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第3379号 2020年7月13日


Medical Library 書評・新刊案内


WHOをゆく
感染症との闘いを超えて

尾身 茂 著

《評者》井戸田 一朗(しらかば診療所院長)

国際保健のレジェンドと私,そして生涯初のバズり体験

 私は,現在は一介の開業医ですが,2003~05年にWHO南太平洋事務所にて,結核対策専門官として南太平洋15か国における結核感染症対策に携わる機会がありました。赴任前の2002年10月,当時WHO西太平洋地域事務局(WPRO)の事務局長だった尾身茂先生の面接を受けました。ちなみに私をWHOに誘ったのは,現WPRO事務局長の葛西健先生です。葛西先生は私を事務局長室に連れて行き,尾身先生を紹介してくださいました。当時の私は30歳代前半で,WHO内の右も左もわからず,国際保健業界で既にレジェンドの尾身先生を前に,カチコチに緊張しました。尾身先生は,テレビの印象とは異なり,どちらかというと親分肌の方でした。緊張でろくに返事もできない私を,葛西先生が助けてくれたのを覚えています。

 COVID-19流行による混乱のさなかにある2020年5月11日,参議院予算委員会にて国会議員の質問に対する尾身茂先生の答弁があり,優しい口調で語り掛けるように丁寧にお答えになる姿を動画で見ました。国内外の会議において雄弁で大胆にご発言をされる尾身先生を私は知っているので,「ちょっと意外……」と思いつつ見ていたところ,答弁を妨げるようなやじや,期待した内容の答弁が得られなかったことに対するいら立ちの声が上がり驚きました。

 あの尾身先生がこんなに優しくお話をされているのに,その国会議員は尾身先生がどのような方かご存じないのかと思い,尾身先生に初めてお会いしたときのエピソードをツイートしたところ,2万以上の「いいね」と1万近いリツイートがなされ,生涯初めてバズってしまいました(https://twitter.com/itochama/status/1260012057451061249)。出版社によると,このツイートの翌日には本書の在庫が尽きてしまったそうです。

 WHOで活躍した尾身先生が日本に帰国され,新型インフルエンザ,COVID-19と,わが国の感染症危機に要所要所で携わっているのは極めて幸運なことです。前述の国会議員をはじめ多くの日本人にその事実を知っていただきたいという思いでした。ここまで拡散するとは予想しませんでしたが,私が国際保健を離れてしばらく経ち,ツイッターのおかげとはいえ,WHOや国際保健とのかかわりを思い起こす機会になったことに,不思議な縁を感じます。

 2011年に出版された本書は,尾身先生の半自伝的エッセイです。青春時代の彷徨に始まり,WPRO地域のポリオ根絶に向けたゼロからのスタートと達成,SARS対策のためWHOが中国と香港に渡航延期勧告を出す際のスリリングな展開,中国政府とのあつれきを覚悟しながらも筋を通された姿勢と,これだけのスケールの危機や困難をくぐり抜けて来た日本人がどれだけいるのでしょう。リーダーたるもの,人の立場に立って考える能力が必要であり(これは私もツイートした内容),また口の堅さも重要と,ニヤリとしてしまうエピソードも紹介されています。

 パンデミック対策の主要ポイントとして,まず封じ込めを試み,発生初期のピークの到来を避けることで,社会機能を維持し死亡者を最小限に食い止めることが挙げられます。現在COVID-19対策において日本が取っている戦略は,新型インフルエンザ流行前の2008年には既に立てられており,このセオリーに基づく日本のCOVID-19対策が今のところうまく行っていることは周知の通りです。本書には,パンデミック対策の教訓が明快にまとめられていますが,「喉元過ぎれば熱さ忘れる」です。尾身先生による提言が,果たしてどの程度,その後の感染症対策の準備に活用されたのか,私たちは振り返る必要があると思います。文明と感染症の関係についての記述では,「文明が続く限り,新たな感染症を含む健康被害が発生することは不可避である」とはっきりと述べられており,私たちの生き方や哲学にまで問い掛けられています。

