医学界新聞

2017.09.11



Medical Library 書評・新刊案内


なぜパターン認識だけで腎病理は読めないのか?

長田 道夫,門川 俊明 著

《評者》 山中 宣昭(東京腎臓研究所所長)

対話形式によるユニークな腎病理入門書

 本書は,腎臓病理を専門とする長田道夫筑波大教授と臨床腎臓内科医である門川俊明慶大教授の対話形式によるユニークな腎病理入門書で,対話形式であるため,非常に読みやすく,親しみやすいものとなっている。これは実際の対談を録音して記録したものではなく,腎生検病理を学ぼうとする門川先生が,臨床医の立場からのさまざまな疑問や質問を問題提起という形で長田先生に投げ掛け,これに対して長田先生が応答するというプロセスを,インターネットによる相互通信手段によってやりとりし,最終的にこれをまとめて対談の形に編さんしたものである。このため,その場限りの問答という限定された制約に縛られることなく,互いに熟考の上でのやりとりを反映した濃密な内容となっている。

 この本の最大の特色は,病理医である長田教授が,自らの腎病理組織診断に際しての思考過程を分析し,そのプロセスを系統立て,まとめて示したところにある。内容に即した組織画像が豊富に示されており,画像のクオリティも良好で,理解を助けている。手だれの病理医の通弊として,ところにより独特な見解による危うさなきにしもあらずだが,随所に示唆に富む多くの指摘がある。

 第1章の「アトラスだけでは病理診断はできない」という序論に続き,第2章はこれまでに確立されている8つの組織パターンを解説し,そのパターンがどのように成立するのかという病変形成機序考察の重要性を指摘している。第3章では,この基本的パターンに基づいて病型を認識し,病型からさらに病態の把握に至る6つのステップを解説。主病変と副病変を見分けること,病態の把握には常に時間軸の関与を意識すること,病理診断には臨床情報との対応が不可欠であること,が強調されている。診断の本質は病因の解明にありとして,第4章は病因診断のために蛍光抗体法と電顕による情報が極めて有用であることが述べられている。蛍光抗体法からは,病態に大きくかかわる免疫情報の把握により病因を示唆する大きな手掛かりが得られ,電顕検索からは,精細な超微形態情報を得ることができ,電顕なしでは診断不能の疾患もあり,病態の的確な把握と病因の解明に対する電顕の重要性が論じられている。第5章は代表的9疾患を取り上げ,病態を理解する読み方を具体的に例示し,日常的な代表的疾患の病態の理解は,全ての病理組織像の読みの理解にもつながることを示唆している。最終章はこれまでの解説に基づいて実際の病理診断を試みる診断演習とし,最後に全体のまとめを演習形式で示した非常に巧妙な構成となっている。

 本書は腎病理組織病変を読み解くための優れたガイドブックであるが,思考過程に基づく系統的分析なので,拾い読みではなく最初から終わりまで記述の流れに沿って読み通すべきものであり,このような論理の展開は,今後の発展が予想される人工知能による病理組織診断のためにも,貴重な基礎資料となることが期待される。

 思考過程のパターンは人により異なっているので,必ずしもこのとおりに診断を進める必要はないが,腎病理を専門としない一般病理診断医にとっても非常に参考となる内容である。

B5・頁200 定価:本体4,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03169-1


《ジェネラリストBOOKS》
身体診察 免許皆伝
目的別フィジカルの取り方 伝授します

平島 修,志水 太郎,和足 孝之 編

《評者》 藤本 卓司(耳原総合病院救急総合診療科部長)

ベッドサイドで教え合い,知識と技術の定着を!

