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第3196号 2016年10月24日


【座談会】

解題「看護のアジェンダ」

萩本 孝子氏
(順天堂大学医学部附属 順天堂東京江東高齢者医療センター 看護部師長)
井部 俊子氏
(聖路加国際大学大学院 看護学研究科特任教授)=司会
手島 恵氏
(千葉大学大学院 看護学研究科教授)


 本紙連載『看護のアジェンダ』は,「看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示する」ことを主旨として2005年にスタートしました。各回のテーマは,看護教育や看護管理はもちろんのこと,終末期医療やケアの本質,映画や文学にまで及びます。時に刺激的な仮説やウィットに富む描写も交えながら看護界の在り方に新たな視点が提示され,さまざまな反響を呼んできました。毎月の連載を楽しみにされている読者も多いのではないでしょうか。

 このたび,連載が『看護のアジェンダ』(医学書院)として書籍化されました。これを機に本座談会では,著者の井部俊子氏を囲み,印象に残るアジェンダのさらなる考察を試みました。読者の皆さんなら,どのアジェンダを選びますか? ぜひ周囲の方々と,大いに語り合ってみてください。


井部 『看護のアジェンダ』の連載時から,手島さんと萩本さんには何度もフィードバックをいただいていました。私の推測からすると,ほとんど全部の回を読んでくださっていたのではないでしょうか。本座談会では,お二人に印象深いアジェンダをご紹介していただきながら,さらに議論を深めていきたいと考えています。

▼繰り返される否定的フィードバックをどう断ち切るか(「看護界の負の遺伝子」本紙2627号,2005年3月28日付)

手島 座談会出席に際し,全ての回をもう一度読み直しました。その中で私が最も感銘を受けたのが「看護界の負の遺伝子」です。『看護のアジェンダ』には,看護界に警鐘を鳴らすメッセージがちりばめられていますが,最も象徴的なのがこの回だと思います。

 「臨地実習で教員の言葉による心的外傷体験を受けている学生が少なからずいる」という話題に始まり,否定的なフィードバックを受けて育った新人看護師がやがて指導者となり,再び否定的フィードバックを繰り返すことを指摘する。こうして「看護界の負の遺伝子が引き継がれる」,と最後は結ばれています。看護界の旧弊は断ち切らなければならないことを,あらためて考えさせられました。

萩本 「自分が教えられたように教える」という風潮は,連載開始から10年以上経った今もまだ根強いですよね。

井部 そうですか。「学生がどのような思いで学校に来ているのか考えていますか」と,学生が私に問うた話を冒頭に書いていますが,この学生は学士編入でした。看護界の現実を批判的にみるには,ある程度の成熟が必要であると実感した記憶があります。

手島 私自身のことを振り返ってみても,厳しい実習指導を受け,やはりそれを受け継ぐ形で厳しい指導を行ってきました。後に米国に渡り,unconditional caring(無条件の愛)によって人が育つ環境を実体験したことで「否定のサイクル」から抜け出せたように思います。「厳しく育てるのがよいことだ」という時代を,日本もそろそろ終わらせないといけません。

井部 けれども学生は,心の底から変化を欲しているのでしょうか。辛い経験も卒業間近になると美化されるのか,卒業時のスライドはいつもハッピーエンドです。私はそれを毎年見せられているので,本当に実習環境を変えたいのか,単にパフォーマンスとして批判しているだけなのか,時々わからなくなることがあります。

手島 そして後輩に否定的フィードバックを繰り返しているかもしれません。

井部 そう。これはいつか,卒業生を対象に検証したいと思っています。

▼医療事故発生後,スタッフを守るため管理者はどうあるべきか(「管理責任をとるということ」本紙2647号,2005年8月29日付)

萩本 私は院内の医療安全管理委員会の活動で,医療安全対策や事故発生後の対応の難しさを痛感してきました。『看護のアジェンダ』には医療安全にまつわる話がたびたび出てきますが,中でも「管理責任をとるということ」は印象に残っています。

 重大な医療事故の発生後,警察の介入が始まり,ついにはスタッフら7人が書類送検されてしまう。遺族からの嘆願書が必要となって院長と副院長(兼看護部長)が遺族の家に出向く場面の記述は,「スタッフを守る」という管理者2人の強い意思が読み取れました。6時間に及ぶ遺族との交渉の中での副院長の心理状態を想像し,管理責任を強調し泣きながら土下座した院長の行動にも感銘を受けました。

