医学界新聞

寄稿 増井 伸高

2020.04.13



【寄稿】

高齢者ER診療を好きになるコツ,教えます

増井 伸高(札幌東徳洲会病院救急センター部長)


 急速に高齢化が進み,病院の救急部門(ER)に救急搬送される患者の半数以上が65歳以上の高齢者となっています。ところが,この現状を前に,多くの研修医が高齢者ER診療に対する苦手意識を持っているのではないでしょうか。

 総務省消防庁の「令和元年版消防白書」1)によれば,今から約20年前の1998年では高齢者の救急搬送は全体の35.1%,3人に1人でした。その後の急速な高齢化に伴い,2018年になると全体の59.4%,3人に2人が高齢者となっています(図1)。つまり「ER患者≒高齢者」というのが今のERの一般的な状況なのです。4人に3人が高齢者となる時代も目前です。

図1 年齢区分別搬送人員構成比率の推移(文献1より作成)

 苦手意識は研修医だけではなく,指導医の中にも少なからずあるのかもしれません。なぜなら,高齢化が顕在化する以前に教育を受けた世代の指導医は,これまで「ER患者≒成人」としてトレーニングを受けてきたためです。高齢者ER診療には,教える側にも学ぶ側にも難しさがあるのです。そして私も,かつて高齢者ER診療を苦手とする研修医の一人でした。

高齢者ER診療はなぜ難しく感じるのか

 研修医時代の私が高齢者ER診療を苦手とする理由は山ほどありました。高齢者の診療では必要な検査数が多いため時間がかかり,診断の誤りも出やすくなります。当時の私は高齢者ER診療が苦手で,逃げ出したいという気持ちでいっぱいでした。

 しかしERでは,どのような患者であっても断らずに診ることが求められます。苦手意識を抱えていては駄目なのです。そこで私は奮起しました。後期研修先の病院では当時,1つテーマを決めて勉強することが義務付けられていたので,思い切って皆の前で「高齢者救急が自分のテーマである」と宣言しました。そして,積極的に高齢者の診療を引き受けるようにしたのです。さらに,米国救急医師協会(ACEP)が後援する『Geriatric Emergency Medicine』という教科書を買って何度も通読し,理解を深めていきました。

 何年か経つと,最初は苦手だった高齢者ERの診療時間が徐々に短縮し,診断の誤りも減りました。そして卒後10年目を過ぎた頃には高齢者ER診療が嫌いではない自分がいたのです。

 さらに教えるのがもともと大好きだった私に,高齢者ER診療について研修医に教育する機会が巡ってきました。こうして「嫌いではなくなった高齢者ER診療+大好きな教育=好きな高齢者ER診療の教育」という方程式が完成すると,私の高齢者ER診療の教育は加速しました。

「高齢者ER」アタマに変える4つのコツ

 高齢者ER診療を難しく感じてしまう理由の1つは,「成人ER」の感覚で高齢者を診てしまうことにあると考えます。そこで,「高齢者ER」アタマに切り替えて診療に臨むためのコツを4つ紹介したいと思います。

 1つ目は,成人にはない高齢者特有の訴えに対処できるようになることです。例えば「なんだか元気がない」「いつもと違う」「動けない」などの漠然とした訴え。これらは成人では少ないですが,高齢者ER診療では頻繁に見聞きします。こうした高齢者特有の訴えに対して,考えられる症候を絞り込んで対応することが重要です。

 2つ目は検査に振り回されないことです。高齢者では病歴や身体所見が十分に取れないことが多くあります。その不足を補うために検査数が多くなり,結果として大量の検査情報を処理し切れない事態に陥りかねません。そのため,検査を行う際には検査目的を明確にしておく必要があります。また検査数が増えることで出合う「無症候性の軽度低Na血症」「心電図の陳旧性虚血性変化所見」など想定外の検査異常に対しても,過去のデータと比較しながら適切に対応していくことが求められます。