 新進気鋭の若い医師たちによる身体診察の本が発刊された。毎年,新年度が始まると感じることだが,新卒の初期研修医たちはほぼ例外なく将来志望する専門領域にかかわらず身体診察の基本を正しく習得しておきたい,という気持ちを強く持っている。『身体診察 免許皆伝』は総合医,家庭医,救急医など,ジェネラルな方向に進む人たちのみならず,専門領域に進む若手医師たちにもぜひ手にとってほしい本である。本書の特徴は以下のとおりである。

 第一に,カラーの写真や図が多く使われていて視覚的にたいへんわかりやすい。身体診察は自分の身体を動かして覚えるものであるから,基本形が沢山の画像で示されていることは読者にとってはありがたい。

 二つ目として,バイタルサイン,視診,聴診,触診,打診の項目が順序立てて明確に分けて記載してある。例えば呼吸器疾患は聴診というように疾患によってつい診察の方法が偏りがちになるが,視診から打診まで全て漏らさず述べられている。

 三つ目に,診察手技のちょっとしたコツや工夫が丁寧に書いてある。実際にベッドサイドで所見をとる際には,実際のコツや工夫をキーワード的な短い言葉を添えて教えてもらうことにより,急に視界が開けたような気持ちになることがある。これらのキーワードは本文中よりもむしろ写真や図の下にやや小さな文字として書かれている場合が多いので,読者はぜひ小さな文字を読み飛ばさないようにしていただきたいと思う。

 最後に,感度,特異度,陽性的中率,陰性的中率があまり書いていない点は,私個人としてはかえって好感を持って読むことができた。なぜなら,これらの数値は同じ疾患群を対象とした臨床研究であっても,さまざまな条件や定義の影響を受けて高くもなれば低くもなり,一概には言えない部分があるからである。疫学的な数値として知っておくことはもちろん大切であるが,実際に患者さんを目の前にしたときには,鑑別診断を頭に思い浮かべながら,この本で紹介されている重要所見をひととおり探してみる姿勢が求められると思う。

 さて,言い古された言葉かもしれないが,「教えることは学ぶこと」と言う。独りでコツコツと学ぶことももちろん大切だが,それに加えて,例えば指導医は研修医に,2年目研修医は1年目に,1年目研修医は医学生に「教えてみる」ことによって,知識と技術の理解が深まるし,効率よく自らに定着させることができる。もし本書に記されている何らかの身体診察の陽性所見に出合ったら,患者さんの同意を得た上で,ベッドサイド回診で誰かに教えてみてはどうだろうか。その際,手技を行う上でのコツや工夫について一言添えることを忘れずに試みていただきたいと思う。『身体診察 免許皆伝』はそのような互いに教え合うベッドサイド教育の契機を与えてくれる本である。

A5・頁248 定価:本体4,200円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03029-8


脊椎手術解剖アトラス

菊地 臣一 編

《評者》 川口 善治(富山大病院診療教授・整形外科学)

手術を行う側の視点で書かれた指南書

 「手術ができるようになるための秘訣は何か?」この問いに対する私の答えは,「正確な解剖学的知識を持つこと」である。しかし,この目的にかなう本を目にすることはほとんどない。それだけ外科医にとって重要な場面をわかりやすく示すことは困難なのである。

 このたび医学書院から上梓された『脊椎手術解剖アトラス』は,まさに手術を行う側の視点で書かれた指南書である。このような本はめったにないと言える。編集された菊地臣一先生は,医師として駆け出しの頃,夜な夜な解剖学教室でご遺体と向き合い,脊椎病変の局所所見をつぶさに勉強されたとお聞きする。その時の知識が,その後発展したさまざまな画像所見を正確に読み解き,多くの症例の手術に活かされたであろうことは想像に難くない。

 手術においては次の場面でどのような展開になるかを知らなければならない。本アトラスはまさにかゆい所に手が届くように,多くの図版が重要な場面を示してくれている。図版は実際の解剖写真や術中所見の写真,X線,CT像が解説されているので,非常に理解しやすい。この本は日本を代表する脊椎外科医5人によって執筆され,かつ22人の第一人者のコメントが寄せられている。多くの手術を手掛けられ,さまざまな困難な場面を経験された間違いなくトップレベルの先生方である。手術のピットフォールを適切な言葉で示されたコメントには深い含蓄があり,外科医としての私の心に響く。私にとってこのアトラスは,手術前に知識を確認し,手術終了後に症例の病態を再確認する最良の書の一つとなった。

