医学界新聞

寄稿

2019.11.25



【寄稿】

非がん患者を支える緩和ケア
米国のホスピスケア視察から見えた日本の強みと課題

柏木 秀行(飯塚病院連携医療・緩和ケア科 部長)


 非がんの緩和ケアに取り組む光景を実際に見て,われわれが取り組むべきことを考えたい――。この一心から,当院と提携関係にある米国ヒューストンのMemorial Harmann病院(以下,MH病院)と,ロサンゼルスにあるCedars-Sinai病院(以下,CS病院)の2病院で,8日間にわたる緩和ケア部門の視察が9月に実現した。本稿では,米国の非がんに対する緩和ケアの強みについて,日本との比較から述べたい。

在宅の急変に専念できる体制

 米国における緩和ケア(ホスピスケア)の持つ機能には,①在宅,②ホスピス施設入所,③Crisis Care,④レスパイト入院の4つがある。その中で筆者の目からうろこが落ちたのが「Crisis Care」だ。入院が必要なほどの身体症状や,亡くなる数日前のcrisisに対し,自宅で過ごす希望がある患者宅に専門の看護師が訪問するものである。米国の公的医療保険制度であるMedicareのContinuous home careの規定で,看護師は1日に4時間以上滞在し,1時間おきに記録を書くと定められており,Crisis Care専門の訪問看護ステーションに所属するNurse Practitioner(NP)やRegistered Nurse(RN)がcrisis対応に専念する。

 筆者も在宅での緩和ケア実践時に同様の経験はあるが,訪問看護師と共に通常業務と並行して対応を迫られる状況に,難しさを感じたことがある。一定の頻度で生じるcrisisへの対応に専念できる米国の在宅緩和ケアシステムをうらやましく感じた。

 遺族ケアにも興味深い取り組みがあった。それは,患者の心音を録音した人形を,死別した遺族に渡していることだ。MH病院ではこの活動を寄付によって運営している。人形を抱きしめると中の装置が起動し,患者の在りし日の心音が再生される。親や兄弟姉妹を亡くした子どもに渡されることが多いのだそうだ。

複雑な非がんのケースに多職種で対応する

 さて,わが国では緩和ケアのコンサルテーションの95%以上ががん患者に関してであり,非がんの緩和ケアは心不全患者が中心で,非がん患者の緩和ケアの議論は道半ばだ。一方米国では,非がん患者への介入のほうががん患者よりも多くなっている。

 CS病院では,死をイメージさせるネガティブな印象を払拭するため,緩和ケア部門の名称を「Palliative Care(緩和ケア)」から「Supportive Care Medicine」に変更したという。私はその部門の回診に同行し,多様な非がん患者に対し緩和ケアの介入をする光景を見学した。「こんなケースにも対応しているのか!」と読者の皆さんにイメージが湧くよう,詳述できない部分を少々デフォルメして例示する。

●広範な脳梗塞を発症し,脳卒中集中治療室(SCU)に入院している患者が脳出血も合併した。今後食事の経口摂取は困難と予想される患者に対し,どのような医療やケアを提供するか,本人・家族の意向とすり合わせる。
●心筋梗塞後に心肺停止状態となり,補助人工心臓の装着を検討されている患者に適切な緩和ケアを提供するため,家族との関係づくりを行う。
●心臓手術後に発症した縦隔炎の治療に難渋している若年患者。感染性動脈瘤により,大量出血を起こす可能性があるため,その支援方法を検討する。

 CS病院はわが国でいう高度急性期病院としての機能も持つため,短い視察期間中にもかかわらず,複雑なケースのコンサルテーションに同時並行で対応していた。わが国では,病状が悪化した状態で初めて,緩和ケアスタッフが接点を持つ光景が一般的だろう。CS病院のような緩和ケア介入によってどのようなアウトカムにつながるのか興味深い回診となった。

日米双方の緩和ケアの強みとは

 今回,視察から見えた米国の緩和ケアの強みは二つある。一つは豊富な人的資源があること,もう一つは緩和ケア提供システムが十分に構築されていることだ。

 一点目について,米国の医療現場を見ると,やはり豊富な人的資源が目を引く。緩和医療専門医は日本の244人(2019年4月1日現在)に対し,米国は6000人以上いるそうだ。NPやPhysician Assistant(PA)といった医師以外の職種が,日本の医師の業務に当たる医療行為を行う権限を持つことも大きな特徴だ。

 CS病院の「Supportive Care Medicine」には教育を目的とした診療チームが組まれ,医師はソーシャルワーカーや薬剤師,チャプレンなどの多職種と回診する。患者の苦痛を多面的にとらえたケアを,各職種が専門性を生かして提供できるこの環境は,限られた人員で頑張る日本の緩和ケアから見るとうらやましく映った。

 二点目は,症状が強い在宅患者など,緩和ケア領域の医療者がよく経験する心配な状況に対し,Medicareを含む社会のシステムが対応していることだ。日本では,心ある医療者のボランティア的な頑張りが支えるケースが大半ではないだろうか。医療環境の背景が異なるものの,個々の努力の積み重ねの中に,緩和ケアをシステム化できる点はないか,見直してみたいと思う。

 米国における非がんの緩和ケア提供体制の最大の特徴は,その多様さにある。わが国では急性期病院で療養型病院への転院を待つ患者にも,緩和ケア的なアプローチが行われている。抗がん薬治療と緩和ケアの統合の重要性が叫ばれる今こそ,非がん疾患の各領域においても緩和ケアとの統合の議論を進めるべきだろう。

 海外の施設を視察すると,日本に比べて進んでいる点に目が向きがちだ。しかし今回の視察を通じ,米国の現場を見たからこそわかった日本の緩和ケアの強みもあった。それは各職種の守備範囲の広さや,個々の医療者のポテンシャルの高さである。慢性的に人手不足の医療現場や,心理・スピリチュアルなケアを実践する専門スタッフの少なさなどを反映してか,日本では緩和ケアにおける大部分を他の医療スタッフがカバーする。具体的には,看護師のスピリチュアルケアやリハビリテーションの実践などがあるだろう。一人の患者の全人的苦痛の全体像をとらえ,その中で自分が果たすべき役割を考える素地が,各スタッフにおのずと備わっているためかもしれない。

施設・職種を超えて社会課題に立ち向かう

 視察を通し,日本の緩和ケアの強みに気付くとともに,米国医療から学ぶべきものをバランスよく経験できた。ウェブから情報を得ることは簡単だが,やはり現場を見て,尽力する医療者と直接議論することは特別な意味を持つ。

 われわれとの議論の中で,日本の緩和ケアスタッフが直面する葛藤や難しさは両国共通で経験していることがわかり,胸をなで下ろした。具体的には,以下のような事柄である。

●緩和ケア部門に患者を紹介してもらうためには,各診療科の医師とのコミュニケーションや症例を通じての成功体験を共に積み重ねることを意識している。
●人工呼吸器を外すなどの延命目的の治療を中断・終了する際,家族からの「つらいから中断しないでほしい」との申し出に対し医療者も葛藤しながら話し合いを重ねている。
●終末期の抗菌薬投与は,その効果だけでなく,投与する行為自体「医療が最後まで提供されている」と患者・家族に感じてもらうための意味を持つものとして行われる場合がある。

 米国の医療者もわれわれと同様の悩みに向き合っている意味では,病と共にある人をどう支援するかという共通の目標に向けて取り組む仲間なのだ。

 日本が直面する高齢多死社会において,緩和ケアのニーズが高まることは明らかである。医療職としてチャレンジングな時代だからこそ,「世界が注目する日本での緩和ケア」に取り組めることにやりがいを感じる。施設・職種を超えて互いの悩みを共有し,一緒に社会課題に立ち向かっていきたい。

写真 左・Cedars-Sinai病院の緩和ケア医と終末期心不全患者の治療の中断について意見交換する当院スタッフ。右・同院のスタッフと共に(右から2人目が筆者)。

 今回の視察について,12月7日に済生会福岡総合病院で開催する「第6回 救急×緩和ケアセミナー」にて報告予定です。紙面に書ききれなかった内容も多数紹介します。興味ある方は奮ってご参加ください。


かしわぎ・ひでゆき氏
2007年筑波大医学専門学群卒。飯塚病院にて初期研修。同院総合診療科を経て,同院の緩和ケア科立ち上げにかかわる。16年より現職。研修医教育,診療,部門の運営に携わる。九州を活動拠点に心不全緩和ケアを啓発中。日本緩和医療学会理事。

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