医学界新聞

寄稿

2019.02.04



【寄稿】

それぞれが少しずつ,今すぐできることから
「上手な医療のかかり方」を広めよう

岩永 直子(BuzzFeed Japan Medical, News Editor)


 私は一般読者向けに記事を書く医療専門の記者です。昨年,厚労省の「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」(座長=東大大学院・渋谷健司氏)に参加し,「『いのちをまもり,医療をまもる』国民プロジェクト宣言!」1)をまとめました。なぜ今,こうした議論が必要なのか,お伝えします。

「医療危機」が知られていない

 取材をしていると,「“3分診療”でじっくり話を聞いてもらえない」「待ち時間が長い」「夜間や休日に具合が悪くなった時にかかるべきなのか,どこにかかればいいのかわからない」など,患者の不満を聞くことがよくあります。患者と医療者のコミュニケーション不足が不信感につながり,治療拒否や代替医療への傾倒,クレーム・訴訟など,双方に不幸な結果をもたらす状況もよく見てきました。

 「医師の働き方改革に関する検討会」で国は医師の過重労働を見直そうとしていますが,話題にしているのは医療者ばかりで,自身もかかわる問題と考える一般の人は少ないと感じます。軽症なのに救急車を呼んだり,大病院や夜間・休日にかかったりすれば,病院や医師の負担は重くなります。患者も質の高い医療は受けられないでしょう。

 「勤務医の就労実態と意識に関する調査」(2012年)によれば,ヒヤリ・ハットを経験した医師は76.9%,日本医師会の「勤務医1万人アンケート」(2015年)によれば,「抑うつ中等度以上」が6.5%,「自殺や死を毎週または毎日考える」が3.6%もいる異常な状況です。過労から医療ミスを起こす可能性がありますし,一人の患者に割ける時間も減り,医療現場の崩壊は結局,患者に損ばかりもたらします。

 医療危機やそれによる患者の不利益を招く要因の一つが,患者の受診行動。それに気付いてもらい,安心して上手に医療にかかれるよう情報を届け,社会環境を整えよう――。この問題意識から「上手な医療のかかり方を広めるための懇談会」が始まり,新聞とネットメディアの両方を知る医療記者として私も構成員に加わったのです。

必要な情報が届いていない現実

 この懇談会,デーモン閣下(写真)やコミュニケーション・ディレクターの佐藤尚之さんをはじめ,役所の検討会としては珍しい人材が集められました。一般社団法人知ろう小児医療守ろう子ども達の会代表の阿真京子さんや,医療事故で息子を亡くし患者と医療をつなぐ活動を続ける豊田郁子さん(NPO法人架け橋理事長),乳がん経験のある鈴木美穂さん(認定NPO法人マギーズ東京共同代表理事)ら,患者視点のメンバーを多く入れたことも特徴でしょう。

写真 「# 8000(子ども医療電話相談事業)」をアピールするデーモン閣下

 こうした問題を論じる時,「コンビニ受診」「救急車のタクシー化」という言葉に代表されるような,「ワガママで身勝手な患者像」がよく持ち出されます。初回に阿真さんが乳幼児の保護者向けに開いている子どもの病気を学ぶ講座について発表し,こう訴えたのがその後の議論を方向付けました。

 上手な医療のかかり方を伝える時に大切なのは,あなたやあなたのお子さんを守るためだということです。問題ある受診行動をとる人も,勉強熱心な人もわずかで,大半の人は病気について知らないだけです。

 一般読者と医療者の情報格差はとても大きいです。風邪に抗菌薬は効かないことも,療養方法については看護師,薬は薬剤師,食事療法は管理栄養士など医師以外の職種に相談できることも,医療業界にいれば常識と思ってしまうことが,全く知られていません。

 また,受診すべきか事前に相談できる「# 8000(子ども医療電話相談事業)」は9割の人が知らず,「# 7119(救急安心センター事業)」が整備されているのは10都府県に満たない上,整備されている場合も電話を受けてもらえるのは3本に1本程度だということをこの懇談会で初めて知りました。

 さらに,平日の日中に受診したくても休みづらく,体調が悪くても休めない労働環境があり,診断書や治癒証明書をもらうための無意味な受診があることも指摘されました。

 つまり,適切な受診に必要な情報が届いていないし,相談できる窓口も十分整っていない,そして,適切な受診を促す社会環境も整っていない。患者側に情報を届けることはもちろん大事ですが,医療機関,民間企業,行政も現状を知り,さまざまな方向からみんなで改善に取り組まないと患者は上手に医療にかかれないことがわかったのです。