 2005年3月,私がWHOを退職することになり,マニラでディブリーフィングを行うことになりました。その最中に結核地域アドバイザーだったDong Il Ahn先生という韓国人の方が,「Ichiro(私の名前)はよくやってくれたから,WHOを去る前に事務局長に会ってもらう資格がある」と,多忙な尾身先生の時間を捻り出す交渉をしてくださり,尾身先生にお目に掛かりました。対面では2度目です。

 WHOで南太平洋諸国を2年間わたり歩いたことを報告すると,尾身先生は「そうか,それはお疲れさま」と,初めてお会いした時よりはくだけた調子で声を掛けてくださいました。前回に比べると私なりに自信が付いた状態でしたがそれでも緊張していて,手にしたデジカメで尾身先生との記念のツーショットをAhn先生に撮ってもらうのをすっかり忘れてしまいました。いつかまた尾身先生にお会いできる機会があれば,本書にサインをいただきたいと思っています。

A5・頁176 定価:本体2,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01427-4


学生のための医療概論 第4版

小橋 元,近藤 克則,黒田 研二,千代 豪昭 編

《評者》武田 裕子(順大教授・医学教育学)

「SDH」の視点を重視したポストコロナ時代の必読書

 新型コロナウイルスの出現により,私たちの社会はさまざまな影響を受けました。医学的には,感染症(COVID-19)の診断と治療,予防のためのワクチン開発など多くの議論がなされています。一方,今回のパンデミックは,感染症が医療・医学の専門的な閉じた世界にとどまらず,人の行動や暮らし,経済活動など社会と密接につながっていることをまざまざと映し出しました。さらに,こうした社会的な要因が,健康を大きく左右することも示されました。例えば,COVID-19の死亡率には所得や人種などにより差があることが欧米各国の統計で明らかになっています。

 こうした構造的な問題を「健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health:SDH)」といいます。「SDH」が医学教育で取り上げられるようになったのはこの数年ですが,本書は1999年に初版が出版された時から,その序に「医療を理解するためには,先端科学の進歩にのみ目を奪われてはなりません。思想や政治経済など,社会的背景を理解することが特に大切です」と述べられ,SDHの視点が一貫して取り入れられてきたことがわかります。

 本書の第1章は,医療の基本に「人権」を据え,国際人権から書き起こされています。「患者の権利」はどの教科書にも当たり前に書かれていますが,自由と平等が平和の礎であり,健康は一人ひとりの権利であることを明確に述べている医学書はほとんどありません。第2章には,医療が医学知識や技術だけで成り立っているのではないこと,最先端の医療が健康を約束するものではないことを,「SDH」の具体例と共に明快に示しています。第3章では医療の歴史から最新テクノロジー,統合医療まで未来への展望が語られています。そして第4章には,医療保険や介護保険,地域包括ケアなど,学生が無味乾燥に感じやすい制度について,当事者感覚で読み進められるように解説されています。さらに医療資源の適正な再分配や,災害医療,SDGs(持続可能な開発目標)から医療安全まで,医療者として知っておきたい内容がわかりやすく取り上げられています。

 今回刊行された第4版の序には,「10年後の医療はどのようになるのかと考え」「患者を支える社会の今後の在り方について,読者の皆さんが考える材料をできる限り提示することを心がけました」とあります。ポストコロナには,これまでの当たり前が大きく変わり,健康格差も広がるといわれています。医療をめぐる厳しい現実と今後の展開を,希望が感じられる筆致で解説する本書は,突然訪れた変化に対応する新しい視座を医療者に与えることでしょう。

 もともとは看護学生を読者の中心として出版された教科書ですが,あらゆる領域の医療系学生,さらには現役の医療者にも必読の書です。それだけでなく,一般書としても非常に刺激的で,医療に関心のある高校生には的確な入門書になっています。多くの方に手に取っていただきたい一冊です。

B5・頁296 定価:本体3,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04125-6


臨床研究の教科書
研究デザインとデータ処理のポイント 第2版

川村 孝 著

《評者》曽根 博仁(新潟大大学院教授・血液・内分泌・代謝内科学)

