医学界新聞

連載

2018.01.15



栄養疫学者の視点から

栄養に関する研究の質は玉石混交。情報の渦に巻き込まれないために,栄養疫学を専門とする著者が「食と健康の関係」を考察します。

[第10話]塩分・炭水化物の不安定なエビデンス

今村 文昭(英国ケンブリッジ大学 MRC(Medical Research Council)疫学ユニット)


前回よりつづく

 今回は,第8話(3247号)でも触れた再現性の問題とも関連する「エビデンスの不安定さ」について考えてみたいと思います。エビデンスをまとめる際には必ず注目するものの,近年増えてきた多施設大規模研究の評価となるとつい見逃しがちな事柄です。

 前回(3253号),減塩は必ずしも良いとは限らないという可能性を示唆する研究(Lancet. 2016[PMID:27216139])を紹介しました。この研究にはPUREというコホート研究が寄与しています。このPUREは最近,炭水化物の摂取量が多い人ほど死亡率が高いという結果も報告し話題となりました(Lancet. 2017[PMID:28864332])。低炭水化物食に関心のある方は記憶されていると思います。この論文が出た際,食事と血中の脂質に関する論文も同時に発表され(Lancet Diabetes Endocrinol. 2017[PMID: 28864143]),私の所属ユニットにその2報に対しCommentaryを書くよう依頼が来ました(Lancet Diabetes Endocrinol. 2017[PMID: 28864144])。通常,Commentaryでは論文の意義を述べますが,初稿を担った私は(最終的には無難な内容にしたものの)意義を述べる以前に解析が不十分という問題があると書きました。

 その問題点の一例をにしました。地域によって推定値が有意にばらつき,解析方法や解釈によって結論が異なり得ることがわかります。このばらつきでは,たとえ平均的に炭水化物の高摂取の問題を示唆しているとしても強いエビデンスとは言えません。さらに,死亡率などのハードエンドポイントについてはアジアと非アジアとの違いが述べられているのみで,多施設(18か国)のばらつきは読者にはわかり得ません。地域ごとに結果が均一でない可能性がありながら,それが検討されていない以上,強いエビデンスとは考えないのが妥当でしょう。

 飽和脂肪酸摂取量と比較した炭水化物摂取量の脂質代謝の指標への影響の推定(PMID:28864143,Appendix 15より)
メタ解析推定値は共に今村氏が算出(不均一性は有意;p<0.0001)。論文ではメタ解析を用いない方法で0.020 (0.011-0.029) と推定された。

 尿のナトリウム(Na)排出量に関する前述の研究ではどうでしょうか。この研究ではPURE,EPIDREAM,ONTARGET/TRANSCENDの3つの研究が寄与しています(延べ49か国)。国ごとのばらつきは未公表ですが,3つの研究の結果が次のように公表されています。Na排出量について推定3~6g/dayを対照とし,<3g/dayの群はハザード比(95%信頼区間)がそれぞれ1.38(1.21-1.46),0.92(0.64-1.31),1.23(1.09-1.39)です(死亡+心血管疾患罹患がアウトカム)。やはり,この3つの推定値もばらつきがないとは否定できません。

 今回紹介した論文はもちろん貴重ですが,他の栄養疫学的な問題も含め,高炭水化物食や減塩が問題であると一般化するのには不十分です。母集団ごとのばらつきはその原因の探索を含め検証するのがエビデンスの評価には必須です。残念ながら,そうした検証もなく不明瞭さが残る論文でも医学雑誌に掲載されるのが現状です。PUREや「ビッグデータ」の類いの多施設の大規模研究が増えている昨今,シンプルさを優先し,真のばらつきを軽んじる研究が増えていると実感しています。研究の規模を問わずどのようなエビデンスが屈強と言えるのかを今一度考えて,研究の実施,発表,解釈に臨みたいところです。

つづく

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