検証「健康格差社会」
介護予防に向けた社会疫学的大規模調査

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高齢者約3万3千人の大規模調査を用い、世界一の健康長寿を誇る日本の高齢者の実態を、そして「健康格差」を検証。介護予防で注目されるうつ、転倒、閉じこもりや、虐待などにも、社会経済的地位による最大約7倍もの格差があった。なぜ介護予防対策はうまくいかないのか、もう1つの介護予防戦略を探る。ストレス対処能力やソーシャルキャピタルにも注目した実証研究報告集。
編集 近藤 克則
発行 2007年03月判型:B5頁:200
ISBN 978-4-260-00432-9
定価 4,620円 (本体4,200円+税)

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執筆者/近藤克則



 本書は,高齢者を対象とした大規模な(対象者数32,891人)調査の報告書である。その目的は,世界一の健康長寿を誇る日本の高齢者の実態を,介護予防で注目される,うつ,口腔ケア・低栄養・転倒歴や生活習慣,閉じこもり,それらの背景にある不眠,趣味,虐待,世帯構成,地域組織への参加や社会的サポート,就労,さらに多くの領域で関心を集めるソーシャル・キャピタルまで,多面的に描き出すことである。本書は,これらの因子と,所得・教育年数という社会経済的因子との関連,地域差に着目した分析結果をまとめたものである。その概要を知りたい方は,各章の知見をまとめた第15章から読まれるのがよいであろう。

 本書の目的・ねらいは,これにとどまらない。「健康格差社会―何が心と健康を蝕むのか」(医学書院,2005)で紹介した海外や日本での研究・政策動向を踏まえると,加えて次の三つの意義があると考えられる。

 日本が「格差社会」になっていると指摘されている。では「健康格差」はあるのか,それはどの程度のものかを検証することが,第一のねらいである。例えば,所得が最低群の男性においては,最高群に比べ実に6.9倍も,「うつ状態」が多いことを示す(第2章)。今よりも大きい格差を容認すべきか否かの政策判断をするときに,どの程度「健康格差社会」になっているのかという現状把握が重要であろう。そこで,本書のタイトルを「検証『健康格差社会』」とした。

 第二の意義は,介護予防の戦略見直しの必要性を明らかにすることである。2006年4月からの介護保険制度の見直しに伴い,介護予防が重視されるようになった。しかし,健診受診者をチェックしても,期待された高齢者人口の5%に対し,わずか0.2%しか対象者が把握できないことが報じられている。本書を読んでいただくと,その理由がわかる。低所得の人,教育年数が短い人ほど,多くの健康問題を抱えている。それにもかかわらず,そういう人たちほど健診を受診していない。また,およそ50年前に受けた教育年数が短い人ほど,うつや閉じこもりが多いことも明らかとなる。つまり,健診時にハイリスク(危険性が高い)者をスクリーニングして対象を絞り込む戦略や高齢期になってからの取り組みには限界があるのである。より多くの因子の絡み合いに着目した,エコロジカル(生態学的)な視点からのポピュレーション・ストラテジー(人口集団全体を対象とする戦略)が重要であることを明らかにしたい。

 第三の意義は,社会疫学研究の重要性を示すことである。現在の健康政策・予防政策は,リスク因子として,もっぱら食事・運動・タバコ・飲酒など生活習慣に着目している。これらも重要だが,心理・社会的因子も,これらと同等に不健康と関連していることを本書で明らかにする。今後,より効果の大きい健康政策・予防政策を練るためには,心理・社会的因子も視野に入れた社会疫学的な研究が必要である。WHO(世界保健機関)も,「solid facts(確固たる事実)」という副題をつけたレポート「健康を規定する社会的因子(social determinants of health)」(2002年)を出している。そして2005年にはこれに関する専門委員会も設置した。また,EUは「健康格差の是正」を議題とし,そのための取り組みを始めた国も複数出てきている。日本では「平等幻想」があったせいか,海外に比べると,社会疫学の重要性が,十分理解されていない。本書を通じて,多くの方が,社会疫学の重要性を知り,日本における研究がいっそう発展することを願っている。

