標準解剖学

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「膨大な解剖学用語が覚えられない」「人体の複雑な位置関係が理解できない」「解剖学が臨床でどう役に立つのか、ピンとこない」など、そのすべてに応える解剖学テキストがついに登場! 本書は、解剖学教育のスペシャリストが、使いやすさを念頭に整理・統合した新しい教科書です。明快な本文、美しいイラスト、数多くのコラムによって、混乱しがちな解剖学の知識をすっきりまとめて、楽しく学ぶことができます。

『標準医学シリーズ 医学書院eテキスト版』は「基礎セット」「臨床セット」「基礎+臨床セット」のいずれかをお選びいただくセット商品です。
各セットは、該当する領域のタイトルをセットにしたもので、すべての標準シリーズがセットになっているわけではございません。
シリーズ 標準医学
坂井 建雄
発行 2017年03月判型:B5頁:662
ISBN 978-4-260-02473-0
定価 9,900円 (本体9,000円+税)

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新しい時代の日本の解剖学
 医学の中で,解剖学は常に特別な位置にある.医学の専門課程が必ずといっていいほど解剖学から始まること.人体解剖実習が,医学生にとってとりわけ印象に残る強烈な体験であること.そもそも医学の歴史の中でも,解剖学の起源はずば抜けて古く,現存する最古の解剖学書は2世紀のガレノスによるものであり,16世紀のヴェサリウスによる『ファブリカ』は近代医学の原点と見なされている.
 その一方で,解剖学には古めかしいという印象がつきまといがちである.私が医学生だった40年以上前に使われていた教科書が今でも堂々と通用しているし,いまどきの学生でも父親から譲り受けた教科書を使っていたりする.
 しかしながら,解剖学の教材も,そして学習のあり方も,医学・医療の進歩に伴って,近年目覚ましく変貌を遂げてきている.とくに欧米では新しく魅力的な解剖学書が次々と出版され,翻訳書としてわが国にも紹介されている.それらの多くは臨床との関連を重視し,局所解剖学的な構成で,表現力豊かなカラーの解剖図で彩られている.医学部6年間の課程で学ぶべき内容は飛躍的に増えており,限られた時間の中で効率よく学習することが求められる現代の医学教育において,このように学習者にとって使いやすく理解しやすい解剖学書の登場は,まさに時代のニーズに適ったものである.
 現代は国際化の時代であり,医学は世界に共通するものであるが,医学・医療にはその国の文化や社会に深く根差した部分がある.医師国家試験が日本語で出題され,日本語による医学の理解が不可欠なのは,日常の診療がほぼ日本人の患者を相手として日本語を用いて行われるからである.解剖学においても,日本の医学の実情に即した,日本人の学生のための教科書が必要とされる所以である.しかも古色蒼然としたものではなく,新しい時代のニーズに即した,スマートで表現力豊かなものが求められている.

本書の特長
 本書『標準解剖学』は,新しい時代の日本の解剖学書となることを目指して執筆したものである.最新の知見を取り入れて内容が正確であるのはもちろん,学生にとって読みやすく理解しやすいものになるよう心がけた.本書には3つの大きな特長がある.
 第1に,見通しと使い勝手のよい構成である.かつては器官系別の系統解剖学的構成が解剖学書の基本であったが,本書では人体解剖実習と馴染みのよい部位別の局所解剖学的な構成を採用した.さらに各章の内容を整理して体系的に再編成し,章の冒頭に構成マップとして提示した.これは部位別の解剖学書の弱点を克服するもので,知りたい内容へのアクセスが容易になった.
 第2に,多数の精細な解剖図を新たに描き起こしたことである.CG技術の発展とともに,欧米の解剖図の水準は近年急速に向上しているが,本書は阿久津裕彦氏により,独自の表現力豊かな解剖図を新たに作成していただいた.これは人体構造の理解を視覚的に助け,本書に比類のない価値を与えるものである.
 第3に,人体構造について正確・簡潔に記述するとともに,その意味や価値について多面的な説明を与えたことである.本書では,器官のミクロの構造,その営む機能,進化的・発生学的な由来,臨床との関わり,発見された経緯など,さまざまな意味が付与されている.これには,私自身の研究と経験が大きく影響している.私の処女作『からだの自然誌』(東京大学出版会,1993)は,形態のもつ意味について論じたものである.かつて比較解剖学の研究に熱中した時期があり,比較解剖に関する書籍もいくつか著した.また,欧米の優れた臨床解剖学書,組織学書,解剖学図譜などの翻訳に早くから取り組み,これまで16編29版の監訳および翻訳を担当することで,現代の教科書の進歩を身近に知ることができた.日本解剖学会の解剖学用語委員長として『解剖学用語 第13版』(医学書院,2007)の編集を担当したこと,基礎医学の統合カリキュラム型の教科書類5編12版を編集・執筆したこと,新たな解剖実習書『解剖実習カラーテキスト』(医学書院,2013)を執筆したことは,解剖学のあり方についての視野を大きく広げてくれた.医学生の解剖学教育だけでなく,多彩な職種の学生や医療者への教育,一般向け・子ども向けの書籍の出版に関わることで,解剖学を楽しくわかりやすく伝えるにはどうすればよいか創意工夫を凝らし,さまざまなノウハウを蓄えてきた.最近では解剖学史と医学史の研究に力を注いでおり,原典に基づく解剖学の歴史『人体観の歴史』(岩波書店,2008)を著し,現存する最古の解剖学書である古代ローマのガレノスの著作をギリシャ語原典から翻訳し,医学教育の歴史についての研究を深めている.研究業績として役立つかどうかもはっきりしない,こういったさまざまな活動と経験が生かされて,本書を楽しく豊かなものにしてくれたのではないかと思う.

