DSM-Ⅳ-TRケースブック

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DSM診断を学ぶための副読本として定評のある症例集のDSM-IV-TR準拠版。DSM-IV準拠版から収載症例そのものは変わらないが,原書の改版に伴うマイナーチェンジを反映。DSMの各診断分類カテゴリーを代表する症例から,クレペリンやフロイトらが自身で記した歴史的症例へのDSMによるアプローチまで,計235症例を詳細に記述・解説。
Robert L. Spitzer / Miriam Gibbon / Andrew E. Skodol / Janet B. W. Williams / Michael B. First
髙橋 三郎 / 染矢 俊幸
発行 2003年02月判型:A5頁:596
ISBN 978-4-260-11879-8
定価 9,350円 (本体8,500円+税)
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  • 目次
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第1章 成人の精神疾患
第2章 小児および青年の精神疾患
第3章 多軸評定のための症例
第4章 世界各国からの症例
第5章 歴史的症例
付録A 症例名による索引
付録B 特別な興味を呼ぶ症例
付録C DSM-IV-TRの分類
付録D 診断名による索引

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コンパクトにまとめられた症例で,精神科診断学を整理
書評者: 武田 雅俊 (阪大医学系研究科教授/プロセシング異常疾患解析学)
 本書はDSM―IV―TRの改訂にあわせて出版された症例集である。成人145症例,小児及び青年期37症例,多軸評定のための症例10症例,世界各国からの21症例,歴史的22症例の合計235症例が記載されている。ご承知のように米国精神医学会は,1980年にDSM―III,1987年にDSM―III―R,そして1994年にDSM―IVを発表してきており,2000年にはDSM―IV―TRとしてテキストが改訂されたが,この改訂にあわせて出版された症例集が本書である。収められた235症例のうち42症例はDSM―IVの改訂時に加えられたものであり,本症例集で新たに加えられた症例はなく,考察が一部分改訂されている。

◆困難な精神科の症例をポイントを押さえて呈示

 他の診療科と比べても精神科の症例呈示は難しい。必要十分な情報をコンパクトにまとめるという課題はときとして困難であり,豊富な知識と十分な経験とがあって初めて可能となる。初学者の頃,症例を呈示するときに,どこまで詳しく記載するかを悩みながら,なかなかコンパクトにまとめることができなかったことを思い出す。コンパクトにまとめるという作業は,「この部分を割愛しても大きな間違いが起こらない」との判断に基づいて行なうが,このような判断を下すためには,精神科の疾患全体についての包括的な知識と,同僚の精神科医のレベルについての理解とが必要である。このような条件を満たした症例呈示のモデルが本書には多数示されている。本書を通じて,症例呈示の仕方を学ぶことができる。

 1―2頁にコンパクトにまとめられた症例は,読者にもクイズを解くときのような知的作業を要求する。各症例について,自分なりのDSM―IVの診断を考えながら読み進み,考察で提示された診断と一致したときにはクイズを解き終えたときのような安堵感が広がる。また,解答に至るプロセスについての考察の筋道が,自分の考えの筋道と一致しているときには,ある種の満足感を味わうことができる。

 このような豊富な症例を通覧してみて非常に勉強になった。たとえば,DSM―IVでは,小児・青年期に初めて診断される障害が一番に記載されており,その分類として,精神遅滞,学習障害,運動能力障害,コミュニケーション障害,広汎性発達障害,注意欠陥・破壊的行動障害,摂食障害,チック障害,排泄障害などに分類されていることはご承知の通りである。広汎性発達障害の下位分類として,自閉性障害,レット障害,小児期崩壊性障害,アスペルガー障害などがあるが,小児崩壊性障害とは,3歳を過ぎてから出てくる自閉性障害に相当するものであり,その予後は自閉性障害と比較しても極めて悪いということを学んだ。症例とその考察を通読することにより知識が整理されてくる。

