2017年版の序
一昔前であれば,診察室で患者を前にして医学書を広げることは慎むべきとされていた.無知な医師と見なされ,信頼関係を損ねかねないからである.しかし今は時代が違う.医療に関する情報量はまさに膨大である.昔のように情報を記憶することよりも,診療現場で的確に関連付けられた情報を取り出す能力が医師に要求されるようになった.生半可な記憶に頼って診療することは時として危険を伴い,むしろ成書や電子媒体を適宜参照しながら適切な情報を得ることが,安全で質の高い診療に必要となっている.
薬物治療はその典型ともいえる.新規薬剤の開発と承認はとどまることを知らず,既存の有用な薬剤も淘汰されることのない現在,人間の頭脳のキャパシティをはるかに超える情報が,日々の薬物治療に必要とされている.唯一の解決策は,薬物治療に関する最新の,十分量の,適正な情報を網羅した書籍または電子媒体を,診療現場でリアルタイムに活用することである.本書はそのような要求に応えうる最良の書であると信じている.
四半世紀以上の歴史の中で,本書は年々新しい試みを取り入れながら進化し続けている.2015年に始まった購入者特典としての
電子版 は,今年も継続されている.PC,タブレット,スマートフォンのいずれでも閲覧可能で,診療現場での活用に役立つことが期待される.これに伴い別冊付録『重要薬手帳』はその役目を終えて廃止されたが,『重要処方』は電子版に収録されている.また電子版の利点を活かし,姉妹書
『今日の治療指針』 との連携を強化した.すなわち『治療薬マニュアル電子版』で検索した薬剤が,実際にどのような処方で用いられるのかを調べることができる「処方例リンク」という機能が加わった.医師,薬剤師,看護師など,それぞれの職種に応じて,処方例の参考,処方意図の理解,患者説明などに役立つことと思われる.
国内で使用可能なすべての薬剤に関する最新の情報を提供するという本書の性質上,毎年の改訂は必須である.しかし,特にこの数年その作業は膨大となっている.ご執筆にあたられた先生方と医学書院の編集担当の方々の熱意と努力,そしてご協力いただいたすべての方々に感謝したい.本書が安全で質の高い薬物治療に貢献できることを願う次第である.
2016年11月
上野文昭