査読の課題:高濃度ビタミンC点滴療法を例に(今村文昭)
連載
2017.09.04
栄養疫学者の視点から
栄養に関する研究の質は玉石混交。情報の渦に巻き込まれないために,栄養疫学を専門とする著者が「食と健康の関係」を考察します。
[第6話]査読の課題:高濃度ビタミンC点滴療法を例に
今村 文昭(英国ケンブリッジ大学 MRC(Medical Research Council)疫学ユニット)
(前回よりつづく)
客観的な査読は科学論文の前提とされるプロセスです。ウェブの情報や新聞の論説などと一線を画す上で重要なものです。査読の段階で穴があったり,偏った考えが介入したりすると,客観性とそれを前提にした信用は損なわれます。
第5話(第3235号)で紹介したビタミンC点滴療法に関する唯一のランダム化比較試験と考えられているのが,卵巣がん患者に対する試験です(Sci Transl Med. 2014[PMID: 24500406])。論文に基づき私が相対罹患率を算出したところ0.82(95%信頼区間:0.34―1.99,P値:0.67)で,抗がん作用については何も言えないに等しい結果です。また,それ以上の問題が潜在しています。この論文の試験はビタミンC点滴療法と紹介されていますが,そうとは言えないのです。この研究デザインの詳細はClinicalTrial.govのサイトで確認ができます(NCT00228319)。それによると実際の介入は次の2群です。
■対照群(コントロール):通常の抗がん薬(パクリタキセル)
■介入群:通常の抗がん薬+サプリメント(ビタミンC,カロテン各種,ビタミンA,ビタミンE)+高濃度ビタミンC点滴
介入群では医師団とのコミュニケーションの機会が100時間以上も増え,盲検化もありません。当然この研究ではビタミンC点滴療法の効果はわかりません。しかし論文ではあたかもビタミンC点滴療法の研究かのように記されています。これにはビタミンC点滴療法を支持するための作為が感じられます。著者らは過去の論文・論調でも総じて偏りが認められ,臨床でも点滴療法に関係しており利益相反が否定できません。
では,査読の役割についてあらためて考えたいと思います。試験の介入群の正しい情報が書かれているか,偏った解釈がされていないか,査読者が裁かなくてはなりません。しかしこれは,上記の例のようなImpact Factorが10を超える雑誌でもかないませんでした(査読者は指摘したものの著者らが改訂しないまま編集者がアクセプトした可能性もあります)。
近年,Nature,Scienceといった雑誌でも疫学研究の成果が報告されています。Evidence-based/translational medicineの推奨,そしてバイオバンクのようなビッグデータが誰でも解析可能になったことに起因すると考えられます。これに伴い,倫理的審査の無記載や,さまざまな問題を無視し可能性を誇張した表現などを含む論文が受理されてしまっています。編集者や査読者は臨床疫学では当然とされる厳しい視点を向けなくてはなりません。テキスト検索や画像解析により不正の可能性を探るソフトウェアなどが査読に応用され始めていますが,正しい情報が適切に記載され,誇張表現がないかなど,まだまだ査読のメスが必要です。
上記の例は臨床試験の登録制度が浸透したが故に確認できました。しかし実際の査読ではそこまで期待するのは難しいと思います。私は複数の雑誌でBest Reviewerに選ばれる栄誉を得ました(例:2015年BMJ)。通常の査読に加え,以下の点に気をつけていることも査読の評価につながったと思いますので紹介します。
■研究内容・解析方法は事前に登録されているか。登録ありの場合は内容と照合。登録なしの場合は作為的な解析がないか。
■方法論を紹介した過去の論文(方法の妥当性など)と矛盾がないか。
■ファンド,著者らの過去の論文などを鑑みて,利益相反の可能性や偏った解釈がないか。
■オンラインのみの資料などに,解析が隠された可能性や異常な結果,結論と異なる結果などがないか。
査読は基本的にボランティアで時間制限もあり,どうしても不完全です。したがって,論文が学術雑誌に出たことをエビデンスの確立と考えることはできません。査読者と編集者が公表してもよいと認め,既存の論文やエビデンスと併せて「専門家で議論するための土俵に上がった」という理解がよいでしょう。査読を経た複数の論文がさらに厳しい視点で検証・集約され,エビデンスとして世に伝わることを,これからも期待しましょう。
(つづく)
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