医学界新聞

2017.12.04



Medical Library 書評・新刊案内


外科専門医受験のための演習問題と解説
第1集(増補版)第2集

加納 宣康 監修
本多 通孝 編

《評者》吉田 和弘(岐阜大大学院教授・腫瘍外科学)

効率よく学習するための,若手外科医必読の参考書

 外科専門医とは,外科系の基本領域専門医であり,消化器外科,心臓血管外科,呼吸器外科,小児外科,乳腺外科,内分泌外科などのサブスペシャルティ専門医を取得するために必要な基本的な資格である。これまでは各種学会などが独自に運営をしていた専門医制度が,日本専門医機構による新専門医制度へ移行すると,外科専門医はより公的な資格に近づくため,若い外科医たちにとって外科専門医取得はますます重要になってくる。

 『外科専門医受験のための演習問題と解説 第1集』は2013年に刊行された参考書で,この本が出版されるまでは外科専門医の予備試験に対応した成書はなかった。それまで若い外科医たちは,先輩外科医の話を参考にしたり消化器外科専門医の過去問で勉強したりと,手探りで勉強していたことから,多くの外科医にとって待望の参考書であった。

 外科専門医予備試験の特徴は,消化器外科,心臓血管外科,呼吸器外科,小児外科,乳腺外科,内分泌外科など広い範囲の疾患について問われることであるが,今日の診療では一人の外科医が全ての領域について診療することはない。そのため,予備試験を受験するに当たり,専門外の設問に対して多くの外科医が不安を抱いていたと思われる。そのような背景の中で『第1集』は発刊された。しかし,この本はやや難易度の低めな問題集となっており,実際の予備試験の勉強としては,やや物足りなさを感じた若手外科医もいたと思われる。

 これらの問題点を踏まえて新たに刊行されたのが,この『第1集(増補版)』と『第2集』である。『第1集(増補版)』は,2013年に刊行された『第1集』を見直し,新たなガイドラインや規約に沿った内容としたものである。医療の世界は発展が急速であるため,定期的な見直しは必要である。内容としては,専門外の医師でも最低限必要と思われる内容で構成されており,この本の内容を理解することは日常診療においても重要と思われる。

 『第2集』は,やや難易度の高い問題が含まれた問題集となっており,また,最初の章には,模擬試験が掲載されている。この参考書を順番通りに使用すると,最初の模擬試験の難しさに危機感をあおられ,勉強の意欲が増すに違いない。特に専門外の問題については(もしかしたら専門分野の問題でも)難易度が高く感じられるだろう。しかし,予備試験を受験した外科医からは,本番の試験でもかなり突っ込んだ内容までは問われたという声も聞き,本番に安心して臨むためには,この本の内容くらいは習得しておいたほうがよいかもしれない。

 例えば『第2集』〔胃〕問9では,進行胃癌の郭清範囲を問うているが,No.12aやNo.11pが郭清範囲に入るということを答えるのはまだ標準的だが,No.110が郭清範囲に入る場合まで設問で問われており,かなり踏み込んだところまで出題されている。また〔大腸〕問7~10までは炎症性腸疾患について問われており,消化器外科医でもしっかり勉強していなければ答えられないと思われる。

 内視鏡や血管内治療が発展した昨今でも,外科手術の役割は極めて大きく,外科専門医の育成は不可欠である。本書は,若い外科医が専門医をめざすに当たり効率よく学習するのに役立ち,日々の診療に疲れた外科医の負担を軽減するのに貢献すると思われる。若手外科医に必携,必読の参考書であると推薦する次第である。

第1刷(2017年4月15日発行)をお持ちの方へ:該当部分(『第2集』p.109)に訂正がございます。弊社ウェブサイトに正誤表を出しておりますのでご確認ください。

[第1集(増補版)]B5・頁308 ISBN978-4-260-02495-2
[第2集]B5・頁264 ISBN978-4-260-03045-8
定価:各本体5,000円+税 医学書院


肝疾患レジデントマニュアル 第3版

柴田 実,加藤 直也 編

《評者》上野 文昭(米国内科学会(ACP)日本支部長)

肝疾患診療に携わる全ての医師に推薦したい

 近年,肝疾患診療の変貌が著しい。一昔前であれば,肝疾患は自然に治るか,治らずに進行するものと考えられていた。従来わが国でよく使われていた肝疾患治療薬は,その有効性に関するエビデンスが乏しく,世界的には全く評価されていなかった。一時期は画期的であったインターフェロンなどの抗ウイルス薬も限界は明らかであった。しかし現在は状況が一変した。特にインパクトが大きいのがウイルス肝炎の治療であり,現在では治癒が望める疾患の筆頭となっている。

