医学界新聞

対談・座談会

2016.12.12



【対談】

今につながるストーリー,これから拓く道

秋山 智弥氏(京都大学医学部附属病院 病院長補佐/看護部長 看護職キャリアパス支援センター長)
武村 雪絵氏(東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻 看護管理学/看護体系・機能学分野 准教授)


 看護管理は悩ましく難しい一方で,非常にやりがいのある仕事です。多くの看護管理者の皆さんが日々試行錯誤しながらも,さまざまな課題に取り組んでいることと思います。

 本紙では,大学時代の同級生であり,現在はそれぞれ看護部長,大学教員としてご活躍中の秋山氏と武村氏による対談を企画。これまでの経験から感じた看護に対する思いや,管理者としての在り方について語り合っていただきました。


秋山 私たちは大学の4年間を同じクラスで過ごしました。ですが,看護に対する思いなどはこれまで互いに話したことがなかったので,今日はそのあたりの話ができればと思います。武村さんはなぜ看護師をめざしたのですか。

武村 大学進学の時点では,子どもと丸ごとかかわれる教師の仕事に魅力を感じる一方で,保健師の仕事にも少し興味がありました。離島の海辺を自転車で走り,細い路地にある家々を回って声を掛けるような仕事をしたいと思っていたのです。そこで,教師と保健師のどちらにもなれる可能性を残しておこうと保健学科(現・健康総合科学科)に進むことにしました。

秋山 看護師になるつもりはなかったのでしょうか。

武村 高校生のころ入院したことがあるのですが,そのときの看護師の印象が悪く,実は看護師という仕事には関心がなかったんです(笑)。でも大学の授業を受けていく中で,看護師も患者さんと丸ごとかかわれる仕事だと気付きました。実習でも命や人生を考えさせられる濃密な時間を経験できたので,まずは看護師として臨床を経験してから保健師として働くのも一つの道だと考え,そのまま大学病院に就職しました。

秋山 看護師に興味がなかったという点は私も同じです。もともとは医学科志望だったものの受験に失敗してしまい,絶対に医師になりたいというわけでもなかったので,とりあえず合格した東大の理科二類に進学しました。大学の授業は非常に楽しく,教養学部の期間は文理を問わず多くの授業を取っていたのをよく覚えています。大学2年秋の進路選択時にいろいろと調べていく中で,当時関心のあった生命倫理や医療倫理について広範に学べそうだと感じた保健学科に進学しました。

武村 秋山さんも,その時点では看護師の道は考えていなかったわけですね。

秋山 はい。看護に興味を持ったのは,東大の2年先輩で,現在は男性看護師として初の国会議員をされている石田昌宏さんの話を聞いてからです。患者さんの痛みに共感してあげると,それだけで患者さんの気持ちは随分楽になるという話だったと記憶しています。

 もともと私が医師を志したのは,幼いころ,近所の開業医の姿に憧れたからでした。病気になると身体はつらいし,精神的にも不安に陥っていく悪循環の中にいるでしょう。でもお医者さんの手の温もりを感じ,「大丈夫だよ」と言ってもらえると,不安が軽減して前向きな気持ちになれる。私にとって,医師というのは病気がもたらす“悪循環”を,回復に向かっていくための“好循環”へと変えてくれる存在だったのです。ただ,大学受験のころには「3時間待ちの3分診療」といった表現にも象徴されるように,医師が患者さんと向き合える時間は相対的に減っているように感じていました。そんなとき,石田さんの話を聞いたわけです。

武村 自分のイメージしていた医師の姿が看護師に重なった,と。

秋山 ええ。その後,生命倫理や医療倫理を学ぶにしても,現場で働きながら考えたほうがいいと助言を受けたこともあり,看護学教室に移りました。それまで看護について何も知らなかったぶん,看護が学問として大学に存在することに最初はとても違和感があったのですが,だからこそ自分で実践をしながら看護を追究したいと考える気持ちは当時から強かったように思います。

看護師のかかわりが,患者の未来の描き方に影響を与える

武村 私は卒後に脳神経外科で働き始めてから,人というのは非常に複雑な存在で,こちらの想像を超えるようなことも起こり得るのだという認識を持つようになりました。ある脳腫瘍の患者さんに抗がん薬治療をもう1クール行うべきか議論になったことがあります。私たち看護師は今退院させなければ自宅で過ごすことは難しくなると考え,抗がん薬の投与に反対でした。ところが,結果的にはもう1クール行ったことで腫瘍が縮小し,患者さんは自立した状態で自宅に帰ることができたのです。

