医学界新聞

2015.06.15



Medical Library 書評・新刊案内


《シリーズ ケアをひらく》
漢方水先案内
医学の東へ

津田 篤太郎 著

《評 者》舛本 真理子(武蔵野赤十字病院腫瘍内科)

膠着状態からの突破口を理屈で教えてくれる本

 まず,この本は題名通り「水先案内」です。通読しても,残念ながら手っ取り早く漢方が使いこなせるようにはなりません。しかし読後は,漢方に対するイメージの変化と,新鮮な発見があると思います。

 できれば,「漢方ってちょっと邪道だ!」などと思っている理屈っぽい若人にこそ,読んでほしい本だと感じました。理屈で応えてくれる本ですので。

何をやってもダメなとき
 私たち日本の医療者が学校で習ってきた知識は,ほとんどが「西洋医学」をバックボーンとしていたと思います。すなわち疾病とは「本来オーガナイズされた人体の機能の破綻」に由来し,それを是正すれば治るという理論です(ちょっと乱暴ですが)。大学の講義室の中では,西洋医学の知の蓄積にのっとり適切に問診・診察・検査をして,患者さんの不具合を客観的に洗い出し,それを解決することが治療である――というあらすじが,いつでも通用するかのように見えました。少なくとも素直な医学生であった私には。

 私のようにナイーヴでなくとも,臨床現場において,こうした枠組みが通用しない状況に遭遇し困ったことは,誰にもあるのではないでしょうか。すなわち「診察上は異常ない」のに,患者さんは苦しみ続けている。効くはずの薬が無効な上に,薬を変えるたびにまれな副作用が次々出て,泥沼化。とにかく「何をやってもダメ」。

漢方なら「向き合いよう」がある
 他科から「漢方でなんとかなりませんか?」とコンサルトを受けるのはまさにそういう状況が多いんですよね……というところから津田先生のこの本は始まります。西洋医学の枠組みでは「どうにもならない」と担当医を悩ませる状況に,漢方の文脈からならばアプローチできる(と思わせる)のは,なぜなのでしょうか?

 私たちの日常臨床の中にある,「治そう,良くしよう」という熱意が空回りする息苦しさをどうしたらいいのか? そのヒントが漢方(あるいは広義の東洋医学)の中にある,とこの本は教えてくれました。

 簡単に言えば,西洋医学的な視点とは異なった何らかの「もう一つの科学的な視点」による複眼視によって,浮き出して見えてくる糸口がある。そして,もし糸口がないならないで,「向き合いようがある」ということです。

二者択一から「複眼の思想」へ
 繰り返しますが「漢方で一挙に解決!」といった華々しい話ではないのです。おそらくは同じことを,いろいろなたとえを使いながら著者は記述しています。その中で西洋医学と東洋医学を同じ平面に置いて,軽やかに行ったり来たりしています。どっちが良いとか悪いとかの二者択一ではなく。

 察しの良い読者の方には,回りくどく冗長に感じる部分もあるかもしれません。ただ結論を急がずに読むと,じわり,と東洋医学の「考え方」が染み込んでくるように思います。「患者さんに振り回されちゃえば?」「再現性にこだわらなくていいんじゃない?」なんて視点を頭のどこかに持てたなら,自分に対して,またもしかすると患者さんに対しても,膠着状態の突破口になるかも……。そんな予感がします。

A5・頁238 定価:本体2,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02124-1


外科医のためのエビデンス

安達 洋祐 著

《評 者》森 正樹(阪大大学院教授・消化器外科学)

偏見・常識にとらわれない公平な文献の解析

 医学書院から刊行されている『臨床外科』誌に,安達洋祐先生による「臨床の疑問に答える――ドクターAのミニレクチャー」が連載されていた。2012年から2015年のことである。すこぶる評判が良いためこの連載を本にしてほしいと思っていたが,それが現実となった。『外科医のためのエビデンス』として書籍化されたのである。しかし,本書は単にこれまでのミニレクチャーをまとめただけではない。短期間のうちに最新の文献が加えられ,また大幅に加筆された。

 本書は以下の6章から構成されている。

 I.外科診療,II.手術患者,III.術後管理,IV.がん手術,V.がん診断,VI.がん患者。

 それぞれの章には本編5つと番外編1つが含まれている。たとえば第II章の手術患者の本編5つは,

 1.喫煙患者の手術――禁煙で術後合併症が減るか
 2.大腸手術の前処置――術前の腸管洗浄は必要か
 3.閉塞性黄疸の患者――術前の減黄処置は必要か
 4.閉塞性大腸がん――腸閉塞にステントは有用か
 5.予防的ドレーン――手術でドレーンは必要か

 となっている。

 番外編の1つは,「治療成績の性差――男と女で経過がちがうか」というタイトルである。どれも大変重要であるもののあいまいに済ませがちなテーマである。しかし,著者はあいまいに済ませない。