 このたび医学書院より『肝疾患レジデントマニュアル 第3版』が上梓された。肝疾患診療必携の書として定評のあった本書は,ようやくここにきて9年の歳月を経て新版となった。進歩の著しかったこの数年間を考えると,改訂は遅きに失したという批判もあろうが,評者はそうは思わない。書籍は医学雑誌と異なり,最新の知見を盛り込めばよいというものではない。華々しく登場した検査法や治療法が,5年程度で廃れてしまうことが少なくない。せっかく購入した書籍がすぐに役立たなくなるのは悲しい。新しい診療行為が学術報告され,十分に臨床使用され,実績と定評が確立してから成書とすべきであろう。C型肝炎に対する直接型抗ウイルス薬が出そろい,その有効性と有害性に関する評価が定着した現在が,改訂版を世に出す素敵なタイミングであったと考える。ついでに言えば,PBCの病名変更も間に合ったし,IgG4関連肝胆道疾患やNAFLDの新しい知見も含むことができた。いささか「後出しじゃんけん」で勝っている感もあるが,その恩恵を受けるのは読者である。

 初版から筆頭編者である柴田実氏は,評者が最も信頼する肝臓専門医である。医育施設や基幹病院に在籍時代から肝疾患の臨床研究と診療に没頭され,診療に多忙な実地医家となられてからも研究や執筆活動を継続している姿勢には敬服する。一般に医学論文を吟味する際,高名な著者による論文の評価をついつい高めてしまうことをAuthor Biasといい,EBMでは禁じ手である。本書は柴田実氏と素晴らしい仲間たちの作品ということで,どうしてもこのバイアスを排除できないが,これは適切な方向に作用していると考えたい。

 本書は院内外どこへでも持ち運べるコンパクトサイズで,まさに必携の書と言える。旧版よりもスリムになったが,巻末に肝疾患診療に関連したウェブサイトのリストが掲載されており,随時必要な最新情報を入手するのに役立つ内容に不足はない。変貌を遂げた肝疾患診療の実際を詳細に把握しているのは,おそらく肝臓専門医だけであろう。それ以外の消化器内科医や他の内科医,他科の医師がそれを十分理解しているとは思えない。したがって研修医のみならず,肝疾患診療に携わる全ての医師に本書を推薦したい。

B6変型・頁308 定価:本体4,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03042-7


マイヤース腹部放射線診断学
発生学的・解剖学的アプローチ

太田 光泰,幡多 政治 監訳

《評者》志水 太郎(獨協医大病院総合診療科診療部長)

解剖学的診断力を高める名著

 「マイヤースの日本語版」。素晴らしい本が翻訳されたと思います。最初,医学書院からこのタイトルの本が出ていたとネットで見掛けたとき,目の付け所が鋭いと思ったものの,実際の本を手に取るとそれがあのMeyersの本だということがわかり,驚きました。

 医学部6年生の時,英レスター大への留学で実践的医学教育の日英の差に打ちのめされた自分に課題として課したのが,今まで学んできた基礎医学と臨床医学をできる限り結び付けて振り返って学び直す,ということでした。母校の愛媛大は恵まれた環境で,3年生から6年生まで系統解剖学の現場ティーチングアシスタントをしていたため,発生学を含めた解剖学の復習をする機会はふんだんにありました。そんな中,先の「自己学習カリキュラム」の一環でCTの読影の勉強はどうしようか,これまで解剖学で学んできたことを何かうまく結び付けられないかと考えていた矢先,母校卒の外科医の先輩から紹介されたのがこの“Meyers’ Dynamic Radiology of the Abdomen”の原著でした。当時,わからないなりに勉強しましたが,それだけに時間を経てこの翻訳書に出合えたことは自分としては感慨深く,学生当時の懐かしい想いが込み上げてきました。

 本書は第1章の「新しいパラダイム」を読むだけでも,そのエポックメイキングさを感じることができます。特にこの章からつながる,膜と腔を意識した解剖の把握に力点が置かれていることは,別の臨床解剖の名著『イラストレイテッド外科手術――膜の解剖からみた術式のポイント』(第3版,医学書院,2010年)に通ずる「レイヤーを意識する重要性」を実感することができます。外科医にとって膜の解剖の把握は重要だと思いますが,それは内科医にとっても同様です。特に,鑑別診断を解剖学的なアプローチで絞り込む際の「外側から絞り込むアプローチ」〔拙著『診断戦略――診断力向上のためのアートとサイエンス』(医学書院,2014年)〕という診断の考え方を用いる際にも,レイヤーを意識した鑑別の展開が,網羅的に鑑別を考える上で重要になります。また,炎症が膜・腔に沿って進展する様式ということを三次元的に理解すれば,CT読影上も穿孔の位置など病変部位を液体や空気の貯留パターンから推測することが可能です。この意味で帯に書かれている「多様な『腹痛』を効率よく診断推論するために」という訳者の先生方のメッセージは,この本の持つ価値を如実に表現していると思いますし,そのような希望を持つ医師たちのニーズによく応えてくれる本だと思います。

