医学界新聞

寄稿

2019.03.18



【寄稿】

ICUのない病院での重症患者管理の実態

岩下 義明(三重大学医学部附属病院救命救急・総合集中治療センター助教)


 「○○病院はまたこんな患者を送ってきた」「○△病院は何でもっと早く患者を送ってこないのかな」などといった会話をしたことはないだろうか。忙しい病院の救急外来で働いていると,紹介元病院に対する愚痴が思わず口をついて出てしまう。しかし,中小病院には中小病院の事情があって,紹介を悩んでしまうこともあるのではないか,と私はふと思い始めた。

紹介が遅れるのには中小病院なりの事情がある

 2010年に私は,当時所属していた大学病院から,同じ市内にある250床ほどの,救急科もICU(集中治療室)もない病院に異動した。そこで思い知ったのは,紹介するタイミングの難しさである。紹介したいと思っても,「紹介理由を明確に伝えることができない」「何科に頼んでよいのかわからない」「高齢過ぎて頼むのは申し訳ない」「自分が長く診ていた患者で今さら他人に頼みにくい」などなど,さまざまな障壁があった。

 そんな折,日本の一般病床数当たりのICUの病床数は,他の先進諸国と比較して圧倒的に少ないという論文1)を読んだ。以後,「日本のICUの病床数が少ないことにより,どのような問題が発生しているかを学術的に明らかにし,日本のICUの病床数を今後どうしていくべきかを論じる基礎資料にしたい」と考えるに至った。

 まず取り組んだのは,ICUのない病院に勤務する医師・看護師へのアンケート調査だ2)。医師13人,看護師98人(有効回答:医師8人,看護師93人)に対し,「重症患者を診る頻度はどれくらいか」「重症患者を診る際に不安を感じるか」「重症患者のうちどの程度を転院させているか」「転院させなかった理由はどのようなものが多いか」などを回答してもらった。

 結果は,看護師の84人(90%),医師の8人(100%)が「重症患者を診る際に,不安を多少または大いに感じる」と回答した。しかし,「重症患者のうちどの程度を転院させているか」という問いに対しては「ほとんど転院させていない」という回答が看護師71人(76%),医師4人(50%)もあった。転院させなかった理由は「病態が重症過ぎること」や「患者が高齢であること」が医師・看護師とも多く,「受け入れ先が見つからない」とする回答は少なかった。

 ICUのない病院でも重症患者は発生してスタッフは不安を抱えているが,転院は躊躇するという苦しい現状が,本調査から明らかになった。しかし,一施設での小規模な経験に基づく回答にすぎず,学術報告としては不十分である。投稿したいくつかの雑誌からは,「全国規模での調査を行うように」との指摘を受けた。

重症患者管理に不安を感じながらも転院させられない

 全国規模での調査を個人でどう行えばよいかわからず,日本集中治療教育研究会(JSEPTIC)の臨床研究委員会に相談を持ち掛けた。そこでの検討を経て,より大規模な実態調査を実施することができた3)

 メドピア社のアンケート会員登録をしている約5万人の医師会員にwebアンケートを送付し,1025人から回答を得た。うち651人がICUのない病院に勤務していた。ICUのない病院勤務の医師のうち65人(10%)が1年間に11人以上の人工呼吸器装着患者を診療していた。ICUのない病院勤務の医師のうち「大いに」「多少」を合わせると523人(80.3%)が重症患者管理に不安を感じていると答え(図1),「重症患者のうち転院させる患者の割合は半数以下」「ほとんど転院しない」と回答した医師は298人(45.8%)にのぼった(図2)。

図1 重症患者を診療する際に不安を感じるか(文献3より改変)

図2 ICUのない病院で重症患者をどれくらい転院させているか(n=651)(文献3より改変)

 この調査により,ICUのない病院でも重症患者は発生し,医師はその診療に不安を感じながらも転院は多くは行えていないという状況は,全国的にもみられることがわかった。さらに,重症患者の内容として,多くの人工呼吸器装着患者がICU外の環境で管理されていることもわかった。

人工呼吸器装着患者の約半数はICU以外の病棟で管理!?

