MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2016.05.16
Medical Library 書評・新刊案内
内海 健 著
《評 者》徳田 裕志(高田馬場診療所院長)
ASD臨床のための貴重な道標
人は誰しも何らかの障碍を担うものではあるが,自閉症スペクトラム(以下ASD)的特質を負って世にすむことも大いなる労苦を伴う。その心的世界,精神/神経機能上の偏倚,現実世界との折り合えなさ,生活上の困苦を深く理解し,必要な支援を紡ぎ出そうと努めることは,精神科医を含め支援者たちの職責である。ASDの臨床が混乱している昨今であるが,本書はそのための貴重な道標となってくれる。広く知られるようになった妙な言葉「心の理論」を解き明かし,まなざしやおもざし,呼び掛けという他者からの志向性によって自己が立ち上がることの障碍を活写する。言語が道具であらざるを得ないことや語用論的障碍について,言語というものの根源的意義から問い直す。その他,パニックやタイム・スリップ現象,特異な時間体験,文脈やカテゴリー化の困難,感覚過敏などASDに伴う諸症候について精神病理学的視点より考察する。そして,それらを踏まえて臨床上の実際的具体的工夫を示唆してくれており,明日の臨床に役立つものである。評者自身の精神的資質や日頃の臨床と照合しつつ,格闘して読んだ。
あくまで評者の臨床感覚以上のことではないが全面的には肯えなかった点として,統合失調症は定型発達の病でありASDとは全く別であると明瞭に言い過ぎているように思う。ASD概念の事始めより,統合失調症との区別は大問題であった。自閉症の名付け親Kannerも迷ったし,統合失調病質の子どもについて述べたWolffとアスペルガー症候群を提唱したWingが対立した経緯もある。想定される本質的病理は異なるのだが,臨床上は鑑別が難しいことも多いように思われる。診断名を付けねばならないという陥りがちなこだわりから離れて,いわば安全感喪失の病たる統合失調症的要素と,ASDを含めた神経発達性の要素とが,別の方向への軸としてどちらもスペクトラム的な濃淡を持って同一個人の中に存在するというとらえ方をすることは一つの解決であると思う。
もう一点は,ASDと診断されればこれが優先されるとしていることである。スペクトラム(程度の問題)として理解することに支障を来しかねず,表層的に解してしまうと筆者の意図から逸して最近のASD診断濫用の傾向を助長する可能性への危惧を抱いたので一応記しておく。
また,具体例を記した多くのvignetteはとてもわかりやすいが,読者はここに示される特徴があるからといってASDと即断することのないように願いたい。個々の症候の有無で判断してはならず,現象学的態度(見聞きし学んだことは括弧に入れて素の心で目の前の事象に向き合うこと)を忘れてはならないのである。筆者も指摘し憂えているように,単なるスティグマとなってしまっているような状況を散見するので,肝要なのは診断をすることではなく適切な理解と関与であるという初心に立ち戻り,本書によって深められたものを糧として今日も臨床にいそしみたい。
A5・頁304 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02408-2
福井 次矢,奈良 信雄 編
《評 者》徳田 安春(地域医療機能推進機構(JCHO)本部顧問)
標準的教科書でありながら,実践的な学習書
「医学」を意味する“Medicine”には,「内科」という意味もあります。将来専攻する基本領域にかかわらず,全ての医師には,“Medical Diagnosis”すなわち「内科診断学」の学習が勧められます。医学生や初期研修医にとっては,内科診断学は医療面接や診察法を行う基礎となる学問であり,各論的な症候学と合わせて,最も重要な臨床医学の学ぶべき領域となります。
さらには,新しい内科専門研修を専攻する医師には,将来のサブスペシャリティー診療科の種類にかかわらず,総合(一般)内科的な知識の習得と経験が求められており,内科診断学は研修目標のコアとなるでしょう。また,総合診療専門研修を専攻する医師にとっても,病院総合や家庭医療のいずれを選択するにせよ,多くの内科系疾患の初期診断過程にかかわることから,内科診断学を学ぶことが必須です。
内科診断学を効果的に学ぶためには,内科の実習や研修で臨床経験を積むことに加え,まず本書のような標準的な教科書を利用することをお勧めします。第I章「診断の考え方」では,基本的な診断の意義や論理に加え,Evidence-based Diagnosisや誤診に至る心理など最近のトピックが取り上げられています。そして第II章「診察の進め方」では,医療面接法,部位別身体診察法,検査の計画と解釈,POMR(Problem Oriented Medical Record)による診療録の記載法の基本が網羅されています。
本書のコア部分であり,かつユニークで非常に有用なものが第III章「症候・病態編」です。それぞれの症候・病態の定義,患者の訴え方,頻度,病態生理,原因疾患の相対的頻度,診断の進め方としての医療面接,身体診察,診断のターニングポイント,必要なスクリーニング検査と確定診断法が,豊富な図表や実践的アルゴリズムとともに,理路整然と展開されています。
それぞれの症候・病態における原因疾患については,各症候の項目でユニークな二次元図が付いており,臨床的重要度(横軸)と疾患頻度(縦軸)の相対的な位置が一目でわかるような工夫がなされており,記憶に残りやすいでしょう。
第IV章「症例編」では,実例を用いた診断思考プロセスが示されており,内科診断の実践的なロジックを習得するのに役立ちます。「見逃してはならない疾患」の鑑別診断も含む診断仮説を立てて,正確な診断に到達する道筋が,最後のクリニカルパールとともに,明快に解説されています。
このように,本書は内科診断学の標準的教科書でありながら,実践的な学習ができるように工夫されており,医学生,研修医のみならず全ての医師にお勧めしたいと思います。
B5・頁1066 定価:本体9,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02064-0
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