伝えるべき,現場の疲弊ぶり

 もう一つ,広く伝える必要性を感じたのは医療現場の疲弊ぶりです。ヒアリングした医療者の中で特に強い印象を残したのは,救命救急センターで働く研修医,赤星昴己さんでした。週99時間働き,疲れから左右を間違えてX線検査を依頼しそうになったエピソードを明かし,こう訴えました。

 私たち救急医も一人の人間です。睡眠時間が全く取れないことも,朝から一度も食事を取れないこともあります。その結果,無意識に集中力が低下していることもあるかもしれません。それでも患者さんが来れば,全力で診ています。

 労働時間の厳しい上限規制が課されれば,提供する医療の質を低下させざるを得ない。労働時間の是正とともに,国民の医療への考え方の転換や医師への理解が必要不可欠なのです。

 当直が多い救急や産婦人科などの診療科の医師たちと話をしていると,「どうせ何も変わらない」という諦めや怒りを感じることがよくあります。まずは医療現場が崩壊寸前だとの危機感を共有すること,必死に踏ん張っている医療者に感謝しながら,この問題を放置しない姿勢を強く示すことが必要だと懇談会の意見は一致しました。

「国民総力戦」で取り組む

 5回の議論を経てまとめたのが「『いのちをまもり,医療をまもる』国民プロジェクト宣言!」です。

 最初に,こう宣言しています。

 病院・診療所にかかるすべての国民と,国民の健康を守るために日夜力を尽くす医師・医療従事者のために,「『いのちをまもり,医療をまもる』ための5つの方策」()の実施を提案し,これは国民すべてが関わるべきプロジェクトであることを,ここに宣言します。

 「いのちをまもり,医療をまもる」国民プロジェクト5つの方策(文献1

 国民の命を守るためには医療者の命も守らなければいけないし,それが医療を守ることにつながる。これは誰もが当事者なのだと国民全員に参加を促す宣言です。

 続いて,医師の疲弊ぶりを示すデータに1ページ割き,「こういう現実を放っておくと,確実に医療の現場は崩壊します」と強調しました。

 最後に,市民,行政,民間企業,医師/医療提供者がどんなアクションを取るべきか,例示しています。医師/医療提供者のアクションの例は,待合室や母子健診などあらゆる機会をとらえてそれぞれの属性に応じた上手な医療のかかり方を伝える,患者や家族の判断に役立つ医療情報サイトや電話相談の質を保つために協力する,患者の対応を医師だけで抱えず,タスクシフト・タスクシェアを推進するなどです。

 そして何より,管理者が働き方を見直し,きちんと休暇を取れるようにする。もちろん,これは医療だけでできることではないので,行政,市民,民間企業などがそれに呼応するアクションを取るのが前提です。

 これからこの提案を実行に移す事業が始まります。懇談会のメンバーは,提案が絵に描いた餅にならぬよう,来年度以降も具体的事業にかかわり,進捗状況をチェックします。私は議論の経過をその都度発信してきましたが,その後も風邪に抗菌薬は効かないという啓発やインフルエンザの時の適切な受診など,上手なかかり方を広めるための発信を続けています。この寄稿もメディアとしてのアクションの一つです。他の構成員もそれぞれの持ち場で率先してアクションを取るでしょう。デーモン閣下は自分のコンサート会場で,医療が危機に瀕していることや# 8000の啓発を行っています。

 「ここで変えよう」という本気の呼び掛けです。「それぞれが少しずつ,今すぐできることから」。待合室に抗菌薬について易しく解説したパンフレットを置くのでもいい。薬剤師さんの相談窓口を作るのでもいい。どうかこの記事を目にしたあなたも,自分の持ち場でできることからご参加ください。

参考文献・URL
1)厚労省.「いのちをまもり,医療をまもる」国民プロジェクト宣言!.2018.


いわなが・なおこ氏
1998年東大文学部卒,同年読売新聞社入社。社会部,医療部,医療サイト「ヨミドクター」編集長などを経て,2017年5月にBuzzFeed Japanに入社。同年9月にBuzzFeed Japan Medicalを開設。Editorを担う傍ら,自身も主に医療に関連した情報を発信している。

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