医学界新聞

2016.04.04



Medical Library 書評・新刊案内


臨床てんかん学

兼本 浩祐,丸 栄一,小国 弘量,池田 昭夫,川合 謙介 編

《評 者》大澤 真木子(東女医大名誉教授)

臨床現場で役立つてんかんの百科事典

 一言で言えば,素晴らしい書である! 国際的にも活躍中で著名な各分野のリーダーである5人の編集者〔兼本浩祐氏(精神医学),丸栄一氏(基礎医学),小国弘量氏(小児神経学),池田昭夫氏(神経内科学),川合謙介氏(脳神経外科学)〕による,臨床現場で役立つてんかんの百科事典のような本である。数多くの執筆者は,熱烈なてんかん学探究者であり,それぞれの分野で眼を輝かせながらそれぞれの視点でてんかんの真実に迫ろうと日々切磋琢磨しておられる。本文653ページ,数字・欧文索引6ページ,和文索引11ページ,図228点,表116点より成る。

 「第1章 歴史的展望」では欧米,日本,分類,外科治療の歴史が,「第2章 てんかんの疫学」では疫学調査の方法,成績,今後の方向が,「第3章 てんかんの病理学」では,海馬硬化,大脳異形成,てんかん原性脳腫瘍や周産期脳障害,脳動静脈奇形,海綿状血管腫など,脳血管障害や先天代謝異常症が美しいカラーの図で説明されている。

 「第4章 てんかんの生理学」ではキンドリング,イオンチャネル,シナプス伝達物質と受容体,グリア細胞や血液-脳関門の機能にも言及している。脳内環境のホメオスターシス,焦点性てんかん,欠神てんかんの神経機序が親切な図と新知見とともに整理可能で,抗てんかん薬の作用機序の理解にも有用である。

 「第5章 てんかんの遺伝学」では,遺伝・遺伝子関係の用語解説から始まり,メンデル遺伝形式を示す疾患とてんかん,先天的な構造異常(限局性皮質異形成,異所性灰白質,裂脳症,神経皮膚症候群),特発性全般てんかんと遺伝性の標準的な説明がある。

 「第6章 徴候・訴えから考える鑑別診断」では,鑑別診断は専門家であっても決して容易な作業でないことにも言及し,てんかん診断の特異性と醍醐味を「証言の積み重ねによって起こった出来事を再構築する裁判の判決のような作業」と初心者にも合点がいくように述べられている。症例の経過見取り図や,初発てんかん発作らしい発作に遭遇したときの鑑別診断のプロセスが図示されている。けいれんという語の曖昧さや,症候として脱力・転倒,笑い・泣き,意識障害・認知障害,主観的訴えにも言及している。

 「第7章 てんかん発作の症候学」では年齢と特異的てんかん症候群の分布図と解説もあり,脳の発達に伴い発作が発生し年齢とともに自己解決するてんかん症候群の不思議に迫る。

 「第11章 てんかんおよびてんかん類似症候群」では,前者では反射てんかんが詳述され,また後者では,心因性非てんかん性発作,失神,片頭痛,一過性脳虚血発作,一過性全健忘,ナルコレプシー,レム睡眠行動障害や発作性(非)運動誘発性ジスキネジアなどの状態にも記述が及ぶ。

 「第15章 ライフステージによる課題とその対処法」では,学校生活,告知,ピア・カウンセリング,就労,結婚,妊娠・出産,運転免許,公的助成制度,さらには親亡き後の介護にまで言及されており,患者に真正面から向き合い全人的医療を考慮したもので,臨床に役立つことを見据えた本書ならではの取り上げ方であろう。さらに,医療連携(第16章),ガイドラインの特徴と使い方(第17章)にも言及されている。

B5・頁688 定価:本体15,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02119-7


グラント解剖学図譜 第7版

Anne M. R. Agur,Arthur F. Dalley 原著
坂井 建雄 監訳
小林 靖,小林 直人,市村 浩一郎,西井 清雅 訳

《評 者》竹田 扇(山梨大教授・解剖学)