 もしあのとき私たちが反対意見を押し通していたら,患者さんは不自由な状態で自宅での時間を過ごしていたかもしれません。看護師は患者さんに少しでも良い未来を提供したいという思いで働いているけれど,その判断が必ずしも正しいとは限らないということを実感した出来事でした。

秋山 抗がん薬を投与せずに帰していたら,自立とはまた別の良い結果が待っていた可能性も否定はできないと思いますよ。そこが看護の面白さと言っては問題かもしれませんが,結果がどうなるかは実際にやってみないことには誰にもわかりません。

武村 はい。責任の大きさと同時に,奥深さも感じました。私たちのかかわりが患者さんの未来に影響を与えているという実感は日々感じていたので,看護の力を信じる気持ちは強かったです。

秋山 患者さんが変わっていくプロセスに,どこまで戦略的にかかわれたかが重要だと思うのです。私自身は,実習で担当した末期の肺がん患者さんとのかかわりがきっかけとなり,専門職として看護師がかかわっていくためにはインテリジェンスが必要だと考えるようになりました。

 その患者さんは久しぶりに食事を摂った後に便失禁をしてしまい,心を閉ざしてしまいました。私にとっては初めての排泄の援助だったこともあり,そのあまりの大変さに驚き,患者さんが心を閉ざしてしまった理由にまで頭が回りませんでした。ですが,後になって自分を患者さんの立場に置いて想像してみたら,恥ずかしくて死にたいくらいつらい気持ちになったのです。このつらさを何としても軽減してあげたいと思いました。そうした尊厳を守るための気遣いは看護師にしかできないことだし,看護にインテリジェンスが求められるゆえんだと思うのです。

武村 排泄に限らず,病院の中で当たり前に行われていることって,日常生活で考えると異常なことがたくさんあります。その異常性に気付くためには,秋山さんのように相手の視点で考えられる感性が必要ですね。私は,食事や睡眠が幸せなことであるように,排泄も本来は快感だと思うんです。排泄を快感でなくしている要因をできる限り排除するためには,技術とインテリジェンス,感性が必要です。その上で,恥ずかしさの源となっている社会の価値観そのものにも働き掛けられないかと考えています。

秋山 患者さんが過ごす本来の環境に近付けようとする気遣いができるのも,看護の醍醐味と言えるでしょう。ただ,患者さんの日常にまで思いが及ばないスタッフも少なからずいるので,管理者としてはそこに気付けるような機会を用意したいところです。

看護実践と管理はケアの対象が異なるだけ

武村 管理者としての話が出ましたが,秋山さんは管理職になる上で何か勉強はしましたか。私は大学院での研究活動を通して学んだことに,知らず知らずのうちに影響を受けていた部分はあるかもしれませんが,理論ありきで行動を決めたり,理論上の方策が唯一の解決法だと考えたりしていたわけではなかったように思います。

秋山 そもそも管理職になろうと思っていなかったので,特別に何かを読んだり学んだりはしていませんでしたね。ただ,早い時期から看護管理の在り方には関心がありました。

 きっかけは,看護師2年目のときに訪れた米国のベスイスラエル病院で,看護師一人ひとりが自律して働く現場の素晴らしさを知ったことでした。患者さんのアウトカムが高いのはもちろん,皆が生き生きと働いており,このまま米国で看護師になろうかと考えたほどです。ですが,既に完成している環境で働くことは誰にでもできることでしょう? この素晴らしさを知った自分だからこそ,日本でも同じ環境をつくれるのではないかと思い,帰国することにしました。

武村 早い時期からそうした視点を持っていたことがすごいです。

秋山 男だったからだと思います。スタッフの大多数が女性なので,私にとっては何か理屈を立てていないと続けていられない仕事でもありました。そうして,患者さんの自然治癒力を高めるために患者さんの環境を整えることが看護だとするならば,管理者がすべきことは,組織力を高めるためにスタッフの働く環境を整えてあげることだという考えに至りました。

武村 ケアの対象が「患者さん」から「スタッフ」に変わるだけで,看護実践と管理って共通しているんですよね。だからこそ,管理者であっても一看護師であることが生きるのだと思います。

秋山 患者さん同様,スタッフにもさまざまな人がいて,職場では一人ひとりが重要な存在です。看護の専門職として成長していく部分と,チーム内の組織人として成長していく部分,どちらか得意なほうを担ってもらえればよい。飲み会の企画係でもなんでもいいので,とにかく全員に役割を持たせ,チームの一員としての意識を持てるよう心掛けました。

武村 私が管理の面白さを感じたのは,個人が組織として機能したときの力の大きさに気付いたときでした。東大病院にいたころ,希望者を募ってエンゼルケアを見直す活動をしたことがあります。最初のうちは私がリーダーシップを取りましたが,次第にメンバーが主体的に行動し始めました。共に経験して,それぞれが自分の考えを語る中で新しいアイデアが生まれ,チーム全体が活性化していきました。チームがうまく機能したときに得られる相乗効果の大きさに驚き,これが管理の醍醐味だと思ったのです。

