気分障害

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うつ病や双極性障害を中心とした気分障害のすべてを網羅した、最新最高のエンサイクロペディア。総論、疾患各論、臨床上の諸問題の3部構成で、歴史・疫学・診断分類などの総論的解説、遺伝学から心理学に至るまでの基礎研究の現状、病型ごとの詳細な疾患各論、さらに難治性うつ病、自殺、職場のメンタルヘルス、プライマリケアやチーム医療などのトピックテーマまで、各領域のエキスパートが存分に筆を揮った内容。精神科医はもとより、気分障害に携わる医療関係者の「座右の書」。
編集 上島 国利 / 樋口 輝彦 / 野村 総一郎 / 大野 裕 / 神庭 重信 / 尾崎 紀夫
発行 2008年06月判型:B5頁:680
ISBN 978-4-260-00567-8
定価 17,600円 (本体16,000円+税)

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 精神医学の歴史を繙くと,気分障害とみなされる病態は,ヒポクラテスの時代から記述があり,古くより知られたものであった.しかし統合失調症ほどその病像は特異ではなく,経過予後も良好であり,比較的理解しやすい疾患として精神医学者の興味関心をひくことが少なかったように思われる.その結果気分障害に関する科学的知見は集積されず,その本態,原因,治療法などに関する知識は不足していた.
 ところが昨今,気分障害の患者の急増が注目されている.この理由として,さまざまな要因が推測されるが,社会状況や価値観の変化など環境的要因も大きく影響していよう.なかでも成果主義の導入など働く人々を取り巻く環境は厳しさを増し,産業精神医学の領域では気分障害への対応は最大の関心事となっている.また20歳代,30歳代の若年層には,従来型うつ病とは異なる心性をもった現代型うつ病が出現するようになった.
 また9年連続してわが国の自殺者は年間3万人を超え,中高年の男性の気分障害の罹患患者が多いことが,他の世界各国と比較して特徴的といわれ,ますます気分障害への関心を惹起している.
 最新のわが国初の大規模疫学調査によれば一般住民の生涯有病率は6.3%であり,わが国のうつ病患者は約300万人と推測されている.先の300万人のうち約240万人は未治療で受診率は約24%である.これらの人々が,マスメディアや製薬企業の啓発,メンタルクリニックの増加に伴う受診のしやすさなどにより受診機会が増し,一方医療者側の診断基準の向上などが患者増加の要因となっている.しかしながら,上述のような傾向がみられるとしても,まだまだ気分障害に気づき適切な診療科を受診する人々は少なく,一般科の医師の診断能力は十分とはいえないことが問題である.
 一方,治療もそれなりの進歩がみられている.本来気分障害は自然寛解するという特徴をもつが,1959年に臨床に導入されたイミプラミンを嚆矢とする抗うつ薬は,最近はSSRIやSNRIの時代に突入し,有害作用が少なく,使いやすい薬物として広く使用されている.しかし高い有効性,即効性,有害作用の少なさといった点からはまだまだ満足できるものでなく,さらなる有用性の高い薬剤の開発が進められている.また認知(行動)療法などの治療法も薬物療法に匹敵する効果を上げており,個人の内面的,対人的因子への働きかけの理論的根拠も解明が待たれる.
 このような臨床的動向に呼応するように,研究面での進歩も著しい.精神病理学,精神分析学,精神薬理学,神経化学,精神生理学,社会学,心理学などさまざまな分野での気分障害研究は進んでいる.特に近年その進歩が著しい機能的および形態的脳画像研究からは新しい知見が得られ,分子遺伝学研究の所見と結びつけることにより,より本態の解明に近づくような成果が期待される.
 気分障害には,遺伝的,生化学的,発達的,個人心理的,社会文化的など多数の因子が関与しているが,各領域から得られた知見が有機的に結びつくことにより,適切な介入が可能となる.気分障害は,今やその臨床や研究に,精神科医,身体科の医師,心理学者,ソーシャルワーカー,基礎科学者など多くの研究領域や職種のかかわる集学的,学際的領域である.このような状況を鑑みて,本書は質が高く正確な情報を互いに提供し,協力して気分障害への介入を行うための情報源として中心的役割を果たすことを目的として編纂された.執筆陣は各専門領域のエキスパートであり,質,量とも充実させ2008年時点における「気分障害」のエンサイクロペディアを目指した.変貌し,大きく展開している気分障害への適切な介入の一助となれば編集者一同の大きな喜びである.
 最後に,膨大な原稿を読みこなし,労の多い編集作業をなしとげられた医学書院の方々に心から御礼申し上げたい.