 3つ目は診察や診断を効率化するコツを身につけることです。高齢者は成人に比べ,診察にも診断にも時間がかかります。一方,ERでは時間のマネジメントが強く求められます。高齢者では成人よりも常に時間を短縮できないか考えながら診療することが大切です。例えば複数の症候を同時に評価したり,オーダーした検査の結果を待つ間,検査後のプランを立てて陽性時と陰性時の対応を決めたりすると,効率的なマネジメントができるようになります。

 4つ目は診断戦略を柔軟に変えることです。成人のように病歴や身体所見が十分に取れない高齢者の場合,まず鑑別疾患を挙げ,その診断に必要な情報を集める戦略に切り替えることも必要になります(図2)。

図2 成人と高齢者の方針決定方法の違い(『高齢者ERレジデントマニュアル』より作成)(クリックで拡大)
成人のように病歴や身体所見が取れない高齢者の場合では,まず鑑別疾患を挙げてその判断に必要な情報を集めて評価する。

 いかがですか? この4つを踏まえ,高齢者ERのアタマに切り替えた上で診療に臨んでみてください!

専門研修前にこの2つは必ずマスターしたい!

 次に,将来の希望診療科に関係なく全ての研修医に身につけてほしい高齢者診療のポイントを2つお伝えします。

 1つ目は高齢者の薬剤有害事象(薬害)に対処できるようになることです。国内では高齢入院患者の3~6%は薬剤起因性であり,長期入院の要因とされるという報告2)もあります。将来どの診療科の専門医になっても,自ら処方した薬が原因で高齢者が救急搬送されてしまうリスクがあることに注意が必要です。ここで問題なのは,薬害症例の多くは処方医の外来には戻ってこないということです。薬害の多くは処方医の診察室でなく,ERで発見されるのです。専門医になる前,研修医によってはERの研修が薬害を経験する最後の場面となる場合があります。研修中に経験した薬害を踏まえて,自分が専門医になるまでに注意すべき薬剤を頭に入れておいてください。そして自分が専門医になったとき,薬のメリットとリスクを正確に評価できるようになっていてほしいと思います。

 2つ目は高齢者の生活環境を正確に評価できるようになることです。社会的入院が必要な高齢者のコンサルトで,「当科としては入院適応はありません」と言われた経験はないですか? これはコンサルトを受けた専門医が入院決定に生活環境を考慮していないためです。

 かつて成人が救急患者の大半を占めた時代は,入院判断は病態だけで可能でした。しかし高齢者がメインとなるこれからの時代は,病態と生活環境をミックスして入院・帰宅を決めることが求められます。高齢者のADLや家族の介護状況,介護度,住居状況を確認してカルテにしっかり記載しましょう。また,「介護保険で要介護2だとIADL(手段的日常生活動作)はどうなるのか?」「どの介護保険施設でどの医療が提供できるのか?」など,介護保険や居住系サービス,介護保険施設についての知識も入院判断をするためには必要です。近い将来コンサルトを受ける専門医の立場になる研修医には,高齢者の生活環境を評価し総合的に入院決定ができることが必須条件なのです。

 超高齢社会を迎え,日本のERは高齢者診療なしには成り立ちません。そして高齢者ER診療において,研修医は失敗することが何度もあるでしょう。しかし指導医に正しく導いてもらいながら成功体験を重ねていけば,きっと自信をつけることができます。そしていずれ一人で高齢者ER診療のマネジメントができるようになることを願っています。

 

参考文献
1)総務省消防庁.令和元年版消防白書.2020.
2)日本老年医学会/日本医療研究開発機構研究費・高齢者の薬物治療の安全性に関する研究研究班.高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015.2015.


ますい・のぶたか氏
2004年旭川医大卒。札幌東徳洲会病院を皮切りに,福井大病院,福井県立病院などで研鑽を積む。12年より現職。近著に『高齢者ERレジデントマニュアル』(医学書院)。「本書を通じて多くの医師が高齢者ER診療を得意になり,未来のERをより良いものにしてくれると信じています」。

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