医学界新聞

寄稿

2018.09.17



【寄稿】

ICT活用で変わる在宅心臓リハビリ

谷口 達典(大阪大学大学院医学系研究科バイオデザイン学共同研究講座 特任研究員)


 近年,心不全患者数の爆発的増加が世界的に見られる。この状況は「心不全パンデミック」の言葉が生まれるほどのインパクトだ。心不全は高齢者に多い疾患であり,社会の少子高齢化が進めば進むほど,全人口に対する心不全患者の割合が増加する。心不全における最大の問題は,再入院率が非常に高い(約35%/年)点にある1)。再入院は患者のQOLを低下させるだけでなく,入院1回につき約120万円の医療費を要すると言われ,医療経済的にも大きな課題となっている。そのため,再入院率を下げるためにさまざまな取り組みがなされているが,そのうち心臓リハビリテーション(以下,心臓リハビリ)の施行は再入院率を約40%低下させることが報告されている2)

頻回なリハビリの必要性,課題は患者のアクセス

 心臓リハビリは運動療法を核としながら,患者教育,栄養指導,服薬指導などを多職種で構成されたチームで行うことで,予後やQOLの改善に取り組む包括的なアプローチである。日本医療研究開発機構(AMED)の2016年度循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業における「慢性心不全患者に対する多職種介入を伴う外来・在宅心臓リハビリテーションの臨床的効果と医療経済的効果を調べる研究」(研究開発代表者=東医歯大・磯部光章氏)によれば,心不全に対する入院心臓リハビリを行っている施設が217施設(80%),外来心臓リハビリを行っている施設が153施設(54%)であり,これは従来に比べると増加している。

 しかし,入院患者に対する退院後の,外来での心臓リハビリの実施率は7%にとどまっている。その主な原因に,病院へのアクセスの問題がある。日米欧いずれのガイドラインにおいても,心臓リハビリは1回30~40分,週3~5回の有酸素運動を行うことが推奨されており,病院と自宅の間を頻回に行き来する必要がある。そのことが,患者に大きな負担としてのしかかっているのだ。また,医療サービスの多くが都市部に集中しており,都市部から離れた医療過疎地域では,医療サービスへのアクセスが非常に悪い状況がある。

遠隔心臓リハビリシステムの開発と意義は

 海外では近年,病院へのアクセスの問題を解決するために,ICTを用いた在宅リハビリに関する研究が行われ始めている。ウェアラブルセンサーやアプリを用いたものなどさまざまあるが,現在われわれは,医療機関と自宅をクラウドシステムでつなぐことにより,遠隔で心臓リハビリの提供を可能とするシステムを研究開発している(図1)。ウェアラブル心電計,IoTを実装したエアロバイクシステム(図2),そしてこれらを統合するアプリをコンポーネントとしており,患者は自宅でウェアラブル心電計を装着してアプリを起動し,医療機関にいる運動管理者に連絡を行う。そして,リアルタイム双方向通信を用いて,その日の体調やバイタルサインを確認し,運動療法を行うことになる。

図1 遠隔心臓リハビリテーションシステム「リモハブ」(クリックで拡大)
病院と自宅をクラウド経由でつなげることで,通院の負荷がなく,在宅で無理なく心臓リハビリを続けられる。

図2 在宅心臓リハビリで用いるエアロバイク

 遠隔で行える心臓リハビリシステムにより,医療機関で行っているのと同様に適切な負荷,適切な頻度で心臓リハビリを在宅で行うことが可能となる。現在,既に10例の心不全患者を対象としてフィージビリティ試験を開始している。本システムを用いた遠隔心臓リハビリの検証を行っており,高い実施継続率やそれに伴った運動耐容能の向上などの結果が期待される。

事業化を見据えた医療機器開発を行う

 では,今後,在宅心臓リハビリを広く普及させるためにはどうすればよいか。まず,医療機器として承認され,保険適用の医療として提供されることが必要となる。現在,保険適用の医療として遠隔心臓リハビリが実施されている国は世界にいまだなく,わが国が他国に先んじて遠隔心臓リハビリを普及させるためには,いくつかの課題を解決していかなければならない。

 第一に重要となるのが,エビデンスの構築である。わが国における心臓リハビリのエビデンスはまだまだ少なく,遠隔医療に関しても同様の状況だ。言わずもがな,薬事申請や保険適用はエビデンスを元に決定されるため,しっかりとデザインされた臨床研究を行う必要がある。遠隔医療につきまとう個人情報管理等サイバーセキュリティに関する課題もあり,関連した法整備も必要になる。

 また,在宅心臓リハビリを行う上で忘れてはならないのが,安全性の問題だ。医療機関内で行う心臓リハビリについては,万が一に備えた万全の準備をしているが,在宅において同レベルの安全性を担保することは困難である。一方で,われわれは非監視型の在宅運動療法を患者に処方している。心臓リハビリは適応と実施方法さえ間違えなければ基本的に安全な治療であり,むしろ死亡率が低下する治療であることを強調したい。

 安全性をあまりにも重んじるがために,心臓リハビリを普及させるための有望なソリューションの可能性を失ってはならず,遠隔によるメリット・デメリットを理解した上でより多くの心不全患者に心臓リハビリを提供できるようにする必要があると考える。

 そして,医療機器を普及させる上でもう一つ重要なのが事業性になる。今回の遠隔心臓リハビリシステムの研究開発および事業化は,ジャパン・バイオデザインプログラムという米スタンフォード大学発の医療機器開発人材育成プログラムから発案された。同プログラムは,医療現場におけるニーズを起点として,事業化を見据えた医療機器開発を行うプログラムだ。現在,事業化については,株式会社リモハブと共に進めており,最終的には薬事申請,保険適用をめざした研究開発を進めている。在宅心臓リハビリを普及させることで,心不全患者が一生涯快適で活動的な暮らしが実現できる世の中を実現したい。

参考文献
1)Circ J. 2009[PMID:19644216]
2)Cochrane Database Syst Rev. 2014[PMID:24771460]


たにぐち・たつのり氏
2006年阪大医学部卒。17年同大大学院医学系研究科修了。17年より現職。大学院在学中に米スタンフォード大発の医療機器開発人材育成プログラムであるジャパン・バイオデザインフェロー(第1期)を経て,同プログラム第1号起業となる株式会社リモハブを17年5月に創業。医療機関と自宅をクラウド経由でつなげる遠隔管理型の心臓リハビリテーションシステムを運用する。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook