医学界新聞

インタビュー 森 雅紀

2020.10.19



【interview】

患者の「心の準備」に合わせたACPを

森 雅紀氏(聖隷三方原病院 緩和支持治療科)に聞く


 「人生会議」の名称で国民全体に対して周知が図られているACP(Advance Care Planning)。患者とその家族,そして医療者が人生の最終段階について繰り返し話し合いを行うことが期待される。患者の意思決定を支援するプロセスの中で,医療者に求められる役割は何か。

 『Advance Care Planningのエビデンス』(医学書院)に知見をまとめた森雅紀氏に,ACPを行う上での患者との距離の取り方について聞いた。


――ACPの概念は現在,医療者間に広く周知されているのでしょうか。

 2018年に,厚労省による「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」が改訂されて以降,ACPの共通認識が一気に広まったように感じます。

 ガイドラインが改訂されるより前から,私たちも緩和ケアチームの診療記録のプロブレム・リストの最後に,今後の治療目標や療養場所,延命・蘇生処置の意向を含むEnd of Life Discussionの項目を設けて確認するように心掛けていました。当時は,「これがACPだ」という認識はあまりなかったように思います。

 ガイドライン改訂を境に緩和ケアチームの業務自体が変化したわけではありません。しかし通常ケアの一環としてACPを実践している認識が,チーム内で共有されるようになりました。

ACPの効果的な実践にエビデンスの理解を

――米国で緩和ケアの研修を受けた森先生は,ACPの日米の違いをどう見ていますか。

 文化による差異はあれど,共通する部分もあります。私が国内で初期研修を受けていた2000年代初頭は,がんの病名や予後を本人にはっきりと伝えることは多くありませんでした。自身の詳しい病状を知らず今後の見通しのイメージが湧かない中で「自分はこれからどうなるんだろう」と涙を流す患者さんと,ベッドサイドで接したことがあります。その後に渡米した先の病院では,家族だけでなく患者さん本人にも病名や病状,今後の見通しを説明したり,適応がなければ心肺蘇生を行わないこと(Do Not Attempt Resuscitation:DNAR)について話し合ったりする形式が主流となっていることに驚きました。

 国によって患者さんへの接し方こそ違うものの,例えばがんであれば治療の早い段階から将来を見据えた医師―患者間のコミュニケーションが大切であると実感しました。

――医療者の介入によるACPの有効性を示すエビデンスも近年蓄積されています。中でも森先生が注目した代表的なエビデンスは何でしょう。

 2010年にBMJ誌で発表された,80歳以上の入院高齢者309人を対象にRCTを行った論文1)と,2019年にJAMA誌で発表された,進行がんの患者278人を対象にクラスターRCTを実施した論文2)です。

 BMJ誌の論文では,訓練を受けたファシリテーターによるACP介入群において死亡した患者では,より自身の意向に沿った治療が受けられただけでなく,家族のストレスや不安・抑うつが,対照群に比べ有意に少ないことが示されました。一方JAMA誌の論文では,話し合いの手引き等を活用しながら治療医が患者と話し合いを行うSICP(Serious Illness Care Program)介入群において,中等度から重度の不安と抑うつ症状を有する患者の割合が有意に減少したことが示されました。

――これら2報は,緩和ケア領域にどのような影響をもたらしましたか。

 BMJ誌の報告では,ACPの有効性が世界的に示されました。しかし,外部からのファシリテーターが介入するACPになじみがないため,そのままの形で日本に導入することは難しい印象を受けます。

 他方,JAMA誌での報告はがん治療に携わる臨床家が治療目標の話し合いを行いACPを進めることで効果が得られた点に注目しました。また,医療者のEnd of Life Discussionに焦点を当てたコミュニケーションスキル向上を促すSICPは,日本の臨床現場でも活用できそうです。

 この十数年,国内外でACPに関するエビデンスが蓄積されてきました。ACPの大きな流れを知り,何がどこまでわかっているのか,実臨床にどのように適用できるかの概要を把握することで,より効果的な実践につなげられるのではないでしょうか。

