医学書院の70年
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1944.08.18日本医学雑誌株式会社創立太平洋戦争末期,本土爆撃は毎日のように続いていた。東京の空にもしばしば警戒警報が鳴り響き,いつわが身に砲弾が当たるとも知れないなか,社の前身「日本医学雑誌株式会社」は産声を上げた。社員数10名,土地や建物は何ひとつ持たないスタートであった。 法人としての医学書院は物心ともにこの日,1944年8月18日をもって創業日としているが,さらに歴史をたどると創業者金原一郎の父,寅作の江戸上京にさかのぼる。 1843(天保14)年,静岡県浜松に生まれた金原寅作は1860年に上京。大工をする傍ら雨戸作りの内職などで粉骨砕身働き,貯めた貯蓄金を元手に,1875(明治8)年1月湯島に質屋を開業した。たまたま場所が東京帝国大学の近傍であったため質草に医学書が多く,利用者には医学生・医学者が多かった。医学書を扱ううち医学の知識を身に付けた寅作は書籍商も始め,本郷に「金原医籍店」を創業した。1875(明治8)年3月18日のことである。1881(明治14)年には国内で初めてドイツ医書の輸入も開始し,翌年には医学書の出版にも進出した。その土台のうえに1908(明治41)年合名会社金原商店,1925(大正15)年株式会社金原商店が設立された。 世界大戦が風雲急を告げるころ,寅作によって創業された金原商店は子供の代に受け継がれ,作輔,一郎,二郎,四郎の4兄弟が経営の衝に当たっていた。戦時立法であった国家総動員法により,政府は企業整備の一つとして,医書出版社数社に合併を指令した。 1944(昭和19)年,金原商店は書籍部が日本医書出版株式会社に雑誌部が日本医学雑誌株式会社へと二分割された。4人の兄弟は3人が日本医書出版へ移り,一郎は一人,日本医学雑誌の創業に当たることになった。すなわち右ページ:創業当時,創業社屋前にて(1940年代)Opposite page: Early group photo of founding members taken at the site of the company building (1940s).Foundation ofNihon Igaku Zasshi Ltd.70 years of igaku-shoin002

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