医学界新聞

フランス医療制度のいま

連載 奥田 七峰子

2020.03.02



フランス医療制度のいま

[第1回]公的システム共有型電子カルテ:DMP

奥田 七峰子(日本医師会総合政策研究機構フランス駐在研究員/医療通訳)


 人口およそ6700万人(2019年)に対し,日本と同様に国民皆保険制度を敷く国,仏国。16歳以上の全国民にマイナンバーである社会保障番号を付与し,かかりつけ医登録を義務付けている。政府主導のPHR(Personal Health Record)や救急要請電話への医師によるトリアージなどの制度は,日本の医療者からの関心も高い。

 仏国在住の医療通訳として,日本からの視察団をアテンドする奥田氏に,その興味深い制度を3回に分けて報告していただく。

(本紙編集室)

写真 仏国健康保険証「ヴィタル・カード」
ICチップ,顔写真,社会保障番号があり,全ての保険医療サービスにこのカードが必要。DMP開設にはこの番号の他,全国疾病保険金庫から送られる番号やワンタイムパスワードも必要になる。


 仏国ではさまざまな電子カルテが使われていますが,全てのソフトウェア・メーカーに,公的システム共有型電子カルテであるDMP(Dossier Médical Partagé)との互換性を義務付けています。レセコンなどをイメージしていただくとわかりやすいかと思います。

 仏国の全国どの医療機関で,どの医師・医療者が使っているソフトも全て,公的保険者である全国疾病保険金庫(Caisse Nationale de l'Assurance Maladie)が運営するDMPのシステムに乗るように,あたかもジャンクションで接合して全ての道路が基幹道路につながるようにできています。この互換性規準マークを取得できない製品は,医療ソフトと認められません。既に販売されたものは,次のバージョンアップ時にこれをマストにします。

 この全国的につながれたシステムであるDMPポータルサイト内に,患者自身のマイカルテであるDMP医療情報(PHR)を開設します。患者自身が作らない場合には,かかりつけ医や薬剤師が作ることもできます(ただし,患者のセキュリティ番号とパスワードは必要になります)。

 現在は希望者だけが作るオプトインの電子カルテですが,2021年末までには全国民が拒否しなければ持つことになるオプトアウトになります。全てのインフラ工事と同様,DMP着工から完成には長い時間と多額の予算を要しました。2018年時点で既に5億ユーロが費やされており,着工から実に15年以上の歳月がたったことになります(表1)。

表1 仏国におけるDMP整備の沿革

 遅々として進まなかったDMPシステムが,この数年で仏国全土に一気に広まったと実感します。運営管理者である仏国最大の公的保険者である全国疾病保険金庫DMP課責任者に筆者が行った2019年9月のインタビューを基にDMPシステムがいかに整備され,仏国医療に何をもたらすか考えたいと思います。

患者のカルテは患者自身のもの

 DMPシステムが着工される以前からも,カルテに患者がアクセスする権利はありました。しかし実態は,自分のカルテへのアクセス方法確立が難しく,実現されていませんでした。

 このため2004年患者権利法(社会保障法典)の中で,患者のカルテアクセス権の延長として個人の医療情報電子化と共有を可能にしました。仏国全国で自分の医療情報に自分でアクセスできるように,というのが本法の目的です。すなわち医療者ではなく,患者が見られる,患者が決めた医療者が見られる/書き込めることが第一の目的になります。それまで使用されてきた電子カルテなどに収載されていた情報も含めて,DMP上にアップロードされる必要があります。つまり,この規格に準拠しない医療機器はどの医療者も当然購入しません。こうしたDMPシステムとの互換性の暗黙の必然がソフトウェア業界にDMPシステムへの対応を推し進めることになりました。

 当初は医療職のみ書き込めるコンセプトでしたが,「患者自身のものである」とより強く感じさせるため,患者自身も書けるようになりました。主に,自分で意思を表明できなくなった場合の代弁者の指定に用いられています。

