医学界新聞

患者や医療者のFAQに,その領域のエキスパートが答えます

寄稿 稲光 毅

2020.09.07



【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
Withコロナ時代の乳幼児健診

【今回の回答者】稲光 毅(いなみつこどもクリニック 院長)


 近年,子どもたちが置かれる環境は大きく変化しています。大人の生活の多様化に伴い,子育てにかかわる問題も多様化し,地域,行政,医療からの柔軟な支援が求められています。

 加えて,今年に入り全国に広がった新型コロナウイルス感染症は,子育てにも影響を及ぼしています。感染拡大の長期化で外出や外食などが制限され,子どもたちにも三密を避けるなどさまざまな制約が求められています。「Stay Home」は響きの良い言葉ですが,大人も子どもも外に出てストレスを解消する機会が減ることで,精神的・身体的な不調を来したり,家庭内でのトラブルや虐待が増加したりすることが懸念されています。乳幼児健診は,成長・発達の評価,疾病のスクリーニングとともに地域,行政,医療につながる子育て支援の入り口としての重要性が高まっています1,2)

 新型コロナウイルス感染症は私たち全員にとって初めての経験であり,不安や心配事を抱えていることは容易に想像されます。コロナ禍の今,乳幼児健診の重要性と今後の在り方について考えたいと思います。


■FAQ1

新型コロナウイルス感染症の予防の観点から,従来行われていた集団健診ができず,個別健診の実施に移行している地域があります。個別健診を行う際に健診医が注意すべき点は何ですか。

 感染拡大が長期化する中,それまで保健所で実施されていた集団健診の再開が困難な状況にあります。しかし,全ての子育て家庭が受けることができる乳幼児健診の機会は,コロナ禍の今こそ保障されなければなりません。

 母子保健法で定められている乳幼児健診は1歳6か月児健診と3歳児健診の2回。3~4か月児健診,6~7か月児健診,5歳児健診などは地方自治体の努力で実施されています。乳幼児健診には,かかりつけ医による個別健診と,保健所で行う集団健診があります。

 かかりつけ医による個別健診の長所は,子どもも家族も日頃から診てもらっている気心の知れた医師やスタッフが診るため,安心して健診を受けることができ,些細なことでも相談しやすい環境にある点です。日本小児科医会では,乳幼児健診は家庭環境まで把握しているかかりつけ医で行なわれるべきと考えています。

 個別健診では,子どもの年齢に合わせた成長発達の評価,疾患のスクリーニングだけでなく,家族の心配事にも耳を傾け,育児に関する不安を解消できるよう努めましょう。

 一方,保健所で行う集団健診では,何か問題があった場合に家庭訪問など,以後の支援につなぎやすいという利点があります。法律で定められた健診は本来,行政の保健事業の一環であり,必要に応じて家庭訪問をしたり,地域に用意されている行政サービスにつないだりするところまでがその役割です(3)

 乳幼児健診の事後措置フローチャート(『乳幼児健診マニュアル 第6版』P.3より改変)(クリックで拡大)

 もちろん,かかりつけ医で個別健診を実施した場合も集団健診と同様に,必要に応じて保健所や「子育て世代包括支援センター」と情報を共有し,以後の支援につなぐことが望まれます。

 感染拡大が長期化する中,集団健診の再開は困難な状況にありますが,国の第2次補正予算に自治体への個別健診の経費負担に関する軽減事業が組み込まれました。健診が実施できていない自治体では地域の医師会などと協議の上,個別健診による乳幼児健診を早急に再開することが求められます。

Answer…コロナ禍で個別健診の実施が進められている。日頃から家庭環境まで把握しているかかりつけ医が健診を担うメリットを生かし,新型コロナウイルス感染症の影響で生じた育児の不安や悩みに耳を傾けたい。

■FAQ2

新型コロナウイルス感染症の収束が今なお見通せない中,乳幼児健診の現場で聞かれる不安の声に対し,どのような対応が必要でしょうか。

 国内で新型コロナウイルス感染症の流行が始まり半年が経過し,適切な受け止めが次第に浸透しつつあると言えます。それでも,集団生活の感染リスクや子どものマスク着用の判断など不安は尽きません。

 保育園や幼稚園,学校においては,身近に感染者がいない限り子どもが新型コロナウイルス感染症を発症するリスクはまずありません。マスクの使用についても日本小児科学会や日本小児科医会から,特に2歳未満では危険であることが示されています。子どもの感染に不安を抱く保護者にはこの時期,熱中症を避けるために屋外でのマスクの使用は子どもの年齢にかかわらず必要最小限に留めるべきと伝えましょう。

