医学界新聞

連載

2016.04.25


看護のアジェンダ
 看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第136回〉
入院時のチェック

井部俊子
聖路加国際大学特任教授


前回よりつづく

 ある研究会で説明された資料をみて,私は内心がくぜんとした。新人看護師の「私たちは業務はしているがケアをしていない」という嘆きが“なるほどこのことか”と思ったからである。

延々と続く「入院時のルーティンと記録」

 現代の病棟はチェックリスト満載である。急性期病院(400床以上)のある病棟をみてみよう。患者が入院してきたらルーティンとしてやらなければならない看護師の業務である。

1)入院時の初期情報を収集する。チェックリストに従って以下の項目を患者に尋ねる。ヘルスプロモーション/栄養/排泄/活動・休息/知覚・認知/自己知覚/役割関係/セクシャリティ/コーピング・ストレス耐性/生活原理/安全・防御/安楽/成長・発達。

2)家族情報を収集する。連絡先とエコマップを確認する。

3)次に持参薬を確認する。お薬手帳はありますか,服用している薬は何ですか。そして持参した薬を預かり,当日服用する薬を準備する。一連の作業は薬剤部と協働するが,時間がかかる。

4)そして「アセスメント」が始まる。まず「転倒・転落アセスメント」である。チェックリストに沿って,転倒危険度をIからIIIに分類し,看護計画に書き入れ対応策を実施する。「スリッパではなく,底がすべらない靴を履きましょう」などと。

5)もうひとつの「アセスメント」がある。「褥瘡発生リスクアセスメント」である。褥瘡を発生させる危険性(リスク度)を見積もり,看護計画に反映させる。褥瘡のリスクがあれば,褥瘡ケアチームに連絡し情報を共有する。これは「褥瘡ハイリスク患者ケア加算」の算定要件である。診療報酬を得るためにやっておかなければならない。

6)退院する際に必要な情報収集を行う。「退院支援スクリーニング」である。48時間以内に退院支援を必要とする患者を同定し,簡易総合機能評価を行う。さらに,介護保険情報と家屋情報について聴取する。これらは「退院調整加算」「総合評価加算」という診療報酬の算定要件である。

7)続いて,要支援者には「退院支援計画書」の作成に着手する(これも退院調整加算の算定要件である)。

8)そして,初期情報や転倒リスク・褥瘡リスクアセスメント等の情報をもとに看護計画を立案する。

9)そうした全ての情報・計画を看護記録として残さなければならない。看護記録を看護指示としてシステム化している病院では,褥瘡予防のための計画,深部静脈血栓予防のための計画,血糖・インスリン,食前薬・時間薬,週1回の体重測定,検査のための蓄尿開始時間と終了(検体提出)時間,看護師が管理する必要のある補聴器・義歯を確認すること等の情報を入力する。

10)そしてまだある。次は看護必要度のチェックである。A項目(モニタリングおよび処置等)とB項目(患者の状況等)を点検し該当項目をチェックする。看護必要度は毎日評価しなければならない。7対1入院基本料の算定要件となる。診療報酬改定後の2016年度からはC項目が加わる。

11)次は,入院診療計画書を完成させる。医師,看護師など多職種協働で作成し,個別性のある内容に仕上げる。これも入院基本料の算定要件のひとつである。

12)その他,入院日が手術前日であると術前オリエンテーションをする。入院による環境変化で混乱しないように環境調整をしたり,コミュニケーションの取り方の工夫,点滴方法やADLの範囲を確認するための打ち合わせを行うカンファレンスの場を持つ。高齢者と家族には,転倒を防ぐためにどんな靴を履いたらよいか,補聴器の取り扱い,環境を整えておくことなどの説明を行う。

診療報酬算定の証拠としての看護記録

 一連の作業プロセスは記録しなければならないため,電子カルテの画面をクリックしてどこに何を入力するかを覚えなければならない。

 こうして,いわゆる「入院時のチェック」を完了するために2~3時間かかるという。入院患者を担当する看護師は他にも患者を担当しているため,入院患者への対応と掛け持ちで「業務とケア」をこなしていかなければならない。「1人の看護師が7人を受け持つ」というスタンダードが7対1入院基本料であるから,入院患者1人とすでに入院している患者6人が受け持ちとなる。そのなかには手術をする人もいれば,退院する人もいる。抗がん剤の治療を始めた人もいる。人工呼吸器で呼吸を維持している人もいる。彼らのケアを常に気に掛けながら,入院患者について決められたチェックをし,診療報酬算定の証拠とするための情報を入力する。臨床では次々にチェック項目が増え,記録が要求される。

 看護記録の目的は,以前のように患者のケアのためというよりも,診療報酬算定の証拠とすることになりつつあると臨床家は嘆く。そして臨床では,困難を指摘する余裕も手段もなく,ひたすら漏れがないように働く。できれば入院患者を減らしたいというつぶやきは,チェックリストに圧倒され記録に追われている看護師の,人間的な叫びかもしれない。

つづく

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