精神科身体合併症マニュアル
精神疾患と身体疾患を併せ持つ患者の診療と管理

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精神科患者の身体合併症に対応する実践的マニュアル。精神科身体合併症医療には多くの特異的な面があるが、本書はその臨床的なノウハウを網羅した画期的な内容。身体診察・治療手技・検査依頼等の解説、救急時の対応、臓器障害時の向精神薬治療などを総論としてまとめ、各論で各科合併症や向精神薬の副作用、症状精神病などまで解説。頻用薬一覧や診断基準をまとめた便利な付録付き。精神科医はもちろん、精神科患者を診る機会のある一般医、看護師にもお薦めしたい。
監修 野村 総一郎
編集 本田 明
発行 2008年06月判型:B6変頁:440
ISBN 978-4-260-00605-7
定価 4,950円 (本体4,500円+税)
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  • 序文
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 精神障害者も健常者と同様に身体疾患に罹患しうることは言うまでもない.いや,むしろ一般人口よりも高率に身体医療上の問題が発生するとされている.これには心の病気をもつがゆえに,相対的に不利な生活環境や経済状況に置かれがちなこと,保健や衛生に関する知識が低くなる場合があることなどが絡んでいるだろうし,精神科的な投薬による副作用のリスクが高まることも無関係ではない.そして,身体疾患に罹患した場合,精神疾患の有無にかかわらず,まったく同質の身体医療が保証されねばならないことには議論の余地はない.つまり,精神障害があるゆえに医療へのアクセスが遅れたり,提供される医療の質が低くなるようなことは決してあってはならない.これは人権論を出すまでもなく至極当然のことであろう.
 以上のことは理念としては明確に言えるが,現実には精神と身体の疾患が合併した場合,特に双方ともにある程度重症であるような場合には,多くの点で困難が生じる.それは一般社会や医療界における精神障害への偏見や,心の病に伴う行動上の問題や理解力の低下などの患者側の要因,設備や法律上の未整備などの諸要因に起因している.しかし,案外大きな問題は「技術的な問題」であろう.精神医療を中心になって担当するのは精神科医であり,精神保健に関わる看護スタッフである.これらの職種はメンタルヘルスの専門家ではあるが,身体医学のエキスパートではない.しかし,精神医療の最前線で精神障害者に最も近い位置にいるからこそ,精神障害に身体疾患が合併した場合に真っ先に対応せねばならないことも多いし,精神と身体の両方を総括的に診るという立場から,継続して身体医療にも関わらねばならないことも多いものと思われる.もちろん,卒前教育や初期研修により,基本的な知識技能は身につけているはずであるが,その技術が非常に優れていると自信をもって言える人材は多くはない.この理由の一つに,包括的なテキストがないということがあるように思われる.もちろん,書物からの知識だけで身体合併症医療を円滑に行いうるわけではないが,過去に学んだ知識を整理し,経験を裏打ちしてくれるマニュアル的な書物があれば,技術力は飛躍的に高まるのではないかと考えられる.言うまでもなく,身体医学についてのマニュアル的なテキストは数多くあり,それらもそれぞれに有用だが,精神科身体合併症医療には多くの点で特異的な面があり,ノウハウが存在する.それらを包括的にまとめた書はこれまでほとんど存在しなかった.本書はこれらの問題意識に基づいて,合併症の医療を実際に日々手がけている実務家により著された実用書である.多少の理念的な議論も含めたが,大部分はわれわれの臨床経験の蓄積であり,それを基盤としてまとめた内容である.精神医療の専門家に有用であることを目指しているが,逆に身体医療の専門家が精神障害をもつ人の合併症医療に関わろうとする場合にも役立つのではないかと自負している.

 2008年5月
 野村 総一郎

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I.総論
1.精神科身体合併症
 A. 精神科身体合併症の対処法
 B. メディカル精神医学の歴史
 C. 精神科身体合併症医療の特殊性
2.精神科身体合併症の入退院
 A. 治療依頼医療機関からの情報収集
 B. 精神科身体合併症患者の病院間搬送
3.精神科診察・身体診察
4.精神科身体合併症の鎮静法(急性の鎮静)
5.精神科身体合併症における手術前後の管理
6.経口投与不能時の向精神薬治療
7.臓器障害時の向精神薬治療
8.精神科身体合併症の各種検査依頼
9.精神科身体合併症の救命救急治療
 A. 心肺停止
 B. ショック
 C. 人工呼吸管理
10.精神科身体合併症管理で行われることのある手技・治療
 A. 末梢静脈確保
 B. 中心静脈確保
 C. 経鼻・経口胃管挿入
 D. 導尿法
 E. 腰椎穿刺
 F. 酸素療法
 G. 気道確保・気管挿管
 H. 輸液・栄養法
 I. 修正型電気けいれん療法(m-ECT)
11.精神科身体合併症の看護ケア