現代解剖学の規範的アトラス変わらないものと,進化するもの

 人間は規範(norm,ノルム)を求める。自らの相対的位置を規範に照合して決めることで,落ち着き,安心できるからである。では,何が規範たり得るのか。現代はインターネットを使ったサイバースペースに情報が満ち溢れており,何を規範としたらよいのかを決めかねる時代である。そこでの情報は玉石混淆であり,かつ専門家や同好の士の査読を経ていないため多くは信頼できず,当然規範とはなり得ない。

 一方,それぞれの分野であまたの成書が用意されていると,規範とすべきものを選定する判断基準が問われる。このとき,長く版を重ね続けてきた教科書,参考書にはやはり規範たり得る理由がある。そこには伝統というたすきで受け継がれた,変わらない,確かな知識が存在するためである。

 『グラント解剖学図譜 第7版』はまさにそのような,解剖学における規範的な知を求める者にとって好適なアトラスと言える。1943年の初版以来,実に70年以上続いている名著であり,原書は既に13版を重ねている。本書の最大の特徴として,初版より続く実物の観察によって描かれた多くの図版があるが,そこには熟練の解剖学者の肉眼を通じて得られた視覚情報が見事に捨象,統合された構造物として描かれている。これらは初学者が実際に人体を解剖しながら学ぶ上で,写真アトラスでは代用のできない頼りがいのある案内役となるであろう。

 他方,本書は創業の理念を押さえつつも積極的に新しい情報や視点を加えることで時代の医学教育の要請に応え進化しながら,守成にも成功している。各章の末尾に加えられている画像診断情報はまさにその代表例で,これらは臨床医学を未習の医学生にも,解剖学の知識が臨床の理解に必須のものであることを端的に提示する。さらには重要な構造や概念を,適切なモデル図を用いて説明し理解を助ける思想が本書全体に貫かれている。それらは,臨床実習中の医学生が現場で得た医学知識を解剖学に立ち返り有機的に統合しようとする際にも,現役医師が卒後数年経って自分の専門領域以外の局所解剖学を俯瞰したいときにも便利である。

 以上の理由から本書を,系統講義において若干羅列的にならざるを得ない知識に潤いを与え,肉眼解剖実習の現場でも局所の構造同定に役立ち,臨床解剖学の重要性を理解させる,という規範的かつ全方位的な解剖学アトラスとして全ての医学生に薦めたい。本書の監訳がわが国の規範的な解剖学者によるものであるところも心強い。

A4変型・頁920 定価:本体15,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02086-2


自閉症スペクトラムの精神病理
星をつぐ人たちのために

内海 健 著

《評 者》神尾 陽子(国立精神・神経医療研究センター 児童・思春期精神保健研究部部長)

開眼の衝撃を与える一冊

 本書は成人自閉症スペクトラム障害(ASD),それも高い言語能力を持つ患者,あるいはASDと診断されるほど極端ではないが強いASD特性を持つ成人患者(閾下ASD)を対象としている。発達障害への感度が上がった今日なお,言語を流ちょうに話すASD(閾下ASDも)の人々は幼児期に「発達の遅れ」というわかりやすい要素がないがために,周囲に理解されないという長い孤独の時間を過ごし,社会に居場所を求めて苦闘している。そして精神科臨床にはこうした成人ASDが一定の割合で潜在する。

 診療時間を十分に取れない精神科医にとって,通常の医師-患者関係を築きにくいこうした一群の患者の深刻なニーズはわかるものの,どのように彼らの訴えを理解し,対応するのがよいかはすぐにでも知りたいところであるだけに,ASDの精神内界に迫る本書はその先鞭をつけた待望の一冊と言える。精神病理学者として多数の名著を世に送ってきた著者の手による初のASD論である本書は,精神病理学をベースとしているが精神病理学だけに閉じられていない点で全ての読者にとって読みやすくかつ刺激的な内容となっている。発達障害に苦手な印象を抱いている精神科臨床医には開眼の衝撃を与え,また発達障害の知識を持つ読者には自らの臨床経験に立ってその前提を批判的に検討することを促すに違いない。