 幸いにして私自身は重大事故の経験はありませんが,現場はいつも危険と隣り合わせです。自分だったらどう行動するのか。患者家族に対応する覚悟はあるか。スタッフを守る立場にある管理者として,深く考える機会になりました。

井部 この回は,ある講演会で聴講した話を題材にしています。警察からの事情聴取が3時間を超すと,副院長が必ず警察に電話して「もう帰してほしい」とお願いしたというエピソードがすごく記憶に残っていますね。当事者にしかわからない大事なことを,この副院長からは教わりました。

手島 結語部分で,2人の管理者を評して「そこには人間の潔さと誇りが感じられた」と書かれています。こういう管理者がいる組織は強いでしょうね。

井部 ところで,事情聴取を受けたことはありますか。

手島・萩本 ありません。

井部 私もないのですが,この講演会とは別の機会にも,経験者の話を聞きました。事情聴取の際に推測の域を出ないことまで話してしまい,それが調書に残って,不利な判決につながったということです。概して医療職は無防備なので,スタッフを守るためには,管理者が日頃から事故発生後の対応について学んでおくことが必要であると感じました。

▼文明の発達に伴うケアの力量低下にどう対処するか(「文明と看護」本紙2766号,2008年1月28日付)

手島 「文明と看護」を読んだときは笑い転げたことを,鮮明に覚えています。ある朝,大学の廊下にH教授の叫び声が響きわたる。トイレの便器の中に排泄物が流されないままあったのを見て彼女は叫んだのだ,というあの出だしです。

 最近のトイレは便座から立ち上がると自動的に水が流れますから,こういうことが起こり得ますよね。そこから「看護学部入学生の生活体験調査」(主任研究者=聖路加国際大・菱沼典子氏)の紹介に移り,「文明の発達がもたらすケアの力量低下」というテーマにつなげる切り口が斬新でした。

井部 生活体験調査は,33項目について尋ねています。「浴槽に湯が入っていると,湯をかき回してから入る」という項目では,なんと7割近くの学生が「経験がない」と答えています。

手島 そもそも,入浴前に湯に手を入れる習慣さえないのかもしれません。それでは,入浴事故の原因になりますね。

井部 ただ,確かに私も,日常生活においては最近やってないですね。昔は入浴前に湯に手を入れて温度を確認するのが普通の生活感覚でしたが,今は温度を事前設定しているので不要になりました。こうして文明が発達する一方で,例えば新生児の沐浴はお湯に手を入れて準備する。その際は自分の肌感覚が大切なのですが,この切り替えが学生には難しいようです。

萩本 パルスオキシメーターが普及し,脈を測れないナースも増えています。

手島 災害時などは,機器に頼らずにアセスメントする能力がないと対応できないわけですよね。文明が発達するなか,看護教育や看護管理はどうあるべきかを考えさせられた記事でした。

井部 またH教授の叫び声が聞こえてきそうです(笑)。

▼表の承認と裏の承認,上司・部下の承認と患者・家族の承認(「承認」本紙2835号,2009年6月22日付)

手島 「承認」は,“ぐっと来た”回です。承認には,優れた能力や業績をたたえるとか,個性を尊重するといった〈表の承認〉と,規律や序列を守ることを重視し,奥ゆかしさや陰徳を尊ぶ〈裏の承認〉があることを,『承認欲求』(太田肇著,東洋経済新報社)をもとに解説。それに続く,「承認」を修士論文のテーマとした院生Aさんの話が素敵です。

井部 「いつも控え目に発言し,自らを励ましながら,少し強くなったA」と描写しました。実はこのAさん,萩本さんなのです。

萩本 当時は研究テーマがやっと決まり,方向性が見えてきたころでした。そこまでたどり着くのに,井部さんにはご迷惑をおかけしました。

井部 何回も泣かせましたね。

萩本 泣きました(笑)。

手島 病棟師長として働きながらの大学院進学ですよね。もともと,どのような問題意識があって大学院で学ばれたのでしょうか。

萩本 漠然とですが,「中堅看護師がいかに退職しないで済むか」ということを考えていました。

井部 現場で培った経験を研究テーマに昇華させるのは大変ですよね。「どうしてそんなふうに考えるの?」「きっかけは何なの?」と問い掛けながら,テーマを絞っていくのにかなりの時間が必要でした。

手島 「承認」の回では,萩本さんが勤務する病棟に入院していた患者さんのご家族による,新聞への投書が紹介されています。「明るく優しく最期を迎えた父」という題名で看護師への感謝の思いがつづられていて,全ての医療従事者に対する承認のメッセージとして読ませていただきました。