 DMPの所有権は患者に属し,患者自身によって,患者個人のカルテにアクセスできる人(医療者,信頼できる代弁者,検査機関など)を決めることになります。医療職の場合でも,閲覧・記入範囲は職域ごとに分かれています。セキュリティは非常に厳重に管理されており,公的保険者すら,患者の個人カルテにはアクセスできません。

 患者本人と患者が決めた医療者のみが医学的情報(病歴,検査結果,処方箋,リビングウィル,緊急時の連絡先など)を入力できます。医療者と非医療者が書いた部分の違いはわかるようになっています。患者が望めば,閲覧できる医療者の限定もできます(例:精神科医だけに見えるようにしたい部分を産科医には見えないようにする)。緊急時の連絡先に指名された人にも,カルテのアクセス権が与えられます。これが大きな安心材料・モチベーションとなり,高齢者や高齢の親を持つ人を中心に,多くの人がDMP内にPHRを作ることにつながったのです。

仏国全土へ広がるDMP

 DMP登録カルテ数は,2019年9月には700万件にまで広がりました。登録数拡大を支えた要因は何だったのでしょうか。

*ロスト・かかりつけ医世代

 仏国で第二次世界大戦後のベビーブーマー世代の医療職が大量退職する時期に多くの患者が“かかりつけ医難民”になりました。かかりつけ医の変更,引っ越し時に,自分の医療情報が漂流することがあります。現在,仏国全土でこうした問題が増えており,今までの医療情報が消えてしまわないように,患者がDMPにPHRを作成するようになったのです。

*患者本人から医療情報を聞き出せない際に有効

 救急時や重度の認知症になったときなど自分で医療情報を言えない場合でも,どの病院でも,慢性疾患の持病やリスクを医療職が確認できることが,患者・医療者の安心につながります。

*連携の促進

 病診連携・病病連携の橋渡しがスムーズになると期待されます。テレメディシンの際,医師と多職種の電話越しの連携にも有効です。

 以上の背景があり,患者である一般国民ユーザーにPHRを作りたいと思う人が多かったのです。

 現在,仏国内で開業するGP(General practitioner)の20%がアクセスし,そのうち50%が書き込んだことがあると調査されています。GPはかかりつけ医制度の中心となるプレイヤーであり,ターゲット医療者として力を入れて導入が進められました。その他の医療職者の利用率は,まだまだ芳しくなく,表2のようになっています。

表2 DMP利用医療職者数・施設数とそれぞれの利用率(全国疾病保険金庫調査より筆者作成)

 施設ごとの導入割合を見ると,2019年8月末現在で13%の医療機関,4%の高齢者施設で使えます。まだまだ普及途上であり,仏保健省からの予算で補助金を出し,プロモート中です。

 DMP普及促進対象は次に移っています。かかりつけ医への強化を継続する一方で,臨床検査技師,薬剤師にターゲットが定められました。特に,仏国でIT化が最も進んでいる医療関連施設であり,患者との距離が近い市中の調剤薬局が登録促進の中心となります。薬局とDMPの親和性は高く,患者の多くは,かかりつけ薬局で自分のDMPを作ると期待されます。薬局では,全国薬剤師会主導の電子お薬カルテにより,全国どこの薬局でも患者の薬歴が既に見られます。端末や周辺機器を含めたハード面での環境が,この背景にあります。その次に臨床検査センターにブーストする予定として,既に予算が建てられています。

DMPシステムがめざす目的地は

 仏国政府の最終的な目的は全国民,全医療者がDMPシステムを使用して,ケアシステムが改善されることにあります。薬剤の開発や疫学統計,メタ解析等への二次利用が期待されるものの,現在のところ二次利用へのハードルは高くなっています。二次利用を進めるには新たな法律の整備が必要となるため,少し先のこととなりそうです。

つづく


おくだ・なおこ氏
日本医師会総合政策研究機構フランス駐在研究員。1992~2004年American Hospital of Parisにて医療通訳として勤務。https://www.naokookuda.frhttps://www.facebook.com/naoko.okuda.54にて仏国の医療制度について発信中。MAIL:naoko.okuda◎gmail.com(メールを送る際,◎は@に置き換えてください)

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