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第3267号 2018年4月2日


高齢者の「風邪」の診かた
実際どうする?どこまでやる?高齢者感染症の落としどころ

風邪様症状は最もよくある主訴だ。しかし高齢者の場合,風邪の判断が難しく,風邪にまぎれた風邪ではない疾患の判断も簡単ではない。本連載では高齢者の特徴を踏まえた「風邪」の診かたを解説する。

[第四回]高齢者の咳症状では抗菌薬が必要な気管支炎・肺炎に注意

岸田 直樹(総合診療医・感染症医/北海道薬科大学客員教授)


前回よりつづく

 前回(第3263号)は,高齢者の鼻症状・喉症状メイン型について話しました。「高齢者は典型的風邪型の3症状チェックを満たしにくい」のですが,その中でも喉症状や鼻症状がメインの主訴となることは多くはありません。高齢者は多くのウイルスに対して暴露経験があるため症状が軽くなるだけでなく,鼻症状を来たすアレルギー性疾患は免疫老化により年齢とともに減少することが知られています。高齢者が鼻・喉症状メインで来院した場合には,「高齢者で鼻汁が出たり喉が明確に痛い風邪って珍しいな」と感じ,風邪以外の疾患を疑う癖を持ちましょう。鼻症状メイン型では薬剤性に加えて上咽頭がん,鼻腔の悪性リンパ腫などとの鑑別が重要です。また,喉症状メイン型では,カンジダやヘルペス,それ以外にも咽後膿瘍や咽頭結核,sudden onsetであれば大動脈解離などを考えます[『誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた』(医学書院)もご参照ください]。今回は,高齢者の咳症状メイン型について考えてみたいと思います。

咳症状メイン型の原則

 まず,風邪症状を丁寧に分類しましょう。咳症状メイン型ですので,風邪の3症状チェックによる程度のイメージは図1のようになります。喉,鼻症状はほぼなく,咳症状が一番つらいという患者さんになります。

図1 咳症状メイン型の風邪のイメージ図

 さて,この咳症状メイン型ですが,その多くは急性気管支炎で,肺に基礎疾患のない健常成人では90%以上はウイルス性とされます1)。残りにマイコプラズマやクラミドフィラがありますが,基本的にはself-limitedです。特に,米国内科学会(ACP)の指針で「【原則1】70歳以下の健常成人かつ心拍数>100拍/分,呼吸数>24回/分,38℃以上の発熱の全てがなく,呼吸音で異常音を認めなければ肺炎の可能性は低い」とされています2)。よって咳症状メイン型であっても抗菌薬はほぼ不要なわけです。また,「【原則2】肺に慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの基礎疾患がなければ肺炎球菌やインフルエンザ桿菌,モラクセラ・カタラーリスといった一般細菌が気管支炎を起こすというエビデンスはない」というのは今も変わりありません1, 2)。では,高齢者ではこの原則をどのように考えたらよいでしょうか?

明確な持病がなくても高齢者の肺に“慢性肺臓病”あり

 まず,【原則1】は高齢者には当てはまりません。免疫老化により健常成人のような免疫応答,バイタルサインの変化を示しません。例えば,発熱に関しては高齢者では38.3℃以上をカットオフとすると感染症の感度が40%しかないとされます3)。除外のために感度を高めるとすると37.2℃で感度83%となり,高齢者では「37℃以上でなければ」と変えたほうがよさそうだとなります。体温は絶対値ではなく,ベースラインからの変化で見るのも高齢者では重要です。「1.3℃の上昇では感染症の評価をすべき」ともされます3)

