医学界新聞

寄稿

2019.05.27



【寄稿】

PICS予防の思考と実践を探る
臨床に潜む「ケアの倫理」からの検討

北別府 孝輔(倉敷中央病院集中医療センター/急性・重症患者看護専門看護師)


 急性期集中治療後に明らかとなる運動機能障害や認知機能障害の総称である集中治療後症候群(Post Intensive Care Syndrome;PICS)が,近年注目されています。PICSは,重症敗血症や急性呼吸窮迫症候群などの急性重症病態から回復した後の患者に発症・増悪する身体障害や認知機能障害,精神障害を指し,生存患者だけでなくその家族にも影響を及ぼす概念です(1)。これらの予防法の指針としてはABCDEFGHバンドル2)が挙げられますが,臨床における具体的な看護実践については今後の議論が必要な段階です()。

 PICSの概念図(文献1より改変)

 そこで今回は,「PICS予防」と「ケアの倫理」を関連付けて,専門看護師一個人の思考や臨床実践を紹介したいと思います。読み進めるうちに皆さんの普段の臨床実践が想起され,明日からの臨床実践に微力ながら変化をもたらすものとなれば幸いです。

患者のストーリーまで想像力を働かせているか

 集中治療領域の看護師は,日常生活援助を行う上で,患者が日常生活動作を再獲得できるよう,過不足のない看護を提供することが大切です。患者が日常生活動作の再獲得を達成するには,患者の入院前の能力や経験を踏まえ,めざすべき退院後の姿に近づけるための支援が必要になります(前後のストーリーを想像したケア)。そのために,患者にとって最善の看護ケアの提供とは何かを思考することになります(ケアの倫理)。

 しかし,臨床の問題点として,看護師が患者を「前後のストーリーのある対象」として看ることができない瞬間があるため,過不足ない看護が達成できない場面にしばしば出会います。それは,ベッドサイドでの言葉遣い一つにも見られます。例えば,受け持って間もない壮年期~老年期の患者に対し,親しげな口調で安易に話し掛ける行為などです。その患者が入院前にどのような仕事に従事し,どんな役割を担っていたかなど想像を巡らすだけで,取るべき姿勢は変わるはずです。

 ここで強調したいのは“想像力の不足”が前述のPICS予防のケアにも関係することです。患者が入院前の日常生活動作もしくは仕事に復帰するには,どのようなリハビリテーションや日常生活動作につながるセルフケアが必要か……。退院後のストーリーにつなげる意識や想像力が乏しければ,患者のストーリーに適切にコミットしたケアはできません。これこそが,「ケアの倫理」に通じる点です。では,ケアの倫理とは何でしょうか。普遍的な原則にとらわれないケアあるいはケアリングといった視点から,患者との関係性に主眼を置き「目の前の患者にとって良いことは何か」を重視する考えです。

ケアの倫理の思考と実践がPICS予防につながる

 ケアの倫理について,日常的な看護ケアである体位変換に焦点を絞って説明してみましょう。臨床では,質・量共にさまざまなサポートを必要とする患者がいますが,看護師が全介助で体位変換しなくても良いケースがあります。例えば,敗血症性ショックの状態から離脱でき,徐々に人工呼吸器のウイニングが進んでいる患者がいるとします。この患者にとっての最善の体位変換は何かを考えたとき,意思疎通が取れるように浅い鎮静状態で管理してコミュニケーションを図り,スムーズに動けるよう疼痛管理に注意を払いながら患者自らの動作を待つ。そして,安全に体位変換ができるよう看護師はルート類を整理しつつ,バイタルサインにも気を配りながら最小限のサポートで体位を調整することになります。結果,褥瘡予防に必要な除圧,排痰のための体位ドレナージ,呼吸リハビリテーションが達成されることでしょう。

 この一連の看護実践は,体位変換の中に「患者の残存機能を活かす」との思考を持ったケアができており,質が高いと考えます。一方,提供するケアの量を考えず,患者の動作を待たないまま体位変換を完了してしまう“業務的なケア”では,患者の利益になるどころか害を与える可能性すらあります。全身清拭,口腔ケア,食事援助などの清潔・生活援助全般も同様です。