 この本は,CT読影を解剖から理解して学ぶ目的の学生にもお薦めできますが,一方,経験則と数で画像を読んで直観を鍛えてこられた上級の医師たちが,CTを分析的思考で読む訓練を行う上でも大いに役立つと思います。

B5・頁400 定価:本体14,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02521-8


《ジェネラリストBOOKS》
身体診察 免許皆伝
目的別フィジカルの取り方 伝授します

平島 修,志水 太郎,和足 孝之 編

《評者》黒川 清(東大名誉教授)

臨床の基本,アナログな身体診察のすすめ

 誰でも健康でいたい,病気にはなりたくない。だから,患者が診察を受けに来たのには何かの理由がある。これが医師と患者とのかかわり方だ。

 患者を「診る」ことは,初診時の全身の第一印象をみて,会話し(問診),ちょっと丁寧な観察(診察)から始まる。なぜ患者が来院したのか,何が起こりつつあるのか,頭が回転し始める。外来,入院,救急などで,患者を観察し,話を聞きながら状況判断し,すぐに対応するべきことなどを検討しながら推論や仮説を設定,対応し,身体診察を行い,次の選択肢や指示を出さなくてはいけない。特に時間的制限の高い救急やインテンシブ・ケアでは,診療のプロセスが凝縮されている。これらのプロセスこそが臨床の醍醐味だ。

 身体診察は,患者との「直接」の接触の始まりだ。推論や仮説を頭に入れ,練達の医師は無意識のように順序よく,素早くポイントを押さえて身体診察を進め,「あるのか」「ないのか」を意識しながら所見をチェックする。臨床現場での優れた臨床医や指導医,患者との「実体験」は,医学生・研修医時代にとても大事な,何事にも代えられない学びだ。「座学」でいくら教科書や専門書を読んでいても学べない,臨床現場でのアナログな実体験こそが,いくらデジタル時代になっても医師には大事なプロセスなのだ。

 検査体制が整い,エコー・CT・MRIなど画像検査機器の普及もあって,身体所見などの基本的な臨床の「アナログ」手技は極めておろそかになっている。ついデジタルデータ(検査)に頼りがちになるが,これは臨床現場では本末転倒なのだ。

 グローバル世界の中で,日本の医学教育の評価は必ずしも高くない。欧米などの「屋根瓦方式」「他流試合」「交ざる」臨床教育と比べ,「タテ」割りの医局講座制などは日本人の意識と組織構造の弱点である。せっかくの臨床の知的「問題解決」の楽しさを実体験として教えられていない。

 臨床研修のマッチングが導入されてから,優れた研修プログラムを提供する病院群が若者を引き付けている。臨床研修病院を「定点的回診」しながら臨床教育にかかわっている数少ない臨床教育の達人たちに聞くと,臨床医としての意欲ある若い医師たちは確実に育っている,と認識している。

 平島修先生,志水太郎先生,和足孝之先生編集による『身体診察 免許皆伝』は,臨床での診察の基本を学ぶのに極めて適した良著だ。身体診察の要点を,多くの図を使いながら,具体的にわかりやすく説明している。まずは,この本を手元において患者を「診る」。余裕のあるときにはさらに『ベイツ診察法』(第2版,MEDSi,2015年)に目を通すのもいいし,時には『サパイラ 身体診察のアートとサイエンス』(原著第4版,医学書院,2013年)に目を通して,優れた臨床医の「患者の診かた」に仲間と薀蓄(うんちく)を傾けることは,多忙な診療の中にあっても楽しいひとときを共有できるだろう。

A5・頁248 定価:本体4,200円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03029-8


多発性硬化症・視神経脊髄炎
診療ガイドライン2017

日本神経学会 監修
「多発性硬化症・視神経脊髄炎診療ガイドライン」作成委員会 編

《評者》福武 敏夫(亀田メディカルセンター神経内科部長)

