腰痛

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患者の求める腰痛治療について,病態の基礎解剖から診断の落とし穴,治療選択の実際まで豊富な実例(誤診例,治療難航例含む)を盛り込み腰痛の不思議に迫る。新しい治療概念,今日的腰痛診療の考え方と実際を提言。著者の30年余にわたる腰痛研究の集大成。腰痛治療に携わる多くの読者に贈る『腰痛治療のサイエンスとアートの決定版』。
菊地 臣一
発行 2003年05月判型:B5頁:344
ISBN 978-4-260-12591-8
定価 9,350円 (本体8,500円+税)
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  • 目次
  • 書評

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I 腰痛―その不思議なるもの
II 腰痛診療を巡る環境の変化
III 腰痛診療とEBM
IV 腰痛の病態
V 診療に際しての留意点
VI 腰痛の病態把握―診察のポイント
VII 診察の進め方―病態把握の手順
VIII 画像による病態診断
IX 臨床検査
X 誤診例と治療難航例からみた診療のポイント
XI 腰痛の治療
資料―患者への情報提供
おわりに
索引

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腰痛を通してみた,全人的医療のありようが語られる
書評者: 中井 吉英 (関西医科大学教授・心療内科学)
 表紙を見た途端,ただものでない本だと直感した。読み進むうちに,本書が整形外科医のためだけの教科書ではなく,腰痛を通して,著者が医療者にメッセージを伝えようとしていることがわかってくるのである。

 「自分の現場感覚からは,『EBM(evidence―based medicine)だけでは医療は成立しない』という思いで過ごしていた。その後間もなく,NBM(narrative―based medicine)が提唱された。これこそ現場の医療従事者,自分たちがやってきた『手当て』そのものではないか,と納得できた」,「臨床の疑問を基礎で解明し,それを臨床に還元しようとしてきた約30年の記録でもある」からもわかるように,腰痛を通してみた全人的医療のありようが語られ,lumbagoからpatient with lumbagoに至る脊椎外科の専門医としての著者の歴史が刻み込まれている。著者の言葉で言うと「ロードマップ」である。その語りに古い中国の詩人の感性が流れている。

◆腰痛が問題とされる理由

 「腰痛」がなぜ問題なのか2つの理由があるという。1つは腰痛の病態自体が抱えている問題。もう1つは腰痛により惹起される社会的問題である。ありふれた腰痛の発生機序や病態が21世紀を迎えた現在も十分に解明されていないらしい。最大の不思議である。消化性潰瘍というありふれた病気の痛みの原因がわからないのと同じである。腰痛の生物学的病態が複雑で多因子が関係し合っているだけの問題ではない。慢性腰痛に至ると,心理的・社会的・行動学的要因が生物学的要因に関与する。従来の医学・医療モデルであるbiomedical modelに基づく要素還元主義的モデルでは腰痛の病態が説明できなくなってしまうのだ。

 他方,腰痛と社会とのかかわりから派生してくる問題は,高齢社会の到来,高い罹患率,高騰する医療費,不適切な治療を受けている患者がいるという状況証拠,そしてEBMの概念と手法の医学界への導入である。わが国のように高齢者の人口増加はそのまま腰痛患者の増加につながる。国民の15―20%が毎年腰痛を訴えている。米国の就業年齢層の50%に毎年腰部に由来する症状が認められ,米国民の1%は慢性腰痛のために就業不能になっているという。

◆EBMとNBMの統合

 著者はデータ中心のEBMから患者中心のEBMという視点を持った医療の実践が求められていると語る。そのためにはNBMの導入が必要だと。NBMとは筆者の言葉を借りれば「医療現場における医療従事者と患者との信頼関係に基づく医療であり,その手法は対話を通して,患者の個人的,社会的背景を評価して,それに応じた配慮を伴う医療の実践」である。そして「EBMとNBMが統合してはじめて充実した医療ができる」と。

 本書は将に「腰痛の全人的医療学」である。しかも,その概念だけにとどまらず具体的,実践的な方法について述べられているのが最も素晴らしい。整形外科医は「形態」だけを視点にして医療を行なっているものと思い込んでいた。菊地教授のような整形外科医がわが国に存在することそのものが稀有である。

 整形外科医だけでなく医療に携わる多くの人たちに是非とも読んでもらいたい1冊である。

整形外科医のための「腰痛をめぐる本当の話」
書評者: 山内 裕雄 (順大名誉教授)
◆腰痛はミステリーに包まれている

 先年『腰痛をめぐる常識の嘘』『続・腰痛をめぐる常識のウソ』(金原出版,1994,1998)という名著によって,センセーションをまき起こされた著者が現時点での集大成として世に問われた本である。今度は「腰痛をめぐる本当の話」が伺えるだろうと期待して頁をめくった。

 まず装幀が憎い。簡単な帯はついているものの仰々しいカバーはない。オフホワイトの表紙に「腰痛 菊地臣一」とだけ記されている。これは著者の愛でている李朝の白磁からヒントを得たのではないかと思った。その白磁の壺から立原正秋の小説が生まれ,そしてこの「腰痛」も。

 目次を見ると,腰痛―その不思議なるもの,腰痛診察を巡る環境の変化,腰痛診療とEBM,腰痛の病態,診療に際しての留意点,腰痛の病態把握―診察のポイント,診察の進め方―病態把握の手順,画像による病態診断,臨床検査,誤診例と治療難航例からみた診療のポイント,腰痛の治療,最後にご丁寧にも患者への情報提供として,患者さんに手渡すいろいろな説明書がつけられている。

