看護精神あふれる論文執筆指南の書 (雑誌『看護研究』より)
書評者:佐藤 勢紀子(東北大学高等教育開発推進センター日本語研修室教授)
評者の思い込みかもしれないが,看護師といえば,患者の状態につねに細かく気を配り,その心身を癒してくれる優しくて頼りになる人たち,というイメージがある。そういう意味では,このルールブックは,論文執筆に苦悩する「患者」にとっての「看護師」のような本である。
著者の前田樹海氏は,ソニー(株)での...
看護精神あふれる論文執筆指南の書 (雑誌『看護研究』より)
書評者:佐藤 勢紀子(東北大学高等教育開発推進センター日本語研修室教授)
評者の思い込みかもしれないが,看護師といえば,患者の状態につねに細かく気を配り,その心身を癒してくれる優しくて頼りになる人たち,というイメージがある。そういう意味では,このルールブックは,論文執筆に苦悩する「患者」にとっての「看護師」のような本である。
著者の前田樹海氏は,ソニー(株)での勤務(経営管理業務)を経て,NPO法人在宅ケア協会で訪問看護の現場経験を積み,その後,看護学の学位を取得して看護大学で教鞭をとるに至ったという経歴の持ち主である。一方の江藤裕之氏も,言語学が専門であるものの看護大学での教育経験があり,看護学に関する知識と理解が深い。そのようなお二人によって書かれたこの本は,APAマニュアルに即して書かれた信頼に足る内容といい,「痒いところに手の届く」懇切丁寧な解説といい,目に優しい見やすいレイアウトといい,看護精神がすみずみまで満ちあふれた著作である。看護学の論文や報告を書く必要に迫られながら,執筆上の細かいルールの問題で壁に突き当たり,日々の忙しさの中で書く手が止まってしまっている多くの人々にとって,まさに福音であるといえよう。
本書は6つの章によって構成されている。第1章「論文執筆の心構え」では,論文とは何か,から始まって,研究者が守るべき倫理上の規範が明確に記されている。看護学に限らず,どの分野でも,研究を始めようとする人が知っておくべき内容である。
続く第2章では論文の種類と構成が,第3章では論文の執筆から投稿までの注意すべきポイントが,簡潔にわかりやすく示されている。この部分では,「知っておきたい査読のルール」という項目が,とりわけ興味深い。運悪く不採用となった場合も,落ち込む必要はないというメッセージ(136提言)は,著者から論文の書き手への力強いエールとして受け止めたい。
第4章「データの提示方法」には,看護情報学を専門とする前田氏の知見が凝縮されている。特に量的データを扱う論文の書き手には,必読の章である。
第5章,第6章の文献の引用と文献リストに関するルールは,どの研究分野でも複雑で理解しにくい点が多く,疑問が生じやすいところである。例えば,文献著者が5名の場合と6名の場合で文献初出の際の著者名の書き方が違う(203・204提言)などということは,普通はあまり教えられない。境界線を4名と5名の間に置いても別にいいではないかとも思うが,論文執筆の初心者は,このような些細な点で途方に暮れるものである。こうしてルールブックに明記してあれば,安心して書き進めることができる。また文献リストの書き方で,オンライン出典の最新の記載方法が詳細に解説されている点も,論文執筆者の大きな助けになるに違いない。
看護学はもとより,どの分野でも,研究論文を書こうとする人が本書から得るものは大きいと思われる。2人の著者の見識の高さと「看護師魂」に敬意を表したい。
(『看護研究』2013年6月号掲載)