 本編も番外編も本文は同じ構成になっており統一感を持って読むことができる。本文は6つに分けられている。その項目は(1)素朴な疑問,(2)基本事項,(3)医学的証拠,(4)補足事項,(5)筆者の意見,(6)疑問の解決となっている。本文の後は文献が並べられているが,もっとも文献数が少ないのが「III.術後管理」の番外編「スポーツ観戦――サッカーは心臓にわるいか」であり,16編が引用されている。しかし,そのようなテーマで世界の一流誌に16編も論文が掲載されていたことに驚く。世界中でサッカーがいかに生活に密着しているかがわかる。逆に最も文献数が多いテーマは「IV.がん手術」の「5.がんの腹腔鏡手術――低侵襲手術は予後がよいか」であり,50編が引用されている。重要度の高い論文を漏らさず記載する能力は長年培ってきた著者独自のものであろう。

 さて,本編では以上の6つの項目の他に,目を引くところがある。それは各編の初めと終わりの工夫である。各編ともテーマの次に4行の示唆に富む文章が市販の新書から引用されている。その内容は時には形而上的,時には形而下的である。これが本文の絶妙な導入役を果たしている。辻秀男先生や柏木哲夫先生など医師になじみのある先生の文,村松秀先生や近藤誠先生など話題の先生の文などが巧みに,そして偏見なく引用されている。

 他方,各編の最後には3つのポイントとイグ・ノーベル賞の2つのコラムが掲載されている。3つのポイントとは,著者が医師として実践していること,あるいは自戒していることを3つにまとめたものである。例えば,「執筆を依頼された」ときは,「引きうける,字数を守る,早めに送る」である(なるほど!)。また,「医師のわるいクセ」は,「字がきたない,時間を守らない,他人にきびしい」である(なるほど!)。最後にイグ・ノーベル賞を紹介するコラムを設けているが,実に面白い。1993年の文学賞は「著者の数が論文のページ数の100倍もある医学論文を発表」に,2006年の鳥類学賞は「キツツキはなぜ頭痛を起こさないかを解明」に,また2014年の生物学賞は「イヌが排尿・排便するときはからだを地磁気の南北軸に一致させることを観察して記録」に対して贈られている。いずれも殊更に奥深い研究成果である。常識にとらわれないことの大切さを示すために設けたコラムであろう。

 安達先生の著書は偏見にとらわれないこと,文献を公平に解析して客観的にまとめることから医療関係者から絶大な信頼を得ている。本書もその姿勢にのっとった素晴らしい本である。

B5・頁232 定価:本体4,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02100-5


循環器病態学ファイル 第2版
循環器臨床のセンスを身につける

村川 裕二,岩崎 雄樹,加藤 武史 著

《評 者》山中 克郎(諏訪中央病院内科総合診療部)

最新のエビデンスに基づいた正しい内科診療を行いたい医師にとって必読の書

 私は2007年に『循環器病態学ファイル』初版が出た時から,この本の大ファンである。8年前,当直明けの眠い目をこすりながら読み始めた。数ページ読み進めるうちにすっかり熱中し,重要なところにアンダーラインを引きながら寝食を忘れ一気に読破した記憶がある。

 循環器領域の進歩は目覚ましい。第2版では新たに加わった最新のエビデンスがわかりやすく解説されている。専門医の知識の奥深さはすごい。われわれプライマリ・ケア医は内科各領域における知識のアップデートを重ねながら,どのタイミングで専門医へのコンサルテーションを行うのがよいのかを的確に判断しなければならない。

 この本のユニークな素晴らしさは次の点にある。

(1)研修医やプライマリ・ケア医にとって大切な話題が,110の章でわかりやすく解説されていること
 例えば「DAPT(dual anti-platelet therapy)+ワルファリンがなぜ話題になるのか?」(第18章)では,心臓カテーテル治療(PCI)後の抗血小板療法を行っている患者に心房細動が発生した時の治療選択や出血率上昇について解説がある。症例カンファレンスでよく議論になるポイントだ。

(2)病態生理学に関する記載が随所に見られること
 「浮腫はどうして起きる?」(第23章)では,Starlingの法則を示しながら,血管内静脈圧が上昇した時と血管内膠質浸透圧が低下(低アルブミン血症)した時の浮腫発生のメカニズムが図示されている。医学生や初期研修医をグッとうならせる解説となるだろう。「Forrester分類とNohria-Stevenson分類」(MEMO,p65)ではForrester分類の図にFrank-Starlingの心機能曲線を重ね合わせ,心不全の病態と治療の理解を一層深めようという試みがある。

(3)最新のエビデンスがふんだんに紹介されていること
 「慢性心不全:知っておきたいメガトライアル」(第38章)では,ACE阻害薬・ARB,抗アルドステロン薬,β遮断薬,ジギタリス製剤が心不全治療に対してどのようなエビデンスを持つのか,多くの臨床家に衝撃を与えた歴史的な大規模臨床試験のエッセンスが小気味よくまとまっている。

 忙しくてたくさんの論文を読む時間はないけど,「最新のエビデンスに基づいた正しい内科診療を行いたい」という人間愛あふれる医師にとっては必読の書である。医学生や初期研修医に感動を与えるレクチャーをしたいと密かに考えている指導医にもこっそり教えたい素敵な本だ。

A5変形・頁264 定価:本体5,000円+税 MEDSi
http://www.medsi.co.jp

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