 2008年4月
 編集者一同

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第1部 総論
 序章 気分障害の診療と研究─現在と未来
 第1章 歴史と概念の変遷
 第2章 病因
 第3章 疫学
  I 主要な疫学研究
  II うつ病性障害の疫学
  III 双極性障害の疫学
 第4章 症候学
  I 精神症状
  II 身体症状
 第5章 分類,診断,評価
  I 従来診断と操作的診断基準
  II 鑑別診断の進め方
  III 構造化面接
  IV 重症度の評価と評価尺度
 第6章 治療
  I EBMと治療ガイドライン
  II 薬物療法
  III 電気けいれん療法とその他の身体療法
  IV 精神療法
  V 患者教育,家族教育
 第7章 経過と予後
 第8章 基礎研究
  I 遺伝学,分子遺伝学
  II 神経病理学
  III 神経生理学
  IV 神経化学,精神薬理学
  V 神経内分泌学
  VI 時間生物学
  VII 動物モデル
  VIII 画像研究
  IX 神経心理学
  X 精神病理学
  XI 精神分析学
  XII 認知心理学,社会心理学
  XIII パーソナリティ論
 第9章 社会・文化的問題
  I 比較文化研究
  II 時代と病像の変遷
  III 犯罪
  IV 病跡学と芸術
  V 宗教

第2部 疾患各論
 第10章 大うつ病性障害
 第11章 気分変調性障害
 第12章 双極性障害
 第13章 気分循環性障害
 第14章 ラピッドサイクラー
 第15章 混合状態
 第16章 非定型うつ病
 第17章 季節性感情障害
 第18章 身体疾患によるうつ状態,薬剤性うつ状態
  I 血管性うつ病
  II その他─血管性以外の身体疾患
 第19章 その他の病型
  I Kraepelin型メランコリー
  II 逃避型抑うつ,退却神経症など

第3部 臨床上の諸問題
 第20章 難治性うつ病
 第21章 軽症うつ病
 第22章 自殺
  I 自殺対策の現状
  II 救急医療場面における気分障害患者への危機介入
  III 社会現象としての自殺
 第23章 併存(コモビディティ)
  I 物質使用障害
  II 併存するその他の障害
 第24章 ライフサイクル
  I 児童・思春期
  II 女性のライフサイクルからみた気分障害
  III 高齢期
 第25章 一般医・コメディカルとうつ病診療
  I プライマリケア
  II コンサルテーション・リエゾン精神医学
  III サイコオンコロジーとチーム医療
 第26章 職場のメンタルヘルス
  I 早期介入,予防
  II 社会復帰
 第27章 抗うつ薬の臨床試験

索引

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気分障害に携わるすべての人に
書評者: 鈴木 道雄 (富山大大学院教授・神経精神医学)
 近年の気分障害を巡る状況は大きく変化している。一般社会におけるうつ病の認知度は向上したが,それに伴い誤解や混乱も増している。精神科医療の現場では,気分障害による受診者が急増するとともに,従来のメランコリー型うつ病とは異なる現代型うつ病が増加し,その対応に苦慮する場合が多い。SSRIやSNRIの導入,種々の治療アルゴリズムの開発,認知療法の普及など,治療面での進歩は少なくないが,依然として難治例が存在する。また自殺対策としてのうつ病への介入が大きな課題となっている。このように問題が山積している一方で,気分障害の研究は活発化し,さまざまな領域で新しい知見が得られている。精神科医療に携わる者にとって,気分障害の全体像を捉え直して知識を整理し,今後の診療に役立てたいという気持ちは非常に強くなっている。このような時代の要請に応えるべく,刊行されたのが本書である。