 本書のような実証研究は,査読を経た学術論文として発表するのが望ましい。査読のプロセスは,他の研究者による批判の目にさらし,それに耐えられた研究論文だけを公表することで,研究の質を担保するシステムだからである。本書のもとになった論文は,全体としての体系性を優先して,査読を経ない連載論文として発表したものである(5章,9章,11章を除く)。私たち執筆者にとって,査読を経ていないために質が低い研究を公表することは本意でない。論文の質を高めるために,連載論文の執筆過程でも,本書にまとめる過程でも,執筆者間や「健康の不平等」研究会で何度も相互批判と推敲を繰り返した。

 しかし,共同研究者の相互批判では,気づかない盲点があり得ることを,過去の査読で経験していた。そこで,社会疫学や介護予防に関心を持つ研究者,初出論文を掲載していただいた「公衆衛生」誌の編集委員に,各章の原稿を読んでもらいコメントをもらうことにした。厳密な意味での査読ではないが,編者以外には匿名性を保った上で,記述すべき基本情報が漏れていないか,調査研究の限界が書かれているか,盲点がないか,言い過ぎていないか,飛躍がないかなどについて,チェックしていただいた。そのコメントにもとづいて加筆修正するプロセスを経て本書は生まれた。本書の質を高めるために,ご協力いただいた方々のお名前を記して感謝します(阿彦忠之氏,石崎昌夫氏,尾島俊之氏,近藤尚己氏,杉澤秀博氏,島茂氏,高鳥毛敏雄氏,堤明純氏,豊川智之氏,中山健夫氏,西田茂樹氏,橋本英樹氏,林謙治氏,福田吉治氏)。その他,名前を出すことを遠慮された匿名の協力者が1人いらっしゃることも,ここに記しておきたい。ただし,本書の内容に関する責任は,すべて編著者にあることは言うまでもない。

 本研究は,2003年~2005年度科学研究費補助金(14310105),並びに2002年~2006年度学術フロンティア推進事業(文部科学省)の助成を受け,日本福祉大学21世紀COEプログラム「福祉社会開発の政策科学形成へのアジア拠点」(2003年~2007年度)の一環として行われた調査研究である。記して深謝します。

 調査にご協力いただいた高齢者の皆さん,保険者・県の担当者の方々にも感謝します。その他,研究会などの場でコメントをいただいた方々にも感謝します。最後に,書籍原稿にコメントをもらって手を加えるというわが国にはあまり例のないプロセスなど,本書の質を高めるための労を厭わなかった医学書院,「公衆衛生」誌の担当者でもある野中良美さん,制作部の後藤エリカさんに深謝します。

 2007年 2月

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1 調査目的と調査対象者・地域の特徴
2 主観的健康感と抑うつ
3 生活習慣・転倒歴
4 歯・口腔・栄養状態
5 不眠
6 ストレス対処能力(SOC)
7 趣味活動
8 閉じこもり
9 虐待
10 家族生活
11 地域組織への参加
12 社会的サポート
13 就業状態・経済的不安
14 ソーシャル・キャピタル-地域の視点から-
15 介護予防への示唆-特徴的な知見と今後の研究課題-
資料編「高齢者の日常生活に関するアンケート」に用いた調査票

初出一覧
索引

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調査データから日本の健康神話を検証
書評者: 岩尾 総一郎 (国際医療福祉大学教授,前WHO健康開発総合研究センター所長)
 今年創立60年を迎えるWHOが,夏の総会報告へ向け準備している「健康の社会的決定要因に関する委員会」の最終会合が,1月16日から3日間にわたり神戸で開催された。世界中の英知を集めたこの会議では,社会的格差によって健康レベルに差が生じるメカニズムと,その社会的要因の平準化方策について多くの議論がなされた。WHO創立時の憲章,そして30年後のアルマアタ宣言(1978)でも述べられているが,健康の享受は人種,宗教,政治理念,社会的・経済的状況にかかわらず,人類すべての基本的権利のひとつである。そして,WHOの使命は可能な限り最高水準の健康をすべての人々が達成することにある。

 ヨーロッパ,カナダ,オーストラリアでは早くから,健康を保障する手段として,健康格差を生じさせる社会格差(すなわち,教育,雇用,性差,食料,住環境など)の是正に取り組んできた。すでにこれらの諸国では,格差要因分析のための社会疫学方法論が確立しており,ポピュレーションアプローチ手法を用いた多くの論文,報告書が発表されている(一例をあげれば,University School of LondonのSir Michel MarmotらによるWhite Hall Study, Harvard UniversityのIchiro Kawachiの教科書など)。