 本書の企画はかなり以前から医学書院と相談していたが,2013年頃から本格的な執筆にとりかかり,丸2年をかけて書き上げた.できあがった原稿を信頼する何人かの先生方にお読みいただき,貴重なコメントを頂戴した.松村讓兒(杏林大学),石田肇(琉球大学),天野修(明海大学),小林靖(防衛医科大学校),佐藤二美(東邦大学)の諸先生方に深く感謝したい.
 本書の企画から編集・制作に至るまでには長い年月がかかった.医学書院の深いご理解と,編集部・制作部の方々の粘り強いご協力・ご尽力がなければ完成させることはできなかったであろう.心から御礼申し上げたい.

 2017年1月
 坂井建雄

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第1章 解剖学総論
 構成マップ
  A 解剖学の基礎
  B 外皮
  C 運動器
  D 神経系と感覚器
  E 循環器系と内臓
第2章 胸部
 構成マップ
  A 胸部の概観
  B 胸壁と乳房
  C 胸膜と肺
  D 心臓
  E 縦隔
第3章 腹部
 構成マップ
  A 腹部の概観
  B 前外側腹壁
  C 腹膜域の消化管
  D 腹膜域の実質臓器
  E 腹膜腔と脈管・神経
  F 腹膜後域と後腹壁
第4章 骨盤部
 構成マップ
  A 骨盤部の概観
  B 骨盤の壁
  C 骨盤内臓
  D 会陰
  E 骨盤部の脈管と神経
第5章 背部
 構成マップ
  A 背部の概観
  B 椎骨
  C 脊柱管とその内容
  D 背部の筋
  E 背部の脈管と神経
第6章 上肢
 構成マップ
  A 上肢の概観
  B 上肢の骨格
  C 上肢の筋と筋膜
  D 上肢の連結と運動
  E 上肢の神経
  F 上肢の脈管
  G 上肢の局所解剖
第7章 下肢
 構成マップ
  A 下肢の概観
  B 下肢の骨格
  C 下肢の筋と筋膜
  D 下肢の連結と運動
  E 下肢の神経
  F 下肢の脈管
  G 下肢の局所解剖
第8章 頭部
 構成マップ
  A 頭部の概観
  B 頭部の骨格
  C 頭蓋腔と脳
  D 顔面と頭皮
  E 眼窩と眼球
  F 耳
  G 鼻腔域
  H 口腔域
  I 側頭域
  J 頭部の脈管と神経
第9章 頸部
 構成マップ
  A 頸部の概観
  B 頸部の骨格と筋
  C 頸部の内臓
  D 頸部の局所解剖
  E 頸部の脈管と神経
第10章 中枢神経
 構成マップ
  A 中枢神経の概観
  B 脊髄
  C 脳幹:延髄,橋,中脳
  D 視床と視床上部:間脳(1)
  E 視床下部と下垂体:間脳(2)
  F 大脳:嗅脳と辺縁葉
  G 小脳
  H 大脳基底核
  I 大脳皮質と大脳髄質
  J 中枢神経の伝導路

