精神神経症候群を読み解く
精神科学と神経学のアートとサイエンス

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精神科医であれば知っておきたい神経症候群、脳神経内科医であれば知っておきたい精神症候群が、症候学・発症機序だけでなく、歴史的背景、概念の変遷なども含めて詳しく解説されている、読み応えのある1冊。世界的に著名な神経学者Bogousslavsky編集の2分冊の原書を1冊にまとめた翻訳書。DSM-5には登場しない、伝統的な神経学と精神科学の間に位置する「まれな疾患」を、新たな視点で取り上げている。
監訳 吉野 相英
高橋 和久 / 竹下 昇吾 / 立澤 賢孝
発行 2020年06月判型:B5頁:256
ISBN 978-4-260-04232-1
定価 8,800円 (本体8,000円+税)

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訳者まえがき(吉野相英)/はじめに(Julien Bogousslavsky)

訳者まえがき

 本書は2018年にKarger AGから出版されたNeurologic-Psychiatric Syndromes in Focus Parts I and IIの全訳である.編者のBogousslavskyは現代を代表する神経学者のひとりであり,スイス・ローザンヌ大学に脳卒中レジストリを構築し,膨大な知見を公表しただけでなく,器質性脳疾患に由来する精神症状にも造詣が深いことで世界的に知られている.
 原著は精神科医が知っておくべき神経症候群,脳神経内科医が知っておくべき精神症候群の2部構成となっているが,精神神経科医であれば,食指を動かされるにちがいない症候群が満載されている.具体的には,第1部では右半球症候群,Klüver-Bucy症候群,Diogenes症候群をはじめとする精神科と脳神経内科の境界領域に位置し,さまざまな精神症状を呈する神経症候群が,第2部ではGanser症候群,妄想性誤認症候群,文化結合症候群など,精神医学史をひも解けば必ず登場する精神症候群が紹介されている.
 「精神神経学」という名称は最近ではあまり使われなくなったが,本書が目指しているのは,精神の抜けた神経学と身体の抜けた精神科学からの脱却と,精神科学と神経学の再統合ともいえるだろう.したがって,本書では便宜上,神経症候群と精神症候群に分けられてはいるものの,この区分はあまり意味をなさない.
 各章の執筆を担当しているのは精神症状に関心をもつ神経科学や認知科学領域の専門家であり,精神症状を神経学的に解釈しようと試みている点はいままでになかった切り口といえる.各症候群の症候学や発症機序だけでなく,歴史的背景や概念の変遷についても詳しく解説されていて,かなりの読みごたえがある.また,憑依,グロソラリア,ダンシング・マニアなど,ヨーロッパにおける精神医学前史を垣間みることもできる.
 2013年にDSMが改訂され,DSM-5となった.この新たな診断基準によって精神科診療の均てん化は進んだのかもしれないが,その一方で本書に登場するような,まれな症候群は切り捨てられてしまった.DSM-5ではGanser 症候群,共有精神病性障害,憑依トランスなど,多くの名称が消えている.精神疾患の生物学的研究の進歩がまさに契機となって,Ganser症候群は「仮性認知症の一種」とか,Cotard症候群は「死んでいるという妄想」とか,精神症候学の矮小化・単純化が進んでいるような気がしてならない.
 DSM-5で教育を受けている精神科専攻医にとっては本書に登場する症候群はおそらく馴染みのないものばかりで,かなりのインパクトがあるにちがいない.明日の臨床精神神経学を担う若き医師によって本書が活用されればと思う.最後に,本書出版にあたりご尽力いただいた医学書院の諸氏に深謝したい.