 日本において健康格差の要因を抽出・分析し,社会疫学の切り口から解説したのが,2005年に出版された近藤克則著『健康格差社会―何が心と健康を蝕むのか』であり,また,実際に理論を当てはめ,近藤らが行った大規模疫学研究調査の報告書をもとにまとめられたものが姉妹書,『検証「健康格差社会」―介護予防に向けた社会疫学的大規模調査』である。

 前者は社会疫学的アプローチについて,海外や日本での健康格差の研究・政策動向を理論的に紹介している。後者は,2003年度に3県15自治体で行われたAGES(Aichi Gerontlogical Evaluation Study,愛知老年学的評価研究)プロジェクトにより収集された,高齢者3万2891人の調査結果である。心理社会的要因や健康状態に関する膨大な調査データを検討することにより,日本人高齢者の身体・心理・社会的な実態,社会疫学的に重要な因子の抽出とそれら因子間の関連,地域差との関連の明確化が試みられている。

 例えば「低所得層ほどうつ状態の者の割合が高い」「低所得層ほど要介護高齢者の割合が高い」といった調査研究結果から,社会経済的地位による「健康格差」は最大7倍に達するという結論を述べている。本書の中で示している例は衝撃的内容であり,今日の医療制度,すなわち,国民皆保険,ユニバーサルアクセスによって,日本は世界一の健康,健康の平等が保たれてきたという説明が,根底から覆されつつある。

 本書の内容はすでに医学書院の雑誌『公衆衛生』に連載されていたが,このような学問分野横断的な試みは,既存の学問領域での評価が難しい。改めて日本からの社会疫学調査として英文学術誌に投稿し,外国研究者の評価を得たい労作である。
日本が健康格差社会であると膨大な調査データを元に断定
書評者: 大谷 藤郎 (国際医療福祉大総長)
 本書タイトルは『検証「健康格差社会」』。例えば,所得が最低群の男性においては,最高群に比べ「うつ状態」が6.9倍も多い。所得が低ければ,うつ状態が増える。観念でわかっても,実際の数字を示されると,違いの大きさに驚かされる。日本の現状が「健康格差社会」であるのか。それに及ぼす社会経済因子の格差はどうか。これら因子間の相互関係はどうか。膨大な調査結果のデータに問いかけ,検証して,健康格差社会と断定した。

 本書は,高齢者対象の大規模な(対象者3万2891人)調査報告書。日本の高齢者の実態を,介護予防で注目される,うつ,口腔ケア・低栄養・転倒歴や生活習慣,閉じこもり,それらの背景にある不眠,趣味,虐待,世帯構成,地域組織への参加や社会的サポート,就労,さらに多くの領域で関心を集めるソーシャル・キャピタルまで,各項目を多面的に描き出し,さらにこれらの因子と,所得・教育年数という社会経済的因子との関連,地域差に着目して分析結果をまとめたもの。

 本書の編者近藤克則氏は,既に『健康格差社会―何が心と健康を蝕むのか』(医学書院,2005)で海外や日本での健康格差の研究・政策動向を理論的に紹介している。理論と日本の調査実態,両書の内容は違うがねらいは共通で,ペアで併せて読まれるべきと思う。現代社会は複雑多面的である。その中に細かいさまざまな因子がある。それらを統計的に積み上げ,分析され,健康格差社会と結論されたのはすばらしい。評者は,それは社会と健康との相互作用と同義ではないかと考える。

 私は医学も公衆衛生も広義の社会医学の立場に立つべきと考える者,戦後日本の社会医学の原点は,戦前1923年の関東大震災の頃に創設された東大社医研。創設者の一人,医学部学生の曽田長宗(1902―1984,後の医務局長,公衆衛生院長)は,『医療の社会化1926』で,「発病を促す社会的要因を明らかにするとともに,国民の健康状態が社会生活に及ぼす影響を明らかにする」と社会医学の原理を説いた。矛盾をあかして社会をよくし,人間の幸せを願う。80年経つ間に,時代は激動したが,その原理は変わらない。「健康格差社会」を訴える2書はこの原理継承と私には映る。

