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第3263号 2018年3月5日


【寄稿】

患者自己評価で有害事象を測定するツール開発

山口 拓洋(東北大学大学院医学系研究科医学統計学分野教授)
川口 崇(東京薬科大学薬学部医療実務薬学教室助教)
宮路 天平(東京大学大学院医学系研究科臨床試験データ管理学講座特任助教)


がん患者症状評価の新ツール PRO-CTCAE™

 国内外を問わず,がんの臨床試験における有害事象の報告に用いられる重症度規準には長年,米National Cancer Institute(NCI)のCommon Terminology Criteria for Adverse Events(CTCAE)が広く用いられています。しかし,グレーディングは担当医師の判断によることから,特に主観的な側面が含まれる判断については患者の状態を正確に評価できない可能性が指摘されています1)。実際に,検査結果や客観的な規準に基づき重症度のグレーディングを行う項目と比較して,主観的な判断が伴う疼痛,神経毒性,疲労感などの項目については医師と患者の評価が相対的にずれるという研究結果が得られています2)

 本邦においても乳がん臨床試験における末梢神経毒性について,医師と患者の評価に乖離があることが示唆されています3)。疾患は異なりますが,筋萎縮性側索硬化症患者の日常生活活動度の評価が担当医師と介護者との間でずれることを筆者らは経験しています。

 このような背景から近年,医療者による評価だけではなく患者の主観の評価,すなわちPatient-Reported Outcomes(PRO)の重要性が認識されてきています4)。Patient-Reported Outcomes version of the Common Terminology Criteria for Adverse Events(PRO-CTCAE™)は,この考え方をがん臨床試験の有害事象の評価に適用し,より正確度と精度の高いグレーディングを行う評価システムを構築することを目的として,NCIの研究班(研究代表者:Dr. Ethan Basch)によって開発されました。PRO-CTCAE™は,既存のCTCAEを生かしつつPROの要素を導入し,患者の自己評価に基づいて有害事象を測定できるシステムツールです5)。CTCAEにある790項目から患者による主観評価が可能な80症状6)を抽出し,主に程度,頻度,日常生活への影響の側面()から124項目の評価ツールで構成されています。想起期間は7日間です。2008年から評価システムの開発に着手し,英語の他にもスペイン語,ドイツ語,デンマーク語など多言語で開発されています。

 PRO-CTCAE™の各項目に対する質問例(クリックで拡大)
日本語版7)では,「口の中の乾き」「吐き気」「腕や脚のむくみ」など80の症状について,有無,頻度,程度,日常生活への影響がチェックできるようになっている。

 本邦においては,筆者らが中心となり,東北大学,東京大学,日本臨床腫瘍研究グループ(Japan Clinical Oncology Group;JCOG)にて共同開発を進め,日本語版がNCIのウェブサイトで2017年2月に公開されました7)。今後がん患者の症状評価のグローバルスタンダードになると考えられるPRO-CTCAE™の日本語版を利用できる意義は大きいと思われます。既に,日本語版における言語的妥当性8)および計量心理学的妥当性9)の検討も行われ,臨床研究,臨床現場での利用を残すのみです。

双方向対話の成立で患者アウトカムに寄与するか

 Baschら10)は,患者の日常生活時においてさまざまな症状のモニタリングをリアルタイムに行い,一定の有害事象が生じた場合には医療者から積極的にアプローチをするプロアクティブな症状をモニタリングすることによって,患者のQOLが向上し,さらには生存期間の延長につながることを明らかにしました。この報告は,外来診療のように来院がなくても,有害事象評価を実施する双方向コミュニケーションを成立させるシステムを構築することが,患者アウトカムに大きな影響を与える点で大きく注目されています。

 現在,Baschらによってさらなる大規模なランダム化比較試験が行われており,がん患者に共通な12症状に関してPRO-CTCAE™とPatient-Reported Outcomes Measurement Information System(PROMIS)調査票にて12か月間有害事象を評価し,患者はWebか電話から症状を直接入力します。入力された情報をもとに患者の症状が重症あるいは悪化している場合には,看護師に対してメールによるアラートが送られるとともに,患者と看護師双方に推奨される症状管理方法が送られるシステムの有用性が検討されています11)。本邦においても,患者報告アウトカム版有害事象評価ツールの国際標準となるPRO-CTCAE™の日常診療への応用によって,患者アウトカムに寄与することが期待されます。