 付録1 医師国家試験出題基準対照表
 付録2 医学教育モデル・コア・カリキュラム対照表
 和文索引
 欧文索引

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簡明にして深い《標準》
書評者: 松村 譲兒 (杏林大教授・解剖学)
 今春,医学書院の《標準》シリーズの一環として,満を持して『標準解剖学』が上梓された。遡ること40年,藤田尚男・藤田恒夫先生の筆になる『標準組織学総論 各論』が発刊され,《標準》構想がスタートし,現在では,定番教科書として30科目を超える《標準》が医学生の机上に開かれている。日本で最も知られたシリーズであることに異議を唱える方はいないであろう。にもかかわらず,なぜか解剖学の姿だけがなく,あたかも「永久欠番」の様相を呈していた。

 「なぜ?」と問われれば,まず《標準》という言葉の重さが理由に挙がるだろう。《標準》シリーズの評価が定着するにつれ,何をもって解剖学の《標準》とするかが課題になった。全国の先生が「誰がこの大仕事に手を染めるのか?」と見つめるうちに歳月を経たというのが正直なところかもしれない。

 今回,その大仕事に立ち向かわれたのが坂井建雄教授(順大大学院)である。しかも,おそらく日本中の解剖学教員が抱いていた「標準=詳細で分厚い」という予想を覆し,坂井流の,簡明にして深い《標準》を創り上げられた。重さ1,260 g,本文569ページと小振りなので,『標準組織学』や『標準生理学』を見慣れた方は「これだけで大丈夫?」と心配されるかもしれない。しかし,ひとたびひもとけば,それが杞憂であることがわかるであろう。

 従来の解剖学書が「系統解剖学」に基づくのに対し,本書は「局所解剖学」が中心に据えられている。最初の50ページで各器官系に触れた後は,胸部・腹部・骨盤部・背部・上肢・下肢・頭部・頸部・中枢神経の順にバランスよく解説されている。どこに何を記載するかは難しいところだが,本書には一点の淀みもない。章の冒頭には構成マップが設けられ,各項の関連が一目で把握できる。また,随所に組み込まれた「Developmental scope」「Functional scope」「Clinical scope」は,発生学,生理学,臨床医学との関連を理解する大きな助けとなっている。

 坂井教授が本書に取り掛かられたのは随分と前のことである。ほぼ脱稿まで進んだ原稿を破棄されたり,図案を何度も検討されているとの話も耳にした。本書は,推敲を重ねた結果たどりついた「坂井流哲学」の具現であり,単なる教科書ではない。このように斬新な「本格的解剖学書」を目にすることができ,単純に嬉しい。

 最後に,というよりも,むしろ最初に述べるべきだったと思うが,本書の図は全て阿久津裕彦氏(東京藝術大講師)の手になる「描き下ろし」であり,本書の価値を格段に高めている。かつて『グレイ解剖学』が2人のヘンリーによって上梓されたことを彷彿とさせる。本書『標準解剖学』が出版されたことで《標準》シリーズというチームにようやく「先頭打者」が現れた気がする。ぜひご一読を願うものである。
学生が頭に入れるべき項目を的確に選んだ教科書
書評者: 石田 肇 (琉球大教授・人体解剖学/医学部長/医学研究科長)
 日本人解剖学者による,素晴らしい解剖学の教科書がついに誕生した。しかも,分担ではなく,博学で知られる坂井建雄教授(順大大学院)による単著であるため,一貫した流れがある。系統解剖学ではなく,局所解剖学的構成であり,最初に総論を配置することにより,解剖学への最初の理解が得られる。

 人体解剖学というと,肉眼解剖学実習,組織学実習,神経解剖学実習を含めて,医学生にとって,具体的に医学というものに触れる初めての機会であり,また,膨大な医学知識という大きな壁にぶつかるときでもある。では,この大きな壁をどうやって乗り越えたらよいのか。

 「最近の学生は長文を読まない」と言うが,本書は,ほぼ1ページに1点のイラストを配置している。このイラストが美しく,非常にわかりやすい。
 
 また本書は,コアカリキュラムに必要な医学知識を十分に得られる内容でありながら,冗長さを省いている。細かすぎる内容は意図的に省いているので,これでもかと詰め込む必要がない。例えば,殿筋群の起始について「腸骨翼の後面」とあるが,従来は併せて解説されることの多かった殿筋線に関する記載はない(p.315)。殿筋線は,普通の骨では見えにくいものであり,殿筋群においては,停止位置,作用,神経支配が大事なのである。このように,学生が頭に入れるべき項目を的確に選んでいる。さらに,英語の解剖学用語も並記し,索引も和文・欧文が揃っている。これはわかりやすい。