初心者を即戦力にするのに必要なセンスを短期間で

 そのものずばりの書名通りの本である。多くの類書に目を通すが,その中でも本書は,臨床研究をやりたいと教室の門戸を叩いてくれた若い皆さん(臨床医,メディカルスタッフ,非医療系大学新卒生などさまざま)に薦める最初の数冊のうちの一冊となっている。

 当教室にはすでに,多くのタイプやサイズの大規模臨床データベースが存在し,著者の川村孝先生も本書内で同様のことを述べられているように,「世界の臨床現場に役立つエビデンスを自ら創る」という方針の下に,院生は修士・博士にかかわらず,すぐに研究最前線に投入され,先輩院生やスタッフと同じように独立したテーマで,先行研究調査→解析計画立案→データ解析→学会発表→論文作成に取り掛かることが求められる。しかし,多くの臨床教室と同様,指導に当たる先輩院生やスタッフも,基礎から手取り足取り教えている時間的余裕は少ない。そのような状況で,初心者を即戦力にする(少なくともわれわれとある程度ディスカッションできるようにする)のに必要な,(川村先生も本書内でおっしゃる)「疫学・統計学的センス」を短期間に身につけてもらうのに最適の書である。

 改版を機に,愛読していた旧版と並べて再読してみたが,初学者のみならず,長年臨床研究に携わっている者にとっても,知識のブラッシュアップとアップデートに極めて有用とあらためて感じた。新版では,臨床研究現場ではすっかりおなじみになった「傾向(propensity)スコア」や,「メンデルのランダム化(Mendelian randomization)を含む手段変数法」「ネットワークメタアナリシス」などの記載が強化され,直観的にわかるように要領よく解説されている。全体的に,説明が簡略過ぎず詳し過ぎず,適度なのが心地よい。若い人たちに毎年繰り返し言っているポイントが,私などが言うよりはるかにうまい,絶妙な言い回しで解説されている。したがって,「まずこれを読んどいて」と安心して言えるという点で,大変助かっている本でもある。

 臨床研究,特に臨床疫学,臨床データ解析をやろうとする研究者が必要とする重要概念がカバーされており,さらに,研究を計画すると頻繁に遭遇するさまざまな事象に対して,妥当かつ適切な対処法が簡略に示してある点は,著者の長年の臨床研究教育研究者,コンサルタントとしての学識と経験の深さを伝えて余りある。そういうわけで,本書は,今後ともお薦めの書であり続けるだろう。

B5・頁286 定価:本体4,200円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04237-6


整形外科レジデントマニュアル 第2版

田中 栄 編
大島 寧,齋藤 琢,武冨 修治,廣瀬 旬,松原 全宏,森崎 裕 編集協力

《評者》山下 敏彦(札幌医大教授・整形外科学)

診療の流れに沿った思考過程を追体験できる

 本書は,わが国における最高レベルの整形外科診療・研究を展開している東大整形外科および関連施設のスタッフの執筆による,整形外科初期・後期研修医(レジデント)向けの手引書である。2014年の初版から6年ぶりに改訂され,近年の整形外科医療の進歩に即応したup-to-dateな内容となっている。

 一方,整形外科医療には,骨折・脱臼の処置,関節内注射,手術基本手技,周術期管理,インフォームドコンセントなど,昔から変わらない基本事項がある。レジデントにとっては,それらこそ最初に身につけるべきものであり,整形外科医としての基盤となるものである。本書の前半の「総論」ではこれらの基本事項が丁寧に解説されている。さらに,他書には見られない「治療法選択にあたってのガイドライン,文献の使いかた・調べかた」「カンファランスでのプレゼンテーション」「学会発表(症例報告)の意義とその方法」などもレジデントにとってはうれしい項目であろう。極めつけは,本改訂版から新たに加わった「整形外科の基本必須事項」である。ここには東大整形外科において長年にわたり語り継がれてきた心構え,べからず集が列挙されている。「治療方針に迷ったら,自分の大切な人にならどうするかを考える」「医師は『大丈夫だろう』と思っても,看護師は『何かある』と患者の変化をとらえる」「3椎体以上にまたがる椎体炎は結核性を疑う」などの箴言や教訓が散りばめられている。それは,あたかも何十年にもわたって注ぎ足されてきた老舗のタレやスープのように味わい深く,また貴重なものである。

