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第3226号 2017年6月5日


栄養疫学者の視点から

栄養に関する研究の質は玉石混交。情報の渦に巻き込まれないために,栄養疫学を専門とする著者が「食と健康の関係」を考察します。

[第3話]サプリメント② 遺伝疫学への期待

今村 文昭(英国ケンブリッジ大学 MRC(Medical Research Council)疫学ユニット)


前回よりつづく

 サプリメントの効果を検証するには,疾患の発症率や経過を見る“二重盲検ランダム化比較試験”の実施が望ましいとされています。しかしその実施にはかなりの時間や費用を要します。さらに,ネガティブな結果を恐れる関連企業からの支援を期待することはなかなかに難しいかもしれません。そんな状況が続く中,サプリメント業界は世界において年間1000億ドル以上の巨大市場を展開しています。その霧のかかった領域を少しでもクリアにするべく応用できるのが,昨今の遺伝疫学です。

 遺伝疫学は今や薬や栄養素のエビデンスを解釈する上でも欠かせないものとなっています。そうした解析に欠かせない手法がMendelian Randomization(メンデルのランダム化,以下MR)です。今年2月のJAMA誌でもその意義が述べられるなど(JAMA. 2017[PMID:28196238]),ここ数年の医学雑誌に数多く登場しました。

 MRは,遺伝型(例:丸い豆,しわしわの豆)はランダムに決まることに着目した考えです。遺伝型の違いを自然界におけるランダム化試験ととらえ,病気の発症率と関連があれば,その遺伝型がかかわる身体のシステムはその疾患と因果関係があると推論するものです。例えばスタチンという血中脂質を下げる薬はHMG-CoA還元酵素を標的としています。この酵素をコードしている遺伝型は人によってランダムに異なっています。そしてこの遺伝型の違いが2型糖尿病の罹患率と関係することが,解析により明らかになりました(Lancet. 2015[PMID:25262344])。スタチンの処方は2型糖尿病のリスクを上げることが臨床試験より知られていますが,この因果関係を遺伝疫学が支持したものと考えられます。

 では大規模研究のない薬についてはどうでしょうか。遺伝疫学のみが因果関係を示唆する情報源となります。これは臨床試験を行う際に膨大な資源がかかわるとなると無視できません。

 そしてMRは栄養疫学にも通用すると考えられています。例えばコホート研究では,血中のビタミンD濃度が2型糖尿病などの疾患,多発性硬化症の再発などと負の関係があります。一方,血中のビタミンD濃度を決める遺伝型と,2型糖尿病・CVD(心血管疾患)・心疾患との関係は認められませんでした()。このことから,間接的ではありますが,ビタミンDのサプリメントは2型糖尿病などの予防には効果がないと考えられます。一方,多発性硬化症についてはビタミンD関連遺伝型との関係が認められ,ビタミンDが予防に寄与する可能性を示しています。多発性硬化症は非常に発症率が低いため(10万人に数人),予防をめざした臨床試験を行うのが困難です。こうした大規模研究の難しい場合で,遺伝疫学的手法は優良だと考えられています。

 血中のビタミンD濃度とイベントのリスク比
通常の前向きコホート研究とMRによる推定値とその95%信頼区間。リスク比1未満であればビタミンDが高濃度であるほどイベントのリスクが低いことを示唆する。2型糖尿病,CVDの死亡率,心疾患について,MRによる推定は因果関係を示さなかった。

 サプリメント業界の規模は巨大です。その手軽さから栄養素の点滴療法などエビデンスを著しく欠いた医療行為も行われています。こうした現状から臨床研究に加え,「期待される効果に関する遺伝情報は因果関係を示唆しているか」という客観的な評価はさらに注目されるべきでしょう。欧米でも日本でも「バイオバンク」という形で遺伝疫学研究に膨大な予算が投入されています。そして遺伝疫学の研究成果が公に広くシェアされつつあります(例:http://www.type2diabetesgenetics.org/)。その知的資源を巧みに応用した今後の栄養疫学の発展に期待したいです。

つづく

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