがあって当然であろう。また,動作開始を促す契機や,動作の誘導という段階では,感覚系で得た脳内の情報を巧みに利用することもまた必然といえる。

 したがって,運動の実行に至る前に脳がなすべきことは多岐にわたる。その多様な脳の作業について,脳のどこで何が起こっているかを知ろうとする試みに,システム脳科学がようやく本格的に取り組もうとしている。いまや動作のプログラミングはもとより,動作の抽象的概念,行動のルール,行動のカテゴリー,行動のゴールなどが,脳の基礎的研究のターゲットとなっている。

 そのような脳科学の情勢に呼応するかのように,河村氏の『失行』が世に出たことは,実にタイムリーといえる。たとえ麻痺などがなく,運動そのものを実行することに問題はなくても,意味のある動作,すでに熟練してレパートリーになっているはずの動作が行えなくなり,使い慣れた道具さえ使えなくなってしまう,そのようなことがどうして起こるのか。逆に,使うつもりもないのに,自分の意図とは無関係に,どうしても使ってしまうなどということが,なぜ起こるのか。そのような疑問を考察するときに,本書はこの上もなく貴重な材料とヒントを与えてくれる。

 本書は河村教授が長年の研究成果に基づく失行論を提唱し,それに対して山鳥,田邉両教授が意見を述べ,そして議論が展開されるという構成をとっている。一見,気楽に読める鼎談集のように見えるが,それは序章だけのことで,実は扱われている内容のレベルは高く,しかも失行について大切な論点が網羅されている。それのみならず,前頭葉の障害によって,随意に行えるはずの動作が意のままにならない状況が,多様な実例として紹介されていることも貴重である。

 さらに,付録として提供されているDVDの映像が大変素晴らしく,本書の価値を一層高めている。観念性失行,観念運動性失行という用語を耳にしたことがあるだけで,実際にその症例を見たことがない読者は,映像を見ることで症状の実態が良く理解できるであろうし,着衣失行,発語失行も,一目瞭然に納得できる。また,前頭葉病変の行為障害として提示されている強制模索,使用行為,模倣行為,道具の脅迫的使用など,典型的で,極めて貴重な映像が豊富に収められている。

 本書の特色の一つは,鼎談における3氏の発言の趣旨がそのまま収載されていることである。3氏三様の意見と主張が,食い違っている点を含めて隠さずに提示されていることは,大変な魅力となっている。そのようなやりとりの中に,「失行」の概念とその分類に現在なお未整理の課題が残っていることのみならず,「失行」をきたす脳内病変の考え方についての基本的問題点が浮き彫りになってくることが何とも興味深い。

 神経生理学者としての感想を多少述べるならば,やはり徴候の成因と機序が知りたい,脳のどの部位に何がおこることが,「失行」の多様な発現の理由なのかを知りたいという願望に尽きるであろう。そして,「失行」の分類も,将来的には機序との対応が見える形で行ってほしいと思う。徴候ないし症状自体を系統的にまとめ,的確に記述する必要性は理解できるので,症候のカタログは必要であろう。しかし分類の方は,脳の病変部位や失行をもたらす機序を主体とし,別個に扱う方策もあるのではないかとも思う。そのような分類の方が,「失行」を臨床医学の一分野の世界に閉じてしまうことなく,基礎科学などの広い世界との対話による新たな展開を求めやすいのではなかろうか。

 そのような観点から,観念性失行や観念運動性失行とは一線を画すにしても,肢節運動失行を失行としてとらえる考え方は理にかなっていると賛意を表したいし,「失行」をきたす脳の部位について,頭頂葉中心の考え方から脱却し,前頭葉と頭頂葉の機能的連携,さらに大脳基底核と皮質のループも視野に入れた広域的なとらえ方に賛同したい。