 2020年5月
 訳者を代表して
 吉野相英


はじめに

 19世紀後半から20世紀前半にかけて,神経学と精神科学は別々の医学分野へと袂を分かった.とはいえ,この2つの領域には臨床研究の再活性化につながるかなりの重複があり,その多くは以前から関連性があると考えられていた.局在性脳損傷や神経変性疾患では顕著な情動変化や行動変化を示すことが多く,現在では脳神経内科医も気分や行動に関心をもつようになった.一方,精神科医も脳そのものや脳と精神状態の相互作用に改めて関心を深めている.20世紀後半を通じて「精神神経学」が廃れていく一方で,脳損傷に伴う機能変化や精神症状と相関する脳活動に関する新たな取り組みによってこの領域が現代的に再定義される可能性があり,特筆に値する.
 本書で取りあげる精神神経症候群は伝統的な神経学と精神科学のあいだに広がる無人の緩衝地帯に位置していて,まれであると解説されていることが多く,あまり知られていない.本書の目標は,実際の有病率が文献が示しているそれよりも高い可能性のある「まれな症候群」を新たに見直すことにある.そうした症候群の一部は1世紀以上もまえに報告されていて,その発見者の名前(Ganser, Capgras, Clérambault, Cotardなど)や神話や架空の人物の名前(ディオゲネス,オセロ,不思議の国のアリスなど)で知られていることが多い.各症候群のかなり興味深い歴史とその変遷にも触れながら,時代を超えたその全体像の詳細を明らかにしようと思う.本書では代表的な臨床症候群に焦点を当てているが,最近のレビューで必ず取りあげられるかなりよくみられる症状(作話など)や,本書で取りあげている妄想症候群に比べると具体的な情報に乏しい特殊な妄想(寄生虫妄想)は取りあげていない.

 Julien Bogousslavsky

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訳者まえがき

はじめに

第1部 神経症候群
 第1章 右半球症候群
 第2章 幻影感覚,余剰幻肢,切断欲求
 第3章 片麻痺憎悪
 第4章 保続:Pali現象とEcho現象
 第5章 病的あくびと病的泣き笑い
 第6章 破局反応と情動調節障害
 第7章 脳損傷と嗜癖・強迫症状
 第8章 神経疾患にみられる性行動亢進
 第9章 Klüver-Bucy症候群
 第10章 Diogenes症候群
 第11章 Meige症候群とBrueghel症候群:表裏一体の症候群
 第12章 レム睡眠行動障害
 第13章 Charles Bonnet症候群と自己像幻視

第2部 精神症候群
 第1章 Ganser症候群
 第2章 Cotard症候群
 第3章 Capgras症候群と妄想性誤認症候群
 第4章 Clérambault症候群,Othello症候群,Folie à Deux
 第5章 擬娩症候群
 第6章 憑依とパラノーマル体験
 第7章 変換症,作為症,詐病
 第8章 Munchausen症候群と作為症スペクトラム
 第9章 カンプトコルミア
 第10章 グロソラリアと失語:似て非なる世界
 第11章 暴力
 第12章 過剰驚愕を呈する文化結合症候群
 第13章 ダンシング・マニア:社会現象としての心因性疾患
 第14章 不思議の国のアリス症候群

索引

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「人の本来ある姿を探る」稀有な医学書
書評者: 河村 満 (奥沢病院名誉院長/昭和大名誉教授・脳神経内科)
 大学勤務から一般病院での診療中心の生活に変わり,以前には気付かなかったことの重要性を感じることができるようになった。脳神経内科医としてスタートした40数年前には,私たちの診療科がどのように独立性を主張することができるのかが大きな問題点であった。しかし,それはたぶん日本中どこでもクリアできたように感じる。一方現在,脳神経内科医が増えて地域の病院で診療をする時の問題点は二つあると思う。一つは脳神経内科医が一般内科の知識・技術などのスキルをもっとアップさせる必要があるということであるが,こちらは日本神経学会や日本神経治療学会などでさまざまな対応がなされつつある。第二の問題は脳神経内科との,一般内科とは対極にあるもう一つの境界領域である精神科の知識を増やし,診療技術を獲得する必要があるということである。

 このためにも,非常に推薦できる本が出版された。
 防衛医大精神科学吉野相英先生監訳の『精神神経症候群を読み解く―精神科学と神経学のアートとサイエンス』である。原本は,2018年にKarger社から2冊の本として『Neurologic-Psychiatric Syndromes in Focus』というタイトルで出版された。原本監修のBogousslavskyは脳神経内科医で,もともと脳卒中の神経症候学と臨床神経心理学に詳しく,最近では神経学の歴史に関する多くの著作がある。翻訳では2冊の原本を前半と後半とに分け1冊の合本として出版された。そのために英文原本2冊を購入する場合よりだいぶ格安になっている。

