ピック病
二人のアウグスト

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アルツハイマー病とならんで今世紀もっとも注目されるピック病をテーマに、二人の精神医学者がその正体に迫った。他疾患の鑑別から症例について論じる迫真のトーク。多数のコラムを通じて、若き医学者にピック病の理解を促す。
*「神経心理学コレクション」は株式会社医学書院の登録商標です。
シリーズ 神経心理学コレクション
松下 正明 / 田邉 敬貴
シリーズ編集 山鳥 重 / 彦坂 興秀 / 河村 満 / 田邉 敬貴
発行 2008年11月判型:A5頁:300
ISBN 978-4-260-00635-4
定価 3,850円 (本体3,500円+税)
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 若年性認知症(かつては初老期認知症と言っていた)が,最近,マスコミ等で取り上げられるようになった。若くして認知症になった人への長期にわたるケアや治療に関わる家族や関係者の苦労や苦悩がその話題の中心にあり,若年性認知症はある意味では社会問題としても論じられている。それに後押しされてか,国や厚生労働省もやっと重い腰をあげ,まずは若年性認知症の疫学調査を始めるというニュースが伝わってきている。
 医学的にいえば,若年性認知症はアルツハイマー病とピック病をその二大疾患としているが,アルツハイマー病は老年期発症の老年認知症と合体してアルツハイマー型認知症(あるいはアルツハイマー病の名で)と一括されるようになり,その考え方の変化によって,一般社会では,若年性認知症は,アルツハイマー病を除外し,若年期に発症する特異な認知症としてのピック病を主体とするようになってきた。その見方には異論があるけれども,ピック病やアルツハイマー病を専門として40年以上臨床や研究にたずさわってきたものとしては,若年性認知症,とくにピック病が脚光を浴びるようになってきたことは喜ばしいかぎりである。
 しかし,専門の世界では,ピック病という病名や概念(あるいは若年性認知症という概念)は以前ほど注目されず,むしろ前頭側頭型認知症のひとつの亜型として存在するにすぎなくなっている。本文でも述べているが,ピック病の解説項目で,「かつて用いられた病名で現在は使われていない」という文言すらみられるようになっている。
 本対談は,ピック病の疾患単位としての意義を重視し,ピック病という病名はアルツハイマー病とともに,永続的に残さねばならないという主張で一致している田邉敬貴先生と私の間で,2005年11月25日から泊まりをはさんで2日間,医学書院内で行われた。本書は,その対談の記録を主体とし,それにその後のふたりの会話から思い出したものを加え,さらに,松下の講演録と今や読むことができなくなった2つの論文を付け加えることによってなっている。
 対談やその後の経緯については,あとがきで詳しく述べるが,その対談の記録を整理している最中に,田邉先生の急逝に遭遇することになってしまった。呆然とした時期を乗り越えてやっと一書をなすことができたが,本書の全体にも関わることであると思い,対談の序章として,2006年9月16日に松山市で開催された「田邉敬貴教授 愛媛大学就任10周年記念会」に招かれて行った特別講演の記録を掲載することにした。対談を主体とした書物の性格上,対談の初めに長い序章がくるのはいささか異例ではある。しかしピック病概念の議論上欠かすことのできないアルツハイマー病については対談ではほとんど触れなかったが,若年性認知症の二大疾患のひとつであるアルツハイマー病についてもピック病との関連で述べておく必要があるという理由のほかに,田邉先生との交流のなかで生まれたことはすべて記録に残しておきたいという願いがあってのことである。対談中に出てくるフロイトの『失語症論』の話題もそうであった。
 田邉先生との対談であるとともに,松下による田邉敬貴追悼という意もあって作られた書であることについては読者の寛恕を請わねばならない。

 2008年10月
 松下正明

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序章 二人のアウグスト─疾患概念が崩壊するとき
第I章 ピック病との出会い
第II章 ピック病の症候学
第III章 ピック病の診断と誤診
第IV章 ピック病とプレコックス感(Praecoxgefühl)
第V章 ピック病と統合失調症
第VI章 精神医学,神経学を学ぶこと
第VII章 失語症を知ること
第VIII章 ウェルニッケのこと
第IX章 フロイトの失語症論
第X章 ピック病と創造性
第XI章 ピック病と社会
第XII章 ピック病の位置づけ─前頭側頭型認知症との関係

文献
附録1 ピック病における記憶障害
附録2 大成潔─その生涯と業績

あとがき
索引

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臨床に対するくめども尽きぬ愛着があふれる対談
書評者: 兼本 浩祐 (愛知医大教授・精神科学)
 眼前に酒とさかなが目に浮かぶような何とも楽しそうな対談集である。臨床に対するくめども尽きない愛着がなければこのような対談とはなるまい。

 二人のアウグストというのは随分としゃれた題名だと思う。ピック病とアルツハイマー病というわれわれが精神科で出会う2大認知症の第一報告例が,いずれもアウグステとアウグストという同じ名前を持つ男女のペアであるなどというのは何という歴史の偶然であろうか。

 ピック病を知り尽くした田邉先生と医学史的な陰影をそこに添える松下先生の掛け合いが,本書に深い余韻を生んでいる。ピック病という1つの疾患をめぐる議論をお二人と共にすることで,精神科医がある1つの臨床像を本当の意味で学んでいくということの奥行きの深さを,われわれはこの対談を通して教えられる。

 松下先生も触れられているように本書は半ば田邉先生の遺稿という意味も担うことになった。私が田邉先生と最初にご一緒したのは,大橋博司先生の失語症の症例検討会でのことであった。気さくさと率直さ,これと信じた人(当時は大橋先生)への一直線な姿勢が先生からは感じられ,ともかくも自分の学問のためにはどこへでも真っすぐに通って来られる様子がとても印象的であった。

 田邉先生は直言の人でもあったと私は思う。しかし時に辛辣な内容の意見を直言されているにもかかわらず,その私心のなさと立ち居振る舞い全体が醸し出すユーモアのために,田邉先生に本気で怒っている人を私はあまり見かけたことがない。語義失語を通じてのピック病の診断など,本書にも随所に田邉先生が自らの体験の中から取り出された「田邉節」とでも表現すべきであろう言い回しが見受けられる。松下先生の絶妙の受けが,まるで田邉先生が本当にそこで話されているかのような雰囲気を本書に与えている。一読してさまざまに臨床の味わいを深める一冊であることは間違いない。

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