 新型コロナウイルスの感染が心配で,予防接種を先延ばしにすべきか悩む保護者もいるようです。乳幼児,小児にとっては,予防接種によって防ぐことのできる疾患のほうが新型コロナウイルス感染症に比べ,感染した場合の重症化するリスクが高いので,標準的な実施時期での接種が勧められます。乳幼児健診や予防接種を実施するに当たって医療機関では,時間的,あるいは空間的な分離をするなど適切な感染対策を行うことが求められます。

 今や,わからないことがあれば誰でもすぐにネットで調べられます。しかし,玉石混交の医療情報が溢れる中から自分の子どもに合う情報がどれかを正確に判断するのは容易ではありません。それに,思い込みで検索を続けることで不安を一層募らせてしまうこともあるでしょう。健診の場,特に個別健診ではかかりつけ医の利点を生かし,子育て家庭の不安や疑問に寄り添った支援を行いましょう。

Answer…予防接種は標準的な実施時期での接種が勧められる。新型コロナウイルス感染症への不安から,ネットで得た不確かな情報によって不安をさらに増幅させてしまう保護者もいる。健診の機会を,正確な情報提供の場として生かしたい。

■FAQ3

新型コロナウイルス感染症の流行で地域ごとにさまざまな健診の在り方が模索されています。乳幼児健診の標準化に向けて,どのような取り組みが求められますか。

 乳幼児健診では,集団健診はもとより個別健診や公費・私費による健診など,その方式にかかわらず一定の健診票が必要です。健診票の作成に当たっては小児科医を中心とした地域医師会が行政と協力し,主体性を持って取り組むことが望まれます。健診票を用いることによって健診の標準化,健診レベルの向上を図ることができます。また,健診は健診時点での成長発達を評価して疾患をスクリーニングすることに加え,事後措置,すなわち健診以後,次の健診までの育児支援の在り方を評価する場です。個別健診の場合はかかりつけ医から保健所へ,集団健診の場合は保健所からかかりつけ医に情報提供するなどして,その評価を共有するのが理想的です3)

 当院の位置する福岡市では新型コロナウイルス感染症の流行に伴い,集団健診によって行われていた4か月児健診と1歳6か月児健診を,それぞれ5月,7月から個別健診として実施しています。4か月児健診が個別健診に移行するに当たり,当院も所属する福岡市西区小児科医会では保健所と協議を行い,保護者の気分的落ち込みや育児不安について重点的に情報共有を行うことを確認しました。さらに,1歳6か月児健診については,言葉の発達の評価と事後観察などに関して福岡地区小児科医会と福岡市との間で検討会を行い,個別健診に移行した後も保健所における心理面接などの行政サービスへのアクセスを有効に活用できるように努めています。

Answer…個別健診でも共通の健診票を用い,標準化とレベルの向上を図らなければならない。新型コロナウイルス感染症の影響に伴い,実施方法について柔軟に対応するとともに,小児科医を中心に地域医師会が行政と協力し,標準化された評価の実施が求められる。

■もう一言

 新型コロナウイルス感染症の影響が児童虐待増加の一因となる可能性がある点にも留意が必要です。近年報道が相次ぐ児童虐待は,特別な背景のある親子に限った問題ではなく,家族を取り巻く社会的・身体的なネガティブな要因からどの親子にも起こり得ると考えられるようになっています。新型コロナウイルス感染症に対する保護者の不安や生活の不安定化などが要因となる可能性があり,虐待を防ぐには,リスクの高いケースだけでなく,全ての親子に目を向け広く子育てを支えていくことが必要です。

 乳幼児健診では,健診を受けることでお子さんはもちろん,家族も心や体の健康状態についてチェックを受けられる貴重な機会です。心配事を気軽に相談してもらい,ストレスを抱え込まないことが,家族が心身共に健康な生活を継続的に送ることにつながります。健診を担う医療者には,家族に元気になってもらえるような健診をめざしてほしいと思います。

参考文献
1)五十嵐隆,他.座談会:わが国の乳幼児健診の現状と課題.日医師会誌.2020;149(4):669-81.
2)稲光毅.乳幼児健診での子どもの虐待への気付きと支援.日医師会誌.2020;149(4):697-700.
3)福岡地区小児科医会 乳幼児保健委員会.乳幼児健診マニュアル 第6版.医学書院;2019.


いなみつ・たけし氏
1984年九大医学部卒,91年九大大学院修了。国立別府病院(当時),浜の町病院,九大病院に勤務後,98年からカナダ・トロント小児病院に研究員として留学。帰国後,九大病院,佐賀県立病院好生館(当時)を経て2004年に福岡市内にて開業。現在第6版となる福岡地区小児科医会編『乳幼児健診マニュアル』(医学書院)の編集責任者を第5版から担当する。

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