萩本 私はこの投書を読んだときに,患者・家族からのフィードバックは承認の効力がすごく強いことを実感しました。管理者が承認するのとはまたちょっと種類が違う。より長く心に残るし,職業人としての達成感や今後のキャリアにも結び付くのだと思いました。

井部 投書を読んだ病棟スタッフの反応はどうでしたか。

萩本 私たちの看護が公に評価されたことを喜ぶ一方で,ちょっとした驚きの声もあったような気がします。というのも,投書の中で「30分間も父の話を聞いてくれた」と感謝された男性看護師は,実は落ちこぼれタイプだったんです。

井部 そうだったのですか。

萩本 誠実な性格なので患者さんの要望を受け入れたのでしょうけど,その間はナースコールに対応できないので,周りのスタッフはフォローが大変だったようです。

井部 ではこの看護師は,意図的に30分間話を聞こうとしたわけではないのですね。

萩本 おそらく。

井部 もしかしたら患者さんは,その男性看護師の少し頼りないけど優しいところに好意を持ったのかもしれません。

萩本 そうかもしれないですね。

井部 テキパキやるだけが看護ではないですよね。“できない”人のほうが,患者にとってはいい看護師のこともある。そういう面も,管理者は見ておかないと。聖書にある通り,「それぞれが賜物を受けているのですから,神のさまざまな恵みの良い管理者として,その賜物を用いて,互いに仕え合いなさい」(第1ペテロ4章10節)です。

▼「感動を生む看護」が引き起こされる環境をいかにデザインするか(「ぬくもり」本紙2655号,2005年10月24日付)

手島 同じく新聞投書欄を題材にした「ぬくもり」も,看護の価値を思い起こさせてくれるものです。自殺に失敗した若者が,救命救急センターでの看護師とのさりげない会話から,生きることの価値に気付いていく。「人生の価値を問う行為を日常的に行う」のが看護の仕事である,という指摘にドキッとさせられました。

井部 連載初期に最も反響が大きかった記事です。救急外来の師長が記事のコピーをスタッフに配って,「このような仕事を日々行っている皆さんを誇りに思います」と激励したという話も伝わってきました。

 ただ,「承認」や「ぬくもり」は感動的なエピソードですけど,その感動を生む看護の仕事が偶発的なんですね。意図や予測があるわけではない。どうしたら意図的に感動を引き起こせるのでしょうか。

手島 その偶発が起こりやすい環境をつくることが,管理者の役割かもしれません。

井部 だとしたら,いったい何がそこで起きているのかをまずは明らかにする必要がある。

手島 看護における「真実の瞬間」()ですね。

井部 まさに。そこをどうやって研究して学問にするか,です。「忘れられない看護エピソード」(主催=厚労省・日看協)にしても毎年数千通の応募があって,そのぶんだけ看護による化学反応が引き起こされているはずです。あれを研究に活かさないのは,もったいない気がします。

▼「受容と共感」から,「発言と行動」の看護へ(「現代のチーミング」本紙3154号,2015年12月14日付)

萩本 「現代のチーミング」では,『チームが機能するとはどういうことか』(エイミー・C・エドモンドソン著,英治出版)が紹介されています。私もこの本を読み,自部署に当てはめて業務改善を図っていた時期で,タイムリーでした。

 井部さんも本から引用されていますが,チームが機能するには「心理的に安全な場をつくる」ことがいかに大切かを身にしみて感じています。声の大きい人の意見だけが通ってしまう組織では,意見交換によって良いアイデアが生まれることがなく,医療安全上も好ましくありません。スタッフの心理的安全を守って全員に意見を出してもらうことを,最近は心掛けています。

井部 本から引用した箇所で,「職場で直面する4つのイメージリスクによる不安」(①無知だと思われる不安,②無能だと思われる不安,③ネガティブだと思われる不安,④邪魔をする人だと思われる不安)が積極的に意見を言うかどうかを左右する,とあります。これら不安が,日本だけでなく,世界共通であることが私にとって最大の発見でした。

萩本 自分も大学院に入ったときは,こうした不安があるせいで発言できなかったように思います。

井部 この回の結語は,「『受容』と『共感』をモットーとする看護チーミングが,『発言』と『行動』のチーミングに変容する必要がある」としました。これらの単語をセットで並べるのは,かなり考えてのことです。