 集中治療の現場では,患者の退院後の生活にまで想像力を働かせて過不足のないケアを提供することで,患者の大筋群だけでなく巧緻性にかかわる細かな筋力の低下も抑えることができます。たとえ集中治療室にいようとも,自身で何かをする行為は自己コントロール感を保ちます。鎮痛鎮静コントロールを行いながら生活リズムを整えることで,せん妄予防,PTSDや妄想的記憶の排除も可能になります。さらに,家族とコミュニケーションが取れることで,家族も患者のニードを満たすためのケア参画が容易になるのです。患者にとって何が最善か,「ケアの倫理」を思考し実践することが「PICS予防」につながるのだと共感していただけるのではないでしょうか。

患者も交え短期目標の設定を

 ここまで,ケアの倫理とPICS予防について述べました。ただし,PICSという重要な概念ではあるものの症候群の域を出ない演繹的な話を,日々の看護実践という帰納的な話に置き換えて論じたにすぎません。では専門看護師として,こうしたケアの質を高める作業を,共に働く仲間とどう共有し実践しているか,当院の取り組みから紹介したいと思います。

 ペアナーシング制度を採る当院の集中治療部門では,ペアを組むことは自身の実践を共有するチャンスと位置付けています。メリットの一つにOJT(On-the-Job Training)による教育効果が挙げられます。例えば,退院後の患者をイメージしたときにどのようなセルフケアを促進すべきか,患者が経口摂取できるには何をすべきかなど,ペアの看護師とディスカッションし,専門看護師の思考や方略の共有に努めます。ディスカッションの内容が記録やケアプランに反映されれば,質の高い看護を継続できるだけでなく,集中治療の組織内で用いられる看護の方略として定着し,組織文化の新たな醸成にもつながると考えます。

 ディスカッションの内容は集中治療を受ける患者と共有するのもポイントです。患者の短期目標を一緒に設定し,目標に向けたリハビリテーションや過不足のない生活援助を行います。患者自身の目標は毎日の回診の中で多職種とも確認します。質の高いケアを患者にかかわる職種(患者家族を含む)全員で検討し,共有し,実践すること,これらが臨床で最も大切な取り組みだと考えています。

次の療養環境への適切な申し送りでPICSの概念を広げる

 最後に今後の課題です。患者が急性期を脱して療養環境が一般病棟に移った後,果たしてケアが正しく継続されるでしょうか? 当院の答えは,「現時点では継続されていない」です。PICSの概念が広まり始め,集中治療部門では集学的なケアが展開されつつあります。しかし,患者の療養環境が一般病棟に移ると,看護師の膨大な業務量とマンパワー不足などを背景に患者へのケアの質と量が低下する事例を多く目にします。専門看護師の機能として,問題の残る患者を横断的にフォローする機会が多いものの,この現状を打破できていない状況です。

 PICS予防に必要なABCDEFGHバンドルに,G:Good Handoff Communication(良好な申し送り伝達)があります。マクロな視点でとらえれば,患者を転院先や外来につなげることは重要です。しかし,まずは集中治療室から一般病棟へ療養環境を変えた後に質の高い医療・看護を継続させることこそが,取り組むべき喫緊の課題と考えます。

 対策は,患者自身の目標やケアについて看護師が正しくサマライズし,次の療養環境に申し送ること。療養環境が変わっても継続して患者に寄り添うことのできる家族や主治医,リハビリスタッフなどの協力を得ること。そしてPICSの概念を幅広く医療者が共有することです。これらを達成しながら患者に最善のケアが継続できるよう努めたいと考えます。

:PICSの詳細は『日本版敗血症診療ガイドライン2016』を,PICSとABCDEFGHバンドルについては文献2や『週刊医学界新聞』第3259号の座談会「包括的なPICS対策を」をそれぞれ参照していただきたい。

参考文献
1)Crit Care Med. 2012[PMID:21946660]
2)Crit Care Med. 2016[PMID:26771784]


きたべっぷ・こうすけ氏

2004年香川大医学部看護学科卒業後,倉敷中央病院に勤務。12年 大阪府立大大学院看護学研究科急性看護学分野博士前期課程修了。13年に急性・重症患者看護専門看護師資格を取得し,RSTやRRS,院内教育など幅広く活動している。18年に特定行為研修を修了し,今年度から特定行為研修指導者としての役割も担う。「初心を忘れず臨床を大切に,日々の看護実践を積み重ねていきたい」。

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