 B5判,二段組,650ページを超える大冊である。内容は,各専門領域のエキスパートによる分担執筆であり,編者が「気分障害のエンサイクロペディアをめざした」というごとく,質,量ともに非常に充実している。冒頭において,混乱しがちな気分障害の概念と用語について,どのように統一を図ったかを編者が明記しており,その原則の下で執筆陣が存分に筆をふるっている。わが国におけるスタンダードな内容を詳述すると同時に,歴史的な内容,必ずしも一般的ではない内容や海外における新しい動向にも十分な説明を加えている。研究面の知見が豊富に記載されていることも特筆に価する。さらに参考文献数がことさら制限されていないため,必要なときは原典にあたることも容易となっている。目次も詳細で9ページを数えるが,おかげで知りたいことがどこを見れば書いてあるかすぐわかるようになっているのも編者の配慮であろう。

 序章を含めて,全体で28の章で構成されている。序章から第9章が第1部(総論)であり,全体の半分を越えるボリュームがある。ここでも細大漏らさずという編者の意図は徹底しており,わずかな遺漏もないように,編者自らが補筆している項目も見受けられる。第10章から第19章が第2部(疾患各論)となっている。第20章から第27章が第3部(臨床上の諸問題)であり,ここで気分障害に関わる今日的問題を改めて取り上げていることが本書の特徴の一つである。ちなみに第3部各章の表題を列挙すると,難治性うつ病,軽症うつ病,自殺,併存(コモビディティ),ライフサイクル,一般医・コメディカルとうつ病診療,職場のメンタルヘルス,抗うつ薬の臨床試験,となっている。

 気分障害の概念,診断,治療が混沌としている現代にこそ必要な,まさに気分障害のエンサイクロペディアと呼ぶにふさわしい重厚な1冊である。気分障害の診療に携わる人が,必要なときにいつでも手に取って参照するのに最適であり,気分障害の臨床的・基礎的研究を志す人にとっても必携である。
気分障害のエンサイクロペディア
書評者: 高橋 清久 (藍野大学学長・国立精神・神経センター名誉総長)
 今,気分障害はホットな話題である。厚生労働省の患者調査では気分障害の患者数の増加が著しい。平成8年の調査では43万人(全患者数の23.0%)のそれが,平成17年では92万人(34.9%)となっている。その増加の理由については種々の議論があるが,実質的に患者数が増えたこと,クリニックが増加し受診に抵抗が少なくなり潜在していた患者が顕在化したこと,うつ病をカミングアウトする有名人が増えてうつ病への偏見が少なくなったこと,診断基準が拡大したことによる患者数の増加,等の意見である。これに関連して,うつ病の軽症化もトピックスの一つである。かつてはうつ病患者というと自己に対する罪責感が特異的に見られたが,現代のうつ病患者はむしろ他者配慮に乏しい他責的な患者が多いという。パーソナリティ障害とのオーバーラップの問題もある。一方,治療に関しても,従来の三環系,四環系抗うつ薬治療オンリーの時代から,SSRI,SNRIを始め多様な薬剤が開発されており,加えて,認知行動療法や心理教育,家族支援など治療・支援も多様化している。また,わが国のメンタルヘルスの重要課題は自殺防止であるが,心理的剖検によれば自殺既遂者のうつ病への罹患率が高い。さらに,職場のメンタルヘルス関連では企業内のうつ病患者の増加が大問題であり,患者の職場復職を促進するためのリワークプログラムなども実施されている。

 このような学問的にも社会的にも広がりを見せる気分障害に関して,そのほとんどすべての事柄が本書には盛り込まれている。気分障害の成因論や病態論を左の極とすれば,社会的支援や福祉といった右の極まですべてが網羅されていると言っても過言ではない。まさにエンサイクロペディアと言うべきである。各項目を担当する分担執筆者も最新の情報を盛り込むことに精魂を傾けたという熱意が伝わってくる。