II.各論 (1)各科合併症の治療・管理
1.消化器疾患合併症
2.呼吸器疾患合併症
3.発熱疾患合併症
4.循環器疾患合併症
5.脳神経疾患合併症
6.内分泌・代謝疾患合併症
7.腎・泌尿器疾患合併症
8.血液・腫瘍性疾患合併症
9.整形外科疾患合併症・リハビリテーション
10.耳鼻科・眼科疾患合併症
11.産婦人科疾患合併症
12.皮膚・形成外科疾患合併症
13.外傷性疾患合併症

II.各論 (2)精神科と関連の深い身体合併症,
 身体疾患に起因する精神症状
1.向精神薬による副作用
 A. 悪性症候群
 B. 横紋筋融解症
 C. セロトニン症候群
 D. 遅発性ジスキネジア
 E. 好中球減少症
2.急性中毒
 A. 急性中毒の概要
 B. 中毒物質別治療各論(精神科領域で頻度の高い中毒物質)
3.水中毒
4.けいれん発作
5.せん妄
6.症状精神病・器質性精神病
 A. 総論:身体疾患に起因する精神障害
 B. 各論:身体疾患に起因する精神障害
7.アルコール離脱症状,Wernicke脳症
 A. アルコール離脱症状
 B. Wernicke脳症
8.神経性無食欲症の入院精神身体管理
9.リフィーディング症候群

III.付録

あとがき
索引

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精神科でのMPUの広がりをめざして
書評者: 澤 温 (医療法人北斗会さわ病院院長)
 単科の精神科病院で最も頭を痛めるのが精神障害者の身体合併症である。特にアメリカに始まり日本でも最近みられる訴訟社会では,精神科救急の入り口で身体合併症のある患者を断ることが多い。

 また精神科病院に入院中の患者の身体合併症,特に急変にはなかなかハード・ソフトとも対応が十分でなく,また精神障害者という偏見もあってすぐ受け入れてくれる専門の病院もない。急変でなくても高齢化に伴う身体疾患や,三大死因になる癌を始めとする疾患,生活習慣病(を合併している精神障害者に関しても)などは,なかなか入院治療を受けてくれないところが多い。

 本書はこのような背景の中で,国家公務員等共済組合連合会立川病院のMPU(Medical Psychiatric Unit)グループの人々の挑戦である教科書といえるものであろう。立川病院は筆者も1973年から2年勤め,その後2年は監修者の野村教授も勤められたが,ともに当時の部長の松平順一先生のもとで教えを受けた。当時はまだ東京都が1981年に始めた「精神科患者身体合併症医療事業」以前であったので,カオス的状況での挑戦であった。野村教授は立川病院を辞められて藤田保健衛生大学で助教授として活躍された後,再び現場の仕事をと立川病院に戻られ,松平部長がアメリカではMPUというところで精神科医が身体科も診るという情報を示され,野村教授がそれを自ら挑戦して行い,日本で精神疾患と身体疾患を同時に診るMPUを広め,また本書の編集者の本田先生たちが育つ基礎を作られた。聞くところでは,本田先生は身体救急のご経験を持ちながらこの分野に入られたので,怖いものなしである。それまでの知識と実際MPUで実践してこられた事例から得た,まさに「精神疾患と身体疾患を併せ持つ患者の診察と管理」について440ページ,B6変型判のコンパクトな本にここまで書くかというほどの内容がある。

 I.総論では特にMPUでの精神科身体合併症の特殊性や対応の特徴に始まり,患者の受診経路や搬送の問題,診察,鎮静,術後管理,身体疾患や身体状況に応じた向精神薬の使い方が示され,精神科身体合併症の救命救急治療,精神科身体合併症管理で行われることのある手技・治療は図入りで記載されている。

 II.各論では「(1)各科合併症の治療・管理」として内科各科はもちろん,泌尿器科,整形外科,耳鼻科・眼科,さらに産婦人科にまで精神障害との関係を踏まえて記載されている。「(2)精神科と関連の深い身体合併症,身体疾患に起因する精神症状」としては,向精神薬による重篤な副作用について,また急性中毒,水中毒,けいれん発作などについても述べられている。

 これほどの内容であれば,おそらくA4判で同じくらいのページの本があって,その要約本synopsisとなる内容であろう。

 ただ,監修者の野村教授とお話しした時,精神科医はGPの知識を持って全体を理解し,必要なときには専門医へ遅れずに依頼することが必要だと言われたのが印象的であった。まさに精神科医が身体疾患の診断と治療について,精神障害者ゆえの特徴を含めて知識を深めなければならないものの,最初に述べたように,現代のような訴訟社会ではあるところで専門医に回さねばならないというジレンマがあるのであろう。特に新臨床研修システムで初期研修を終え,一応身体疾患も診られると思って精神科医になった医師にはこのことを踏まえて勉強してほしいものである。