 「第1章『心の理論』のどこがまちがっているのか?」で取り上げられたのは,「定説化」している自閉症の「心の理論」仮説である。この心理学的仮説は1980年代に脚光を浴びた後,主役の座から降りたものの今なおASDの脳画像研究などでは前提とされることが少なくないが,著者はこれを正面から批判的に検証し,自閉症仮説以前に,そもそも人が他者を理解する際の仮説として間違っている,と一蹴する。まず自己ありきという「心の理論」仮説に対して,他者からの志向性に対して立ち上がってこない自己をASDの問題の本質ととらえ,既成の発達心理学の発達論や自閉症の症候論を広く展望した上で他者に対する了解,という観点から論を展開する。そしてASD者は発達過程のいずれかの時点で自己にめざめるが,そのめざめこそが成人ASD者の固有の問題を形作る,とする。このような議論は,著者の視線がASD者,定型発達者双方に向けられ,これまで見る側であった定型発達のありようを容赦なく問い直し相対化した結果,生まれたものである。

 成人ASD者のエビデンスのピースをつなぎ合わせることができないでいた評者の立場からは,文献を展望した上でご自身の豊富な臨床経験を素材として内海先生ならではの論考を加えてこうした精神病理学的臨床論を提示してくださったことに心から感謝したい。女性ASDのアンメット・ニーズの奥底に光を当てたという点も,本書の試みは新しい。これを機に精神医学においてASD,そして発達障害をめぐる架橋的な治療論が活発となることを期待する。

 本書の利点として「はじめに」に次のような文章がさりげなく書かれている。「適応が改善していくということである。小さな工夫の積み重ねが,意外なほど役に立つ。その前提となるのが,彼ら彼女たちの精神世界を理解することである」(p.2)。このくだりこそが本書の価値を一番表しているかもしれない。

A5・頁304 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02408-2


《眼科臨床エキスパート》
緑内障治療のアップデート

吉村 長久,後藤 浩,谷原 秀信 シリーズ編集
杉山 和久,谷原 秀信 編

《評 者》富田 剛司(東邦大医療センター大橋病院眼科診療部長)

緑内障治療の最新のスタンダードを示唆する教科書

 医学書院の《眼科臨床エキスパート》シリーズに新たに『緑内障治療のアップデート』が加わった。金沢大の杉山和久教授ならびに熊本大の谷原秀信教授という現在の日本の緑内障学を牽引する最も脂の乗った先生方の編集によるものである。昨今は,医療のスタンダーダイゼーションの波が押し寄せ,さらにはエビデンスに基づいた医療の実行が世界的な規模で求められるようになってきている。わが国でも今後,眼科分野においても新しい診療ガイドラインの策定が精力的に行われるようになると思われる。

 そのような流れの中で,緑内障治療に関する現時点における最もアップツーデートで新しいスタンダード,いわゆる,preferred practice pattern(PPP)につながる流れを示唆する教科書が本書であると考える。ただ難しい文献を並べて,それを云々する内容ではない。より積極的に,この手技・治療はこうあるべきだということを主張しつつ,その根拠を文献によってしっかり押さえてある。

 具体的には,緑内障病型ごとにその対処法と実際の点眼処方例が商品名で挙げられている。どの時点で手術治療を考慮するかについても具体的に記載されている。イラストもきれいで,写真の解像度も良くクオリティーが高い。相当に吟味されていると感心する。特にチューブシャント手術の項目は,これまでの教科書ではなかなか詳細な解説はなかったが,テクニックも詳しく述べられている。

 また,今後の緑内障手術の傾向としてmicroinvasive glaucoma surgery(MIGS)が注目されているが,その一端として,全周sutureトラベクロトミーなども収載されており,大変参考になる。さらには,手術手技はいくらイラストや写真で解説してもうまく伝わらないものだが,Web動画でも閲覧できるという優れものである。

 眼科初心者,専門医をめざす人はもとより,現在の緑内障治療は少し前とはずいぶん違ってきていることを,シニアのドクターにも本書で確認していただきたい。ただ,強調したいのは,単にハウツーだけに関心を持つのではなく,なぜそうなのか,という本書が訴えている根本のところも押さえていただければ幸いである。

B5・頁424 定価:本体17,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02379-5

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