 通読して感じたのは「腰痛とは依然として不可解」ということである。Sir Winston Churchillが第二次世界大戦の政治的背景を評した有名な言葉に“A riddle wrapped in a mystery inside an enigma”(謎の中にあり,ミステリーに包まれたこの不可解なもの)というのがある。まさしく腰痛はそれだなという念を深くした。著者はそのミステリー解明に人生を賭けておられるが,まだまだ頂上ははるか先である。でも現時点でのいろいろなルートと障害物は豊富な文献と著者の教室での研究から詳しく示されている。そして全編を貫く特徴は著者の腰痛に対する情熱とクールさにある。まさに菊地イズムとでも言おうか。その点ではじつにユニークであり,よくある分担執筆の教科書とはまったく次元の異なった世界である。

◆独自性に富んだ著者の哲学

 特徴はまず「器質的疾患としてとらえるより病者として考えよ」,「解剖学的損傷より生物・心理・社会的疼痛症候群としてとらえよ」という哲学である。著者の師匠Macnabの「腰痛は,内臓由来,血管由来,神経性由来,心因性,脊椎性の5成因で考える」という視点で,多年腰痛の診察・治療・研究に携わって来られた膨大なデータをもとにして述べられている。とくに第4章の「腰痛の病態」は全体の3分の1を占め,多面的なアプローチでの著者の考えと研究成果が盛り込まれ,圧巻である。なかでも筋内圧測定,神経根造影,リエゾン精神科の重要性が印象的だった。しかしどの項目でも「ここまではわかった,しかし問題はこれこれであり,今後の解明に期待したい」と率直に述べられており,今後の研究者にはよい道しるべになるであろう。

 第2の特徴は著者のEBMにかける姿勢である。これによって従来の治療法を細かく解析している。あまり厳格に準拠しすぎると「いままでやられてきたことはなんだったのか?」という疑念も抱かれかねないが,このような透徹した見かたも科学である医療には必要だなと説得されてしまう。これこそ本書の他書にない独自性であろう。

 「患者をよく診ないで,画像診断のみに走りがちな近頃の整形外科医」に対する鉄槌のような書物である。整形外科は「骨折・腰痛に始まって骨折・腰痛に終わる」と言われるが,整形外科医たるもの,ぜひ本書を繙かれて腰痛というこの不可解な魔物をいささかでも理解するいとぐちとし,日常の診療の糧とされんことを心から希っている。

腰痛治療における「サイエンスとアートの融合」
書評者: 守屋 秀繁 (千葉大教授・整形外科学)
 本年5月末,医学書院の方から菊地臣一教授著『腰痛』の書評を依頼されました。
私の恩師である井上駿一教授が菊地教授の業績を高く評価されていた関係もあり,私は菊地教授とは長年にわたり親しくさせて頂いております。言うまでもなく菊地臣一教授は世界的な脊椎外科医であり,腰痛疾患についての造詣は極めて深いことは充分に承知していましたので,私は本書を拝見する前に,すぐに書評を書くことをお引き受けしました。

◆腰痛についてわからないことは多くある

 本書を最初に開いた時,今までにない斬新な内容構成に驚かされました。従来の教科書の多くは,腰椎の解剖,生理などからはじまり,各種腰痛疾患の病態,診断,治療を個々に解説するという形をとっています。また,内容の多くが既知の事実として語られています。ところが,本書では冒頭から「腰痛」にはいかに多くの不明な点や曖昧な点が残されているかが広い視野で語られています。

 さらに読み進めますと,目立つキーワードは「病態」です。「医療は病態を解明してはじめてサイエンスとして成立し,適切な治療が確立される」という先生のお考えに基づき,腰痛に関し科学的な立場から「今現在,何がわかり何がわかっていない」のかが詳細に述べられます。

 一方,これらのサイエンスとしての立場に加え,「診療に際しての留意点」の章では医療のアートとしての面が述べられています。さらに診断,検査へと進み,「誤診例と治療難航例からみた診療のポイント」の章では自ら経験された症例を提示されています。一般に成功したとする症例報告よりも難渋した報告の方が示唆に富み教えられることが多いように思います。しかし,誤診例と治療難航例を報告することには抵抗感を抱くものです。この章をみてもご自身の経験を他の人に率直に伝えようとする真摯な態度と医療に対する確固たる信念がうかがえます。

◆「知る」のではなく,「どう考えるか」

 先生は序の中で本書を「腰痛を知るための本ではなく,腰痛をどう考えるかを提示したもの」と述べておられますが,まさにその目的が達せられた名著であると思います。本書は菊地先生の研究成果,経験された症例に基づき構成されており,全体を通じて医療におけるサイエンスとアートの融合という先生の哲学が貫かれています。

 脊椎外科,腰椎疾患に携わる方,あるいは広く医療関係者にお勧めしたい名著です。また,内容の深さから,時に応じて各章を熟読吟味することをお勧めします。本書をひとりでも多くの方に読んで頂くことにより,腰痛に興味をもつ人が1人でも増えてほしいという,本書執筆にあたっての菊地臣一教授の目的が達せられることを願っております。

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