 後半の「各論」では,脊椎・上肢・下肢疾患,腫瘍,関節炎,骨粗鬆症,ロコモティブシンドロームなど,レジデントが知っておくべき整形外科疾患について,図や写真を多用して,簡潔かつ明快に解説されている。それぞれの疾患について,「問診で確認すべきポイント」「主訴」「行うべき評価・検査」「画像診断のポイント」「治療」「予後」「患者説明と指導」と,実際の診療の流れに沿った構成になっている。その過程において,いかに著者が診断し,治療方針を立て,どのような点に気をつけながら治療を進めたか,という思考過程を読者が追体験することができる。本書の帯に,「わたしたちの頭の中お見せしまーす」というキャッチフレーズが書かれているが,まさに本書執筆陣の最高レベルの頭脳をのぞくことができ,そこから多くのことを学ぶことができる。その意味では,本書はレジデントのみならず専門医にとっても有用なマニュアルであるといえる。

 本書はスマートフォンより一回り大きい程度のまさしく携帯サイズである。今や,「携帯」は携帯電話やスマートフォンの代名詞となったが,本書もまた,診療の合間や,出張の移動中,当直室のベッドの中などあらゆる場面において,もう一つの「携帯」として活用できる価値ある一冊である。

B6変型・頁458 定価:本体4,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04157-7


病状説明
ケースで学ぶハートとスキル

天野 雅之 著

《評者》藤沼 康樹(日本医療福祉生協連合会家庭医療学開発センターセンター長)

ベテランも初学者も「スキル」として学べる

 医師は患者の診断と治療を行う仕事であると一般にはイメージされています。しかし,実は患者や家族に何らかの「説明」をすることに,医師は多くの時間を費やしています。入院時の説明,病状の説明,予後の説明,退院や転院の説明,お看取り後の説明など,実に多くの場面で「説明」をしているのです。こうした「説明」がわかりやすいタイプの医師とわかりにくい,伝わりにくいタイプの医師がいることは私の経験上も明らかです。例えば,病状説明をする時に,疾患の病態生理をまるで学生に講義するように行う医師もいれば,まず患者の様子をみて「いかがですか?」と開かれた質問を使って説明相手の感情にアプローチする医師もいます。おそらく説明する内容(コンテンツ)は医学知識に由来するものでしょうが,その語り口はほぼ個々の医師の「個性」と従来は見なされていたように思います。この個性は医師自身の生育史や価値観に相当依存したもので,ある種のバイアスに満ちています。しかも,退院や転院の説明などは,医学知識の伝達というよりは,ある種の意思決定を伝えて同意をしてもらうということですし,治療の説明は患者・家族と医療者で協働の意思決定を要するので,単なる伝達ではあり得ず,ヘルスコミュニケーションの中でも最も難しい部類に入るもので,「個性」だけに依存していると,うまくいかない場合の対処に困り,医師自らが困難事例を生み出してしまうことになりかねません。

 この『病状説明 ケースで学ぶハートとスキル』という本では,この「説明」する仕事をする専門職という視座から,患者・家族と医療者のコミュニケーション全般を再構成しようとする野心的な試みが行われています。

 現場で実践する医師ならではの,さまざまなアクチュアルなシチュエーションがケースに基づく仮想医療スタッフのディスカッションによって提示されます。読者はこのディスカッションを追うことで,自身の経験を振り返ることが可能になり,なるほどと思わせるフレームワークや,極めて具体的で「使える」フレーズなどを身につけることができます。また,この本のユニークなところは,ビジネススクールで学ぶような交渉スキルやコミュニケーションの枠組みを医療現場に落とし込んでいるところで,オリジナルで領域横断的なアプローチが新鮮です。

 この本は研修医,専攻医など発展途上の医師にとって有用であるだけでなく,オレ流で凝り固まってしまっているベテラン医師の頭を柔らかくする効果もあると確信します。

A5・頁310 定価:本体3,600円+税 医学書院
ISBN978-4-260-04170-6

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