 最後に,最近のように総合病院での精神科がどんどん縮小していく中,ぜひこのようなMPUが広がってほしいと思うが,単科の精神科病院での緊急を要する身体合併症については,東京都でも明確なシステムにはなっていない。精神科救急の現場ではこの点への対応システムの構築を願っており,本書の改訂版の出る時にはどこかで始まっていてほしいと願っている。
すべての医師のために患者の心身両面を統合した評価・治療を知る
書評者: 保坂 隆 (東海大教授・精神医学)
 本書には「精神疾患と身体疾患を併せ持つ患者の診療と管理」と副題がついているが,まさにタイトルそのままのポケットサイズの気の利いたマニュアルである。今の世代にはマニュアル的な本が好まれる,という意味ではなく,現場に求められる診断の手順や具体的な対処方法を知るには,まさにこのようなスタイルがベストなのである。

 私は90年代の初めに野村総一郎教授に初対面した。先生がまさに立川共済病院において,日本で初めてのMPU(Medical Psychiatry Unit)を開設した直後だった。ご自分でもおっしゃっていたが,MPU開設以後,「忙しい」を通り越して,体重が激減してしまったとのことであった。私は1988年に日本総合病院精神医学会の設立をお手伝いし,リエゾン精神医学を極めるべく90―92年に米国留学を終えた直後だったので,MPUには格別の関心があった。

 少し理屈っぽい話をする。精神疾患と身体疾患を併せ持つ患者を,誰がどこで診ていくべきかという問いには,(1)一般病棟で身体医と一緒にリエゾン精神科医が診ていく,(2)精神科病棟で身体医の応援を受けながら精神科医が診ていく,という2つの形態がある。野村教授のMPUは後者の代表であり,日本では画期的な試みであった。当時のこの業界ではメディカル・サイカイアトリーとかMPU(Medical Psychiatry Unit)と邦訳せずに用いていたが,本書ではそれらに対してメディカル精神医学,心身統合病棟という訳語が使われている。本邦でMPUが精神科医の努力で運営されれば,精神科入院レセプトの点数は跳ね上がり,精神科の入院費は低いという理由で病棟を閉鎖することもなくなるはずであろうが,そう簡単なことではなかった。それには,精神科医に相当の身体管理能力が求められるからである。このMPUの議論のはるか後に始まった新医師臨床研修制度により,理念的には,精神科医にそのくらいのスキルは身についたのかもしれないが,やはり経済的な理由で,精神科病棟の閉鎖が続いているのは,実は国民的な損失である。

 本書によれば,米国でMPUがある期間に急増したのは,精神科側にとっての経済性だった。そのため,Managed Careが始まった90年代以降,厳しく査定されるようになったという。日本でも,仮に精神科医にある程度の身体医学的な技術が身についたとしても,医療費の増収はあるにしても,医師数の確保などの問題は残るだろう。たまたま,本書が作られた立川共済病院は,1981年に始まった東京都の「精神科患者身体合併症医療事業」に最初から参画していることも,その発展と成功の遠因になっているのかもしれない。この合併症対策の流れは依然として問題は多いが,MPUの実績に加えて,病床機能分化における合併症ユニットの提言(厚生労働科研費:保坂班)や,日本総合病院精神医学会からの要望(診療報酬問題委員会:藤原委員長)を受けて,平成20年度の診療報酬改定の中に合併症加算が新設されたことも付記しておく。

 さて本書の内容は,このようなMPUの歴史的な意義について触れた後に,例えば救命措置,中心静脈確保,などの基本的な手技に加えて,病院間の搬送の仕方など他の書籍では扱えない現場での必要事項などのほか,一般医が読んでもよい身体疾患への治療手技が,「精神疾患を合併した場合の特殊性」の観点から述べられている。その意味では,合併症対策を目指している精神科医や精神科病院や総合病院精神科に役立つばかりでなく,一般医学を目指す研修医にとっても他に類を見ない参考書になるだろうし,精神障害者の身体合併症を受け入れてくれている一般病棟の医師らにとっても極めて有益な書籍である。

 一般医も患者の心の側面を診なければいけないし,精神科医も身体的な側面を診られなければいけない。つまり本書には,すべての医師は患者の心身両面を統合して評価・治療できなければいけないという野村教授の強い意志が現れているのである。

 私は著者らの多くを,いろいろな機会で知っている。彼らはすべて優秀な立川共済病院MPU同窓生であり,野村イズムの信奉者として今日も全国で合併症医療に邁進している。

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