日常臨床の立場から,ベッドサイドに常備して使いこなしたい一冊

 私も経験を積み,論文や総説を書き,書籍や特集号の執筆や編集に当たるようになって,書評を依頼されることも増えてきた。その書評の書き方にはいろいろあって,淡々と内容の梗概を紹介していくものや,特徴を抽出して紹介するもの,著者との関係や執筆の背景に力点が置かれるものなどがあり,時にはちょっとだけ苦言が加えられたりしている。

 本書の書評が,幅広く・底が浅い日常診療を行っている臨床医である私に依頼されたのは,そのような診療現場で本書が役立つかどうかを述べ,この方面に関心のある臨床医が本書を手に取るきっかけを供するためだろう。その点で,本書は疾患概念や疫学,病態についての総論と診断・予後についての各論Iと治療についての各論IIに分けられ,全部で110に及ぶclinical questions(CQ)について回答と解説および文献が整理されており,臨床現場で疑問に思うこと,短時間に概要を得たいことにすぐに答えを見つけることができる。その内容は大規模研究を中心に(本邦からは小規模のものも含まれる)1990年から2015年3月までの文献が,多数の委員の2年間,11回(うち9回はほぼ1年間に)にも及ぶ検討で絞られて記述されている。いくつかの学会のいろいろな委員を務めた経験から言うと,この負担というか努力には頭が下がる。本書はこの方面の臨床に従事する医師にとって,ベッドサイドに常備して使いこなしたい一冊である。

 さて,臨床医から見てこの方面で日常的に問題になる点の第一は,急性に視力障害を呈する患者の診断と治療,予後予測である。眼科固有疾患が否定されれば,その多くは視神経炎,特に特発性のそれ(ION)と考えられる。第1章1.8にこれらの概要がコンパクトに述べられており,わかりやすい。しかし,遭遇する頻度からいえば,もう少しボリュームが割かれてもよかったのではと思われる。第二は,NMO-抗AQP4抗体が提唱されて十数年になり,画像診断や治療方針などの進歩は著しいが,MSとNMOの臨床症状の異同がどうかという点がある。CQ4-1と4-2にそれぞれの特徴が要領よく概説され,共通に見られる特徴的症状についてはCQ4-4や4-5に述べられているが,出現頻度やそれぞれの疾患における生理学的機序の記載がやや物足りない。もっともこれはガイドラインという本書の性格によるものであり,臨床症状としての研究自体が相対的に遅れていることを示しているのかもしれない。第三は,本書における文献収集期間の最後あたりから現在にかけて多数の論文が登場してきた抗MOG抗体陽性NMOの点である。本書内にも随所に記載があり,新課題であるという片鱗が見られるが,索引にも取り上げられていない。次のガイドライン作成はそれなりに先になると思われるので,委員会メンバーには大変だが,早急に新しくCQを立てて追補いただきたいと願う。

B5・頁352 定価:本体5,400円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03060-1


Dr. 大津の誰でもわかる医療用麻薬
選べる・使える・説明できる

大津 秀一 著

《評者》押川 勝太郎(宮崎善仁会病院腫瘍内科/宮崎がん共同勉強会理事長)

患者さんの心に寄り添った医療用麻薬処方の実践書

 最初に本書の推薦理由を述べる。

・非専門家でもすぐに使える具体的処方の例示
・単なる処方ではなく,患者さんへの教育と試行錯誤が苦痛緩和につながり,医療者とのコミュニケーションを良好にするという視点
・患者さんの納得感を得る説明をするために,最低限押さえておくべきがん疼痛の理屈と,医療者が把握しづらい患者さんの心理パターンの紹介
・全項目がQ & A形式であるため,知りたい情報にすぐにたどり着ける

 今のがん治療において,医療用麻薬をがん性疼痛に使うことは常識となっており,これなくしてがん治療を全うすることは考えられない。緩和ケア継続教育プログラム「PEACEプロジェクト」のおかげで,非専門家でも医療用麻薬の使用が身近になったと言える。しかし,多系統のオピオイドと多彩な剤型が続々と登場することで,その進歩についていくことはかなり困難になってきた。実際,新規フェンタニル速放剤は,フェンタニル徐放剤のレスキューにはそれほど向いていないといったことなど,非専門家にとっては意外な事実を本書で知った。

 一方,罹患するまでがんに縁がなかった一般の方々は,商業主義に沿った報道などで,医療用麻薬に対する誤解が根強く残ったままとなっている。私は終末期医療までかかわっている腫瘍内科医でありながら,患者会のNPO法人も主催している。その際によく聞かれる患者さんの誤解の三本柱は「余命」と「抗がん剤」,そして「医療用麻薬」だ。早期からの緩和ケア導入により,終末期の無理な積極的治療を避けることができ,予後改善につながるとの報告があった。そのためには抗がん剤の本当の意味を,時間をかけて患者さんに理解してもらう必要があるが,医療用麻薬においても同様の原理が働く。