手島 「受容と共感から,発言と行動へ」というのは,連載を通しての一貫したメッセージではないでしょうか。

井部 そうかもしれません。受容と共感,それ自体はすごく重要です。けれど,受け止めることに終始するのではなく,そこから発言と行動につなげなければ看護界は何も変わらない。このことも,心に留めておく必要があると思うのです。

▼「業務はしているけどケアはしていない」現場の実態(「入院時のチェック」本紙3172号,2016年4月25日付)

萩本 「入院時のチェック」は,「なぜ井部さんは大学にいながらにして現場のことをわかってくださるのか」と素直に感動しました。

井部 受容と共感ですね(笑)。

萩本 ここ数年,入院時にルーティンでチェックする項目は増えるばかりで,その記録にも膨大な時間がかかっています。省ける項目を看護部で検討したこともありますが,診療報酬に絡むなどの理由でなかなか減らせません。本当にどうしたらいいのか。

井部 「私たちは業務はしているけどケアはしていない」という新人看護師に対して,以前の私なら「そんなことはない。業務のなかにケアはある」と反論してきました。しかし,こういう実態を見せつけられて,「確かにこれは業務としてやらざるを得ない」と思い直しました。タイトルも,「入院時の“ケア”」とはしていません。

萩本 チェックはするけど,その後のケアに発展しない項目が多いわけですよね。そうなると,単なる業務になってしまう。

井部 結語にも書いた通り,看護記録が本来の目的からずれつつある。診療報酬算定の証拠ならば,別に看護師がやる必要はないでしょう?

手島 先日のあるシンポジウムでも,この話題になりましたね。政策立案者に問題を投げ掛けていかないと,現場はもう限界がきているのではないかと。

井部 そして意外にも,入院時のチェックがスタッフにとってどれほど負担になっているかを,看護管理者は知らないのです。ましてや病院長は知らないし,政策立案者に伝わりようがない。

手島 現場からの「発言と行動」が必要ですね。

井部 ただ,現場はその余裕がないんですよね。私は,臨床ナースの環境が“口封じ”だといつも思うのです。発言と行動に割く時間や機会がないので,結局は諦めてしまう。この回は“傍ら痛し”で,いたたまれない気持ちで書いてはみたものの,解決策が提示できないままです。日本看護管理学会の「看護の適正評価に関する検討委員会」の活動にも着目していく必要がありそうです。

萩本 まずは,全国の医療者にこの問題を投げ掛けてくださったことに,とても感謝しています。

 この回だけでなく,師長同士で意見交換をしたり,お互いの管理の視点を養ったりする上でも,『看護のアジェンダ』を活用させていただいています。

井部 『看護のアジェンダ』に関心を持ち続けてくださったことに感謝します。私たちの看護は,かくもアジェンダがあり,議論を重ねていく必要がありそうです。ありがとうございました。

(了)

註:接客などの現場で従業員が顧客と接するわずかな時間。この瞬間が企業全体の評価を左右することから,“真実の瞬間”に向けた組織変革が必要とされる。『真実の瞬間』(ヤン・カールソン著,ダイヤモンド社)はサービス・マネジメント論の古典的著作。


いべ・としこ氏
1969年聖路加看護大卒。同年聖路加国際病院に入職。以後,日赤看護大講師,聖路加国際病院看護部長・副院長を経て,2003 年聖路加看護大教授(看護管理学),04年から聖路加看護大学長(14 年に聖路加国際大と改称)。16年4月より現職。看護系学会等社会保険連合(看保連)代表も務める。博士(看護学)。著書に『看護のアジェンダ』(医学書院),『マネジメントの探究』(ライフサポート社)など。

てしま・めぐみ氏
1981年徳島大教育学部特別教科(看護)教員養成課程卒。83年千葉大大学院看護学研究科修士課程修了。臨床で勤務の後,93年まで聖路加看護大で教育・研究に従事。93年から米国ミネソタ大にて客員研究員を経て博士課程単位取得。帰国後,東札幌病院で副看護部長を務め,2001年より現職。著書に『看護のためのポジティブ・マネジメント』(医学書院)など。

はぎもと・たかこ氏
1986年東北大医学部附属医療技術短大卒。2002年大学評価学位授与機構で看護学学士取得。09年聖路加看護大大学院看護管理学専攻修士課程修了。短大卒業後から臨床での勤務を継続し1994年より順大医学部附属順天堂医院で勤務。2003年より同院師長,16年3月より現職。日本看護管理学会誌掲載の共著「看護師長の承認行為尺度の開発」が15年第19回日本看護管理学会学術集会において学術論文奨励賞を受賞。