医学界新聞

連載

2019.04.22


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第172回〉
哲学を学ぶ興奮

井部 俊子
長野保健医療大学教授
聖路加国際大学名誉教授


前回よりつづく

 2019年3月2日,私は北陸新幹線に乗った。数日前からこの日が来るのをわくわくして待っている自分がいた。「わくわくして」何かを待つという経験は久しぶりである。

 この日は,2018年度西田幾多郎哲学講座の最終回であった。プログラムのテーマは「人生の四季――三木清の春夏秋冬」,会場は石川県西田幾多郎記念哲学館(石川県かほく市)である。館長の浅見洋氏は石川県立看護大学特任教授であり,私は親近感を持っている。

「思索の道」から哲学の館へ

 西田幾多郎記念哲学館へ行くには,北陸新幹線を金沢で下車し,ローカル線に乗り換え宇野気(うのけ)駅で降り,徒歩20分くらいの高台まで歩く。13時30分の開講に間に合うようにせっせと歩く。土曜日の午後,宇野気の通りは人も車も少なく,やや冷たい春風と木漏れ日が私を迎えてくれた。

 西田幾多郎記念哲学館は安藤忠雄氏の設計である。この建物はこのように説明される。「丘陵地の斜面を利用した広く長い階段庭園と丘陵上に立つガラス張りの外観が特徴的です。館内では西田博士の人間像に触れられるだけではなく,空の庭やホワイエなどの思索の空間,展望ラウンジや哲学ホールなどの対話の空間があり,哲学の世界を体験できるよう安藤建築による工夫が随所でみられます」と。

 そうなのである。西田幾多郎記念哲学館のある高台のふもとに到着すると,だらだらと曲がりくねった「思索の道」を歩くようになっている。「ここを歩かねばならん」と誰かが強制しているようなこの道を,私はけっこう気に入っている。調子がよい日は鼻歌を歌いながら,気分が落ち込んでいるときは「思索」をしながら,細い道を上る。建物の真下には小さなエレベーターがあり,それに乗ると1階の受付に到着する。

「黒板に向かって一回転をなした」西田幾多郎の人生

 哲学講座は年間10回で構成される。土曜日は13時30分から15時30分,日曜日は10時から12時に開講され,受講料は1回500円,年間2000円と格安である。哲学研究者がご自分の専門分野を市民に語るという1990年から続くこのプログラムは,魅力的である。“雑事”に追われていた私が18年度に参加できた講座はたった2回であり,悔やんでいる。

 西田幾多郎は1870(明治3)年,現在のかほく市に長男として生まれる。第四高等学校を中退,東京帝国大学哲学選科を修業。四高講師や学習院教授を経て,京都帝国大学教授となり哲学を教える。

 著書『善の研究』は,主観と客観を対立させてとらえてきた西欧の近代哲学とは異なる主客未分の「純粋経験」の立場を採り,「日本最初の哲学書」と呼ばれる。それらの対立を包み込んだ「自覚」「場所」をキーワードとする独自の思索を深め,その体系は「西田哲学」として世界に名高い。京都帝国大学には西田幾多郎を慕って全国から俊才が集まり「京都学派」と呼ばれ,長く日本の哲学界の指導的立場にあった。1940(昭和15)年に文化勲章を受章。1945(昭和20)年に75歳で死去した。

 西田幾多郎記念哲学館のパンフレット(「哲学のはじまり,見る。行なう。考える。」)では次のような西田幾多郎の著作の一節が紹介される。「わたしの生涯は極めて簡単なものであった。その前半は黒板を前にして坐した。その後半は黒板を後にして立った。黒板に向かって一回転をなしたと云へば,それで私の伝記は尽きるのである」。

 噂によると,西田幾多郎が生まれたかほく市は,小学生のうちから“哲学している”という。宇野気の駅前には西田幾多郎像とモニュメントがある。

 今年度の哲学講座最終講義であった「人生の四季」で印象深かったことは,青春の邂逅と流離い(運命の予感),朱夏に耕し汗流す(運命への挑戦),白秋に収穫を急ぐ(運命との対話),玄冬は足早に到来す(運命の仕業)という人生の四季の色彩である。三木清(1897~1945年)は48歳で悲劇的な死を遂げた。彼は白秋も玄冬もみていなかったにもかかわらず,その同時代性が評価されている。

 2019年度西田幾多郎哲学講座()にもできるだけ参加しようと決意している。

 2019年度西田幾多郎哲学講座(クリックで拡大)

つづく

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