質的研究をめぐる10のキークエスチョン サンデロウスキー論文に学ぶ
7/10

23本物の質的研究者は数を数えない?──質的研究における数の使用  ことに驚きを隠せないようで,そういった反応は見ていて面白い.「質的研究者」のレッテルを貼られることは,まさに数学ができないことを暗示しており,逆に,「量的研究者」のレッテルは必ずしも言語能力が欠如していることを意味しないという根拠のない思い込みがあるようだ.質的研究者は数が苦手であるという神話は,質的研究において,数を軽視し,十分に活用することなく,さらには,数を避けてしまう事態を招いてきた.たしかに量的研究に比べると,質的研究では数はそれほど顕著に見られない.しかし実際のところ,数は質的データには欠かせない要素であり,数を扱う能力は質的研究の質を高めるには欠かせないのだ.質的研究者が求める「意味」はある程度数に負うところがあり,それは数が意味に依存することの裏返しである(Dew, 1993).量的研究と同じく,数(例えば,人口統計学的データ,疫学データ,調査データなどの数値)は,質的研究においても,研究問題の重要性を確定したり,問題についての既知の事実を記したり,サンプルを記述したりする際に用いられる.また,統計的結果の数値などは,ミックスド・メソッドによる研究では質的データと併せて用いられる.さらに,質的研究がいかに大変で,また複雑であるかを目立たせるには,数はうってつけのレトリック的手段(言葉よりも説得力をもつ手段)(John, 1992)である.例えば,質的研究での「小さな」サンプルサイズという,いわゆる研究の限界についてあれこれと弁解する代わりに,研究者は,そういった見た目には小さなサンプルが,多くの場合,実際には「大きな」数で構成されているのを示すこともできよう.最近のことだが,私のかつての学生(Bailey, 2000)が,病棟での1つのコンピュータ患者記録システムの実施に関する17か月に及ぶエスノグラフィックな研究を終えた.その研究では,20名の情報提供者に対して文字に起こすと総計325ページにも及ぶインタビューを実施し,フィールドノーツ1,162ページ分に相当する124場面の参加観察を行ない,820ページ分のテキストに相当する記録のレビューを行なった.また,10名の研究参加者への1回限りの面接を行なう研究でも,生データだけで250ページにも達することもあった.質的研究者は数のもつ,言葉よりも説得力のある力をうまく使うことで,たとえn=1の研究でも,そこで扱われる正確なサンプルサイズとデータの量を示すことができる.

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です