他流試合の中で培われる看護の専門性とは

秋山 私は大学病院や老人保健施設,教員などを経た経験から,いろいろな領域で働く中で培われていく看護の専門性があると考えるようになりました。そこで,当院に長く勤務するスタッフにも同じような経験をしてもらいたいと考え,5~10年目くらいの中堅看護師を対象に,訪問看護ステーションなどに約1年間出向するプログラムを昨年から開始しました。

武村 大学病院の看護師が訪問看護を経験できるなんて,素晴らしいプログラムですね。でも実際に一から仕組みをつくるには,強い意思が必要だったのではありませんか。

秋山 それが絶対に良い経験になるという自信がありましたから。プログラムを開始してまだ2年目ですが,面白いくらい皆同じプロセスをたどっていますよ。

 1か月ぐらいで「大学に帰りたい」と言い始め,しばらくはその状況が続く。3か月を過ぎたころに山を越え,半年も経つと面白くなってくるようです。1年後には,ここでもう少し働きたいと言って,そのまま期間を延長したスタッフもいました。戻ってきたスタッフは,施設間の連携に強い看護師として活躍してくれています。

武村 それまでの当たり前が通用しない環境で働くのですから,最初は苦しいでしょうね。

秋山 その通りです。最初の苦しい時期を超えると自信がつくし,他流試合とも言えるような環境に身を置くことで看護師としても一皮むけます。看護の専門性を追求していく上でも,看護師が成長していくこうしたプロセスを理論化していくことは重要だと考えています。ただ理論というものは,自身の経験と合致して初めて,腑に落ちるものだと思うのです。ですから,先入観のない状態で経験して感じたことを,後から理論と結び付けることが理解を深める助けとなるのかもしれません。

武村 初めに理論から入ってしまうと枠組みを持ち過ぎてしまい,その枠でしか物事を見られなくなってしまう可能性があると私も思います。言語化できないものを含め,経験から感じたことをまずは受け止め,時間を掛けて整理することが重要なのでしょうね。私たち看護師は,それぞれの経験から得たものを一つの大きなストーリーとして紡いでいき,それをさらに発展させる形で次の道を拓いていくことが求められているのかもしれません。

ケアを通して患者さんも自分も変わっていく

武村 今日話をしていて,看護の視点は管理に向いているということをあらためて感じました。ただ,「スタッフを引っ張っていける存在でなくてはいけない」「上に立つ者は完璧でなければいけない」といった思いにとらわれてしまい,苦悩している管理者もまだまだ多いような気がします。

秋山 患者さんにとっての良いアウトカムを出すことに主眼を置けば,そこに応えていけるスタッフを育てることが重要なのであって,管理者が完璧である必要はまったくありません。皆どこかでつながっていて,互いに助け合っているのです。

 看護師には,自分自身が他者から,時には患者さんからも気遣い(ケア)を受けることの幸せについてももっと知ってほしいと思っています。なぜなら,ケアを受けることに価値を見いだしていないと,与えることだけが自分を保つ価値になってしまい,時には相手の自律を損なわせてしまいかねないからです。ケアを受ける幸福を認識しているからこそ,その幸福を人にも提供できるのではないでしょうか。

武村 ケアを通して患者さんも変わっていくし,自分も変わっていく。患者さんとのかかわりというのは,まさしく相互作用ですよね。そうした関係性の中で看護ができるよう,ケア本来の価値を共有できる場を演出していきたいです。

(了)


あきやま・ともや氏
1992年東大医学部保健学科(現・健康総合科学科)卒後,同大病院整形外科に勤務。98年同大大学院医学系研究科修士課程修了(保健学)後,新潟県立看護短大助教授。2002年より京大病院に勤務し,11年より同院病院長補佐・看護部長。15年に同院に開設された看護職キャリアパス支援センターのセンター長として,施設間の連携に強い助産師や看護師の育成,地域医療への貢献をめざす。

たけむら・ゆきえ氏
1992年東大医学部保健学科(現・健康総合科学科)卒後,同大病院脳神経外科・外科,虎の門病院分院に勤務。98年に東大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻に進学。2003年同大大学院看護学講座助手を経て,06年より同大病院副看護部長。11年同大医科研病院看護部長,12年副病院長兼務。15年より同大大学院看護管理学分野(基礎看護学教室)准教授。近著に『ミッションマネジメント――対話と信頼による価値共創型の組織づくり』(医学書院)。

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