 内容は第1部が神経症候群で,相貌失認,過剰書字,病的あくびなどの神経学・神経心理学的症候で,脳神経内科診療の中で時々遭遇する,しかし不思議な症候が満載である。第2部が精神症候群で,的外れ応答を際立った特徴とするGanser症候群,「自分は死んでいる」というCotard症候群などが含まれている。これらの多くは医療関係者であっても初めて聴く症候かもしれない。私自身もグルメ症候群,切断欲求などの存在はこの本を読んで初めて知った。さらに,宗教への傾倒やヒステリーについての記載もあり,医学書としてはかなり挑戦的な内容が含まれている。ちなみに,この本の最後は「不思議の国のアリス症候群」という,有名文学作品からつけられた症候で終わっている。これら症候の歴史的な観点からの詳細な記述に加えて,最新の脳科学的分析が,どちらも対等に大切なものとして記載されているのがこの本の大きな特徴である。図も豊富に掲載されていて楽しめる。本の装丁もセンスが良い。

 この本は,“人の本来ある姿を神経学・精神医学から探るための本”ともいえると思う。もともと医学は“人の病を治し”,“人を癒し”,さらに“人の本来ある姿を探る”学問領域である。“人の病を治す”ための医学書は多く,脳神経内科や精神科領域の本では“人を癒す”ための本も時々見かける。しかし,“人の本来ある姿を探る”本は医学書ではあまり見かけない。本書はこのことに役に立つ稀有な本であると考える。
さまざまな症候群を最新の技術と知見で読み解く
書評者: 池田 学 (阪大大学院教授・精神医学)
 本書の編者であるJulien Bogousslavsky先生は,著名な神経学者であり神経症候学の歴史にも精通しておられる。また,私の師匠である故田邉敬貴愛媛大教授のローザンヌ大留学時代からの友人であり,当時から神経精神医学分野に大変造詣が深いことで知られていた。

 周知の通り,精神医学と神経学が完全に分かれたのは比較的最近であり,わが国で日本臨床神経学会が設立されたのは1960年である。そもそも,日本精神神経学会は,1902年設立当時は「日本神經學會」であり(1935年に日本精神神經學會に改称),学会誌である精神神経学雑誌は「神經學雑誌」という名称であった。精神分析学の祖であるSigmunt Freudはウイーンでは神経細胞や失語症を研究していたが,パリの神経学の父Jean-Martin Charcotのもとに留学してからヒステリーの研究と治療法開発に邁進したことはよく知られている。また,本書で詳述されている否定妄想を中心とするCotard症候群を報告したフランスの精神科医Jules CotardもCharcotに師事している。

 学問の進歩と専門性の確立によって,精神医学と神経学が臨床医学として完全に分離独立した歴史は必然であったかもしれないが,高次脳機能にアプローチする脳科学の視点に立てば,(私見であるが)もっとも興味深く重要な症状は,両者の交差するあたりに集中しているように思われる。例えば,本書で解説されているCapgras症候群をはじめとする妄想性誤認症候群は,主に統合失調症を含む精神病圏の疾患で報告されてきたが,最近ではLewy小体型認知症などで活発に議論が進んでいる。また,相貌認知の研究から提唱された二重経路モデルなどさまざまなモデルで発症メカニズムの説明が試みられるようになり,神経基盤としては右半球(側頭葉と前頭葉)が注目されている。Diogenes症候群は,ゴミ屋敷症候群とも呼ばれ,ゴミだらけの不潔極まりない住まいに暮らし,異常なまでにゴミをため込みながら,自覚を欠く症候群で,一部のソーシャルワーカーや精神科医に注目されてきたものの,最近は単身高齢者が急増し,一般的な住宅街でゴミ屋敷に遭遇することもまれではなくなっている。主に若年患者を対象にしているとはいえDSM-5に「ためこみ症」が新たに登場したこともあり,あらためて注目を集め始めている。高齢の場合は認知症(前頭側頭型認知症やアルツハイマー病)を伴うことも多いが,原発性(該当する精神疾患も神経疾患もない)の場合も多く,なお多角的な検討(心理・社会・生物学的アプローチ)が必要と思われる。

 本書が扱っている領域は,欧米ではNeuropsychiatry and Behavioral Neurologyといった名称で呼ばれており,国際学会も存在する。国内では日本神経精神医学会(川勝忍理事長)が相当する。従来から注目されてきたさまざまな症候群や症状を,現代の脳科学や神経画像の最新の技術と知見を組み合わせて,あらためて検討できる時代に入ったことを,本書が明確に示しているように思われる。吉野相英教授(防衛医大精神科学)と教室の先生方の読みやすい日本語訳と数々の美しい図版と一緒に,楽しんでいただければ幸いである。

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