 気分障害を論じる時に問題になるのは,その概念,分類法,呼称などが多種多様であることである。気分障害という疾病全体を表す名称についても,感情障害,感情病,うつ病,躁うつ病,うつ,ウツ,メランコリーなどさまざまな表現があり,混乱と誤解を招くことが少なくない。その点,本書では統一性と正確性を遵守し,疾病全体を意味する呼称は原則的に気分障害として,躁うつ病やうつ病を極力用いず,定義が正確に定まっていない用語は,伝統的な診断に基づいて可能な限り意味の統一を図っている。そういった編者の努力の結果,本書は大変読みやすく理解しやすいものとなっている。

 直近の10年間に精神科のクリニックが著しく増加し,そこを受診する患者の多くは気分障害であるという。それゆえに,クリニックで治療に当たる医師の高い診療能力が求められている。また,精神科を専門として間がない研修医,さらにはこれから精神科医を目指そうという医学生,これらの人々にとって本書は必携のものといえよう。それに加えて,臨床心理士,精神保健福祉士,看護師といった気分障害患者の日常の生活を支える医療職にとっても正しい知識を得るという意味で,本書は座右に置くに値するものと思われる。
気分障害の全貌を見直し,医療の実践に役立つエンサイクロペディア
書評者: 佐藤 光源 (東北大名誉教授・精神医学)
 気分障害圏の病気で苦しんでいる人は多く,中でもうつ病患者は約300万人と推定されている。それに双極性障害やいわゆる神経症圏のうつ状態,気分変調症などを加えると気分障害圏の患者数は膨大で,しかもその多くが未治療のまま苦しんでいるのが現状である。国民の健康寿命を損なう代表的な原因疾患がうつ病であることがWHO健康レポート(2001)で明らかにされ,わが国で毎年3万人を超える人が自殺していることも,気分障害がいかに大変な病気であるかということをよく物語っている。しかし,今では薬物療法と心理社会的療法を組み合わせた治療法が長足の進歩を遂げ,完全な回復を期待できるようになっており,気分障害に関する適正な知識の普及啓発と最適な医療の推進による患者の救済が急がれている。

 そうした中で,“気分障害のエンサイクロペディア”を目指した本書が上梓された。そこには,読者が知りたいと思う諸問題が今どこまで解明され,何がまだ解明されていないのかが示されており,気分障害に関するアップデイトな情報が豊富に盛り込まれている。

 本書が,各論を含めて特定の診断システムにこだわっていないことも特色の一つである。日本ではICD-10やDSM-IV-TRなどの疾病分類や診断統計マニュアルが翻訳されるたびに疾患概念が変わったり,新たな訳語が登場しては伝統的な精神医学用語が混乱したりしていて,気分障害もその例外ではない。それを,例えばうつ病の疾患概念を統一しようとするようなことはしないで,本書におけるさまざまな気分障害関連用語の使い分けの原則を冒頭で整理した後,気分障害の全貌を浮き彫りにすることに努力が払われている。そこが,本書が“気分障害のエンサイクロペディア”といわれるゆえんでもある。

 本書は680頁からなり,総論(序章+9章),各論(10章),臨床上の諸問題(8章)の3部構成になっている。総論には,概念の変遷,病因,疫学,症候学,診断・分類,治療,経過・予後だけでなく,基礎研究と社会・文化的問題が含まれ,各論では,大うつ病性障害,気分変調性障害,双極性障害,気分循環性障害,ラピッドサイクラー,混合状態,非定型うつ病,季節性うつ病などについて,それぞれの歴史や概念,診断,病態,治療などが最新の知見をもとに解説されている。第3部では,難治性うつ病,軽症うつ病,自殺,併存,ライフサイクル,一般医・コメディカルとうつ病診療,職場のメンタルヘルスなどという臨床に即した話題が取り上げられていて興味深い内容となっている。

 今年5月にお台場で開かれた日本精神神経学会総会には,学会専門医制度が始まったこともあって史上例をみない多数の精神科医が参加した。書籍の展示販売コーナーも随分混み合っていたが,一段と注目を集めていたのが本書であった。うつ病の疾患概念や病態の理解が操作的診断法によって揺らぐ中,気分障害の全貌を見直し,医療の実践に役立てたいという多くの精神科医の思いを反映したのであろう。そうした意味でも期待に応えるエンサイクロペディアであり,臨床家の座右の書としてぜひ推奨したい一冊である。

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