 本書の特徴は,緩和医療の目標である苦痛緩和の先,つまり患者さんの納得感を得るために,なすべきことはなにかという視点が根底にあることだろう。例えば,オキシコドン投与で疼痛緩和ができたものの,あとで患者さんからの強い減量希望が出てきたとき,やみくもに理論で説得するのではなく,いったん要望を受け入れる。その後,減量による苦痛増大のデメリットを実感できたら,それをきっかけとしてお互いの意思疎通を良好にさせるといったユニークな提案もある。

 患者さんの心理面にここまで配慮した類書は少ない。さらに,患者さんやその家族の自己学習に耐え得るよう配慮された文章の平易さがあるため,医療者と共通の理解を得たい意欲的な一般の方々にも推薦できる。緩和ケア領域においても,患者さんの自己学習を促し,医療者と同一の理解が期待できるような書籍が登場したことを心から喜びたい。

A5・頁172 定価:本体3,400円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03038-0


てんかんとその境界領域
鑑別診断のためのガイドブック

Markus Reuber,Steven Schachter 編
吉野 相英 監訳

《評者》兼本 浩祐(愛知医大教授・精神科学)

臨床てんかん学を志す者にとって必携の書

 どのような分野であれ,その分野についてよく知るには,その分野の境界に位置する対象を知る必要がある。そうでなくては結局は自身が取り組むべき対象の輪郭を鮮明には理解できないからである。そういう意味では臨床てんかん学を志す者にとって,てんかんと同様に,てんかんとてんかんではない病態の境界に位置するさまざまの病態を知ることは,まさにてんかんとは何かを知るためには必須であると言える。

 本書の内容は極めて多岐にわたっていて,てんかん類似症状としては,失神,心因性発作,パニック発作,めまい,小児の非てんかん性発作エピソードが,てんかんとの境界に位置する疾患群としては片頭痛,一過性脳虚血,一過性全健忘,睡眠時随伴症が,てんかん関連症状としてはミオクローヌス,チック症,発作性ジスキネジア,てんかん発作の前駆症状が,特異なてんかんの原因としては,自己免疫介在性てんかん,自閉症が,てんかん専門医でなければてんかんとは考えないかもしれない特殊なてんかん症候群として,非けいれん性てんかん重積,てんかん性脳症が,てんかんに由来する精神症状として発作性爆発,てんかん発作の前駆症状,抑うつ,精神病,パーソナリティ障害が取り上げられている。てんかんのように見えててんかんではない,てんかんのようには見えないがてんかんと深く関連するという,実践的なてんかん治療において常に問題となる病態が,多岐にわたり博物学的に取り上げられていて,その多彩なにぎにぎしさは,さながらアジアの夜市の出店のようなわくわく感があるが,実際にはその一つひとつの専門性の高さを考えれば,むしろ東急ハンズの売り場のほうに近いのかもしれない。

 原本の編者の1人,マルクス・ロイバーは現在ヨーロッパてんかん学会の機関誌である“Seizure”の編集委員長であり,もう1人スティーブン・シャハターは,精神症状や社会状況も含めてんかんを包括的に取り扱おうという趣旨の雑誌である“Epilepsy & Behavior”の編集委員長で,いずれもてんかん診療における境界領域と呼ばれている領域が,少なくとも臨床においては,中核領域と勝るとも劣らない重要性を持つことを熟知している人たちである。付け加えて言うならば両者とも懐の深い編集方針を貫いていて,日は当たらないが重要な多くのトピックに関する論文を積極的に受理している。本書には2016年に亡くなったディーター・ヤンツの序文も添えられている。そこには私を含めヤンツに師事した全てのヤンツ・シューラー(弟子)の心に刻まれている教え,そしててんかんにおいてもてんかんの辺縁領域においても,最初に掲げられるべき指針が書かれている。「患者の訴えに注意深く耳を傾けることによって得られる情報にまさるものはない」という言葉がそれである(「序」より)。

 本書は,てんかんに興味を持ち,とりあえずの診断ができるようになった後で,自らの臨床力を次のステップへ進めようと思う人には必須の本であるとともに,専門家が自らの知識を更新するにも欠かせない項目が多数含まれており,てんかん学を志す人には必携の一冊と言える。

B5・頁344 定価:本体10,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03023-6

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