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第3292号 2018年10月8日


【寄稿】

余命に関するコミュニケーションをどう行うか(前編)
余命宣告はなぜ不正確になるのか

大須賀 覚(米国エモリー大学ウィンシップ癌研究所)


 近年,癌患者数の増加に伴い,一般の方の癌治療への関心が飛躍的に高まっています。インターネットや書籍にも,癌を扱った話題が多くあります。しかし,一般向けの情報と現実の診療実態とにはさまざまな乖離があり,それにより多くの問題が引き起こされています。その一つが余命への理解の不一致から起こる,余命宣告に関するトラブルです。“命の限り”という重い宣告に当たり,どのように患者・家族とコミュニケーションをとるべきか,研修医の皆さんは不安を抱えているのではないでしょうか。

 米エモリー大にて癌の基礎研究を行いながら,臨床経験を生かして市民への情報提供に努める大須賀氏に,前後編2回にわたり,余命の基本知識およびコミュニケーションの手法を解説していただきます。(本紙編集室)


 余命宣告とは難治性の癌などを抱えた患者さんに対して,推定される生命予後を告知する行為のことです。テレビドラマでこのシーンがよく登場することなどから,癌治療において必ず行われるものと一般の方には勘違いされていますが,実際にはそうではありません。

 これから解説するように,さまざまな誤解を引き起こす行為ですので,そのことを知っていてあえて行わない医師もいます。一方で,治療の見通しの厳しさを理解してもらうために必ず行う医師もいます。また,「6か月」などの一つの具体的な数字を伝える医師もいれば,「4~8か月」などとかなり幅を持たせて伝える医師もいます。医師側でもその対応には一定の決まりはなく,さまざまな現状があります。

余命はあくまで推定値

 では,余命宣告する医師はどのようにして余命を推定するのでしょうか? 特定のルールがあるわけではないので,余命を推定する方法はさまざまです。一般的には,同じ疾患群に対してこれから行うのと同じ治療を数百人に行った論文のデータや自施設の治療データをもとに,生存曲線の中央値(50%の方が亡くなる時期)を目安に伝えるのが一つの方法です。他には,医師自身の臨床経験から患者の状態を判断し,推定する人もいます。

 では,このように行われる余命推定は正確なのでしょうか? 実際に余命推定の正確性を検討した論文は数多くあります。42の論文を検討したシステマティックレビューによると,その正確性は23~78%と幅があり,70%を超える正確性はほとんど見られず,余命推定は不正確であると示されています1)

 これは医師の技量不足・知識不足によるものではありません。そもそも癌患者の余命には複雑な要素が関係するため,特定の数字で代表して表せるようなものではないからです。経験豊富な医師であれば余命推定の不正確性は知っていますので,告知する医師は「あくまで推定値」だということを,患者・家族にきちんと伝えています。

余命推定はなぜ不正確なのか

 余命推定はなぜ不正確になるかの理由を知るためには,まず癌患者予後のデータ分布を知ることが必要です。ここに一つ例を出して解説します。

 はメラノーマという皮膚癌の患者を新規治療群とプラセボ群で比較した試験の生存曲線です2)。治療の詳細については割愛しますが,新規治療群(グラフの緑色の線)の患者が亡くなるタイミング(線が下がるところ)の分布に注目してください。

 一つの臨床試験における皮膚癌患者の生存曲線(文献2より改変)(クリックで拡大)

 この患者さんたちに推定される余命を伝えようとしたら,緑色の線の人が50%生存しているとき,つまり約15か月になります。ただ,よく見てください。亡くなるタイミングがこの15か月前後に集中しているわけではありません。最初の6か月の時点で20%近くが亡くなっていますし,27か月がたった時点でも30%近くは生存しています。

 注目してもらいたいのはデータ分布です。このデータでは亡くなるタイミングは各タイムポイントにほぼ均等にバラついていて,中心部に集まる正規分布になっていないことがわかります。実は癌患者の生存曲線はこのように大変バラけたデータとなることが多いのです。もちろん,分布の仕方は癌の種類や治療によって変わりますが,極端に中央に集まることはほとんどありません。

 そのため,この中央値前後のあたりを使って「12~18か月です」と余命宣告したとすると,この期間に入る患者はわずか20%ほどしかいません。ほとんどの患者は宣告した余命よりも早く亡くなるか,長く生きることになります。つまり余命推定は,癌患者の余命がとてもバラつくというデータ性質を考えると,正確になることはないのです。

“同じ”ではない患者・癌・治療

 先ほど説明した患者間で大きくバラつくという理由について,もう少し掘り下げてみましょう。先ほどの図で見た通り,病理学的に全く同じ癌に対して同じプロトコールの治療を行ったとしても,生存できる期間には大きな差が生まれます。なぜ,そうなるのでしょうか? これには患者側・癌組織側・治療側の要因が複雑にかかわっています。

 患者さんは,それぞれの治療開始時の身体的特徴(栄養状態・年齢・既往症など)が違いますので,治療の反応が異なってきます。特に,癌患者は高齢者であることが多く,栄養状態が悪かったり,治療に大きな影響を与える既往症を抱えていたりする人も多くいます。そのことが予後の違いに影響を与えます。

 また,近年になって判明してきているのは,病理学的に同一として扱っている癌がそもそも“同じ”ではないことです。遺伝子変異・遺伝子発現・DNAメチル化の網羅的検討を行うと,病理組織学的に“同じ”と見なしていた癌でも,全く違う癌と呼んでもよいほど異なるサブタイプ(種類)が見つかることがわかってきています。

 例えば,私も参加した最近の研究で,髄芽腫という小児脳腫瘍は,遺伝子発現・DNAメチル化プロファイルによって12個もの異なるサブタイプがあるとわかりました3)。これらは各個で腫瘍生物学的に異なる特徴(増殖・浸潤など)と治療反応性を持つので,それらを混ぜて検討していては,正確な余命推定が困難です。多くの癌が病理レベル・代表的な遺伝子変異レベルでまだ振り分けられている現時点では,さまざまな別の疾患を混ぜて検討しているようなもので,正確な予後推定は難しくなります。

 治療に伴う要素も影響しています。癌治療自体を同じプロトコールで行う場合でも,手術でどのくらい取りきれるか,化学療法をどこまで完遂できるか,転移がどこに起こるか,再発に対して再手術できるか,再度の化学療法ができるかなど,治療が変化する要素はあまりに多くあります。治療にはさまざまなイベント・分岐点が時空間的に存在していて,どのように治療が進むかは予測できないため,治療に伴う要素も生命予後に複雑に影響を及ぼします。

 今回は,余命推定はそもそも不正確になってしまうものだということと,その理由について解説しました。後編では,一般の方の余命宣告の受け取り方を中心に解説し,それに伴って起こるトラブルを紹介します。それらを踏まえて,医師は余命に関するコミュニケーションをどのように行うべきかを解説したいと思います。

後編に続く

参考文献
1)PLoS One. 2016[PMID:27560380]
2)Lancet Oncol. 2016[PMID:27480103]
3)Cancer Cell. 2017[PMID:28609654]


おおすか・さとる氏
癌研究者。医学博士。2003年筑波大医学専門学群卒。かつては日本で脳腫瘍患者の手術・治療に従事。その後,基礎研究の面白さに魅了されて癌研究者に。14年より,米国で難治性脳腫瘍に対する薬剤開発を行う。臨床と基礎研究の両面を知る背景を生かし,一般向けに癌治療を解説する活動も行っている。ブログ:http://satoru-blog.com/