 本書には,普通の系統解剖学の教科書にはない中枢神経系の部を,第10章に配置している。神経解剖学を専門としている解剖学者からみると,「内容が少ない」と感じるかもしれない。しかし,まずはこれだけをしっかりと学習し,末梢神経系の脳神経や脊髄神経との関連を理解することが大切である。

 また,本書の特徴は,「Developmental scope」「Functional scope」「Clinical scope」を随所に掲載しているところである。「Developmental scope」は系統発生ならびに個体発生について,「Functional scope」には組織学や生理学に関連する内容が記載されている。また,「Clinical scope」は,これから学習する臨床医学と解剖学をつなぐものである。解剖学の重要性を再認識できる場であり,私たち解剖学者や,臨床医が読んでも,とても面白い。

 全国の医学生の皆さんに,本書をぜひとも手にとって読んでいただきたい。楽しく勉強ができて,学問的にも深みのある教科書である。
解剖学を学びたい全ての人へ
書評者: 荒川 高光 (神戸大大学院准教授・リハビリテーション科学・解剖学)
 現在,解剖学を学ぶ学生は,増えている。学生でなくても「人体の仕組みを知りたい」という思いを持つ人は,潜在的に多く存在する。私は,さまざまな職種をめざす学生だけでなく,既に臨床などで活躍している人々に対しても解剖学の講義を行ってきた。あらゆる医療のコアとなる解剖学を,学生や臨床家たちにどのように教えるのか。これが常々私の課題となっていた。

 本書の著者である坂井建雄先生(順大大学院教授)は,解剖学に深い造詣を持つ一流の研究者であり,解剖学実習を担当する教員でもある。また,「どのように解剖学を伝えるか?」ということに関しても熱心で,学会などでご意見をうかがったりしていた。その坂井先生がどのように本書をまとめられたのか,ぜひ知りたいと思って本書を手に取った。

 まず,美麗なイラストと読みやすい文章で,とても見やすい教科書だと感じた。次に,本書の構成に驚きを覚えた。系統解剖学としての講義内容が,「解剖学総論」として最初にまとめられており,その後に,胸部,腹部,骨盤部,背部,上肢,下肢,頭部,頸部,中枢神経が,部位ごとに記載されている。この構成は,臨床家や学生にとって,非常に有益である。なぜなら,臨床で何か困ったことがあったときに知りたいのは,“そこ”がどうなっているのか,だからである。そのとき,部位ごとに記載がまとまっている本書は,知りたいことを探しやすい。これは,解剖学実習を担当している坂井先生だから可能であったのではないかと思う。すなわち,解剖学実習を行っていて生じる疑問も,局所的なものが多いからだ。だからといって全てが局所解剖学的か,と言うとそうではない。最初にしっかりと系統解剖学としてまとめてあるだけでなく,他部位とのつながりも記載されている。

 要所要所にある「Developmental Scope」「Functional Scope」「Clinical Scope」は,対象となる構造を学習するに当たって興味を引くだけでなく,その知識が他分野へと有機的につながる仕組みになっている。

 また,動脈の起始・走行・分布,末梢神経の由来・脊髄分節・支配する筋・皮膚への分布,骨格筋の起始・停止・神経支配・作用が表としてまとまっている。この表は,学生の理解を大いに助ける。なぜなら,このような表は,今まで学生自身が教科書を読んでノートなどに作っていた(私を含めて)ものだからである。

 本書は,“解剖学を勉強したい。知りたい”と思っている全ての人にお薦めできる教科書である。学生から臨床家まで,初学者から教員まで,医師・歯科医師からコメディカル,その他の職種の人々まで,お薦めできる。このような広くお薦めできる本は,めったになかった。

 もし私が学生の時に本書があったら,もっと効率よく,しかも深く解剖学を学べただろう。今,本書で勉強できる学生は幸せだと思う。
今後の解剖学教育のスタンダードになっていく一冊
書評者: 町田 志樹 (臨床福祉専門学校・理学療法学)
 医学の専門教育は人体の構造を学ぶ解剖学から始まる。その事実に異論を唱える者はいないだろう。当然,理学療法士の養成課程でも同様であり,現職者であれば誰もが一度はその習得に苦心した経験があるはずである。特に近年,学生からは「各部位の名称を覚えることができない」「運動器の位置関係を理解できない」という声をよく耳にする。また,理学療法士の養成課程で用いる解剖学書は養成校ごとに異なっており,スタンダードとして用いられている一冊は定まっていない印象を受ける。