 この著をDVDとともに読むと,初学者でも「失行」の理解を得ることはできるであろう。しかしながら,本書を読む前に神経心理学のテキストや失行の入門書などで基礎的知識を得ておくと,その価値が一層高まることは間違いない。実は書中の議論の中には,その背景を良く把握していてはじめて理解できる,高度な内容も含まれているからである。議論の意味するところを理解しようとして“深読み”していくと,「失行」の奥深さ,そして行動の随意的な発現をもたらす脳の働きの深遠さが分かってきて,つい何度も読んでしまうところがいくつもあった。
臨床神経学の権威3名が「失行」を語る
書評者: 柴崎 浩 (京大名誉教授/医仁会武田総合病院顧問)
 本書は,わが国におけるこの方面のエキスパートの先生方3人が座談会形式で率直に意見を交換して,それをかなり忠実に文章化したものであり,これまでに失行に焦点を絞った著書がないこともあって,極めてユニークな本になっている。神経心理学のなかでも行為は言語に次いでヒトの最も本質的な機能であるにもかかわらず,その障害の発生機序と生理学的基盤は最も謎に包まれている領域である。本座談会では,河村満先生が種々のタイプの失行をビデオで提示して,それに対して山鳥重先生と今は亡き田邉敬貴先生が意見を述べ,河村先生が説明を加える形式をとっている。3人の先生の特徴がよく現われていて,河村先生の豊富な経験に裏打ちされた鋭い観察眼と,山鳥先生の理論に裏打ちされた卓越した洞察,それに田邉先生の独特な解釈とが統合されて,読んでいて各先生方の表情まで見えるようである。特にこの領域は,その現象を言葉で説明してもなかなか理解しにくいことが多いが,その点本書では河村先生が集められた典型的な失行の貴重なコレクションがビデオで見事に示されており,文字通り「百聞は一見にしかず」である。

 脳機能が高次になればなるほど,現われる症候にはかなりの個人差がみられ,また一人の患者でも一種類の失行ではなくて,たとえば観念性失行と観念運動性失行の要素が混在あるいは重複することもまれでないと考えられる。このような場合に,観察された現象を過去に記載された概念に当てはめようとすると困難を感じることが多く,ともすれば用語を弄ぶことになりかねないが,本書では失行の代表的タイプについて明確に定義し解説してあるので,上記のような混乱を防ぐのに役立っている。特に本書では,各章のサブタイトルとして,「ふれる」,「つかう」,「つかむ」,「まとう」,「はなす」,「してしまう」などの日常動作に対して平易な表現が用いられていることは,その理解と分類に非常に有効と考えられる。

 種々の変性性神経疾患の分類が比較的明確になってきた今日では,血管性局所傷害によって生じた古典的な失行に加えて,広汎な高次脳機能障害に重畳する形で失行がみられることが多い。本書ではそのような変性疾患としてアルツハイマー病,ピック病,皮質基底核変性症などが取り上げられているので,これらは実際の診療に役立つものと考えられる。特に失行に関しては,近年注目されている前頭側頭葉変性症という広汎な概念が重要な位置を占めることが想定される。

 種々の失行症候を理解するには,やはりその背景にある発症機序の解明が重要であることは,本座談会で繰り返し述べられている通りである。将来的には,近年著しく発展した神経科学と脳機能検索技術の発展によって得られた知見との対比,また臨床神経生理学的なアプローチとの併用によって,この方面の理解がもっと進むことが期待される。特に,脳磁図や種々の機能イメージング法を用いた機能局在と,コヒーレンスをはじめとする種々の領域間機能連関(functional connectivity および effective connectivity)の知見は失行の理解に直結した情報を与えてくれることが予想される。この座談会が次に企画される時点では,そのような方面からの参加も興味深いものであろう。

 以上,この道の権威者である3人の先生方の座談会はまさに一読に値するものであり,いまから臨床神経学を学ぼうとする人はもとより,この方面に経験豊富な専門医にも自信をもって薦められる書である。特に,理屈っぽい教科書に比較して,口語体になっている点,気楽に親しく読めることが本書の大きな特徴である。

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