◆文化圏により異なる診断基準にも言及

 筆者が特に興味深く思った症例は,世界各国からの症例と歴史的症例である。世界各国からの症例として,それぞれの文化圏に特徴的な病態を呈する症例が呈示されており,DSM―IVの診断基準として頻用される「その人の属する文化から期待されるものより著しく偏った」内容が,具体的に文化圏によりどのように異なるかが解説されている。日本からの症例は「対人恐怖症」であるが,やはり,多くの人が指摘するように,この病態はDSM―IVにはなじまないのであろう。考察で述べられているように,DSM―IVに当てはめようとすると,患者が有する「自分が他者に不快な感情を引き起こす原因になっている」との先入観が,妄想,優価観念,恐怖のいずれかをまず決めることになる。患者はこの根拠のない観念に確信を抱いているだけでなく,患者の行動に著しい影響を及ぼしていることから,妄想と考えざるを得ない。そして,妄想が唯一の精神症状であることから,その妄想が,属する文化圏において全く起こり得ない奇異な内容かどうかを考えてみる。すると,日本という文化圏では必ずしも奇異とは受け取られてはいないことから,統合失調症は除外され,妄想性障害,特定不能型の診断になるとしている。対人恐怖症を妄想性障害に位置づけることにはためらいが大きいが,このような観点から病態を見直していくと得られるものもあるかもしれない。

◆診断体系の歴史的変遷も凝縮

 この症例集のエッセンスを味わいたいと思われる読者には,まず歴史的症例22例を読まれることをお勧めする。自分がこれまで教科書などで見聞きしてきた代表的な症例についてのDSM―IVの診断名と,その診断に至る道筋が示されている。とくにEmil Kraepelinにより記載された11症例については,精神科診断学の黎明期から現在の診断体系に至るまでの歴史的変遷を凝集して味わうことができる。DSM―IV―TRは精神障害の分類のための診断基準の羅列であり,通読するという性質のものではないが,参照するたびに本書の症例をあわせて味わうことになり,DSM―IV診断体系が咀嚼され,読者の血となり肉となることが期待できる。
DSM診断を学ぶための臨場感あふれる症例集
書評者: 久保木 富房 (東京大学大学院医学系研究科教授・ストレス防御/)
◆求められる精神疾患に関する診断基準

 東大心療内科では10年ほど前より米国精神医学会の診断基準であるDSM―III―R,およびDSM―IVを使用している。当教室のメンバーはQuick Reference to the Diagnostic Criteria from DSM―IVを携帯し,わからない点があれば,これを開いて,詳細に対応している。ようやく最近は多くのメンバーがこの習慣になれてきたという印象を受けている。DSMは,臨床的な論文を書くときは便利であるが,一方ではいくつかの批判もある。最も多い批判は,原因や病態のメカニズムに関しては全く触れていない点かもしれない。また,わかりにくいという批判や使いにくいという批判もある。それでも我々はDSM―IVを使い続けている。それは精神疾患に関する共有可能な診断基準を必要としていること,さらに多軸評定という方法論のすばらしさにある。

◆読者の興味を引き続ける工夫が随所に

 さて,今回本書が上梓されたことで,前述のような批判に対して相当な対策が打たれたと思う。また,それ以上に本書は読み物としてのおもしろさや楽しみを与えてくれる1冊とも言える。その理由は,editorであるL. Spitzerをはじめとする多数の著明な専門家の経験と診療活動の中から実際の症例が集められていることが一番大きなものと考える。それ故に,当然各症例はそれが誰であるか特定できないように,年齢,職業,時には地名などを変更してある。また,診断に不可欠な情報を補うために,症例提供者に問い合わせる必要のあったこともしばしばあったという。この臨場感が本書の最大の特徴である。

 さらに,本書の秀れているところは,各症例の考察が興味深い点である。それぞれの考察で診断上の細部にわたって具体的な検討がなされているので,本書において症例を学び,診断上必要な情報を確認し,その上でDSM―IVに沿った診断分類および鑑別診断が可能となっている。この考察の中に「その後の経過」という記述も追加されている。この「その後の経過」を知ることによって,当初の診断の確かさを保証したり,ケースによっては診断上の疑問を提起したり,診断を変更したりすることもある。

 また,付録として,症例名による索引,特別な興味を呼ぶ症例,DSM―IV―TRの分類に添った索引,さらに診断名による索引の4つが追加されていることも,本書のすばらしい点である。これらの4つの索引を利用することで,読者のそれぞれが自分の読みたい症例を選ぶことが可能となっている。

 精神疾患の診断基準の国際化は難しい点がいくつもある。DSM―IVがその全てをクリアしたとは思っていないが,DSM―IVへの道は,L. SpitzerやA. Francesらによって達成された20世紀最大の精神科領域の業績とまでいわれている。今後さらに進化していくことを期待して筆をおく。

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