患者の困り事を見逃さない

――では,森先生がACPを行う際に気を付けている点を教えてください。

 患者さんが必要とする情報を患者さんの心の準備に合わせて提供することです。

――「心の準備」ですか。

 はい。日本人は欧米人に比べ,終末期や予後についてはっきりと語り合うことを好まない傾向があります。 そこで,患者さんの置かれた状況に寄り添い,その時々の患者さんの心の準備や,患者さんが大切にしていること,何をどこまで話したいか・話したくないかの意向を確認することもまた,ACPの重要な役割だと考えています。

――そのような患者さんに対し,森先生が行っているコミュニケーションの具体的な工夫は何ですか。

 例えば余命が1年未満と予想される患者さんに今後の治療方針や過ごし方の話をする場面を想定してみましょう。多いのが,予後の認識に医療者―患者間で差があると思われるケースです。この場合,患者さんの状態は2つに分けて考えられます。

 1つ目は,患者さんが今後についての話し合いを希望しているものの,予後に関して説明を受けたことがなく自身の状況に気が付いていない状態。患者さんの病状理解を確認した上で,「これから病気がどうなるかについて,どの程度お知りになりたいですか?」と聞き,具体的に知りたいという意向があれば主治医との面談を設定します。

 2つ目は,患者さんは余命が限られていると気が付いているけれどもはっきりと話し合いたい意向が表出されない状態です。ベッドサイドや外来での何気ない話の中で,患者さんが終末期に向けて既に独自の準備を始めている様子が見て取れることがあります。そこはあえて医師から予後を具体的に話す必要はないと考えています。

 もちろん病状によっては,短時間での意思決定が必要な場面や家族など近しい人々による代理意思決定が必要な場面もあります。そのような場合に備える意味でも,ACPでは日ごろから折に触れて患者さんとその家族一人ひとりの心の準備に合わせた話し合いを行っていくことが大事になります。

多職種による役割分担の上で患者の「語り」を傾聴する

――ACPでは主治医や患者さんだけでなく,多職種によるコミュニケーションも大切になりそうです。

 ええ。医療者間での役割分担と情報共有は欠かせません。たとえどんなにコミュニケーションを重ねても,患者さんには医師にしか見せない顔や,看護師だからこそ見せる顔があるからです。主治医と看護師をはじめ,緩和ケアのスタッフなどその他の医療者らが密に連携することで多面的に状況を整理しやすくなるでしょう。

 ACPを行う際の役割分担は,多忙な主治医にとっても有効です。外来等で時間が限られている場合は,ACPのきっかけ作りのコミュニケーションに的を絞ることも有用です。患者さんに病態や治療の現状と今後の見通しを説明した上で,これからの治療・ケアについて多職種の医療者で患者さんと一緒に話し合っていく旨を伝えておくと,連携する看護師や相談支援センターなども助かります。忙しい中でも,患者さんの「語り」を傾聴することが大切な場面もあります。その結果,患者さんも「一緒に考えてくれた」「聞いてもらえた」と実感できるのです。

――ACPを進める上で森先生が最も大切にしていることは何ですか。

 患者さんとその家族がそれぞれ何に困っているかを伺いつつ,どのような情報をいつ,どのように共有すると,本人にとって良い過ごし方ができるのかを多職種で話し合うことです。

 大切なのは「患者さんがいいケアを受けて,望ましい過ごし方をすること」であり,ACPはその手段の一つだと思います。エビデンスからの学びを得ながら医療者が一人ひとりに寄り添うことで,より患者さんとその家族の価値観や希望に沿ったケアが提供でき,彼らの幸せをもたらす一助となることを期待します。

(了)

参考文献
1)BMJ. 2010[PMID:20332506]
2)JAMA Intern Med. 2019[PMID:30870563]


もり・まさのり氏
2002年京大医学部卒。米ベスイスラエルメディカルセンター,テキサス大MDアンダーソンがんセンター,バーモント大にて内科,緩和ケア,血液・腫瘍内科の研鑽を積む。11年聖隷浜松病院緩和医療科を経て,16年より現職。緩和医療専門医。近著に『緩和ケアレジデントの鉄則』『Advance Care Planningのエビデンス』(いずれも医学書院)。

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