 このたび,医学書院より『標準解剖学』が発刊された。本書の著者は順大大学院教授の坂井建雄先生である。この事実こそが,本書の第一の特徴と言えるだろう。坂井先生は日本の解剖学教育・研究の第一人者であり,これまで数多の解剖学書の執筆に携わっている。その執筆の領域は医療従事者やその学生を対象とした専門書のみならず,一般向け・子ども向けの書籍など,極めて多岐にわたっている。本書にはその知見が存分に生かされ,解剖学の初学者から現職者までが学ぶことのできる一冊に仕上がっている。

 また,各章が極めて正確かつ簡潔に記述されており,“最小限かつ最重要”に構成されている。この点は,解剖学の習得に苦心する学生たちの大きな一助となるだろう。

 本書の第二の特徴は,美術修士・医学博士の阿久津裕彦氏による美しい図譜である。本書の図譜は,阿久津氏が新たに作成したものである。芸術と解剖学の両者を知る阿久津氏の図譜の緻密さと正確さに,ぜひとも着目していただきたい。

 ここまで広い範囲を網羅し,多くの図譜を組み込み,かつ必要最小限にまとめられた解剖学書は他に類を見ない。「標準」の名のとおり,今後の解剖学教育のスタンダードになっていく一冊だと確信する。

 近年の学生は,文章を読むことを怠る傾向にある。しかしぜひ,学生諸君には坂井先生の素晴らしい文章に目を向けてほしい。その洗練された文章の奥に,我々の臨床に役立つ大きなヒントが隠れているはずである。
解剖学の立ち位置を定める一冊
書評者: 佐藤 達夫 (医科歯科大名誉教授・臨床解剖学)
 医学教育の教科書としての「標準」シリーズはゆるぎない地歩を築いてきた。しかし,その第1冊を占めるべき解剖学が欠けているのは異様でもあるし,不思議に思っていた。解剖学を専門とする者として残念に思っていたところであり,本書の刊行を見て安堵している。

 前世紀末の頃,解剖学の立ち位置は定まっていなかった。系統解剖学が部位別に編成替えされ,機能および臨床要素が重視され,写真ならびにカラー印刷技術の発達の影響を受けて,解剖学書は衣替えし,多様化が進んだ。しかし,何となく落ち着きが悪い。多彩であっても主軸が欠けている感が強い。そうした状況の中で妥当な着地点を見出したのが,本書のように思われるのである。
 この20~30年間における解剖学書の見た目上の大きな変化は,著名な系統解剖学書がいったん解体されて,部位別記述に変換されたことである。これは使いやすさという点では前進と言えるが,再編しただけで本質的な変化ではない。わずかに臨床的意義が調味料として加えられているにすぎない。要するに部位別内系統解剖学書にすぎないのである。本書も部位別構成である。しかし,各部位の中での系統間の連関によく意を用いており,各章のはじめに構成マップが示されており,見通しがよい。
 教育内容の膨大化に対応して,しばしば解剖学の減量化が俎上に載せられるが,解剖学者も努力してこなかったわけではない。著名な浦良治著『実習人体解剖図譜』(初版1941年,南江堂)からして,最少の時間で最大の効果を得ることを目的として制作されたものである。2001年に公表されたモデル・コア・カリキュラムに準拠して,本書でも掲載事項の精選が進められているが,現今の臨床サイドの要請も斟酌されて,量的にも妥当なところに収まっている。

 本書の最大の特徴は,単独執筆というところにある。複数執筆者による書籍に比べて粗密が小さく,しかも統合性を保った著作となっているが,それは,著者が若い頃に培った比較解剖学の素養がベースにあるからであろう。イラストを担当した阿久津裕彦氏とも,おそらく解剖所見と見比べながら1点ずつディスカッションを繰り返しながら作成を進めてきたと思われる。こうした協同作業の積み重ねにより,イラストの正確性と統一性が保証され,さらに職人芸を越えた芸術性がかもしだされ,本書に品格を与えている。解剖学者と画家の見事なコラボレーションの例として,将来も語り継がれることになろう。

 本書は,長年人体解剖学の研究と教育に携わってきた碩学が,満を持して練り上げた秀作である。このような標準書が母艦として控えているならば,われわれも安心して教育に,研究に専念することができるというものである。著者の類まれな力量と尋常ならざる努力,そして解剖学に対する愛情の深さに心から敬意を表したい。

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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