臨床研究,治療開発の評価尺度として活用に期待

 PRO-CTCAE™を臨床研究で使用し,最終的に臨床現場へ導入する際の留意すべき点を挙げます。まず,データの収集方法として,電子的に収集する(electronic PRO;ePRO)方法と,調査票など紙を用いて収集する方法がありますが,前者のほうがデータ入力の人的資源や入力時間に関して効率性が高いと考えられます。自動音声応答装置(Interactive Voice Response;IVR)を用いる方法では,無線LANなどよりも電話代のほうが高くつく可能性があります。一方で,ePROを使用する場合には,費用の捻出がまずは問題になります。さらには,患者,加えて医療者も,IT機器への慣れが必要となるでしょう。個人の端末等の利用(Bring Your Own Device;BYOD)については,本邦ではセキュリティの観点から規制が障壁となります。日常診療で利用する場合には,医療者,特に医師にとってePROデータの電子カルテへの反映が今後必須になると考えますが,規制的にも技術的にもまだ課題があるようです。そもそも,患者にどのようにItemを選択してもらうかは本質的な問題でしょうし,基礎となるデータを収集し,有害事象の研究を実施する場合には,相当の数のサンプルが必要となります。

 このように課題は散見されますが,PRO-CTCAE™は今後,モバイルヘルスによって収集するPatient Generated Health Data(PGHD)と合わせ,患者の症状等のスクリーニングやモニタリングのツールとしての利用が促進され,治療の意思決定に関する情報提供が行われることで,患者と医療者のコミュニケーション促進ツールになり得る可能性を十分に秘めています。

 がん領域以外での応用も可能であり,外来管理の質の向上も期待できます。また,生存などのアウトカムでなく,症状評価など患者自身の自己評価が重要となってくる緩和,支持療法などの領域においては,臨床研究の重要なエンドポイントとして使用され,今後のさまざまな治療法開発における重要な評価尺度として有効利用されると期待しています。

国際QOL学会(ISOQOL)2016で発表したポスター前にて(左から宮路,川口,山口の各氏)

参考文献・URL
1)N Engl J Med. 2010[PMID:20220181]
2)Lancet Oncol. 2006[PMID:17081915]
3)Support Care Cancer. 2009[PMID:19089463]
4)Guidance for Industry Patient-Reported Outcome Measures:Use in Medical Product Development to Support Labeling Claims. 2009.
http://www.fda.gov/downloads/Drugs/GuidanceComplianceRegulatoryInformation/Guidances/UCM193282.pdf
5)NIH. Patient-Reported Outcomes version of the Common Terminology Criteria for Adverse Events (PRO-CTCAE™).
6)Patient-Reported Outcomes version of the Common Terminology Criteria for Adverse Events(PRO-CTCAE™)Item Library(Version 1.0)
https://healthcaredelivery.cancer.gov/pro-ctcae/item-library.pdf
7)日本語版PRO-CTCAE™.2017.
https://healthcaredelivery.cancer.gov/pro-ctcae/pro-ctcae_japanese.pdf
8)Journal of Patient-Reported Outcomes. 2017(DOI:10.1186/s41687-017-0012-7)
9)Journal of Patient-Reported Outcomes. 2018(DOI:10.1186/s41687-017-0022-5)
10)JAMA. 2017[PMID:28586821]
11)PCORI. Electronic Patient Reporting of Symptoms during Outpatient Cancer Treatment:A US National Randomized Controlled Trial.


やまぐち・たくひろ氏
1996年東大大学院医学系研究科保健学専攻修士課程修了。国立医薬品食品衛生研究所医薬品医療機器審査センター(現・医薬品医療機器総合機構)審査官,東大大学院臨床試験データ管理学准教授などを経て,2010年より現職。東北大病院臨床試験データセンター長を兼務。

かわぐち・たかし氏
2003年東京薬大大学院修士課程修了後,昭和大病院薬剤部に入職,09年より現職。

みやじ・てんぺい氏
2010年独フライブルク大大学院修士課程修了後,11年東大大学院情報学環を経て,13年より現職。