 本の帯には「脊椎・脊髄外科の臨床(アート)と解剖(サイエンス)の結晶」とある。目の前にある事実「サイエンス」をどのように活かすか,「アート」を要求される一人ひとりの医師に問い掛けられる課題である。『脊椎手術解剖アトラス』は,これから脊椎・脊髄外科を勉強される先生方だけでなく,既に活躍しておられるシニアの先生方に広くお読みいただきたい名著である。

A4・頁196 定価:本体16,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03044-1


《眼科臨床エキスパート》
画像診断から考える病的近視診療

吉村 長久,後藤 浩,谷原 秀信 シリーズ編集
大野 京子,前田 直之,吉村 長久 編

《評者》 坂本 泰二(鹿児島大大学院教授・眼科学)

病的近視眼のケアに必要な全ての情報を網羅

 近視人口は世界中で増加している。とりわけ日本は,世界的に近視の割合が最も高い民族集団であり,その数は5000万人以上と考えられている。一般に近視というと,裸眼ではものがはっきりと見えなくても,眼鏡を掛ければはっきりと見える眼の状態であり,病気ではないと理解されているのではなかろうか。正確に言えば,近視にはいわゆる成長期に発症するものの成人後にはその進行が止まる学童近視と,近視の進行が成人後も継続し眼鏡では矯正できない状況(失明)に至る病的近視に分けられる。数の上では学童近視が多数を占めるが,病的近視の患者数も決して少なくなく,わが国の失明原因の上位を占める重篤かつ頻度の高い疾患である。以前は糖尿病網膜症などが失明原因の上位を占めたが,治療法の確立とともにその地位を他の疾患に譲りつつある。そして,それに代わって失明原因の中心になろうとしているのが病的近視だといえる。

 従来から,病的近視の研究は,わが国が世界をリードしてきた。編者の大野京子先生(東京医歯大教授),前田直之先生(湖崎眼科副院長),吉村長久先生(北野病院病院長)がまさにその世界的な研究者である。しかし,病的近視に焦点を絞った成書は少なく,本書は待ち望まれた一冊である。

 本書では,まず総説で病的近視の現状とそれを取り巻く背景について俯瞰的に解説されている。これを読むだけで,読者は病的近視の現在の問題が理解できる。また,近年急速に発展して,病的近視の診断を一変させた画像診断については,多くのページが割かれ,その内容も一般診療に必要なものから,研究に必要なレベルの内容まで,豊富な写真やイラストを用いて解説されている。最近の画像診断で忘れられがちな病理像についての解説は特筆すべきものであり,画像の理解をいっそう容易にしている。また,最近のホットなトピックである緑内障の病態形成と近視の関係についても,詳しく解説されている。編者がどのような思考で疾患を理解しているかを示すもので,その深い洞察が感じられる。

 治療については,病的近視に特有の近視性脈絡膜新生血管治療や黄斑円孔網膜剝離の外科的治療について詳しく解説されている。さらには,病的近視眼に対する白内障手術,眼位異常の問題など,病的近視眼のケアに必要な全ての情報が網羅されている。特に最後の社会経済に及ぼす影響の解説に至っては,政策立案者にもご一読いただきたい重要な内容を含んでいる。

 病的近視の頻度は加齢とともに高まるが,社会の高齢化や世界的な近視の増加傾向からみて,今後病的近視は眼科臨床の中心になるであろう。病的近視分野の世界一流の研究者によって編まれた本書は,世界的にも最高のものであると自信を持っていえる。これを日本語で読めることは,われわれにとって幸いなことであり,研修医から第一線の研究者までの全ての読者の要求を満たすものである。

B5・頁288 定価:本体15,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-03024-3

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