 前述の調査はあくまで医師の感覚的な回答に基づくアンケートにすぎず,ICUのない病院で実際にどれくらいの重症患者が管理されているかが明らかになったとは言えない。そこで,人工呼吸器装着患者に着目し,京大大学院・今中雄一教授(医療経済学)のご指導の下,同講座の持つQIPというデータベースを使用した研究を行った4)

 急性期の人工呼吸器管理を3日間以上行った患者(18歳未満,入院期間が60日を超える者,主要な病名に癌が入っている者を除く)について,ICUに1度でも入室した患者(ICU群)と1度もICUに入室していない患者(非ICU群)がどの程度の割合で存在するかを確認し,さらに転帰や標準的な集中治療管理が行われたかどうかなどを比較した。2010~12年に対象となった患者3万8291人中,非ICU群1万7775人,ICU群2万516人 (46.4% vs. 53.6%)であった。

 ただし,この数値には少し説明が必要である。まず,ICUの定義はDPCコードの特定集中治療室管理料もしくは救命救急入院料を取得したもの,すなわち,同加算を算定していない院内の重症患者を集めたユニットは非ICUに分類されている。また,人工呼吸器管理の定義もP/F比300以下の非侵襲的人工呼吸管理患者を含んでいる。解析がDPCデータに基づくものであり,このような制限はあるが,それらを考慮に入れても非ICU群の割合の高さには驚かされる。

 そして,非ICU群はICU群に比べ,有意に患者の平均年齢が高く(72.8 vs. 70.2, P<0.001),人工呼吸器日数が長く(11.7 vs. 9.5, P<0.001),病院内死亡率が高い(41.4% vs. 38.8%, P<0.001)という結果であった。さらに,経腸栄養やストレス潰瘍の予防などの一般的な集中治療管理は非ICU群では少ないという結果であった。多変量解析でも,ICU入室が病院内死亡率を有意に低下させる可能性を示した(オッズ比0.71, 95%CI:0.68-0.75)。

 本検討ではAPACHE IIなど入院時の重症度を評価するデータや人工呼吸器設定のデータが存在しないなど,多くの研究上の限界はある。それでも,この研究により,ICUと認定されていない施設で多くの人工呼吸器装着患者が管理されていることが明らかになり,その予後はICUと認定されている施設に比べ悪い可能性があることを示したのは意義が大きいと考える。

ICUで管理すれば救命・社会復帰できた患者がいるのでは?

 日本のICUの実態を描き出したこれらの研究から危惧するのは,日本ではICUと認定されている病床数は少なく,転院は不十分で,これにより不利益を被っている患者が存在する可能性があることである。

 われわれの研究は,入院時の重症度の指標が存在しないため,単に高齢で重症過ぎる患者が終末期管理目的でICUのない病院で管理されているだけなのかもしれない。しかし,最も危惧するのは,非ICUで管理されているこれらの重症患者のなかに,本来はICUで管理すれば救命・社会復帰できたにもかかわらず,ICUのない病院であったため適切な集中治療が受けられず亡くなった患者が存在する可能性である。

 日本のICUを今後どのように整備していくべきか。これらの研究を土台に議論にしてほしいと考える。また救急・集中治療医としては,中小病院がICUのある病院に患者を紹介しやすくするためにはどうしたらよいかを考えていく必要がある。

参考文献
1)内野滋彦.わが国の集中治療室は適正利用されているのか.日集中医誌.2010;17(2):141-4.
2)岩下義明,他.ICUのない病院における重症患者管理に関するアンケート.日臨救急医会誌.2013;16(2):152.
3)岩下義明,他.集中治療室のない病院における医師の重症患者管理に対する意識調査.日救急医会誌.2016;27:175-83.
4)Crit Care. 2018[PMID:30514327]


いわした・よしあき氏
2006年島根大医学部卒。島根県立中央病院,北里大病院,山形大病院,東北中央病院を経て11年より現職。モットーは,地味な地方の救急診療の現場から世界を驚かす仕事をすること。「一時バーンアウト気味でしたが,最近は少し復調して,また頑張ろうかな,どうしようかな,と考えているところです」。

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