 WHOのプライマリヘルスケアの原典,アルマアタ宣言1978は,健康は基本的人権であり,各国各地域の社会目標である(第I章)。健康の格差は政治的,社会的,経済的に容認できない(第II章)と明言している。WHOだけが突出しているのでなく,政治的に成熟した欧米各国においては,基本的人権に関わる項目について格差の見直しを行っている。

 わが国では1970年代後半以降現在まで,バブル経済,バブル崩壊の中で,「総中流社会で平等」との幻想に浮かれて,一部の指導者は日本では格差はなくなったと言い放った。資本主義社会は競争原理が働き活性化はするが,一方格差は必ず宿弊として残る。政治的,社会的,経済的に格差解消の努力を続けなければ,勝者と敗者の差は一層極端になり,いずれ社会は大混乱する。それを予防する施策を講じるのは民主主義政治の常識と思うが。
疫学の知識を深め視野を広げるために
書評者: 中山 健夫 (京大大学院教授・健康情報学)
 近年,公衆衛生,疫学の世界で,社会疫学(Social Epidemiology)への関心が急速に高まっている。日本国内でも,ここ数年,ハーバード大学のKawachi Ichiro教授,ロンドン大学のMichael Marmot教授など,この領域の世界的指導者が数回に渡って来日されている。「格差社会」という言葉は既に日常用語になってしまったが,この問題にいち早く科学的に切り込んだのが,この社会疫学であった。このたび,近藤克則教授による『検証「健康格差社会」 介護予防に向けた社会疫学的大規模調査』を拝読し,国内における社会疫学の発展が,予想した以上に早く,そして期待以上に大きな形で具体化しつつあることに,驚嘆と感慨を覚えた次第である。

 本書の内容は,近藤教授と日本福祉大学を中心として進められている大規模疫学研究“AGES(Aichi Gerontological Evaluation Study)”の一部である。2003年度に3県15自治体で収集された高齢者3万2891人の心理社会的要因や健康状態に関する膨大なデータの横断的検討により,

1)日本の高齢者の身体・心理・社会的な実態を示すこと
2)社会疫学的に重要な因子の分布を既述すること
3)それらの因子間の関連を示すこと
4)それらの所見に地域差がどの程度見られるかを明らかにすること
が試みられている。

 各章で「主観的健康観と抑うつ」「生活習慣・転倒歴」「歯・口腔・栄養状態」「不眠」「ストレス対処能力」「趣味活動」「閉じこもり」「虐待」「家族生活」「地域組織への参加」「社会的サポート」「就業状態・経済的不安」「ソーシャル・キャピタル」「介護予防」など,きわめて幅広い視点から分析と解説がなされており,いずれも読み応え十分である。社会経済的地位による「健康格差」は最大7倍に達するという驚くべき知見を,今日の政策決定者が,事実をして語られた警鐘として,真剣に耳を傾けるよう願いたい。

 本書の特筆すべき点は多くあるが,その一つとして,充実したコラムがある。「一般線形モデルとは?」「ソーシャル・キャピタルの定義と測定」「a compositional explanation & a contextual explanation」「マルチレベル分析」「4つの錯誤(fallacy)」など14のコラムは,疫学の基本的知識を持つ読者が,知識をさらに深め,視野を広げていくのに大いに役立つに違いない。また本書の編集に際し,各章を投稿論文に准じて,外部研究者の査読に委ねた近藤教授の見識に敬意を表したい。私も微力ながらお手伝いさせていただいたが,多くの協力者が,この取り組みに研究者としての誠実さを感じたことと推測している。

 本研究は,横断的検討をさらに充実させ,各課題が原著論文として完成されていくであろう。現在進行中とされている追跡研究の成果も大いに待たれる。長期にわたる,辛抱強く着実な取り組みだけが,それらの大きな成果を生み出していく。近藤教授,そしてこの研究グループの方々であれば,それを必ず成し遂げていかれるものと信じている。
 私自身,貴重な勉強の機会をいただいたことに感謝しつつ,本書を公衆衛生学関係者,疫学者,そして「格差」問題に関心を持つ多くの方々に,必読書として推薦させていただくものである。

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