 では,【原則2】はどうでしょうか? 確かに,「肺に基礎疾患がなければ肺炎球菌やインフルエンザ桿菌,モラクセラといった一般細菌が気管支炎を起こすというエビデンスはない」というのはとてもしっくりくる原則です。ところが,高齢者では明確な肺の基礎疾患が指摘されていないのに細菌性気管支炎としか思えない患者さんにも出会います。この理由として高齢者は慢性腎臓病(CKD)ならぬ“慢性肺臓病”,つまり「明確な疾患分類に当てはまらない加齢に伴う複数の肺の変化があるため」と考えられます。高齢者では画像上肺に所見がなくても加齢に伴う椎間板の狭小化により腰が曲がり(つまり後湾症),胸腔が小さくなります。後湾症は40歳を超えたところから特に女性で進行します。脊椎の生理的湾曲は,胸椎が約20~40度の後湾(後方に凸型)とされますが,女性では55~60歳で平均43度,76~80歳で52度とされ,特に55度を超えると1秒率(FEV1.0%)や肺活量(VC)の大きな低下につながるとされます4)。また呼吸筋の加齢による萎縮で,咳の力が弱まるだけではなく,肺炎などに罹患した際に増加する酸素需要に対応することができなくなりやすく呼吸不全のリスクが増します。図2のような複数の要素で気道のクリアランスの低下が指摘されています5)。その他,気管軟骨の石灰化,気管支粘液腺の肥大,細気管支と肺胞道の内径の増大(ductectasia)と肺胞の扁平化など明確な肺疾患がなくても慢性肺臓病として肺の基礎疾患がある患者さんと似た変化となっていると考えられます。

図2 加齢変化による気道クリアランスの低下要素

 このような点からも高齢者では原則がすんなりとは当てはまらず,抗菌薬適正使用を健常成人と同じように過度に推し進めると抗菌薬治療が必要な気管支炎や肺炎の見逃しの頻度が明らかに増えると感じます。

高齢者の咳症状メイン型は風邪でなく肺炎が意外に多い

 また,もう一つ別の側面から高齢者の咳症状メイン型を考えてみたいと思います。実は風邪に抗菌薬は100%不要ではなく,細菌感染症の予防効果はゼロではありません。しかし,そのNNT(Number Needed to Treat)は4000以上(NNTを4000とした場合,4000人に抗菌薬を処方して1人に効果がある=3999人には不要)という論文を多くの方が知っていると思います6)。これを見ると,抗菌薬の不要さが胸に突き刺さってくるとてもインパクトのあるデータなのですが,この論文はもう一つ興味深いデータを出しています。それは“chest infection”に対して抗菌薬を用いることによる肺炎の予防効果です。“chest infection”とは基本的には気管支炎のことですが肺炎も一部含まれてしまっている分類となっています。研究の限界はありますが,その患者さんにおける肺炎の予防効果は,非高齢者(65歳未満)でNNTが96~119,高齢者(65歳以上)ではNNTが39という数字になっています。

 診療のセッティングにもよりますが,このデータは日本の一般内科外来における実臨床にとても近い印象があります。まず,高齢者は非高齢者よりも抗菌薬による肺炎予防効果が2~3倍ありそうで,肺炎になりやすいことを示しています。また,“chest infection”に当たる患者さんは,簡単に言ってしまえば咳症状メイン型の患者さんとも言えます。つまり,風邪症状全体で見たら抗菌薬の予防投与のNNTは4000以上もありますが,鼻症状メイン型や喉症状メイン型とはNTTが大きく違い,丁寧な分類で咳症状メイン型に限ってみれば,この数字の違いは実臨床の印象にとても近いです。

●咳症状メイン型では抗菌薬による細菌感染症予防のNNTは風邪全体の40分の1くらいになり注意が必要である(風邪症状に何でも抗菌薬不要ではなく,丁寧な分類が重要)。
●さらに高齢者の咳症状メイン型では抗菌薬による肺炎予防効果が非高齢者の数倍ある。

 以上のことから,「高齢者の咳症状メイン型」は侮れない! となります。だからと言って咳症状メイン型の患者さん全例に抗菌薬を処方することが許容されるという数字ではありません。「風邪に抗菌薬は不要」というのはたやすいですが,高齢者診療ではこのようなデータから丁寧なアプローチが重要となります。

今回のまとめ

■ACPの指針は70歳以下の非高齢者が対象。高齢者の発熱は38℃では感度が低い。
■高齢者では肺に明確な基礎疾患の指摘がなくても加齢による“慢性肺臓病”あり。
■風邪に抗菌薬は不要! ただし,咳症状メイン型は他のカテゴリー(典型・喉・鼻型)よりも細菌感染症が紛れやすい。
■高齢者の咳症状メイン型では40人に1人くらいは肺炎かも。

つづく

参考文献
1)Ann Intern Med.2001[PMID:11255532]
2)Ann Intern Med. 2016[PMID:26785402]
3)Clin Infect Dis.2000[PMID:10913413]
4)Osteoporos Int. 2005[PMID:15806323]
5)Clin Interv Aging.2013[PMID:24235821]
6)BMJ.2007[PMID:17947744]

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